悪の女幹部にあこがれて   作:MIA

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139 最悪の想像

「……おはよう、おねえちゃん♡ いい朝だよ♡」

 

 つぼみの声でうてなは目を覚ました。

 

「……んっ……」

 

 しゃー、と音をたてて開いたカーテン。

 まぶたの上からもわかる明るい陽光。

 

 ……窓際に立っているつぼみの姿が見える。

 

 あまりにも眩い太陽の光のせいで、その表情はよく見えない。

 

 しかし、大きく赤く裂けたような笑みを浮かべているのだけが見えた。

 

(……なに……?)

 

 起き抜けの頭では、うまく考えがまとまらない。

 うてなは目を擦りながら、もう一度、つぼみの姿を見る。

 

 ……窓からは風がそよぎ、つぼみの長い黒髪をたなびかせた。

 髪をおさえるようにした白く、細い指。

 わずかに色づいた頬。

 

 ……爽やかな朝の風景ににつかわない、どよん、と黒々しい瞳。

 口元には、苦笑が浮かんでいた。

 

(……見間違い……?)

 

 斜に構えたところのある妹ではあるが、あんなぞっとするような笑みを浮かべている姿は見たことがない。

 

 気のせいだろう、と窓の外に目をやり……ぞわり、と総毛立った。

 

「……な、に……これ……?」

 

 ……つぼみの言ったとおり、今日はいい朝だった。

 陽光がきらめき、暑さはあるが、風はからっとして心地よい。

 

 ……だが、うてなの目には見えてしまった。うてなにはわかってしまった。

 

 魔力が……世界を覆っている。

 ねっとりした魔力が世界を満たしている。

 

 思わず気持ち悪さを感じてしまうほどに、濃く……そして、じっとりと甘い。

 

 まるで、ごちそうと一緒に怪物の胃袋に飲まれているような心地がした。

 

「……うっ……!」

 

 あまりの醜悪さに思わず、えずきそうになる。

 

「……おねえ? 大丈夫? 気分悪い?」

 

 そんなうてなの様子につぼみが駆け寄ってくる。

 

 うてなを下からのぞくように見た妹は、心配そうな表情を浮かべていた。

 

(……いつもの、つぼみ……だよね……?)

 

 常の彼女であれば、当然に同じ行動をするであろうと確信がある。

 

 何も変なところはないハズだった。

 

 どことなく違和感を覚えながらも、うてなは、そんなことより、と頭を切り替える。

 

(……捕らえられた! 街ごと!? ……でも、これは……)

 

 こんなことができる者は限られる。

 

 第一の容疑者であるマジアアトラの姿と第二の容疑者であるネロアリスの姿を思い浮かべて、しかし、すぐに違うと否定する。

 

 ……彼女たち二人なら、おそらく同じことはできるだろう。

 

 しかし、ネロアリスの魔力にはこのような悍ましさはない。

 マジアアトラの魔力には近い部分はあるが、彼女のものとは違っている。

 

 ……この魔力を例えるならば、食欲だ。

 獲物を前に舌なめずりしている、そんな感じの気持ち悪さ。ねちっこさ。

 自分が被捕食者だと思わされるような感覚。

 

 ……だとすれば、残りの可能性は……?

 

(……最悪だ!!)

 

 思い至った可能性にうてなは頭を抱えたくなった。

 つぼみが目の前にいなければ、実際にそうしていたかもしれない。

 

 妹に自分の正体を知られるわけにはいかない!

 

 その意思と羞恥心で、うてなは辛うじて平静を装った。

 

「……顔色悪いよ、おねえちゃん?」

「だ、大丈夫だから……っ!」

 

 仲の良い姉妹というのも考えものだ。敏いこの妹は、うてなの不調を見逃さない。うてな自身、血の気が引いている気がしているのだから、どれだけ表情を取り繕っても、顔が青くなるのまでは隠せない。

 

「……早く、着替えようか、つぼみ」

「う、うん……? じゃあ、着替えたら、朝ご飯の用意してるから」

 

 ぽてぽて、とうてなの部屋を出て、自室に戻るつぼみを何とか笑顔で見送る。

 

 ……ぐしゃ、と頭に手をやって、知らず、キリ、と歯軋りの音がした。

 

(……最悪も最悪だ! しかも、このタイミング……まさか、裏で手を組んでいたとでも!?)

