Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~   作:大正望

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赤銅すずめ

 自分がどうなっていたのか。激しく揺さぶられた意識が鮮明になるまで、現状を把握することすらままならない。

 横たわった視界に破壊された和菓子屋らしき建物、隣にある住居、そして戦車の残骸が映る。

 

「ッ! すずめッ!」

 

 皮肉にも出番を終えた兵器を見てようやく思い出す。いつの間にか兵装が解けていることも気にせずに立ち上がる。酷使された全身が抗議のように軋んで悲鳴を上げるが、意に介している暇はない。

 その先には同じく兵装の解けたシロガネ、燐、蓮がいた。皆、なぜか地面を見て俯いている。その先になにがあるのか、不吉な予感が背すじにまとわりつく。

 

 行かなければ、と足を踏み出す。だが、意志に反して歩みは遅々たるものにしかならない。

 まるでそこで待っているなにかを拒否するかのように。

 ゆっくり、ゆっくりと近付く。シロガネがこちらに気付き、しかしなにも言わずに視線を戻す。燐と蓮は視線を動かすことすらしない。

 歩数にして十歩。たったそれだけの距離がまるで万里であるかのように遠い。

 それでも歩き続けばいつかは辿り着く。

 

「あ……ああ……」

 

 そこにいたのは自爆によってぼろぼろになった赤銅すずめの姿だ。

 美しい顔も、白磁のような肌も、密かに綺麗だと思っていた黒髪も、見るも無残に汚れ、千切れ、傷ついている。

 

「すずめ……すずめっ!」

 

 跪いて手を取る。夢にまで見た幼馴染みの手はしかし力なく垂れ下がっている。

 だが――。

 

「吹雪……?」

 

 呼び掛けにか刺激にか、すずめがうっすらと目を開ける。だが、その焦点は吹雪に向いておらず、天を見つめている。

 

「すずめ! そうだよ、俺だ! 吹雪だ!」

「吹雪……よかった、無事だったのね……」

「ああ……ああ。お前のお陰だよ」

 

 すずめの呟きに見えていないと分かっていても何度も頷く。

 あの時、自爆の直前に手を振り払った緋牡丹は黒狗と白騎士の周りに浮遊体を立方的に配置して熱線による防壁を作り、それが戦場を覆うほどの爆発から二人を守った。

 明らかにそれはすずめの意志だ。

 

「私ね……自我を奪われていてもずっと意識はあったのよ。だから、いつかあいつの目論見を潰してやろうと……ふふ、私の座右の銘、覚えている?」

「ああ……決して折れない鋼の心を。だろ?」

「そうよ……だからここで一発かましてやったわ……あいつ……涼しい顔をしてるふりしてきっと焦ってるわよ……ふふっ……」

 

 アーバン・レジェンドに取り残され、過酷な目に遭っていてもすずめは諦めていなかった。

 そして、意志を貫徹した。決して折れることのなかった鋼の心で。

 それを理解して吹雪の顔が歪む。

 

「話したいこと……いっぱいあるけど、喋りきれないわ。今なら、リンクが繋がる……」

 

 すずめの肌に紋様が浮かび上がり、吹雪もそれを受け入れる。

 

「あ……あ……すずめ、お前、こんなにも」

 

 術式を起動した瞬間、すずめの全てが流れ込んでくる。アーバン・レジェンドで自我を奪われても決して諦めていなかったこと、いつか吹雪たちと再会できると諦めていなかったこと、そのためなら、全てに耐えられたこと。

 辛く、苦しく、哀しく、虚ろな日々。それでも耐えられたのは、決して折れない鋼の心を持っていたから。

 それが吹雪に全て伝わってくる。

 

 吹雪も自分のこれまでをすずめに伝える。士官学校での日々、任官してからの闘い、何度も連兵を喪ったこと、悩み続けたこと、今の連兵、シロガネ・グリューネヴァルトという女性と出会ってここまで来られたこと。

