Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~ 作:大正望
到着した戦場は控えめにいって混沌としている。三連兵という慣れない敵に統合軍側は陣形を大きく乱され、重傷を負って後退するユニットもいくつか出てきはじめている。その穴を埋めるために他のユニットが動き、そこを狙って敵が食い込む。
だが、なんのためか繋がれているワイヤーによって活動範囲が狭くなっており、距離を取れば激しい攻撃はしてこないということが周知されるに至って、一撃離脱の戦法によりなんとか均衡を保ち始めている。
そこにウォルフ02は突入していく。
自身に向かって来た三連兵の左に回り込み、黒狗がその刃を振るう。相手の剣がそれを防ぎ、右の連兵が射撃を仕掛けてくる。脇腹のブースターを噴かして回避したところに中央と左の連兵が同時に斬撃を放つ。
だがそれは白騎士の盾に阻まれ、弾かれる。がら空きの胴に袈裟斬りを撃ち込み、その勢いのままに回し蹴りを放つ。
ワイヤーで繋がっているため、一人が大きく崩れるとつられて三連兵全体が崩れる。そこに白騎士の放射式の射撃が降り注ぎ、三人がまとめて地上へと墜落する。
一つのユニットを退けたのも束の間、すぐに後続がウォルフ02へと襲いかかる。右方より敵、左右に分かれて射撃回避、後に右側を。それらが黒狗から白騎士にリンクで伝えられ、それらを受け取る前に白騎士は望み通りの機動を始めている。
果たして二人の予測通りに状況が展開し、あっさりと迎撃に成功する。
瞬く間に二つの三連兵ユニットを無力化したが、敵の勢いは弱まることはない。ウォルフ01を除いて他の統合軍ユニットは拮抗したままだ。
そこに鉛色と緋色の魔術機動歩兵が突入してくる。その二人は戦況を無視して、ウォルフ02の元へと一直線に突き進む。
目の前に現れた新道に吹雪の感情が黒くざわつく。リンク越しにそれを感じ取って、しかし今のシロガネは動揺はしない。連兵の心を受け止め、撫でるように冷静さをリンクで伝える。
「ふうむ。Tシリーズとはいえ、Sシリーズには敵わんか。これはお前が優秀なのか、Tシリーズの個体が不甲斐ないのか、どちらなのだろうな」
「……お前の研究が他愛もないんだろう」
皮肉を向けるが、堪えた様子もなくわずかに肩を揺らす。おそらく笑っているのだろう。その後ろですずめの緋牡丹はただ佇んでいる。
「まあ、それもここまでだ。とりあえず、お披露目を次の段階に進めるとしよう!」
鉛色の光弾が散らばり、戦場の全域へと炸裂する。その瞬間、統合軍の魔術機動歩兵全ての動きが止まる。
リンク切断の術式が発動したがそれは相手も同じであり、状況としては五分である。統合軍はそう認識している。
しかし動きを鈍らせた統合軍のユニットに対して、アーバン・レジェンドの三連兵は滑らかな動きで襲いかかる。その連携の取れた攻撃はとてもリンクが切断されているとは思えない。
あっという間に統合軍の魔術機動歩兵が追い散らされる。まるで序盤の展開を逆にしたかのような戦況の変遷だ。
唯一ウォルフ01だけが変わらずに迎撃できていたが、そうと見るや三連兵の大部分がそちらへと殺到している。まるで甘い餌に集る蟻のような状況に、さすがの二人にも余裕が見られない。
「あのワイヤーか。なんのためかと思ったが、あれがリンクを有線で繋いでいるんだ」
状況を把握した吹雪にシロガネも戦場を見やる。確かに三連兵に繋げられているワイヤーに術式を発動する時に見る独特の紋様が浮かび、魔術光を放っていた。
無線で繋げなければ有線で。単純な解決策である。ワイヤーの長さによる動きの阻害も三人の意志が統一されていればさほど問題はない。
人の自我を奪って運用するアーバン・レジェンドならではの手法といえる。
「……ほう、この状況ですぐさまそれに気付くか。どうしてどうして、やはりお前は優秀な個体のようだ。W・044と045のついでのつもりだったが、S・025の優先度も上げなくてはならないようだ」
看破されたというのにどこか満足げに頷く。
