Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~   作:大正望

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過去、そして現在

 視界が揺らいで定まらない。胃がひっくり返ったような嘔吐感と頭の中で割れ鐘を鳴らし続けられるような頭痛が同時に殴りつけてきて、ただ歩くことすらままならない。

 原因など分かりきっている。魔力の枯渇だ。魔術機動歩兵として魔力を使いすぎればこういった身体の不調が起こり、酷ければ死に至る。

 今の吹雪は正にその一歩手前だった。

 

「吹雪、しっかりして」

 

 すぐ隣から励ましの声が聞こえてくる。自身も魔力を使い果たしたはずのすずめは、それでも吹雪に肩を貸して真っ直ぐに歩いている。

 

「すずめ……」

 

 歪む視界の中にすずめの顔を映す。子供の頃から整っていたすずめの顔立ちは、成長してさらにその魅力を際立たせている。それはアーバン・レジェンドによる孤児狩りに遭って強制的に魔術機動歩兵へと手術され、毎日過酷な訓練を課されている今でも変わらない。

 

「決して折れない鋼の心を。それを持つのよ。でなければ、殺される。私たちは、私たちだけは生き延びなきゃならない」

 

 貧民街にいた頃から掲げていた言葉を、魔術機動歩兵となった今はさらに頻繁に言うようになっている。

 だが無理もない。共に連れてこられた貧民街の家族は皆死んでしまった。いや、殺されてしまったと言うべきか。魔術機動歩兵の手術に適応できなかった者、訓練に耐えられなかった者、脱走を試みて捕まった者、抵抗した者。

 全てが死に、すずめと吹雪以外の全員がもう側にはいない。

 コノハ、エルマ、央次郎、奏、沢山の弟妹たち全員がいない。

 じわりと涙が滲む。決して苦しさのせいだけではない。貧しくとも共に生きていた仲間がいないという辛さが吹雪の心を苛む。

 

「ぐっ……ああっ!」

 

 いっそ死んだ方がマシと思うほどの激痛が脳をぐちゃぐちゃにかき回す。

 でもそれはできない。自分が死んでしまえば、すずめはこの世界に一人きりになってしまう。この強くて美しくて愛すべき幼馴染みを、こんな腐った世界に一人で残しておけるわけがない。

 だから生きる。生き延びる。

 決して折れない鋼の心。すずめの言うそれが自分にあるかどうかは分からない。けれど、たとえ自分になかったとしても、この子だけは一人きりにしない。

 

「すずめ……俺、頑張るから……生きるから……生きてるから……」

 

 うわごとのように呟く。リンクを通して自分の心は伝わっている。すずめはこちらを見ることはなく、それでも頷くような気配が伝わってくる。

 

「そうよ、吹雪。私たちは生き残る。それがこのくそったれな世界に対する反抗よ」

 

 今度はリンクからすずめの憤りが流れ込んでくる。家族の死、囚われの現状、産まれてからずっと続く理不尽。渾然一体とした感情を吹雪は全て受け止め、飲み下す。リンクが繋がってからこれまでずっとやってきたやりとり。そしてこれからもずっとやっていくやり取り。

 ふらつきながら二人で部屋に向かって歩き続ける。仮初めの安息を目指して。

 

 

 

 

 

 専従捜査への命令が出てから三日後、早速ウォルフ02のユニットは現場に駆り出された。今回は第五憲兵隊からの要請となっている。

 現場は首都郊外にある廃墟で、大戦中に戦場となってうち捨てられたまま手入れもされておらず、貧民すら住んでいない地域となっている。戦後における桜国の混乱と各国からの食いつぶしを象徴するような地域だ。

 それゆえ犯罪取引の温床になっているのだが、それを加味しても情報の漏れ方があからさまで罠というのは明白だった。

 それでも可能性があるのならば出動しなければならない。治安組織というものはそういう存在である。

 

 所定の位置に待機し、吹雪を窺う。今回の取引は大胆にも昼日中に行われているので、黒狗の兵装が黒々と太陽光を吸収していた。

 命令が発令され、リディアの話を聞いてなお吹雪に特段の変化はない。いつものように事務処理をして、いつものように訓練をこなし、いつものように出動してきていた。

 まるでそういった扱いが当然であるかというように。

 

