Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~   作:大正望

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開戦

 首都櫻木に通じる道が延びる郊外の一つに、今も第二次魔術大戦の爪痕が濃く残っている場所がある。

 そこは首都近郊の貧民街や住人が逃げ去った廃墟とはまた違う、まさに戦場跡と呼ばれるのが相応しい場所だ。

 大戦の折に首都防衛の最終線と定められたこの場所は、終戦から数十年経った今もなお破壊された戦車、墜落したヘリ、うち捨てられた銃器がそこかしこに散らばっている。建物は銃弾、砲弾、爆破、そしてなにより魔術で破壊され尽くしており、住処のない人間ですらこの場所は忌避するような様相を呈している。

 

 皮肉なことに戦後に街並みすら混血の様相を呈した首都圏とは違い、うち捨てられたこの街は古き良き桜国の街並みを色濃く残している。今はもう誰もいないゴーストタウンというのも含めて、在りしの桜国を現わしている。

 そんな廃墟に今日だけはその周りに無数の人間が集結してきていた。

 中央統合軍とアーバン・レジェンド。

 その二つの組織が戦場跡を南北に挟んで対峙している。奇しくも第二次魔術大戦の時のように互いの陣営に分かれており、違いといえば戦車や戦闘ヘリの類がないことぐらいである。二つの勢力が擁する戦力は魔術機動歩兵のみである。

 

 事ここに至って、アーバン・レジェンドはもはや取引が囮であるということを隠そうともしていない。申し訳程度に戦場跡の北部で取引じみた真似をしているが、統合軍は斥候を出してもいない。お互いに潜ませた間者を通じてそれが欺瞞であると理解している。

 今回は第一憲兵隊と第四憲兵隊の合同捜査となっている。燐と蓮曰く、第一憲兵隊以外で一番信用できるのがブロウズ大佐とのことだ。あの花見でいつの間にか繋がりを得ていたらしい。

 リディアはリディアで独自に統合軍内の浄化を図っていたとのことで、この一戦に勝利すれば内通者の粛正が叶うとのことをシロガネに告げてきている。以前に話しあったときに告げた含みのある言葉は、そのための仕込み中であったということも知れた。

 そしてアーバン・レジェンド側は独自の思惑によって大規模な人数を動員している。今回のそれは取引のためではなく、大がかりな実験であることも知れ渡っていた。

 

 そういった情報が得られるに至って、第一憲兵隊と第四憲兵隊の合同任務という状況になったのだ。

 形の上では強制捜査になるが、これはもはや戦争に近い激突だ。アーバン・レジェンドは組織の戦力を集結させ、統合軍はそれを迎撃する。

 統合軍が設立されて以来、これほど大規模の動員と抗争は記録された試しがない。

 そしてそれは皮肉にも旧戦場跡にて火蓋が切って落とされようとしている。

 

「……黑金大尉、大丈夫?」

 

 ぎらつく太陽の下、偽装の外套すら纏わずに佇む吹雪に向けてシロガネが問う。黒狗はゆっくりと首をこちらに向けて頷いてみせる。

 

「ああ、落ち着いているよ。不思議なものだ。出撃命令が下ってから昨日まで気が逸っていたのに、今は心が凪いでいるように穏やかだ」

 

 事実、リンクからは波紋一つない水面のように静かな感情が伝わってきている。最初に繋がったときのように冷たく全てを跳ね返すようなものではなく、きちんと繋がりあった上での静謐さだ。

 

「グリューネヴァルト大尉、今日は厳しい闘いになる。新道によってリンクも確実に切断されるだろう」

 

 結局、統合軍はリンクの切断という事実に対してさほど有効な対策を打ち出せていない。切断されたなら速やかにその効果範囲外まで撤退、という方針が告げられただけだ。噂ではリンク切断を妨害する術式を開発しようとしているという話だが、もちろんこの短時間では実用化には至っていない。

 そもそも、切断の術式が解明されていない現状で有効な手を打てるはずもない。確認されたのもウォルフ02とオウル04との交戦のみである。例が少なすぎた。

 ゆえに、新道の虚空蔵に対して有効なのはウォルフ01と02のユニットだけになる。

 

「ただ、俺は君を信じている。君を信じて、あの日の誓いを護る」

 

 死なず、生きて、助け合う。あの日、枝垂れ桜の下で交わした言葉が蘇る。

 

