Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~   作:大正望

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決して折れない鋼の心を

 しばらくの間、沈黙が全てを支配した。力なくうなだれた吹雪は微動だにせず、同じく手を握ったままのシロガネも、側で佇む燐と蓮もなにも言わない。

 どれほどの間そうしていたのか。不意に吹雪がすずめの手を丁寧に組ませ、立ち上がる。

 

「グリューネヴァルト大尉、行こう」

「……いいの?」

 

 端的な問いに吹雪は頷く。そうして燐と蓮を順に見やる。

 

「すずめから伝えられた情報に新道たちの拠点があった。そこを強襲する」

「ならば私たちも――」

 

 言いかけた蓮に対して首を振る。

 

「奴のことだから、すずめも知らない奥の手を用意しているかも知れない。それで取り逃がす可能性を考えて、ウォルフ01は俺たちの後詰めにいて欲しい。なにかあれば信号弾を飛ばす」

「でもでも……ウォルフ02たちだけで大丈夫なの? さっき三連兵が撤退していったわ。回復した通信によると統合軍は追撃できるほどの戦力はないけれど、奴は損耗なんかお構いなしに使い潰してくるでしょう。リンク切断の術式だってまた使ってくるでしょう」

 

 燐の懸念に微笑みを返す。その顔を見た二人がなぜか痛ましいものを見たかのように顔を歪める。

 

「大丈夫……大丈夫だよ。だから、俺にやらせてよ。燐ちゃん、蓮ちゃん」

 

 二人がなにかを言いかけて、首を振る。そうして二人で吹雪を抱きしめた。

 

「行きなさい、吹雪。行って、決着をつけてきなさい」

「シロガネ、この子をよろしく」

 

 空を見上げる。雲一つない、透き通った空を。

 

「吼えたてろ、黒狗」

「私は私を推し上げる。白騎士」

 

 黒と白、二つの光をなびかせて魔術機動歩兵は空へと駆け上がる。

 

 

 

 

 

 脇目もふらず、ただひたすらに目標へと飛び続ける。すずめから教えられた拠点に近付くと、いくつもの魔術光が迎撃に上がってくる。相変わらずの三連兵が四ユニット、合計十二人の魔術機動歩兵が無感情でこちらに武装を向けている。

 いくらウォルフ02といえどこれらを排除するのは時間がかかる。

 今までの二人ならば。

 

「……全て打ち払う」

 

 交戦直前になって黒狗の兵装が再度光り輝く。黒い光が消えた後に現れたのは、今までとほぼ変わりのない兵装だ。薄い装甲も、各所に取り付けられたブースターも、手に持っている刀も変化はない。

 ただ一つ、首の後ろの膨らみを除いて。

 膨らみから無数の浮遊体が射出される。色は黒色になっていても、それはまさしく緋牡丹が射出していたものと全く同じだ。

 

「すずめ……行くよ」

 

 追悼のように名前を呟き、突撃する。変則的な機動による斬撃と、その隙を補うように放たれる黒い熱線が次々にTシリーズを撃ち落とす。浮遊体の使い方はすずめから全てを伝えられている。初めての戦い方とは思えないほど、見事な手際で操っていく。

 捉えることも叶わない機動と全方位からの正確な射撃に、迎え撃ったTシリーズはあっというまに崩される。リンク切断という状況もなんの障害にもならない。あれほど苦戦していたのが嘘のような一方的な戦闘が繰り広げられた。

 

 これが、これこそが吹雪の伸び代だったのだ。新道はSシリーズをシングルシリーズと呼んでいた。連兵ではなく、単騎で戦場を変えうる容量を持つ魔術機動歩兵。それが吹雪の真骨頂なのだ。

 それが連兵でありながら容量を全て使えばこうなる。

 燐と蓮は極限状態でこれが起こり得ると言っていた。だが、なにもここまでの状況を与えることもないだろう。

 討ち漏らした敵を撃破しながらシロガネはそう思う。知らず、兵装の中で涙を流しているのにも気付かない。

 

 黒狗が吼える。まるで哀しみを遠吠えにするかのように、何度も何度もブースターを噴かす。そのたびにTシリーズが地面へと這いつくばる。

 やがて全てのTシリーズを撃ち倒し、そのままの勢いで拠点へと突き進む。天幕の下では撤退準備中だったのか、観測機器やデータメモリを抱えていた研究者たちは現れた黒狗を見て怯み、動きを止める。

 

「まさかな……ここまで追い詰められるとは」

 

 ただ一人、魔術兵装を纏っていた虚空蔵が進み出る。

 

「だがそれも考え方を変えれば喜ばしいことだ。私の研究結果であるお前がこれほどの力を発揮するのだからな」

「考え方なら獄中でいくらでも変えるといい。統合軍の尋問はお前が思うほど易くはないぞ」

 

 吹雪の言葉にも虚空蔵は揺らがない。追い詰められているとは思えないほど、泰然と黒狗を見据えている。

 