 ただ、わずかながらここ数日の吹雪はどこかささくれだったものを抱えているように見える。それは日常の微妙な動作であり、リンクから伝わる小さな感情から分かるものだ。それだけシロガネが理解しようと努めているということでもある。

 無線でのやり取りの後、部隊が踏み込む気配と共に信号弾が上がる。やはりというべきか、取引が囮であることを示す四つの光りが空で輝いている。

 今回はこれまでの前例を踏まえて包囲網の内側に連兵ユニットが配置されている。現場に一番近い配置は当然、ウォルフ02だ。

 

「グリューネヴァルト大尉、行こう」

「了解」

 

 短いやり取りの後に空へと駆け上がり、すぐさま現場へと到着する。一般部隊も手慣れたもので、囮と判明した瞬間にはもう統制された後退を始めている。

 そのお陰で前回のようにシロガネが後退の支援をすることもなく、最初から連兵ユニットの動きで違法術者たちを攻撃し始める。

 攪乱、離脱、追撃、拘束。リンクから吹雪からの思考が怒濤のように流れ込み、同じように自分の思考を伝える。

 吹雪の意志がシロガネの行動を補佐し、シロガネの意志が吹雪の行動を補佐する。リンクをしていたとしても連携の齟齬が完全になくなることはない。

 

 だが、そうして産まれた隙を一瞬で埋められるのもまたリンクのみだ。リンクによる伝達は言葉に混じってしまう認識のずれを完全に無くす。だからこそ相手の望む行動を取り、それによって相手につけいられる隙をつくらない。それこそがリンクによる連兵の理想的な運用だ。

 そしてそれが完璧にできているということは、重ねてきた訓練のたまものでもある。

 戦闘開始から幾程もなく制圧が完了する。順調すぎるほどの手際はそれだけウォルフ02というユニットの優秀さを示していた。

 そうして前と同じように終わったとしても入念な探知を切らない。シロガネの範囲にはなにも引っかからなかったが、吹雪が告げるまでは魔術に集中する。それは正しく相手にも伝わっていて、両方の探知を共有しながら一帯を探っている。

 やがて吹雪も問題なしと判断したのか、ゆっくりと降下する。ここから拘束術式を撃ち込んだ違法術者たちを移送するために一般部隊を呼び戻そうとした瞬間――

 

「なるほど、なるほど。なかなかどうして。逃した魚はそれなりに大きかったようだ」

「っ!?」

 

 廃墟の陰から一人の男が歩み出てきた。荒廃した場所に似合わない仕立てのいいスーツを着こなし、ともすれば好意的ともいえるような笑みを二人に向けている。

 

新道(しんどう)……」

 

 吹雪が呟き、その感情の揺れと共にシロガネへ記憶が流れ込んでくる。

 

「黑金大尉、君は――」

 

 それはシロガネにとって衝撃を伴うものだった。隠しようもなく心が乱れてしまう。その動揺が伝わっているはずだが、歯牙にもかけずに吹雪はその男を見据えている。

 

「とはいえ、お前は私が手ずから仕込んだ実験体でもあるからな。となればそれなりの成果を出すのも当然か。これは管理が甘かった私のミスでもある。なあ、黑金吹雪。いや、実験体(ナンバー)S・025」

「その名称で俺を呼ぶなっ!」

 

 新道と呼ばれた男が二人の様子にも構わずに話し続ける。だが吹雪も相手の会話に付き合わず、唐突にブースターを噴かして突撃する。そのまま生身の人間に対して刀を振り下ろす。

 

「何っ!?」

 

 だが新道はその刃を右手で受け止める。一般人は決して魔術機動歩兵に勝てないという通説を嘲笑うように、むしろ優しげな手つきで黒い刀を撫でた。その指先に魔術神経特有の紋様が浮かび上がっているのが見える。

 

「おお怖い怖い。統合軍では人の話を遮るな、と教育されないのか?」

「黙れ! 貴様をここで捕縛する!」

「黑金大尉!」

 