「私も、君を信じてる。お互いのことはもう分かっているつもりよ。だから、望みを果たしましょう。君の望みを」

 

 あれからもウォルフ01と訓練し続けた。おかげで連兵としてなにか一段階昇ったという実感もある。

 ならば、後はやるだけだ。

 そう思うシロガネの脳裏にふと一人の女性がよぎる。なにかを考える間もなく、それは口から紡がれる。

 

「ねえ、赤銅すずめという人はどんな人なの?」

「……唐突だな」

「そう? もしかすれば私と彼女で君との連兵を奪い合いになるかもしれないのよ? ライバル候補に少しぐらい教えてくれてもいいんじゃないかしら」

 

 シロガネが知りうるすずめはあの追体験にて見知った、別れる折の人柄だけである。それだけでも優しいということは分かる。魔術機動歩兵として卓越したものがあるのも分かる。だが、その前のことはなにも知らない。

 言葉は軽くとも真剣である。それだけの追体験はしているし、なにより同じ女性として連兵相手がこだわる女性に気になる部分があるのは確かだ。

 その心持ちがリンクで伝わったのだろう。兵装越しに肩をすくめるような動作をして、どこか遠くを見るように顎を上げる。

 

「そうだな。いつも真面目で、常に先を見据えて、どこでも決して諦めることがなくて、折れない芯の強さがあって……」

 

 そこまで言ってからシロガネの方を見やる。

 

「どこか君に似ているよ。貧民街にいたときも、アーバン・レジェンドで実験体にされていたときも、俺が弱音を吐くたびに励ましたり、叱り飛ばしたりしてくれていた。そうして俺を支えてくれていた」

 

 自分に似ているという評価に言いようのないむず痒さが包み込む。飾りもなく真っ直ぐにそう言われると、どうにも照れくさい。

 

「決して折れない鋼の心を。彼女の口癖だったよ。それがあれば、どんな時でも、どんな場所でも打開策は見つかる。見つけられる。そう言っていた。俺がそう在れているかは分からないけれど」

 

 その口癖は追体験でも聞いていた。あるいは出会った当初にシロガネに対して見せた態度も、その言葉が所以ではないかと思っている。

 五度も連兵を喪ったことに対して、なんとか打開しようとした結果があの対応ではなかったのかと。

 今ではそう思えるほどには吹雪のことを理解している。

 

「思えば、俺はいつも誰かに支えられているな。すずめ、燐、蓮、今までの連兵、そして君に。多分、他の多くの人間にも」

 

 どこか懐古じみた呟きをしっかりと受け止めて応える。

 

「私だって君に支えられているわ。人間ってそういうものでしょう。それでも足りないと思うのなら、これからすずめさんを支えてあげればいいのよ。きっと、助け出した彼女には君が絶対に必要になるだろうから」

「そうかな……そうだといいな」

 

 言った瞬間、空に魔術の光が打ち上げられる。しかしそれは統合軍のものではなく、アーバン・レジェンドからのものだ。

 晴天の青空を禍々しい赤に染めるその光は紛れもなく新道からの宣戦布告であり、実験開始の合図でもある。

 おそらく、アーバン・レジェンド側の後方には彼らの取引相手やパトロンも多数待機しているだろう。あの合図はそれらの人間にも分かりやすく開戦を知らせるものだ。そうして、もちろんデータ取りも。

 

 思えば実験体として扱われていた時もこの時間帯、正午きっちりに訓練を開始していた。終わった時に生き残れるかどうかは、自分たちの実力と新道の実験次第だった。忌々しい思い出が蘇る。

 だが今はあの頃とは違う。吹雪はそれを取り締まる側であり、そして大切な人を救い出すための一戦でもある。

 この闘いですずめを救出し、さらに上手くいけばその取引相手も一網打尽にできる。そういうことまで思えるようになってきている。

 

「グリューネヴァルト大尉、よろしく頼む」

 

 端的な言葉に吹雪の思いを感じ取る。

 ウォルフ01からの願いを思い出す。吹雪をよろしくというあの懇願に自分がどこまで応えられるかは正直分からない。

 それでも承った以上は全力で。それがシロガネの性分だ。

 まるで叙事詩に出てくる騎士の如く胸を張り、拳で力強く叩く。

 

「任されて。全力で君を助けるわ」

 