 

 ぐる、と悪い想像が頭を巡る。

 

 マジアアトラがマスコット(クリーチャー)と実は手を組んでいたとしたら?

 

 ……ただでさえ分が悪い状況であったのに、それを上回ることになる。

 

(………………いや……でも……)

 

 ……しかし、もっと恐ろしい可能性に気づき、ふる、と体が震えた。

 

(……それさえも、アトラの手の内だとしたら……?)

 

 マジアアトラのお腹は真っ黒だ。

 

 自身が優位に立つためであれば、己の敵と定めた相手でも、平然と笑顔で握手できる。

 

 だが、同時に、己の敵を自分の都合の良いように振り回す悪辣さもある。

 

 今、このとき、この場面。彼女が一体何を描いたのか。

 

(……タイミング自体は、アトラが何かを仕掛けた、と考えた方が良さそう。そうでなければ、この状況、偶然にしては、彼女に都合が良過ぎる)

 

 影の魔物。

 

 この存在を操っているのは、マスコット(クリーチャー)に関連する相手……マジアアトラが敵と定めている相手であると同時、彼女からすれば、格好のエサである。

 魔力で象られ、魔法少女のような何かの形をしたそれらは、数と戦力としては、それなり以上の相手ではあるが、アトラからすれば一蹴できる相手であり、自らの『吸収』で魔力を効率良く得ることができる存在である。

 

 うてなとしては、これが出てくるのは、むしろアトラが追い詰められているときや消耗したときだと予想していた。そうでなければマスコット(クリーチャー)側には勝機がないからだ。

 

 ……しかし、このタイミングで出現した。

 

 エノルミータはともかく、トレスマジアはこの事態を放置できない。つまりは、アトラよりも先に戦闘状態に入る可能性が高い。

 

 そして、アトラからすれば、先に戦闘する必要もない。鎧袖一触で蹴散らせる相手とは言え、無駄な労力を割く必要はない。トレスマジアなり、エノルミータなりが影の魔物を倒した後に、悠々とそれらを『吸収』すれば、後に残るのは消耗した相手だけ。しかも、自分は魔力を十分に蓄えることができる。

 

(……あちら側はあちら側でこのタイミングしかない、というメリットがあるハズ……)

 

 それが何かはうてなにはわからないが……しかし、それは明らかなアトラの誘いであろう。無論、アトラの誘いは、彼女自身にもある程度のリスクはあるのだろうが。

 

(……こうなるとますます難しい……私たちは綱渡りをするしかない……っ!)

 

 ……圧倒的不利。勝算の少ない状況。

 

 だがしかし。

 

 にぃぃ、とうてなの顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 

「……おっと」

 

 こんな表情は妹には見せられない、とうてなは口元に手をやり、軽く揉み解す。

 

(……面白いじゃあないですか……っ!)

 

 悪として。魔法少女に敵対するものとして。一魔法少女ファンとして。

 

 マジアアトラがこの最終局面で何をしようとしているのか。

 

 得体の知れないその企みに、うてなは期待に胸を躍らせた。

 

「……あ、いや、でも!?」

 

(……つぼみのことはどうしようか? 今、もう朝ごはん作ってくれてるよね? 今日の献立は何だろう? あ、そうじゃなくて……早く皆と合流しないと。でも、それだと、ごはんが……ごはんを食べないとつぼみが悲しそうな顔しそう……うぅ、それもだけど、どうやってつぼみが家から出ないようにしないと!? 無駄にアクティブな上に、この間は素手で魔物を倒しているから、下手をすると、魔物討伐に出撃しちゃう!? 「私は魔物を討つ者だから!」とか嬉々としてやりそう!? そうしたら、魔物とトレスマジアとエノルミータと暴君のお茶会(Nero's tea party)とつぼみが入り乱れるというカオスな状況に!? いやいやそれはダメでしょ!? ……な、何とかしないと!?)

 

 ……妙につおい妹を持つ姉も大変である。

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