「優れたる科学者というものはいくつもの思考を有しているものだ。導き出された結果から多数の試算を立てて実験を行い、新たな結果を得ていく。それはな、同時にこういう事態もあるかもしれないという未来予測を常に立てているということでもある」

 

 滔々と語るその姿に隙はない。吹雪が仕掛ければ虚空蔵はなんらかの切り札を使う。それこそ新道の言う未来予測が見えていた。

 

「一番低く見積もっていたS・025であるお前に対してこれを使うことになるとは。なにが起こるか分からんものだ!」

 

 虚空蔵の兵装が光り、天高く手を突き上げた。本能的に自分に向けられる術式ではないと理解しながらも吹雪とシロガネは防御態勢を取る。

 

「とっておきだ、とくと味わえ! 私の全てをお前に見せてやる!」

 

 掲げられた手の平から灰色の光が広がる。兵装を纏う時と同じ光が収まったとき、今までのものとは全く違う虚空蔵の姿がそこにはあった。

 

「お前はどこまでも……っ!」

 

 吹雪が軋るような呻きを漏らす。一見平凡に見える兵装のそこかしこに多数のブースターが配置され、手にしたライフルと腰に提げた剣は訓練で散々目に焼き付けた、特徴がないのが特徴というシルエットだ。

 そしてなにより、首元には浮遊体を内蔵していると思しき膨らみがある。

 

 これは新道が今まで実験と研究を行ってきた中で効果が高かったものを全て詰め込んだ兵装だ。その全てを恐ろしいほどのバランスのよさで組み込んでいる。

 おそらくはリンクの切断のような魔術的な変化、操作が虚空蔵の固有術式なのだろう。すずめやTシリーズの自我を奪っているのも、虚空蔵の術式を発展させたものに違いない。

 その虚空蔵の見せたこの術式が、自分の全てという言葉通りのとっておきなのだ。主たる部分が黒狗や緋牡丹、無名と無銘であるのが余計に吹雪を激昂させる。

 

「この術式は魔術という物がある限りどこまでも発展し、終わりがない! その一端を垣間見られる幸運を享受しながら死ぬがいい!」

 

 言うなり浮遊体を射出する。狭い天幕の中、他の研究者たちが巻き込まれるのも意に介さずに灰色の熱線を放つ。

 黒狗と白騎士が天幕から下がり、虚空蔵が追撃する。事ここに至り、退却する考えは捨てたらしい。間断なく放たれる熱線とライフルの射撃を回避しながら、戦場が上空へと移動する。

 

「ふむ、ふむふむ。なるほど、こうか」

 

 黒狗が熱線を放ち、斬りかかる。白騎士の援護射撃がその隙間に差し込まれる。だが、そのことごとくを虚空蔵は躱し、いなし、弾く。

 最初は借り物を扱うようなぎこちなさがあった虚空蔵が、一挙手一投足ごとに滑らかな動きになる。自身のデータをフィードバックさせながら最適化しているのが分かる。黒狗のブースター、無銘と無名の動き、緋牡丹の浮遊体操作。それら全てを虚空蔵という魔術機甲歩兵のものにし始めている。

 

「ふはは、悪くない、悪くないぞ! こうして自身で力を振るうのもそれなりに悪くはない!」

 

 黒の熱線を回避しながら懐に潜り込んでくる。ごく自然な動きで襲い来る斬撃を、刀で受け止める。どこかでデータを得ていたのか、あるいは最適化された動きはそうなるのか、その動きは訓練で散々見せられたウォルフ01のものと同一だ。

 だが、だからこそ防げる。

 

 鍔迫り合いから剣を上へ弾き、がら空きの胴へ横薙ぎの一撃を放つ。狗の吼え声のようにブースターを噴かし、虚空蔵が回転して回避する。それを追おうとして灰色の熱線に阻まれる。

 白騎士の放射式が虚空蔵を捉えようとして、剣の一閃であっさりと打ち払われる。続くボウガンの射撃も盾が全てを弾く。

 お返しとばかりに放たれた熱線を同じように大盾で防ぎ、黒狗をフォローできる位置へと陣取る。

 

 黒狗が熱線と斬撃の同時攻撃を仕掛け、虚空蔵も同じく熱線と斬撃の攻撃を仕掛ける。互いの熱線がぶつかり合って魔力光を散らし、斬撃が牙のように噛み合う。

 黒狗がブースターを噴かせて蹴りを放つが身体を傾けて回避され、虚空蔵の回し蹴りを空に伏して躱す。

 目まぐるしい攻防が繰り広げられながら、お互いの身体には有効打が一つも当たらない。目を灼くような魔術光が空を裂いてぶつかり合い、まだらになって散り消える。

 凄まじいと言える戦いに、しかし吹雪の心は澄み渡っていた。リンクは繋がっておらずともシロガネも同じ心持ちだ。

 

 因縁、憤怒、義務、それら全てを超えた感情を以て、目の前の敵に相対している。

 新道を捕らえる。悪の禍根をここで断つ。ただひたすらに、それだけだ。

 今までのデータ、おそらくは自分たちとの交戦データすらフィードバックした虚空蔵は掛け値なしに強い。だが、怖れはない。

 なぜならば――。

 