「なに、安心しろ。お前とS・024、ついでにそこの女も合わせて三人でTシリーズとしてやる。喜べ、夜もお前専用だ。これだけこだわっているんだ、抱き放題なら嬉しいだろう?」
私は中古など御免だがね、と結ぶ。あからさまな挑発にしかし吹雪は激昂はしない。しないが、静かで冷たい怒りが伝わってくる。それは切断されたリンクではなく、吹雪の全身から放たれてきているものだ。
「もう俺たちを捕らえられた気でいる、その傲慢さがいつもいつも気に入らなかった。だからこちらから言わせてもらう。俺たちはお前を捕縛し、すずめを助け出す。これは、決定事項だ!」
その言葉が引き金になって突撃を仕掛ける。相手の右側に回り込む動きに白騎士はそれを補佐できる斜め上へと陣取る。
虚空蔵と緋牡丹を繋ぐワイヤーが光り、緋牡丹の兵装から浮遊体が射出される。以前よりも数が増えたそれが一斉に吹雪へと熱線を斉射する。
だが、それは白騎士の射撃によって阻害される。無駄なく、黒狗に直撃する熱線だけボウガンの魔力弾が撃ち落とす。
黒狗が虚空蔵へと迫り、その刃が突き立てられる瞬間、虚空蔵が鈍色の光を放つ。
「むっ……!」
光と共に虚空蔵が超速で回避行動を取る。緋牡丹も追従して位置取り、体勢を崩した黒狗に射撃を放つ。
熱線を回避した黒狗が回避機動を取りながら白騎士の隣へと戻る。
「今のは見たか?」
「おそらく身体能力の向上と、回避の術式ね。黑金大尉、あなたの黒狗と同じようなコンセプトの兵装ねあれは」
同じコンセプトという言葉に吹雪がぴくりと震える。だがその感情は横に置き、小さく頷く。
「そうだな……忌々しいが、認めざるを得ない」
「でも、その動きには限度がある。あのワイヤーがある限りね。私たちにはその制限はない。その代わり、リンクは繋げられないけど」
言外にそれは短所にはならないという含みを持たせ、白騎士が肩を揺らす。それに応えて黒狗も刀を構え直す。
「もう一度虚空蔵に仕掛け、ワイヤーが稼働する限度を見極める。緋牡丹の牽制を頼む」
「了解!」
会話している内に緋牡丹が新しく浮遊体を射出し続けており、前方を埋め尽くす程に展開されている。目の前で咲き誇る花弁の群れに黒狗は怯むこともせずに突撃する。
一斉に放たれた熱線をブースターの吼え声と共に回避し続ける。後方から白騎士の放射式が浮遊体をまとめて撃墜し、熱線の空隙を縫うような変則的な機動で虚空蔵へと迫る。
虚空蔵が突きだした手の平から鉛色の光弾が射出されるのを回避し続ける。戦闘自体はさすがに本職には敵わないのか、その狙いも速度もそこまで警戒する程ではない。
「ちっ!」
虚空蔵もそれを承知しているのか、途中から散弾へと切り替えてくる。一つ一つは大したことがないが、装甲の薄い黒狗はそれでも受け続けるわけにはいかない。
光弾を斬り散らしながら虚空蔵へと迫り、刀を振るう。斬撃が触れる前に、先ほどと同じように魔術光を放ちながら回避行動を取る。
「っ、なにをしているS・024!」
だが追随するはずの緋牡丹が白騎士の射撃に抑え込まれており、虚空蔵は理想とする距離を取りきれない。
中途半端な距離を黒狗が高速起動で詰め、その勢いのままに刀を突き入れる――瞬間に熱線が降り注ぐ。追随できないと見るや、緋牡丹はシロガネの射撃に身を晒しながら黒狗を阻害することを選択した。
黒狗の攻撃を制止した代償に緋牡丹の前面装甲がずたずたに引き裂かれる。
白騎士の放射式は確かに一撃で決するほどの威力はない。だが、あまりにも無造作に身をさらすその行動は有効打を与えたシロガネが一瞬怯むほどだ。
回転するような機動で黒狗が回避した隙に虚空蔵と緋牡丹は体勢を整える。
「ふん……こざかしい動きをするな。さすがはS・025か。だが、獲物は捕らえにくい方がやりがいがあるというものだ」
新道の傲慢さには取り合わず、再度黒狗は白騎士の隣へと並ぶ。
「とはいえ、攻められてばかりというのも性には合わん。私はどちらかというと攻める方が好みなのでな。次はこちらから仕掛けさせてもらうとしよう」
