Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~ 作:大正望
目の前の相手に向かってボウガンで射撃を仕掛ける。だがそれは予知されていたかのように回避され、蒼の弾は空を切る。
続いて黒狗が仕掛ける。シロガネには見切れなかった変則的な機動は、しかしあっさりと対応されて振るわれた刀を弾き返す。
黒狗が攻撃するタイミングから一瞬遅れて白騎士も突撃を仕掛ける。時間差の攻撃ですら予定調和のように相手の剣に防がれる。
「甘い甘い。仕掛けるならせめて下方、後方から。魔術機動歩兵は全方位へ意識が配れるとはいえ、それでも人間としての思考に頼るのだから。すずめの緋牡丹は全方位に対応してくるけれど、それでも背後からへの迎撃は精度が少し弱くなる。そこを狙いなさいっ!」
「ぐうっ!」
最後の教示は蹴りと共に伝えられる。軽い動作に見えて芯を撃ち抜くような一撃にこらえきれずに吹き飛ばされる。
その隙に黒狗が背後から斬撃を浴びせるが、挨拶するように挙げられた左手の盾で受け流されて無防備な脇腹を剣が薙ぐ。
刃が触れる寸前に肩とふくらはぎのブーストを噴かして回避し、黒狗独特の独楽のような動きで下からの斬撃を放つ。それも差し出された剣が受け止め、どういった力の作用か黒狗の刀だけが一方的に弾き返される。
黒狗が体勢を立て直し、下から仕掛けると見せかけて急上昇、真上から突きを放つ。意表をついたかに見えた一撃も最小限の動きで回避され、逆に迎撃の突きで装甲を削られる。身体全体を回転させながら、首筋を切り裂くような横薙ぎの一撃を仕掛ける。
それもいつの間にか左手に握られた拳銃によって軌道を逸らされ、そのまま引き金が引かれて魔力弾が黒狗へと着弾する。
「ぐっ、あっ」
「遅い遅い。同じように育った私とあなたの差は、そこよ。あなたはまだどこか自分自身に枷をつけている。だからそれだけの結晶を持ちながら私や蓮に勝てない」
そのまま剣を振るい、黒狗を地面へと叩き落とす。半ば呆然と見ていた白騎士に接近し、同じように剣を振りかぶる。
「駄目駄目。連兵がやられたとしても最後まで手を模索する。あるいは退却の手を打つ。たとえリンクが切れていてもそれはできるはずよ」
「あぐっ!」
咄嗟に掲げた盾に剣がぶつかる。それだけでまるで重力が何倍にも増したような負荷がかかり、身体が沈み込む。
「この状況でもなにかができるはず。それを考える。反射で動かず、思考して行動する。それを反射でできるようににしていく。速く速く、どこまでも速く。思考を巡らせ、考えて、考えて、考え続けるのよ。でなければ死ぬわ」
負荷が倍増し、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられる。黒狗の隣まで転がされ、真っ白な兵装が土にまみれる。
優雅ともいえるほどにゆっくりと舞い降りてきて、剣の切っ先が二人へと向けられる。
「さてさて、この状況で言うことは?」
「……参りました」
黒狗から発せられた言葉に満足したのか、一つ頷く。周囲のどこにも相手の連兵はいない。
以前に吹雪自身が言った通り、ウォルフ02は阿琉真燐という魔術機動歩兵一人に対して完敗した。
「よろしいよろしい。私が言ったことを忘れずにね」
満足げに告げて両手を差し出す。それぞれに掴まって立ち上がり、小さく息を吐く。
燐の兵装は至って平凡である。というより、初期からほぼカスタマイズされていない。統合軍から提示される初期兵装である、人型に装甲を貼り付けたような特徴のないフォルムそのままだ。知識のない者が見れば訓練生のものであると判断する可能性すらある。
ただ一つの特徴としてライフルの射程距離を伸ばす仕様にしているが、逆にいえばその程度だ。兵装の名前も無銘《むめい》と自身の特徴のなさを示しているかのようなものであり、兵装の色ですら地金を思わせる銀色そのままにしている。
だが、それでも強い。こうして訓練で戦うと掛け値なしにそう思う。こちらがなにを仕掛けても読んでいたかのように対応し、適切な手を打ってくる。
ただそれはもちろん魔術で予知しているという類のものではない。燐自身が告げたようにただひたすら思考を突き詰めているのだ。
闘いにおいて相手の打つ手を読み、動いていくのは当然のことだ。だが、そこで最善手を選べるかと言われると否と答えざるを得ない。