 シロガネの呼びかけにも反応しない。その間にもリンクから爆発的な感情と記憶が流れ込んでくる。それは全てが混じりけのない憤怒とそれに伴う追憶だ。

 素手で受け止めた新道を警戒して変則的な機動から一撃を撃ち込む。だが、それもあっさりと回避される。

 それでも嵐のような剣戟は止まらない。切っ先が徐々に新道の回避先を捉えてくる。

 

「ふむ。もう少し試してみたかったが、仕方あるまい」

 

 とん、とつま先だけで大きく跳んで建物の二階へと着地し、傍らへと視線を向ける。

 

「S・024、出番だ」

 

 呼ばれてまた一人の人影が現れる。美しい黒髪を長く伸ばした、背の高い女性は桜国でいう撫子そのものである。その美しさは廃墟にあってすらそこを輝かせるような魅力を放っている。

 そしてそれを視認した瞬間、今までの比にならないほどの感情が流れ込んでくる。

 驚愕、歓喜、怒り、困惑、罪悪感という感情の中で分かったのは、今現れたのが赤銅すずめという名前の女性だということだけだ。

 

「す、すずめ? 生きていたのか? 俺だ、吹雪だ! すずめ!」

 

 それを証左するように吹雪が呼び掛ける。だがすずめはその美貌を向けることもなく、新道の隣へと跳躍する。

 

「S・024……いや、あいつの言葉を借りれば赤銅すずめ、だったか。すずめ、なにやら下の男が呼び掛けているが応えてやらないのか?」

「新道、すずめから手を離せッ! すずめ! 俺だよ! 吹雪だ!」

 

 馴れ馴れしく肩に手を置いた新道の言葉に、ようやくすずめはその視線を吹雪へと向ける。その瞳にはなんの感慨もない。旧知の人間に会った、孤児仲間だった人間に会った、同じように攫われて魔術機動歩兵にされた人間に会った。その全てに対する感情がなく、まるで路傍の石を眺めているような無関心だけがある。

 その顔に絶句する吹雪になにを言うでもなく、また視線を新道へと戻す。

 

「おお、そうだったそうだった。お前はもう、自意識がないんだったな。はっはっは、こいつはうっかり。どこかの誰かに置いて行かれたせいで。身体と頭を弄くり回されて、もう普通の人間ではなくなってしまったんだったか。ああ、可哀相に。本当に可哀相に」

 

 馴れ馴れしく髪を手で梳き、そのまま顎に指を沿わせる。憎き相手からのまるで恋人同士のような仕草に、しかしすずめは何も言わずにされるがままになっていた。

 

「でもなあS・025、それでもこいつの具合はいいらしくてな。夜になると来客が引きもきらず、ラボの研究員たちはこぞってこいつを使っているぞ。時には我々の顧客ですらこいつを指名するぐらいだ。この無表情と無反応さに反した具合のよさがたまらないと、リピーターも来るほどでな。我々としても接待用に助かっているよ。良かったな。ここには人間らしさが少し残っていたようだぞ? まあそれも、散々好きなように使われて酷いものらしいが」

 

 指がゆっくりと降りていって胸を乱暴に揉まれ、もう片方の手が腹部のさらに下へと伝って腹の下を撫でる。女性としての尊厳を踏みにじられていても、すずめにはなんの反応もない。

 

「リンクを通じて覗くと面白いぞ。人間の欲とはここまで浅ましいのかと、こいつの身体に刻み込まれている。口も、前も、後ろも、顔も、髪も、男に汚されていない場所はない。おお、そうだ。こちらに戻ってくるというのなら、使わせてやらないでもないぞ。なんならお前専属にしてやってもいい。どうだ、今からでも戻ってくる気はないか?」

 

 愉しそうな、本当に愉しそうな新道の笑顔が吹雪へとまとわりつく。

 

「貴様……貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」

「大尉……黑金大尉、落ち着け!」

 

 凄まじいまでの怒気が流れ込んでくる。同時に悔恨と謝罪がない交ぜになったものまで伝わり、冷静なシロガネに渦巻くような感情の奔流が焼き付くという矛盾した状態に心臓が不規則な早鐘を打つ。

 まるでそうすれば目の前の敵を殺せるかというかのように刀をきつく強く握りしめる。

 燃え上がるような、冷たい殺意。人がそんな意志を抱けるという事実に身震いしてしまう。

 そんな吹雪に愉悦の笑みを向けていた新道だったが、ゆっくりとその手を上げる。

 

