ネロアリス。
ベルゼルガにとって彼女は友人と言っても差し支えない存在である。
「……♡」
暗黒真化した彼女……<暴君>であってもそれは変わらない。
くふ、と楽しそうに笑う彼女はいつもよりも感情豊かに見えるが、しかし、それは暗黒真化の影響ではなく……。
「……レオパルトは勝った方が好きな人への気持ちが強いってことにしようって言ってたけど」
ベルゼルガの言葉に、にやぁ、とネロアリスが笑う。
「……えへへ♡ ネロアリスも同じだね……♡」
(……愛、しているんでしょう? ネロアリス……マジアアトラを。自らを変えてしまっても良いと思うほどに。その魔力を受け入れて混ざり合ってしまうほどに!)
『好き』ではなく、『恋』を超え、それは『愛』と呼べるほどに膨れ上がった『想い』。
『想い』は魔力を高め、彼女が真化に至るほどになった。
……だが、ネロアリスはその上を求めた。……無意識に……あるいは確信的に。
本来であれば、他者の魔力を受け入れることは苦痛である。
例えば、マジアマゼンタはその意識さえ浸食されるほどに、マジアベーゼの魔力に汚染された。
……しかし、ネロアリスとマジアアトラの場合、奇妙なほどにその魔力は調和されている。
……考えるに、これは受け手側の問題でもあろう。
(……ネロアリスはマジアアトラを受け入れる準備ができていたということ)
それこそ、〇△×□と〇△×□を重ね合わせ、互いにぐちょぐちょのねちょねちょになるのを許容し、あるいは魔法で◇◆した▽▲◎▲■を〇△×□に受け入れることも吝かではないくらいにだ。
見た目こそ、普段のネロアリスに比べて、ちょっとテンション高いかな? くらいに見えるが、内実は、パンタノペスカがカップリングを妄想してはぁはぁしているくらいには、興奮しているのでないだろうか。
房中術的な考え方をするなら、相手の魔力を受け入れているなんて、事実上の性行為に近い。
……欲望を満たし、今なお、快感と絶頂のただ中にあるとすれば……。
……ネロアリスの現状の強さは計り知れないほどである。
(……でも)
負けてやらない。
ベルゼルガは強くそう思う。
あるいは、未だ『恋』の段階の自らの『想い』はネロアリスに届かないかもしれない。
だけど、こっちもこっちでやることはやってるので!
せいぜいでちゅ~までのおこちゃまたちは魔力の受け入れで満たされるのかもしれないが、こっちはねっちょねちょのぐっちょぐちょに肉体的に繋がってるので!
……精神と肉体。どちらの『想い』がより強いのか。
「……さぁ、遊ぼう……ネロアリス!!」
ぷち、と指先を歯で噛み千切り、じわ、と血液が滲み出る。
ずる、と血が湧き出で、ぶく、と形を変え、ぴき、と硬質化すると、それは鎌の形を取った。
『血の舞踏』。血液を操るベルゼルガの攻防を担う魔法。
「……♡」
それに対し、楽しそうに目を細めたネロアリスは両手を広げると、何もない空間から、人形やぬいぐるみが現れる。
ぽんぽん、と現れたソレらは隊列を組み、まるで兵の列を成すようにも見えた。
『おもちゃのへいたい』。玩具を統べるネロアリスの魔法。
多勢に無勢とも言える状況ではあるが……。
(……マジアベーゼの作る魔物と同程度か)
その能力を簡単に推し量ることができる程度にはベルゼルガは経験が豊富だ。
そして、ベルゼルガにとって、それは然したる脅威ではない。
(……でも、壊したら泣いちゃうかもだし……)
ネロアリス……杜乃こりすは普段からおもちゃを大事にしている。そんな彼女の大事な『友達』であるおもちゃを壊してしまうのは、一応、友人であるベルゼルガとして気が退ける。
……おもちゃを壊さずにネロアリスを倒す?