言うが早いか、虚空蔵から散弾が撃ち出される。同時に射出された浮遊体がウォルフ02をぐるりと取り囲み、熱線を放つ。
「そら、まだまだ止まらんぞ。そら、そら、そらそらそらそらっ!」
豪雨の如く降り注ぐ射撃に二人は回避行動を取り続ける。左右に分断され、それでも回避し続ける黒狗と白騎士の距離が徐々に離れる。
ワイヤーが魔術光を放ち、浮遊体の砲口が白騎士へと向いて一斉に熱線を浴びせかけ、虚空蔵も散弾を雨あられと降らせる。
白騎士は大盾を展開して耐えるが、二人からの一斉射撃にじりじりと装甲を削られる。それに大盾は前面こそ遮断するが、後方は無防備に等しい。それを示すかのように浮遊体が背後へと回り込む。
その穂先が魔力を集め、射撃をしようとした瞬間――黒い風が吹き荒れた。
甲高いブースターの吼え声を残しながら黒狗が白騎士の背面を駆け回る。その刀を牙として浮遊体を次々に撃墜する。予想していたよりも遥かに速いタイミングの援護に、虚空蔵と緋牡丹が距離をとる。
「黑金大尉、助かった」
「さっきは俺を助けてもらった。お互い様だ」
それだけで通じ、そのまま相手へと向き直る。
リンクを切断したにもかかわらず、見事な連携を見せたウォルフ02をどう見たのか。虚空蔵はしばらくの間二人を観察した後、右手を天へと向ける。
「ふむ……少し手が足りんな。であるならば人手を増やすとしよう!」
そこから放たれたのは黄色の信号弾だ。リンクを阻害して通常の通信も妨害している以上、信号弾をやり取りにしているのだと知れた。
信号が上がるや否や、戦場にいたTシリーズが二ユニットこちらに向かってくる。同時に、統合軍側からも一ユニットがこちらに向かってくる。ウォルフ05、着任当初にシロガネに接触してきたレオン・オースティンとクリスティン・キャンベルの連兵だ。
リンクを切断されたとはいえ、彼らも第一憲兵隊のユニットだ。なんとか連携して当たろうと算段を描き始めた瞬間――。
「避けろ、グリューネヴァルト大尉!」
怒号と共に腕を引っ張られる。黒狗に引き寄せられたと理解する間もなく、茶色の魔術光が一瞬前まで白騎士が位置取っていた場所を貫く。
背後からの攻撃に頭が沸騰したように熱くなる。
「あなたたち……あなたたちが、そうなのね! この恥知らず!」
シロガネがウォルフ05へと罵倒を飛ばすが、悪びれもせずレオンがライフルを構え直す。その腰にはクリスへと繋がるワイヤーが伸びていた。
統合軍の兵士が敵と同じ対策を施している。それが意味することは一つだ。
ウォルフ05はアーバン・レジェンドと通じている。
燐と蓮が言っていた内通者はこの二人だったのだ。対アーバンレジェンド専門である第一憲兵隊所属の連兵であればさぞ正確な情報を流せただろう。
「言ったろう。俺たちは死にたくないんだ。俺はクリスと共に生きていたい。なんとしてもな」
クリスも無言のままライフルを構える。いつの間にか浮遊体も辺りを取り囲んできている。さらには増援のTシリーズが虚空蔵と緋牡丹の前衛になるように配置されていた。
あっというまにウォルフ02への包囲網が完成する。
「なにがなんとしても、よ。あの時の忠告も結局は自分の罪悪感をごまかすだけのお為ごかしだったってだけじゃない。あなたたちは自分の都合だけを考えて黑金大尉を中傷したのよ。綺麗事で自分の本心を糊塗することほど、見苦しいことはないわ」
「あの時の言葉は本心さ。誰が連兵を五度も喪った無能と同じ部隊で戦いたがる? そんな不吉な死神がいつまでも第一憲兵隊にいることこそ愚挙の極みだろうよ。その内、君が六人目になるな。いや、その内じゃなくて今日か」
「くだらない。私はあなたたちのように誰かを裏切らずとも、黑金大尉の連兵で居続ける。卑劣で薄汚い精神のあなたたちにはならない!」
普段は穏やかであるシロガネが珍しくも痛罵する。レオンの生きていたいという言葉が彼女の逆鱗に触れていた。
生きるというのは誰憚ることなく正しさを選んで行うものだ。少なくともシロガネはそう信じている。