それでも燐と蓮はそれをやってのける。相手がなにを仕掛けようとも、自分からどう仕掛けようとも常に最善手を選び、自分の有利なように戦況を動かす。
だからこそプラティナム1と2であり、ウォルフ01でもある。それをこの訓練で嫌というほど実感していた。
それを成し得ているのはひとえに常の思考だと二人は何度も繰り返している。いついかなるときも自身を戦いの思考に浸し、選択する。それこそが強さの秘訣であり、リンクを切断されてなお戦う術でもあると。
「さあさあ、次は二人の検討よ。気が済むまでやった後は蓮ともう一戦ね」
背を押され、訓練場の端へと向かう。そこには今の闘いを記録していた蓮が座っている。二人が来たのと入れ替わりに立ち上がり、ねぎらうように笑う。
「散々にやられたね。でも、連携は最初より精度が上がっているよ。あとはお互いの思惑をもっと考えることだ。吹雪がどう動きたいのか、シロガネがどう動きたいのか、リンクで理解するのではなく自分で相手のことを考え、動く。そうすればもっと強くなれるよ」
頑張りなさい、と二人の両肩を叩く。疲労で言葉もなく、頷くだけの二人は野ざらしの長机の上に置かれた記録装置を再生して先の訓練を振り返る。
「ここ……ここは援護射撃が欲しかった」
「でも、このタイミングで私の腕だと黑金大尉を誤射しかねないわ」
「拡散式ならともかく、ボウガンなら避けてみせる。もう少し俺の機動を信じてくれるとありがたい」
「……そうね、ごめんなさい。次からはそうするわ」
映像を進めていくと今度はシロガネが止める。
「ここは私が下がるために黑金大尉が仕掛けて欲しかった」
「そうか。俺は挟撃をしたかったんだが……」
「私たちの基本は黑金大尉が接近戦で、私は牽制と隙を見ての突撃でしょう。挟撃の連携はいずれ試してもいいけど、今は元の戦術を磨き上げた方がいいと思う……ううん、そうしなければウォルフ01には勝てないわ」
「そうか……そうだな」
映像を見ながらあれこれと意見を交わしあう。その会話を聞けば不思議に思う魔術機動歩兵もいるだろう。
今の二人はリンクで伝えられることすら口頭で確認し合っている。さらにいえば訓練時の動きそのものもどこかちぐはぐで、リンクを繋いでいるとは思えないほどぎこちなさがある。
それもそのはず、ウォルフ01との訓練ではリンクを閉じたまま行っている。いうまでもなく、新道の虚空蔵に対応するためである。
違法術者がリンクを切断してきたという事実はすでに周知されているが、公式にまだ対応策は打ち出されていない。
だからといって手をこまねいているわけにもいかない。現実はいつだって自らの思惑を越えて自分たちを叩きのめしに来る。
そこでウォルフ01こと燐と蓮が打ち出した方策は、リンクが切断された状態における連携の精度を上げるというものだ。
吹雪がシロガネの、シロガネが吹雪の、動きと思惑を最大限理解して共闘する。
なんの衒いもない真っ当な方針であるが、だからこそものにすれば効果がある。そして訓練相手がウォルフ01であれば、嫌が応にも技術は向上する。
なにしろ燐と蓮は本気で叩きのめしてくる。奇しくも吹雪の言った通りに自分たち二人に対してどちらか片方という形式であってさえ、これまでに一度も勝利どころか有効打さえほとんど与えられない。たとえリンクを繋いでいたとしても勝てる気がせず、まさに規格外の強さというより他ない。
だからこそなにが有効になるか、なにが糸口になるか、必死で考え続ける。検討の時もお互いの失敗は責めはしない。むしろそれをどうやって無くすかだけを話しあっている。
負け続けていても吹雪とシロガネの顔に陰はない。吹雪はすずめを救い出す。シロガネはそれを助ける。目標が定まってわだかまりも消えた今、ウォルフ02というユニットはこれまでにないほど覇気に満ちあふれている。
それは自分たちの連携が向上してきているという確かな手応えもあるし、なにより――。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもないわ。水分を補給したらもう一度やりましょう」
頷いて水筒を差し出してくる。それを受け取って口をつけると、火照った身体に冷たい水が染み渡るように喉を通る。
ウォルフ01との出会い以降、吹雪との会話が多くなっている。事務室でもある程度はリンクを繋げてくれていた。
