Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~   作:大正望

18 / 21
黒狗と緋牡丹

 始まった瞬間、激戦を示すように魔術光が戦場を彩る。幾条もの魔術が空を灼き、あるいは閃く刃が切り裂く。圧倒的多数と少数という状況にも関わらず、戦況は互角といっていい程度には拮抗している。

 

「さあ、来るといいウォルフ05。お前たちの軍籍が剥奪されるまでは、このコールサインで呼んであげよう。剥奪が軍規違反か戦死かはお前たち次第だけどね!」

「リンクもできない単独兵が何を言う!」

 

 ウォルフ05の射撃をまるで空を泳ぐように阿琉真蓮が華麗に回避する。あらかじめ決められている演舞かのように、かすりもしない。さらにはウォルフ02に届きそうな攻撃を射撃で撃墜するほどの余裕すら見せている。

 そうして距離を詰めてくるプラティナム2にウォルフ05は下がって優位を保とうとするが、縫うような動きでぴったりと追従してくる。牽制のために術式を撃っても、逆にその行動の遅延を捉えられて距離を詰められる。当然の如く、攻撃はかすりもしない。

 

 リンク切断の術式支配下においてなお、有線にてリンクを接続しているウォルフ05は手も足も出ない。

 決してウォルフ05が稚拙なのではない。スパイであったとはいえ、腐っても対アーバン・レジェンドの先鋭となる第一憲兵隊に所属できるほどの実力は備えている。

 

「クソっ、クソクソクソっ! なんで当たらないっ! クリス、援護を!」

 

 だが、それでも蓮の無名にはまったく有効打が決まらない。そもそもウォルフ02ですら一人であしらえる実力がある上に、リンクの切断はウォルフ01に対しては不利にはならないという状況である。

 ワイヤーが光り、レオンがなにがしかのやり取りをしたというのが知れる。だが、そのワイヤーこそがウォルフ05の動きを阻害しているものでもある。いくら自由度が高いとはいえ、有線というものはどうしても可動域に限界が出る。

 

 それに対して無名は自由自在、なんの制約もなく戦場を飛び回る。

 ウォルフ05による左右からの挟撃を体捌きで躱し、クリスの兵装に蹴りを放つ。凄まじい勢いで伸びきったワイヤーに引っ張られ、体勢を崩したレオンに射撃を浴びせかける。

 それは寸前で防がれるが、立て直す前に無名が接近して剣を振るう。反射的に盾で防ごうと掲げるも、無名が狙ったのは本体ではなくユニットを接続しているワイヤーだ。

 

 ぶつり、と戦場音楽の中にあってなおその切断された音は大きく響く。自らの意志に反してリンクを切断されたウォルフ05は動揺で動きを止め――それは決定的な隙となる。

 

「終わりだ。なんと他愛のない。戦場において生き残る資格もないな、お前らは」

 

 事も無げに呟きながらの二斉射がレオンとクリスに直撃する。それでも胸の中心にある魔術結晶を撃ち抜くことはせず、それぞれ脇腹と肩に着弾して魔術の爆光を煌めかせる。

 そうして魔術兵装を解除されて墜落していく二人に拘束の術式を撃ち込んで止めを刺す。戦闘終結まで生き残っていれば、地上部隊たちが処理してくれるだろう。

 流れ弾で死んだのであれば、それはそれだけの話だ。

 

「燐ほどの過保護じゃないが、私も吹雪は可愛がっているからね。お前らが前からくだらない噂を流し続けているのは知っていたよ。味方であれば吹雪への慈悲でもって見過ごすこともできたが、敵とあらば容赦はしない。獄中かあの世かは知らないが、二人揃ってじっくりと反省するんだな」

 

 ろくな反撃も許さずに圧殺した相手をほんの少しだけ見下ろして吐き捨てた。

 

 

 

 

 

「私は全体をカバーするわ。シロガネは吹雪の背後を守ってちょうだい!」

「了解!」

 

 阿琉真燐がまさに縦横無尽とばかりに戦場を駆け回り、周りから寄ってたかるTシリーズを打ち払う。

 横から詰めてきたTシリーズを射撃で牽制し、陣形が崩れた瞬間に懐に飛び込む。中央の魔術機動歩兵を正確な射撃で撃ち抜き、つられて体勢を崩した左右の連兵を剣で斬り捨てる。そのままウォルフ02に食いつこうとするTシリーズの背後を突く。

 相手も反転して迎撃の構えを見せるが、射撃と斬撃で逆に三人を撃墜する。

 

「シロガネ、左方九時方向! 右方は私に任せて!」

 