死なず、生きて、助け合う。連兵となんとしても生き続ける。自分たちとレオンたち、ウォルフ02とウォルフ05、似たようなことを言っていても別物だと断じていた。
生き汚い、ということを否定しているのではない。下卑た生き方を否定しているのだ。もしもレオンたちがこの生き方こそを誇れるなら、真実それは敵となるべき存在となる。
「……何とでも言え。この場の統合軍に勝ち目はない」
リンクを切断され、相手は常識を覆すような三連兵が多数投入されている。さらにはレオンたちだけではないのか、統合軍の魔術機動歩兵同士が闘い始める音が入り交じっているのも見える。この場にいるアーバン・レジェンドからの潜入者が一気に裏切りを働いているのだろう。
「はっ、それはどうかな。最初からそちら側だったのか、金で釣られたのか知らないが、お前らのような奴らが馬脚を表したのならばここからが本番だ!」
だがそれでも黒狗と白騎士に怯んだ様子はなく、戦場の混乱も最小限で済んでいる。耳を澄ませば司令本部から音声で直接指揮を取る声が聞こえている。
リディアが混乱するユニットたちを司令本部寄りに動かしてあっという間に掌握しており、そこからは統合軍の乱れも徐々に収まり始める。
黒狗も手の平を天へと向け、魔術の信号弾を撃ち出す。青空を侵食するように真っ黒な信号弾が太陽の光を遮る。
瞬間、戦場が鳴動するようにかき乱された。一番の激戦区、Tシリーズに雲霞の如く集られていたウォルフ01が強引に戦場を突っ切ってこちらへと合流してくる。
「はいはーい、お待たせ、吹雪」
「ようやっと馬鹿どもが燻り出されたか、待ち遠しかったよ」
まるで街中で待ち合わせをしていたような気楽さで二人が声をかける。後ろからTシリーズが追ってくるが、虚空蔵の存在のためか取り囲むだけで攻撃してくる様子はない。
この状況はリディアと燐たちとあらかじめ打ち合わせていた展開だ。アーバン・レジェンドが人員を潜り込ませているならばそれは戦闘要員にもいるはずであり、おそらく彼らは最悪のタイミングで裏切ってくるだろうと。
これほどの大規模の戦闘になればそれは致命傷にもなり得る。であるならば、全てを炙り出した後で対応する。問題は一部の兵、ウォルフ01と02にしかそれが知らされていないということだが、司令本部の混乱はリディアに一任するということで話はついていた。
あるいは司令本部にいるであろう裏切り者も何か行動をするかも知れないが、そちらは信用のおける護衛を配置している。
事前に予測できている裏切りは脅威ではない。それがこの場の状況に現れている。
だが不意打ちを回避されても動じず、むしろ歓迎するとばかりに新道が両手を大きく広げる。
「W・044と045も揃ったか。一度に捕獲できれば手間も省ける。ああ、素直にこちらに従うのならお前らをS・025の連兵にしてやってもいいぞ? 私は寛大だからな、望むなら好きなようにできるようにも調整してやろう。奉仕させるのも、責めるのも思うがままだ」
新道の誘いを当然ながら二人はにべもなく断る。
「駄目駄目、お断りよ。お前の悪趣味な玩具になんて誰がなってやるもんですか」
「欲しいものは自分で手に入れる主義でね。吹雪は自力で私たちのものにするよ」
言いながらウォルフ02の前衛となるように位置取る。結果的にウォルフ01が引き連れてくる形になったTシリーズたちは虚空蔵と緋牡丹の方へと向かい、前衛の厚みを増している。
「さあさあ、吹雪。この場の指揮はあなたが取るべきよ。
「私たちを顎で使う機会なんて、これっきりかもな!」
こんな時でさえウォルフ01の背中からは稚気じみたものが見え隠れしている。変わらない二人に吹雪自身も笑みを漏らしながら、刀の切っ先を新道へと向けた。
「目標は虚空蔵。プラティナム1は三連兵の攪乱、プラティナム2は裏切り者の処罰、白騎士は俺と一緒に突入……頼むぞ、グリューネヴァルト大尉!」
「了解。全力で支援します」
頷き合う。そうして改めて向き直り、大音声を発する。
「全員、突撃ッ!」
評価や感想、ここを直せばいいなど頂けるとありがたいです。