お陰で吹雪好みであるお茶の淹れ具合を把握できたし、向こうもシロガネの好みを把握してくれている。
些細なことだが、それが妙に嬉しい。
なんともいえない充実感が沸き上がってくる。リンクを繋げるまでもなく、吹雪も同じだということが分かる。
「次は俺はかかり気味に、もっと前に出てみよう」
「なら、私は引き気味ね?」
それだけで試すべき意図が通じる。頷きあい、訓練場に立つ二人へと向かう。
その歩みはしっかりと大地を踏み締めている。
「ふむふむ。まあこんなものかしら」
「そうだな。よくやった方だ」
陽も落ちかけた訓練場で軽やかな声が上から降りかかる。それを受け止める二人は疲労困憊もかくやとばかりに、喘ぐような呼吸で土の上に座り込んでいる。まるで新兵のように後ろでに手を着いて、空を仰ぐばかりで立つことすらできない。
あれから数時間、訓練は延々と続いた。二対一でようやく形になってきた所に燐と蓮が連兵になっての訓練に切り替わったのだ。
しかもそこからは検討の時間はなくしてただひたすら叩きのめされ、開始の位置に戻っては叩きのめされるという繰り返しだ。
燐の
相手が格上で、リンクを繋いでいて、こちらはリンクを閉じている。普通なら勝負にならない状況で、それでもウォルフ02は必死に抵抗を示した。相手の攻撃をわずかに遅延させた一手から有効な手を探り、肉声で指示を飛ばしあい、間に合わない時はお互いの動きを予測して補佐しあう。
それでも通用せずに打ちのめされ、なにが悪手だったのか、どうすべきだったのか、思考を全力で回転させる。ことここに至っては新道のこともすずめのことも今は頭にない。
ただひたすら目の前の連兵に勝つことだけを考える。そのために自身のパートナーがなにをして欲しいか、自分がなにをするべきか、それを突き詰める。
純粋に闘いのことだけを考え続け、跳ね返され続ける。それでも諦めずに打開策を模索し続ける。
仮にも統合軍で二番目の位置にあるウォルフ02が手も足も出ない光景に興味本位で見学していた他のユニットたちからは動揺と戸惑いが見え隠れしていたが、吹雪とシロガネには気にもならない。
やがて二人が兵装を維持できないまでに魔力を消費し、地面に倒れ込んだ所で燐と蓮はようやく訓練の終了を告げた。
「よしよし。二人とも取っかかりとしては上々よ」
「そうだね。最後の方は動きが鈍くなっていたとはいえ、連携自体はいいものが見えていた。あとはそれを磨くだけだ。明日からは私か燐、どちらかだけになるが、時間のある限りは訓練をしよう」
「そりゃどうも……」
兵装を解いた二人の言葉に吹雪は座り込んだまま首を振る。シロガネはいまだに息が整わずに頷くのみだ。
一撃どころか汗すら浮かんでいないウォルフ01に誉められても、にわかには受け入れづらい。だが、それでも自身の手応えは二人の言葉をかすかに肯定はしている。
「一つ……疑問なのですが……」
「うん? なんだい?」
「お二人が一気呵成にアーバン・レジェンドを叩き潰すというのは不可能なのですか?」
これだけの力があればそれも不可能ではない。そう思わせる強さが二人にはある。
息も絶え絶えに疑問をぶつけてきたシロガネに燐と蓮は肩をすくめてみせる。
「どうかしらね。アーバン・レジェンド自体は潰せるかもしれない。ただ、新道を逃す確率が高いわ」
「私たちはアーバン・レジェンドを潰す以上に新道を捕らえたい。だから吹雪とシロガネの力が必要なんだよ。私たちの事情を汲み取った上で実力が高い連兵なんてそうはいない。新道の奴がリンク阻害の術式を仕掛けてくるなら特にね」
先に立った吹雪がまだ座ったままのシロガネに手を差し伸べる。それに掴まって立ち上がると、そのまま手が首筋に伸びてきた。
「ああ見えてあいつは用心深い。一度失敗すれば同じ手には二度と引っかからないだろうし、それ以上に警戒を高めてしまう。そうなると年単位で潜伏しても不思議じゃない。でも、今だからこそ釣り出す手がある」
どうやら埃がついていたらしく、そのまま毛先を指で梳くようにつまむ。指についた埃を吹き払ってから続ける。
何気なくされた行為を驚くでもなく受け入れながら、続きの言葉に聞き入る。
「あいつが俺の前に姿を現した理由をな、考えていたんだよ。虚空蔵の魔術を試すなら俺じゃなくてもいい。自分の手の内にあるすずめを見せつけて愉悦を楽しむというのはあいつの性格とは真逆の行為だ。施設にいる頃、あいつの行う実験は常に実際的だったからな」