 戦場を喝破するように高く大きい声が響き渡る。リンクが繋がらなくとも音声で指示をすればいいというのは燐と蓮の見解だ。

 リンクは確かに便利であるし強力な術式ではあるが、切断されたとしても敗北に繋がるわけではない。代替の方法を考え出し、それで補う。それがウォルフ01の考えである。音声で伝達というのは魔術機動歩兵からすれば原始的な手法ではあるが、だからこそ使いやすくもある。

 

 もちろんそこには齟齬や意思疎通の漏れは現れるが、そこは地力でカバーする。たとえ、相手が常識を覆すような三連兵だとしても。

 そしてそれは功を奏している。音声での伝達は相手にも意図が知られるが、マスター・スレイブシステムで自我を奪われているTシリーズはそれを逆手にとることができない。もちろんそれは燐たちの知る由ではないし、たとえそうでなくてもやり方自体を変えることはなかったが、幸運というべきものも味方している。

 

 ただ、それでも圧倒的に多勢に無勢という状況である。どれほど打ち払っても周りから蜂のように群れで襲いかかってくる。

 さらにたちの悪いのが、三連兵のうち一人二人を撃墜しても、同じように欠けたユニットと合流してまた三連兵となって戦線復帰してくることだ。それでも戦力を削れてはいるのだが、浮いた兵力というのが存在しないのが厄介なことこの上ない。

 全てが同じ兵装というのもあって、相手が全く損耗していないような幻覚にさえ陥ってくる。

 

「グリューネヴァルト大尉、高度を下げろ!」

 

 吹雪の指示にすぐさま反応する。伏せるように位置を下げた瞬間、真上を熱線が通り過ぎる。体勢を崩した白騎士にTシリーズが群がってくるが、黒狗が刀を振るって迎撃する。

 向かってくる魔術機動歩兵の頭を蹴り上げ、隣の連兵を袈裟がけに斬る。残った一人に胴斬りを放ち、その隙に白騎士は体勢を整える。

 逆側から迫ってきた三連兵には白騎士が放射式で牽制し、その隙に無銘が襲いかかる。

 

 減ることのないTシリーズとその隙間を縫うように放たれる熱線。それでもじわりじわりと、水滴が紙に浸透していくように徐々に前線を押し上げる。

 熱線が黒狗を狙って空を奔る。黒狗は曲芸のような姿勢で回避し、さらには射線上にいたTシリーズに誤射させるという離れ業まで見せてのける。

 白騎士は何度か被弾したり懐に潜り込まれたりしているが、無銘は元より黒狗も被弾していない。特に黒狗は先頭で突撃しながら白騎士のフォローすらして見せている。

 

 あるいはこれがウォルフ01の言っていた伸びしろなのか。全方位に意識を向けながら、シロガネはそう思い至る。

 何度も剣を振るい、魔力を放つうちに背後からの圧力が減じてきているのに気付く。プラティナム2こと蓮が合流し、二人でウォルフ02の後方を支援している。たとえリンクが接続されていなくとも、ウォルフ01に限ってはお互いの意志は完璧にくみ取れる。

 それは今のウォルフ02も同じだ。

 そうして無数のTシリーズと緋牡丹の浮遊体をかいくぐり、ついにその厚みを抜き破る。

 

「新、道ォォォォォォォッ!」

 

 まさに吼え声のごとく叫びながら黒騎士がブースターを噴かす。黒の魔術光が糸を引きながら新道へと突き進む。

 緋牡丹の熱線が行く手を阻むが、身体を回転させるような機動で回避する。自分はすずめのもっと精密な射撃を知っている。こんな教則通りの射撃などものの邪魔にもならない。鋭角の機動を繰り返し、激しく揺れ動く視界の中で虚空蔵だけを中心に捉え続ける。

 

 背後からの追撃はない。何も確認をせずとも、シロガネとウォルフ01が守ってくれているのが分かる。

 視界にいる虚空蔵が大きくなる。なんのつもりか迎撃もせずに佇んでいるその姿に刀を振りかぶる。

 

「っ!?」

 

 瞬間、緋色の魔術機動歩兵が割り込んでくる。迎撃ではない。ただ両手を広げ、虚空蔵の盾となろうとしていた。

 吹雪にすずめは決して斬れない。虚空蔵の兵装の向こう側に、そのことを熟知している新道の嘲りが透けて見えた。

 

「すずめええええっ!」

 

 血を吐くような叫びと共に無理矢理刃の軌道を変化させる。空中で溺れるようなその隙だらけの動きに虚空蔵の散弾が叩き込まれる。

 