 死なず、生きて、助け合う。

 その誓いを胸に二人は頷きあう。

 

 

 

 

 

 始まりは静かなものだった。合図を契機にアーバン・レジェンド側から複数の魔術機動歩兵が空に上がってくる。それぞれが二対の光であることから、連兵であることが知れた。

 それに合わせて統合軍の魔術機動歩兵も蒼天へと駆け上がる。眼下に戦場跡を眺めながら二つの勢力が睨みあう。ウォルフ01と02は遊撃配置となっており、地上にて待機している。

 

「……始まった」

 

 誰に言うでもなくシロガネが呟く。牽制のような射撃から始まり、散発的な攻撃が徐々に密度を増す。やがてお互いの勢力が入り交じり、前線のぶつかり合いが激しくなる。

 序盤は統合軍が優勢と見えて、アーバン・レジェンド側の内側に食い込んで魔術の光を瞬かせている。

 

「妙だな」

 

 吹雪がぽつりと呟く。そちらを見やると黒狗の指は前線を後ろ側を指した。

 

「あれだけぶつかり合っているのにアーバン・レジェンド側のラインが動いていない。統合軍側は内側に入って押しているように見えるが、こちらの前線も全く押し上げられていない」

 

 言われてみれば激しい戦闘のわりには開始位置からほぼ動いていない。激戦というものは知らず、戦闘区域が拡大されていくものだ。

 であるのにこれはそのような気配が見られない。明らかにアーバン・レジェンドがそうなるようにコントロールしている。

 

『そうねそうね。これは誘っているわね』

『そうだな。私たちという魚を釣り上げるための撒き餌だ』

 

 二人の会話を聞いていたのか、ウォルフ01が割り込んでくる。

 

『新道の奴の思惑に乗るのも癪だが、乗らなければこちら側の被害が大きくなるだろうしな……ウォルフ01より司令本部(コントロール)、私たちは出るぞ』

『……こちら本部、了解した』

 

 一瞬の逡巡の後、本部からの無線が応える。おそらくはウォルフ01がこのタイミングで参戦する意味は分からないが、止めても無駄だということも知悉しているのだろう。引き止めの言葉はない。

 

『じゃあじゃあ、行ってきます』

『君たちは新道が出てきてからゆっくりと来るといい。露払いは私たちがしてあげよう』

「ご武運をお祈りします」

 

 吹雪の返事に笑うような気配が返り、銀色の光が二つ、戦場へと突入するのが見える。

 その効果はすぐさま現れ、銀の魔術光が煌めくたびに相手の陣形が崩される。

 あっという間にアーバン・レジェンド側は散り散りになって地上に後退し、統合軍側が開戦前のように陣形を整える。

 緒戦は統合軍の有利か。誰もがそう思った瞬間、アーバン・レジェンドから新たな魔術機動歩兵たちが空へと撃ち出される。

 率先して迎撃に向かったウォルフ01が珍しく一瞬動きを止める。

 

『む、こいつは……』

『なるほどなるほど、なあるほど。これが新道の切り札ってわけね』

 

 それでもどこか稚気じみた気配を漏らす。

 

『ウォルフ01より司令本部、相手の増援は三人の連兵だ』

『こちら本部、なんだって? 三人の連兵などありえない。見間違いじゃないのか?』

『だとよかったんだけどね……明らかに三人で連携して動いているわ。ウォルフ02からの報告には相手は自我を喪っているとあったわ。その状態なら三人でもリンクの負荷が少ないんでしょうね。映像を送るわ』

 

 ウォルフ01から魔術で映像が送信される。その映像を共有した全魔術機動歩兵は一様に動揺の気配を漏らす。

 新たに上がってきた魔術機動歩兵は三人一組で固まっており、緑色の兵装も均一化されている。色は違えど、それはまるでウォルフ01のデッドコピーだ。

 なんのためか三人の腰をそれぞれワイヤーで繋いでおり、その動きに遅滞はまったくない。

 それは理屈ではなく感覚だ。その場にいる魔術機動歩兵のみがこの三人のユニットが連兵であると、肌で感じ取っている。

 

『馬鹿な……馬鹿な』

 

 司令本部の言葉を皮切りに今度はアーバン・レジェンド側が攻勢を仕掛けてくる。三連兵という相手に戸惑いながらも迎撃するが、三方向からの一糸乱れぬ連携にあっという間に統合軍が押し込まれる。