「会話を楽しんでいたいが、そろそろ邪魔が入る頃合いだ。S・024、蹴散らせ」

「狂い咲け、緋牡丹(ひぼたん)

 

 無表情のままにすずめが起動ワードを詠唱する。緋色の光から現れたのはまさにその名の通り真っ赤に咲く魔術機動歩兵の姿だ。

 初めて眼にする、それでも見慣れている兵装という感覚が頭を混乱させる。それは吹雪の感情だけではなく記憶も流れ込んできている証拠だ。

 明らかにリンクの歯止めが効いていない。シロガネ自身何度もこちらから落ち着くように呼び掛けるが、焼け石に水のごとく吹雪の燃え上がる感情は収まらない。

 武装したすずめを無視して新道へと一直線に突撃する。だが、黒い刃が振るわれる前に緋色の熱線がその進路を遮る。

 

「すずめっ! 畜生、なんでだっ!」

 

 呼びかけには新たな熱線が応える。緋牡丹の後部にある背中から首にかけて膨らんだ部分からまさに花弁の如く、あるいは元になった植物の如く、棘のような浮遊体がいくつも射出され、その先端から烈火の如く熱線が降り注いで接近する黒狗を迎撃する。

 幾重もの熱線をかいくぐって変則的な機動を仕掛ける。だが、その動きを知悉しているかのように回避先へと熱線が伸びる。それでも強引に突撃を仕掛けようとして、視線の先に大きな浮遊体を視認する。

 

「しまっ――」

 

 いくつもの浮遊体が組み合わさり、閉じた花弁のようになった状態から極大の熱線が放たれる。それは狙い違わず吹雪の心臓を貫こうとして――。

 

「!?」

 

 直前で飛び散る。盾を構えたシロガネが前に割り込み、熱線を受け止めていた。盾にこめられた魔力と熱線が拮抗し、まだらに混じり合って溶け消える。変則機動をする吹雪の真正面に出られたのはリンクがあるとはいえ僥倖に近い。

 収束された熱線にシロガネの盾も砕け散る。再構築させる間もなく別の砲口が狙いを定めるのを見て、黒狗に体当たりするような勢いで抱きついて後退する。

 避けきれなかった熱線が腕を灼き、痛みと呻きが漏れる。

 

『落ち着け、黑金大尉!』

 

 それでも痛覚よりありったけの意志を優先してぶつける。まるでその呼び掛けに質量があるかのように黒狗がびくりと震える。

 言葉ではなく、心を伝えるように抱きしめる。

 

『君があの二人になにを思うのかは分からない、だが、今は捕縛を優先にして冷静さを取り戻せ! じきに援軍が来る! 一時の激昂で機会を見失うな!』

 

 瞬間、拒絶にも近い反発が返ってくる。だが、それでも受け入れたのはプラティナム3の矜持というべきか。

 

『ウォルフ02。こちらオウル04、我々は左側から仕掛ける。十字砲火で追い詰めるぞ!』

 

 シロガネの言及した通りに包囲の端からようやく増援が到着した。司令部の無線からは外側の包囲網自体も狭めてきているということが知覚できる。

 その情報が吹雪を少しだけ冷静にする。兎にも角にも、新道を捕縛できればすずめのこともなんとかなる。そういったものがシロガネにも伝わり、自分もそれに力を貸すという意識を返す。リンクのやり取りがウォルフ02を落ち着かせる。

 だが、当の新道はそんな状況に唇を釣り上げる。

 

「ふむ、あの一撃を受け止めた……腐ってもS・025の連兵ということか。まあいい。それではこちらも最後の実験をさせてもらおう。我が往くは深淵の光……虚空蔵(こくうぞう)

 

 新道が起動ワードを詠唱すると鈍色の光に包まれ、鉛色の魔術機動歩兵がそこに出現する。

 ご丁寧にも吹雪とシロガネに虚空蔵という兵装の名前が通信で送られ、さらには緋牡丹と連兵しているという事実も見せつけてくる。

 さすがに武装データは送られてこなかったが、その外連味のあるやり方に収まりかけた吹雪の感情がまた粟立つのが分かる。

 だが、それでもオウル04と連携すれば数的優位で追い込める。左右からの十字砲火を仕掛ければすずめの熱線も全てをカバーしきれないはずだ。

 