 一日足りとてすずめ想わなかった日はなかったこと。

 別れてからの八年間全てを交換しあう。自身に流れてくる吹雪の生き様にすずめが笑いを漏らす。

 

「ふふ……ちゃんと吹雪らしく生きていたみたいね。本当に不器用で、可愛い……燐も蓮も、相変わらずね」

「そうよそうよ、私たちは変わらないわ」

「君が変わらなかったようにね、すずめ」

 

 見えていなくとも二人は笑う。その笑顔が届かないことに、双子の眼から一筋の涙がこぼれ落ちる。

 

「シロガネさんは……ここにいる?」

 

 呼ばれて、なぜか一瞬躊躇してしまう。だが、頷いて一歩踏み出す。

 

「ええ、ここにいるわ」

「あなたとも、リンクを繋ぎたい。よければ、手を取って」

 

 無言のまま両手で手を取る。瞬間、すずめの労りが流れ込んできた。自分たちの事情に巻き込んでしまったことへの詫び、自身と戦わせてしまった負い目、そして吹雪を導いてくれたことへの感謝。

 それら全てにシロガネも生真面目に反応を返す。なんでもない、自分の思うように振る舞っただけだと。あなたを助けたかっただけだと。

 

「死なず、生きて、助け合う……素敵な言葉ね……」

「あなたの言葉だって素敵なものだ。それがあったからこそ黑金大尉はここまで来られた」

 

 吹雪から伝わってきた通りの反応にすずめから稚気じみた笑いが返ってくる。だが、もはやその感情すら弱々しい。

 

「……本当は吹雪と一緒に生きていたかったけど、無理みたい。うん、でもシロガネさんがいるなら、大丈夫ね」

「そんな……そんなこと言わないでくれ。すずめ、駄目だ。これからもずっと一緒にいよう。俺はずっと一緒にいたいんだ!」

 

 吹雪の懇願にごめんねという感情が返ってくる。誰の眼から見ても赤銅すずめが致命傷を負っていることは明らかだ。だが、吹雪はそうすればその未来が避けられるかとでもいうように何度も何度も首を振り、強く手を握る。

 

「相変わらず、わがままね……でも、嬉しい」

 

 口から血がこぼれる。それが命の流出かというようにすずめの全身から力が脱ける。

 

「すずめっ! すずめっ! 嫌だ、嫌だよ! すずめっ!」

 

 何度も名前を呼ぶ。それに返事はない。ただ、リンクを通じて感情だけが伝わってくる。

 決して折れない鋼の心を。それを持つようにと。

 頷き、感情を返す。もちろんだと。一生それを抱いて生きていくと。

 だから一緒にいて欲しいと。死なないでと。

 それを理解したのか、次はただただ単純な感情が伝わってきた。

 

 愛してる。

 愛してる。

 私は吹雪を愛している。

 飾ることのない感情に吹雪の両眼から涙がこぼれ落ちる。頬を伝い落ちた雫はすずめの目尻へと溜まり、彼女の涙であるかのように流れる。

 愛してる。

 愛してる。

 ずっと。

 

 それだけが伝わってくる。

 そうして、最後の瞬間――。

 じゃあね、吹雪。ばいばい。

 力なく握っていた腕が垂れ下がる。

 

「あ、ああああああああああああああああっ!」

 

 吹雪の慟哭が戦場跡に響く。

 こうして、赤銅すずめは死んだ。

 

 

 

 

 

 シロガネ・グリューネヴァルトというこれ以上ない連兵を得て。

 双子に鍛えられて、作戦を練って。

 もしかしたならば。

 もしかして、なにもかもが上手くいったのならば。

 自分と、シロガネと、双子と、そしてすずめと。

 皆が笑顔で過ごせる日々が手に入れられるのだと。

 そう思っていた。

 だが――。

 現実は常に優しくない。

 




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