 唯一ウォルフ01だけがなにも変わっていないかのように打ち払っているが、それだけで全体の不利が覆ることはない。

 戦況は見る間に統合軍の不利へと傾きはじめる。

 

「……グリューネヴァルト大尉、俺たちも行こう」

 

 言いながら黒狗に魔力が充填し、遅れて白騎士も魔力を満たし始める。

 

「ウォルフ01が出たことで新道は三人の連兵という切り札を出した。ならば俺たちが出れば奴自身が出てくるだろう。後は俺たち次第だ」

「そうね。そうしましょう。黑金大尉、やるわよ」

 

 そうして互いの拳を軽く打ち合わせ、ブースターを噴かす。

 戦場の空に黒と白の魔術光が輝いた。

 

 

 

 

 

 激しく撃ち合う戦場より少し後方、屋根のない廃墟に立てられた天幕の下では大勢の人間が忙しく動き回っている。

 今の所、戦況はこちらの思う通りに進んでいる。だが、だからといって安穏とできる状況でもない。送り出したTシリーズという三連兵の管理、データ取り、なにより戦術レベルでの戦況を把握しなければならない。その辺りは研究者と軍人もなにも変わりがない。

 むしろ違法組織であるだけ、分業のできないアーバン・レジェンドの方が負担は大きい。

 

「ふむ……Tシリーズ、初めての統合軍相手だが上手く運用できているな。これは売り込みも上手くできそうだ」

「全ユニットのフィジカル、メンタル共に激しい変動はありません。リンクも上手く接続できております。テスト段階と大きな違いはありませんね」

「喜ばしいことだ。そして、魔術機動歩兵として新しい幕開けでもある」

「まさに。連兵の常識を覆しますね」

 

 Tシリーズ、即ちトリプルシリーズ。これがアーバン・レジェンド、新道による新しい実験の成果である。連兵としての相性の良さを元に選定したWナンバー、つまりはダブルシリーズと、自我を奪って運用するマスター・スレイブシステム。

 その二つを合わせて発展させたのが自我を奪ってリンクの混同を抑え、通常なら二人の連兵を三人に増やしたTシリーズ計画となる。一人増え、さらにはマスター・スレイブシステムによって完璧な連携をこなすTシリーズの破壊力はこの戦場が証明している。マスターの自我も奪っている疑似マスター・スレイブシステムであってもそれは変わりない。

 

 単独となるSシリーズではどうにも行き詰まる戦闘力という部分を突き抜けさせたのが、このTシリーズだ。

 そんな中、この場のトップである新道は口の端を吊り上げる。Tシリーズが送信してくる映像の一つに自分の望むものを見つけたがための笑みだ。

 

「W・044と045、S・025も出てきたようだな。よし、私も出る。後は任せたぞ」

「何度も言いますが、くれぐれもこちらの後退要請には従ってくださいよ?」

「分かっている。くどいな。まあ、だからこそお前に任せられるのだが」

 

 新道の褒め言葉に部下は曖昧な笑みを漏らす。正直いえばこの状況でさらに管理するタスクが増えるのは望ましくない。実験自体も今回はTシリーズの成果を得られるだけに専心して欲しかった。

 だが、そんな正論を言ったところで新道は止まらないし、そもそもこの強欲ともいえるバイタリティがあるからこそ、今まで新道はアーバン・レジェンドという違法組織における研究者の第一人者で有り続けたのだ。

 

「残っているTナンバーも連れて行くぞ。成果を得られれば最悪こいつらは棄てていく」

「分かりました。もし押し込まれすぎたら引き揚げて来た第一陣を捨て石にします」

 

 新道が頷く。そうして何色もの魔術光が瞬く戦場へと目を向ける。

 

「行くぞ、S・024。我が往くは深淵の光、虚空蔵」

「狂い咲け、緋牡丹」

 

 鉛色と緋色の光が輝き、二人の魔術機動歩兵が出現する。その二人も三連兵と同じくワイヤーで繋がれている。

 その後方で準備を整えた三連兵のユニットたちが新道の後ろに控える。それらに手振りで指示を与えながら空へと駆け上がる。

 その魔術光の軌跡は真っ直ぐに黒白の光へと突き進んでいく。

 




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