「浅い……浅いなS・025! 仮にも私が手がけた完成品がそんな基本戦術に頼るなど! S・024とお前には、単騎で戦場を変えるほどの力を与えたというのに! それが(シングル)ナンバーの極地だろう!」

 

 ウォルフ02とオウル04の挟撃を回避しながら新道が哄笑する。シロガネは吹雪が挑発に乗らないように、必死で落ち着かせようと宥める。

 

「だから、そうなるようにしてやろう。そら!」

 

 虚空蔵の肩が開き、鈍色の光りが辺りへとまき散らされる。接触式の爆破術かと距離をとり、警告を伝えようとした瞬間――。

 

「なっ!?」

「え!?」

 

 全てのリンクが途絶える。今まで繋がりあっていた意識も、感情も、言葉も全てが届かない。届けられない。

 意味もなく黒狗を見ても、接続は復活しない。吹雪も戸惑ったように全身を忙しなく動かしており、迂回して仕掛けていようとしたオウル04は目隠しをされたかのように機動を乱す。

 

「まずはあちらを排除しろ、S・024!」

 

 新道の指示でオウル04に攻撃が集中する。逃げ惑うオウル04に通信を繋ごうとして、それも断絶しているということを再認識してしまう。

 

「黑金大尉、オウル04を支援する!」

「っ、了解!」

 

 熱線に追い散らされたオウル04を助けに動くが、リンクが断絶したことで連携が繋がらない。先ほどよりも少ない数の熱線で牽制され、それが絶妙に互いの動きが阻害されるような射撃となって援護を容易にさせない。

 

「グリューネヴァルト大尉、俺が突っ込む。訓練通りに支援を!」

「させんよ」

 

 虚空蔵が下がりながらシロガネへ射撃を繰り返す。熱線の攻撃ともあいまって、吹雪とは正反対の場所へと引き離されてしまう。リンクも通信も途絶えている今、お互いの意思を伝える手段は肉声しかなく、それは全てにおいて一歩遅れる。

 そうしている内にオウル04の二人が熱線の直撃を喰らう。戦線から引き剥がすような、あからさまに追い立てるような射撃にリンクが切れた連兵は思惑通りに退却してしまう。

 四対二という優位な状況からあっという間に二対二、それも連兵と個々に分断された。なんとか吹雪と合流しようと動いても、熱線と新道の射撃がそれを阻む。

 

「ふむ。実戦でも上手く機能しているようだな。相手の反応も予想通り。分かってはいたが、つまらん。が、それでも収穫は収穫だ。S・024、撤退する。ルートは事前に示した通りだ」

「待てっ、新道! すずめっ! すずめっ!」

 

 退却を始めた新道を追おうとするが、やはり熱線がそれを阻害する。すがるような叫び声にも応えるのは射撃音のみだ。

 無数に放たれた浮遊体は上下左右前後全ての角度から黒狗を撃墜しようと容赦なく攻撃を放つ。射線が重なり、同士討ちをしても緋牡丹の背後からさらに追加が射出されてくる。

 それになにより吹雪自身が緋牡丹はおろか、その兵装にすら攻撃を加えようとしていない。これでは突破も何もあったものではない。

 見る間に虚空蔵の反応が遠ざかる。やがてその距離が充分だと判断したのか、すずめが虚空を握りしめるような仕草を見せる。

 

「っ! グリューネヴァルト大尉、身を守れ!」

 

 反射的に大盾を展開して掲げると同時に辺り一面に散っていた浮遊体の全てが膨れあがり、内部から自爆する。

 物理法則を凌駕する魔術の爆発は、だからこそ質量に見合わない威力を伴う。浮遊体は一つ一つが握り拳程度の大きさであるのに、空間を圧殺するほどの破壊力を撒き散らした。

 

「くっ……あっ!」

 

 盾の陰に身を隠したシロガネですら降り注ぐ衝撃に呻きが漏れる。視界の端で黒狗が全速力で離脱したのが見えたが、それを確認する余裕もない。

 やがて爆風が収まった頃、空には装甲を破損させたウォルフ02の姿しかなかった。

 




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