(……真化前なら、ね……)
真化に至っていないネロアリスが相手であれば、それも可能であっただろうが、今の彼女は、暗黒真化した<暴君>ネロアリス。
『おもちゃのへいたい』は真化前でも使用可能程度のものであるし、それを思えば、もっと強力な魔法を隠していたとしても不思議ではない。
そもそも、ネロアリスの魔法は規格外のチート。無論、燃費の悪さや疲労という弱点はないではないが、その弱点が今の彼女に残っているのかは疑問である。
最悪は、ネロアリス自身が『吸収』の魔法を使ってくる可能性もある。
マジアアトラの魔法は、ベルゼルガとは相性が悪い。
ベルゼルガの魔法は、自身の流す血液を代償として、攻防一体の強力なものとなっているが、しかし、アトラの魔法の前ではただの自爆攻撃に成り下がる。
気に入らない相手であったとしても、ベルゼルガが絶対に敵にしてはならない相手がマジアアトラなのである。故にイミタシオにも、これは厳命されている。
仮に、ネロアリスが『吸収』さえ、駆使してくるのだとしたら、ベルゼルガとしては、戦略的撤退という選択肢を選ばざるを得ないのだが……。
……しかし、ベルゼルガは血の鎌を構える。
(……逃げる、なんてあり得ない)
先に述べたとおり……。
『勝った方が好きな人への気持ちが強い』。
これはそういった戦いだ。気持から逃げるなんてことはできはしない。
「……行くよ、ネロアリスっ!!」
たん、と地を蹴って進むベルゼルガに対し、『おもちゃのへいたい』は、盾を構え、槍を構え、迎撃の態勢を作る。
大人の人間の半分ほどの人形やぬいぐるみが武器を構える姿はややシュールである。おそらくは魔法で強化されているだろうが、それのみでは、ベルゼルガを止めることはかなわないだろう。
タン、と太鼓の音がした。
ご丁寧なことにネロアリスの側には鼓笛隊も揃っており、更にその前には……。
「……っ!」
突進の姿勢から、方向転換。
ダン、と大きな音が響くほどに強く地を蹴って、ベルゼルガは大きく横に跳ぶ。
たたん、と元いた場所の地面が弾けた。
(……射撃隊……っ!)
前時代的なマスケット銃を構えるおもちゃたち。……そして、それに交じって、近未来的な謎の銃を構えるおもちゃたち。
第二射が始まる。
ぴゃー、と謎の光線。
(……なんて出鱈目っ……!)
……もっとも、その威力はマスケット銃から放たれたものと大差がない。
……おそらくはネロアリスの認識が、旧式銃でも近未来の謎銃でも大差がないという非常にざっくりとした認識のせいだろうが。
……もし、彼女が近未来の技術を認識できていたとしたら……。
(……チート……)
まさしくチートである。最悪、横隊で、ぴゃー、とするだけで大体勝てる。そんな感じ。
しかし、今の彼女にはそれほどの知識はなく……また、軍隊を適切に指揮する能力もない。
「……ふっ!」
鎌を丁寧に振るって、『おもちゃのへいたい』のただ中に入る。
まるでゲームのように、『おもちゃのへいたい』を吹き飛ばして無双する。
もし、ネロアリスが冷徹な指揮官であったなら、同士討ちも厭わずに射撃でベルゼルガを葬るという選択肢をとったかもしれないが。
今の彼女には、そんなことはできずに、焦ったようにベルゼルガを包囲する程度しかできない。
そして、モブ兵士と無双武将が戦うなら、モブ兵士はやられ役に過ぎない。
「……やぁっ!」
大きく鎌を振るって、最後の『おもちゃのへいたい』を吹き飛ばす。
……壊さずに、というのは難易度が高かったが、何とかやり切った。
安堵しつつ、ネロアリスに向き直る。
「……っ!?」
……そうしたハズだったのに。
(……体が重い……?)
全身から力が抜けるようだった。
例えるならば、全身の骨が、筋肉がなくなったような……。
(……うご、かない……?)
体のどこにも力が入らない。
辛うじて、視界が少し動くが……。
それが捉えたのは楽しそうに微笑むネロアリスの姿。
ゆっくりと彼女が近寄ってくる。
くりっ、とした紅い瞳にわずかに映り込んだのは……
(……どういう、こと……)
ネロアリスにベルゼルガがゆっくりと
……当然に、成人一歩手前くらいのベルゼルガを年少のネロアリスが簡単に持ち上げることなどできない。
……普通ならば。
(……あたしのからだ……ぬいぐるみに……っ!?)
ベルゼルガがネロアリスの瞳の中に見たものは、抱きかかえることができる程度に縮んで、デフォルメされた二頭身となった自身のぬいぐるみの姿だった。
「……♡」
くふ、と笑ったネロアリスがベルゼルガを抱きしめ……そして、にやぁ、と笑った。
(……ぁ、ぐっ……!)
……声は出ない。だが、体は悲鳴を上げる。
綿に満ちた体……しかし、元の肉体は抱きしめられたそのダメージをベルゼルガに忠実に再現した。
ないハズの骨が軋む。圧迫された内臓が苦しいと叫ぶ。
ネロアリスは楽しそうにぬいぐるみのベルゼルガを弄ぶ。
本来は曲がらないハズの方向に腕を曲げ、首をねじり、抱きしめて圧し潰す。
(~~~~~~~~~っ!!!!)
……普段のベルゼルガであれば、その痛みを無視することができただろう。
しかし、今のベルゼルガには逆らえない。
(……これが、暴君の……!?)
そのおもちゃを支配している者は誰か。
おもちゃを統べるのはこの世の中にただ一人。
君臨するのはただ一人。
気ままに、無邪気に、おもちゃと遊ぶ。おもちゃ
彼女にとっては、ただ一人を除いてこの世の全てがおもちゃ。
……故に、<暴君>。