「黑金大尉、二時方向、避けろっ!」

 

 シロガネの凜とした声が響く。それに従って回避行動を取ると、一瞬前まで黒狗がいた場所を灰の熱線が裂く。

 そのままブースターを噴かし、今度は白騎士に狙いを定めた浮遊体を切り裂き、残りは自身の浮遊体で迎撃する。

 

「シロガネ大尉、俺は右方から攻める。君は左方から頼む」

「了解っ!」

 

 リンクがなくとも端的な伝達だけで通じる。果たして吹雪の突撃にシロガネは的確なサポートで黒狗を虚空蔵へと届かせてくれる。熱線を、射撃を、斬撃を、回避を、虚空蔵の全てを捌ききって、その刃を振り上げる。

 

「新道、覚悟っ!」

 

 叩きつけられる刃を新道は避けない。むしろかき抱くように両手を開く。なにをと戸惑う間もなく、黒塗りの斬撃が虚空蔵へと食い込む。

 

「ぬ、う……しかし、これで手に入れたっ!」

「な……に……っ!」

 

 新道の手が吹雪の手を掴んだ瞬間、なにかが意識に這いよってくる。いや、これはなにかではない。新道の術式だ。自分の思考を塗りつぶしてくるような不快感に反射的に吹雪は身を引こうとするが、しっかりと掴んだ新道の手は離れない。

 

「お前だけでも手に入れれば浮かぶ瀬もある。S・025、再び私のものとなれ!」

 

 意識が術式に覆われる。自分の思考は確かにあるのに、その一つ前に新道への服従が差し挟まれる。抗おうとしてもその気すら起きない。

 これがすずめの味わっていた屈辱で、新道が残していたとっておきの中にある切り札だと理解する。

 新道の術式が自身を蝕む中、しかし吹雪は冷静さを崩していない。ただ全力で術式に抗う。じわりじわりと新道の術式が勝ってきていても、それだけで充分だ。

 

「予測はできても目の前しか見えていないのね。赤銅さんや燐さんたちなら絶対こんな不様は晒さなかったでしょうに」

「なにっ!?」

 

 吹雪を捕らえている間に辿り着いたシロガネが剣を閃かせる。狙い違わず振り下ろされた剣閃は吹雪を掴んでいた腕ごと術式を切断する。

 

「ぐあっああああああっ! 貴様っ!」

 

 吹雪は一人で闘っているのではない。リンクがなくとも連兵として闘っていた。

 ただそれだけ。それだけが新道とウォルフ02の違いだ。

 もしも新道に人並みに戦闘経験があれば、シロガネを放置して吹雪だけに集中するという愚は犯さなかっただろう。新道は今までの戦闘の全てをすずめに担わせ、自身は後ろから遊び半分に参加していた。ゆえに経験というものがまるでない。

 

 それこそが新道の致命的な弱点だ。

 もやが晴れた頭で浮遊体を操作する。正確な熱線が虚空蔵の四肢――今や三肢を貫く。

 

「あぐああああっ!」

 

 黒の熱線を受けて虚空蔵の兵装が解除され、そのまま地上へと墜落する。白黒の連兵はそれを追って地上へと降り立つ。

 

「こんな……こんなはずでは……っ!」

 

 血まみれの新道が怨嗟にも似た呻きを漏らす。同じ場所へ落下したのか、斬り飛ばされた自身の腕を抱えながら這いずっている。

 その進行方向に浮遊体が現れるのを見て、新道が動きを止める。吹雪の意志一つで生身の身体が熱線で灼かれるだろう。

 

 そして、吹雪にはそうする権利がある。法律も、常識も、倫理も超えた部分で。

 吹雪だけが、そうする権利がある。少なくともシロガネはそう思っている。

 だが、きっとそうしない。シロガネはそうも思っている。

 

「新道、本音を言えばここでお前を斬り殺したい。だがな、俺は統合軍の軍人だ。お前を捕らえ、軍へと引き渡す。それが俺のけじめだ」

「待っ――」

 

 それ以上はなにも言わせずに拘束の術式を撃ち込む。それで新道は沈黙する。

 あっけない終わりだった。

 どんなこともそうなのだろう。吹雪は思う。

 大切な人を亡くすのも、怨敵を捕らえるのも、いつだってあっけない。

 そしてそれは、いつでも起こり得る。

 

 シロガネから連絡を受けたのか、ウォルフ01が合流してくる。そうして吹雪の肩を叩いてから、残りの人員の確保に取りかかる。もう少しすれば、地上部隊が到着して全てを取り計らってくれるだろう。

 一度だけ目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。

 この結果を得るために何年を費やしたのか。考えることすら厭わしい。

 戦場の風が黒狗を撫でる。慰めているようにも、嘲笑っているようにも思える。それを受けて空を見上げる。

 

「さよなら、すずめ」

 

 長く続いた吹雪の闘いは、今終わった。

 




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