「ぐあっ、あっ!」

 

 黒狗の薄い装甲に魔術の弾が食い込んで爆発する。右半身のブースターを破壊され、それでもすぐさま体勢を立て直して間を縫うようにして虚空蔵へと向かう。

 

「うぐっ!」

 

 機動力の落ちた黒狗を緋牡丹の熱線が撃ち抜く。足を撃たれてよろめくも、まだ突撃は止めない。再度刃の届く距離まで迫ったところでやはり緋牡丹が割り込んでくる。

 同じように虚空蔵が構えた瞬間――。

 

「黑金大尉っ!」

 

 シロガネの叫びが響く。横合いから白騎士が緋牡丹に抱きつくようにして刃の軌道から排除する。だがそれは無防備な背面を虚空蔵に晒し、魔術の弾丸が全て着弾する。

 爆光と共にきりもみしながら、それでも緋牡丹を離さずに白騎士が叫ぶ。

 

「やれっ、黑金大尉っ!」

 

 虚空蔵が距離をとろうと移動の術式を発動する。だが白騎士は緋牡丹の腰から伸びたワイヤーを掴み、引き寄せる。

 ぐらりと、虚空蔵の身体が傾ぐ。

 

「貴様っ!」

 

 端的な罵倒を切り裂くように黒狗の刃が虚空蔵へと届いた。

 

 

 

 

 

 黒の刃が鉛色の兵装を切り裂く。だが、手応えは浅い。

 

「まだだっ!」

「舐めるな、実験体が!」

 

 翻した刃の追撃に虚空蔵は魔術弾を直撃させる。だが、黒狗の刀はそれに揺るぐことなく真っ直ぐに振り抜かれる。

 今度の手応えは深く、虚空蔵の足を大きく切り裂く。だが、踏み込み過ぎた結果として黒狗も散弾を喰らう。

 弾けるように距離をとり、一瞬奇妙な間が空く。兵装を大きく切り裂かれた虚空蔵が足から血を流しながら身体を揺らす。どうやら笑っているらしかった。

 

「なるほど……我が成果ながら、Sシリーズを甘く見すぎていたようだ。認めよう。お前は強い。Sナンバー、まさにシングルでこの場を制圧できるほどにな。Tシリーズを使ったとはいえ、そこにW・044たちも加わっていたのでは勝ち目はなかったというわけだ。全く、逃げ出した個体が悉く優秀だったとは。私の見通しが甘かったな」

「ならば大人しく捕縛されるんだな」

「まさか。馬鹿を言うな。全ての結果は失敗があればこそだ。一つ二つのしくじりで諦めていたのではなにも成せん。今日の反省を元にして、次に結果を出せばいい!」

 

 そう言った瞬間、シロガネの背筋がぞくりと震える。魔術探査が、自分に緋牡丹の砲口の全てが向けられているという警告を鳴らす。

 躊躇する間もあればこそ、両手を離して回避行動を取ろうとした瞬間に熱線が降り注ぐ。

 

「くああっ!」

 

 同じように自らの熱線に身をさらした緋牡丹は悲鳴も上げず、自由になった身体で虚空蔵の前へと移動する。

 

「それではな、S・025。今日の所はお前らを諦めるとしよう。だが、次こそは貴様らを手に入れてみせる」

「待てっ!」

 

 新道がワイヤーを切断し、戦域から離脱する。

 同時に緋牡丹から緋色の魔力が漏れ始める。探査するまでもない、目に見えるほどの魔力の暴走だ。それが行き着くところは一つ、先の遭遇でも使われた魔力の爆発である。

 だが、以前の爆発とは比べものにならない魔力はその威力すら想像だにできない。

 今すぐ退避行動を取るべき所である状況で、黒狗は緋牡丹に向かって手を伸ばす。

 

 お前らを諦める、と新道は言った。お前らとは、自分と、燐と、蓮と、すずめだ。でなければ置き去りにはしない。

 手を伸ばしてなんになるのか。この魔力の暴走を止められるのか。そんなことは分からない。ただ手を伸ばす。

 すずめの目の前から逃げるなんてもう二度としたくない。

 すずめを。ただすずめだけを。それだけの思いで抱きつくように手を伸ばす。

 だが――。

 緋牡丹は伸ばしてきた手をあっさりと打ち払い、浮遊体が黒狗と白騎士を取り囲む。

 

「すずめっ!」

 

 視界も、音も、全てが緋色に染まる。

 




評価や感想、ここを直せばいいなど頂けるとありがたいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。