その頃を思い出したのか険しい顔になる。それを振り払うように首を振って息を吐く。
「なら、なぜすずめを伴って俺の前に現れたのか。多分あいつは俺と凛と蓮、この三人を手に入れたがっている。すずめを見た以上俺は食いつくだろうし、実際にそうしている。あいつの言った「逃がした魚はそれなりに大きかった」という台詞は、おそらくそのままの心情なんだろう。今になって俺たちを手に入れたがる理由そのものは分からないがな」
「でもでも、だからこそこちらが逆に釣れるってわけ。あいつが欲しがっているあめ玉を三つも同時に並べたら、疑いながらも手を伸ばしてくるでしょうね」
「そのあめ玉が劇薬だとも考えずにね。そうして近寄ってきたら――」
「そこをガツン! よ」
燐が拳を打ち合わせる。楽しげな顔に思わず顔が綻んでしまう。
「それにまあ、現状はあいつを釣り出す条件が揃っているのさ。私と燐がこうして君たちを鍛えていることも、きっとあいつには今頃伝わっている」
皮肉げな笑みを浮かべる蓮が紡いだ言葉、その意味することを理解して目を瞬かせる。
「それは、まさか」
「統合軍に内通者がいる。とはいえ、驚くべきことじゃない。統合軍にだって主だった犯罪組織には潜入捜査官を派遣している。なら、その反対だってありうる。アーバン・レジェンドのような巨大犯罪組織なら特にね。統合軍のどこに敵の目や耳があるか……想像もしたくないね」
ようやく、今になって燐と蓮が接触してきた意味を理解する。新道が姿を現したこと、すずめの存在、統合軍の内情、そして吹雪とシロガネというユニット。自身の目的と状況がこれ以上ないまでに合致しているのが今現在の状況なのだ。
「その、内通者に見当はついているのですか?」
シロガネの問いには無言のまま、その顔は肯定とも否定とも読み取れる。
結局、燐から出てきたのは別の言葉だ。
「それでねそれでね、吹雪と私たちが共同で捜査に当たるって通達が漏れれば、あいつは必ず姿を現す。それがどのような形かは分からないし、もしかすればある程度迂遠な手段を取ってくるかも知れない。だから私たちだけじゃ取りこぼす可能性がある」
「生真面目な軍人たるシロガネの前でこういう言い方をすれば顔を顰めるかも知れないが、私たちはなによりもまず、新道を捕らえたい」
「いえ、少佐たち……燐少佐、蓮少佐のお気持ちは分かります」
咎めるような視線に呼び名を改めると満足げに笑う。まるでその様は些細なことで笑い転げる女学生のような仕草だ。
「だからねだからね、吹雪とシロガネ、二人を加えてより万全にしておきたいのよ。それが私たちだけでやらない理由」
「なるほど。分かりました」
吹雪を見やると同意するように頷く。話を聞く間も疑問を差し挟まなかった所からして、事前にある程度聞いていたのかもしれない。
話の区切りを示すように燐がぐっと背を伸ばす。
「さてさて、というわけで話は終わり。今日はこのぐらいにしましょう。ああ、真面目なお話したから身体が凝っちゃった」
「そうだね。最近は息抜きをする暇もなかったし、久々に飲みたい。でも吹雪は付き合ってくれないんだよね」
「……酒は嫌いなんだよ。酔っぱらって思考がばらつくのが嫌なんだ」
いかにも吹雪らしい物言いにシロガネはくすりと笑う。
「でもでも吹雪ったら、官舎を出て一人暮らしをしてからは晩ご飯も付き合いが悪いし、お姉さん哀しい」
「日付が変わった後に連絡してきて付き合えるわけがないだろう。頼むから時間を考えてくれ」
「ねえねえ、それは時間さえ合えば付き合ってくれるということ?」
燐が楽しそうに覗き込んで来るのに顔を顰める。その表情が消極的な肯定だというのはすでに分かっている。燐と蓮も当然理解しているので二人でくつくつと笑う。
「まあ、それは別として騒ぎたくはあるな。なにしろあいつを捕らえるのは私たちにとって悲願であり、大仕事だ。ちょっと古いが、出陣祝いってやつさ」
「蓮ってばそういうの好きよねえ。私も嫌いじゃないけど」
近場の店について話しあう二人を見ながら、シロガネの頭に一つの閃きがよぎる。
「あの、それでしたら私に一つ企画があるのですが」
その提案を聞いた二人は一度呆けたような顔を見せた後、嬉しそうに頷いた。
評価や感想、ここを直せばいいなど頂けるとありがたいです。