Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~ 作:大正望
新たな隣人
旧戦場跡での戦闘から一月が経とうとしている。吹雪はすずめによって知り得た情報を全て報告し、その結果として桜国の各地でアーバン・レジェンドの検挙が盛んに行われている。その背景には統合軍にいた内通者の排除も一役買っている。
その影響かウォルフ02の遊撃任務も解かれ、今は至って一般的な検挙の参加だけになっていた。
捕らえられた新道は黙秘しているが、押収した資料や口を割り始めた部下たちの証言から実験や組織の概要など、様々な事実が明らかになってきている。
とはいえ、アーバン・レジェンドはそれだけで終わるほど小さな組織ではない。Tシリーズの成果自体はフィードバックされているだろうし、研究者とて新道一人ではない。今回のデータは組織全体で共有され、アーバン・レジェンド自身もまた狡猾に立ち回っていくだろう。
あの闘い以来、吹雪はどことなく浮世離れした雰囲気を漂わせるようになった。任務に対して上の空なのではない、シロガネとの関係をおざなりにしているのでもない。
ただ、自分のことですらどこかいつも俯瞰しているような佇まいで過ごしている。
それは珍しく得た休日で過ごす一人の時間でも変わりがない。
なにをする気も起こらない。このままではいけないと思う。それが分かっていても、吹雪の中にある行動を起こさせるもの、気力というものが沸いてこない。
すずめのいない世界で、どう生きていけばいいのか分からない。
結局、こうして無為に時間を過ごすだけになってしまう。
「……?」
なにをするでもなく、相変わらず物の少ない部屋で過ごしていた吹雪は呼び鈴の音に腰を上げる。今日は届き物の予定はないので、どうでもいい来訪者だろう。
覗き窓から確認もせずに扉を開ける。宗教の勧誘か、たとえ強盗だとしても気にすることはない。
だが、扉の前に居たのは強盗でも勧誘でもなかった。
「……なにをしているんだ、グリューネヴァルト大尉」
「なにと言われても、引っ越しの挨拶ね」
普段の軍服ではなく、宴の時に着ていたよそ行きの服でもなく、シャツにズボンというラフな格好のシロガネが扉の前に立っている。こうしてみるとカジュアルでありながら女性らしさが出ている格好である。
「ほら、これ。桜国では引っ越してきた挨拶にお蕎麦を渡すのでしょう? 今日から私、隣に住むから」
差し出された箱詰めの蕎麦をなんとなく受け取ってしまう。そのまま靴を脱いで部屋の中へと上がってくる。
「うーん、物がないわね。駄目よ黑金大尉。なんでもかんでも置けとは言わないけど、自分の好きな物ぐらい集めるべきだわ。それは心の余裕にも繋がるのだから。まあ、物がないのが好きだというのならこのままでもいいかもしれないけど」
「グリューネヴァルト大尉、君、唐突にどうしたんだ」
部屋を見渡すシロガネに困惑した吹雪がその背に言葉をぶつけると、シロガネはゆっくりと振り返る。
「どうと言われてもね。私は色んな人に君のことを頼まれたから。祖母からもそろそろ一人暮らしをしてみろと言われたし、それが黑金大尉の隣であれば安心だとお墨付きも貰ったわ。祖母があそこまで人を信用するのも珍しいから、よほど黑金大尉を気に入ったのね」
そうして楽しげに笑って見せる。幼女のようなどこか無垢な笑顔になにかを言いかけた吹雪は結局言葉を紡ぐことはなく、小さく目を閉じる。
そうして、シロガネが来るまで活用されることのなかった来客用のソファを示す。
「立ち話もなんだ。座るといい。茶を淹れよう。君は香りの強いものが好きだったな。貰い物だが新茶でいいものがあったはずだ。それを淹れよう」
「それじゃあ、お呼ばれします。蕎麦だけじゃなくて、お茶菓子も持ってくればよかったわね。近々いいお茶とお茶菓子が手に入る予定だから、今度それをお裾分けするわ」
いそいそと座るシロガネに苦笑しながら戸棚を開ける。掃除はしていたものの、この戸棚が本来の意味で開かれたのは久し振りであることを思い出し、少しだけ感傷を抱く。
一つの物語は終わった。この先、赤銅すずめという女性は黑金吹雪という青年の思い出の中に生きていき、やがては純化される。
すずめはもういない。吹雪はそれを受け入れ、生き続ける。そうしなければならない。
そうして次の物語が始まるのだ。あるいはそれは、ここにいるシロガネ・グリューネヴァルトと紡ぐものかもしれない。
ただ、いついかなるときも。それがどんな物語であっても。
決して折れない鋼の心を。
それを抱きながら、黑金吹雪は生きる。
死なず、生きて、助け合う。
それだけは確かなものだった。
「ちなみに、逆隣に近々燐少佐と蓮少佐が引っ越してくるらしいわよ」
「……マジか」
作品はここで終わりとなります。
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