マジアアトラの左手から黒い魔力がうねるように流れ、溢れ出た魔力が空気を震わせている。
……否。それはレオパルトから吸い上げられているのだ。
「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
周囲にレオパルトの絶叫が響く。
魔力の吸収が始まると、レオパルトの衣装が溶けるように黒い霧となり、アトラに向かって吸収され始める。
「ひぅ……あっ……ああぁぁっ♡」
吸い上げられる魔力量が落ち着いてくると、レオパルトは喘ぐような声を出しながら、びくんひくん、と体を震わせ、口からは涎を流している。
アトラは、今、魔法少女としてレオパルトと戦っている。だから、今の光景も世界の平和を守るという結果につながるもののハズだ。
……だが、その光景を見ていた、マジアサルファは怖気が止まらなかった。
(……ちゃう……ウチが……ウチらがやりたかったことはこんなんとちゃう!!)
サルファはエノルミータを倒すべき相手として認識している。だが、それはこんな形ではない。鎬を削り、死力を尽くし、正面から正々堂々と打倒する……サルファが考えている戦いとその結果はそういうものだ。
アトラがやっているような嬲るようなやり方では決してない。
……しかし、同時に止めることもできないでいた。
サルファの個人的感情を除けば、アトラがやっていることは、敵を倒すという行為に違いなく、対外的に見れば正しいことである。
……それ故に、悔しい、とそう感じる。
自分に力があれば、己が描くとおりの戦いを、願うとおりに決着を着けることができた。
今の目の前の光景は自分の弱さ故、とそう考え、サルファは惨めさに泣きそうになりながらも、目を逸らさずに見続ける。
そして、奇妙なことに気づく。
アトラは一見すると冷たい印象を受けるが、困惑した顔をしたり、先ほどのように微笑んでみせたりと、別に感情がないわけではないらしい。
だが、今、レオパルトから一方的に搾取しているハズの彼女の目に浮かんでいるのは、憎しみでも愉悦でもなく、あえて言うのだとすれば、焦燥だ。
優位に立っているハズの彼女が何に焦っているのか。
(……っ!? ベーゼは何処や!?)
レオパルトは『滅殺光線シュトラール』で、地面を穿ち、目くらましにした上で、アトラに接近戦を仕掛けた。マジアベーゼがどんな作戦を考えていたのかはわからないが、彼女が無策でレオパルトを嗾けるわけもない。
アトラとレオパルトの攻防の結果が見えておらずとも、必ず次の一手を打ってくる!
……あのいやらしく邪悪な笑みが脳裏を過ぎった。
「……隙だらけですよ、マジアアトラ?」
<夜蜘蛛の帳>
真化したマジアベーゼの姿があった。
彼女の魔力で編まれた闇色のマントからは、蜘蛛の巣のような糸が広がっている。
レオパルトから魔力を吸い上げているアトラは確かに無防備。
アトラがレオパルトを離してベーゼに対応しようとするなら、レオパルトは即座に反撃に動くだろう。彼女の魔力量はベーゼとアリスに次ぐ。僅かな時間でレオパルトの魔力を吸い尽くすのは無理がある。
故に、アトラとしては、レオパルトを離すわけにはいかない。
しかし、ベーゼを放置することもできない。
一瞬の逡巡……しかし、ベーゼには十分な時間。
しゅるしゅる、と伸びたベーゼの糸は、一瞬にしてアトラの両腕を縛り上げられる。
レオパルトを掴んでいた左手も、その腕ごと捻じられては、掴むというその動作そのものが続けるのは困難だった。
「……くっ!」
拘束が弱まったのを確認するや、レオパルトはアトラの胴体を蹴りながら、その拘束を解き、してやったり、といった表情でベーゼの横に降り立った。
一方のアトラは蜘蛛の巣に絡めとられた蝶のように、身動きが取れない状態で、宙吊りにされてしまった。
「アトラ!!」
「アトラちゃん!!」
即座に助けに動こうとしたサルファの前にはベーゼの隣にいたレオパルトが、そして、マジアマゼンタの前には、影から姿を現したロコムジカとルベルブルーメが立ちはだかった。
「レオちゃん、ナイス囮役でした。ルベちゃんも良いお仕事です。ロコちゃんは引き続き警戒を」
ベーゼは仲間たちを見て微笑む。
……つまりは、ベーゼの目論見どおり、ということである。
彼女の腹心であるレオパルトを使い、彼女自身の接近と真化のための、時間稼ぎ兼囮役と目くらまし。一手でも読み違いがあれば、それだけで破綻する賭け。しかし、ベーゼは一切の躊躇いなく、それを実行した。
「……大人しくしていてくださいね、トレスマジア。私の今日の本命はマジアアトラなので」
にやにや、と笑みを浮かべたベーゼの瞳が、黒く、昏く輝いている。
それは、とびっきりのおもちゃを目の前にした子供のようでもあり、獲物を目の前にした淫魔のようでもあり、無慈悲な処刑人のようでもあった。
「……その力を使わないのですかぁ、マジアアトラ? それとも使えないのですかねぇ? んー? どうですかぁ?」
ベーゼはアトラのあごの下に右手人差し指を入れて、アトラの顔を上に向かせて、その瞳の奥を覗く。
くすくす、と愉悦に顔を歪めるベーゼの問いに、アトラは答えず、ただ無言で睨め付けた。
「……だんまりですか。んん~、いいですねぇ! ……なら少し話したいようにしてあげましょうか!!」
アトラの服の胸元を掴んだベーゼはそれを思いっきり引いて、アトラの服を破った。
「……おやぁ? おやおやぁ……? これはまた、ずいぶんかわいらしいですね♡」
下着ごと引きちぎられたアトラの胸元が露わになる。
抱き上げられていたとき、サルファも気づいたが、アトラの体は薄く華奢だ。
……少女らしい起伏を感じられないほどに。
膨らみかけ、という言葉すら似あわない真っ平な胸は、しかし、かわいらしくピンクに色づいた突起がある。
つー、とアトラの肌に指を這わせたベーゼは、にやぁ、と笑みを深めると、その突起を捻り上げた。
「……んぎっ!?」
ぎりぎり、と音を立てるほどに、引っ張り、捻じられたそれは、可哀そうになるほど、胸の肉ごと、伸ばされている。
「おや? 痛かったですか? それでは、優しくしてあげましょう!」
ベーゼは突起から指を離すと、れろっ、と大きく舌を出し、今度は、首筋から突起に向かって舐め始めた。そして、突起に至ると、丹念にそれを舐る。
「……ぇろっ……ちゅ……ちゅばっ♡」
「う……うぁ……んくっ♡」
アトラは耐えようとして、羞恥に頬を染めつつも、歯を食いしばるが、ベーゼの執拗な責めに、ついには甘い声が上がり始める。
……しかし、その目はまだ死んでいない。
「ふふふ。いいですよ、マジアアトラ! どうか、まだ、私を楽しませてください!」
そう言いながら、ベーゼが更にアトラに密着して、首に抱き着くようにしながら、アトラの白い首に、ベーゼの特徴的な八重歯を突き立てる。
びくん、と体を仰け反らせるようにアトラが震え……。
「………………………………………………つかまえた」
サルファにはアトラがそう呟いたように聞こえたが、一番近くにいたハズのベーゼはアトラを責めることに夢中だったのか、気づく様子はなかった。
アトラの両手は縛り上げられている。特に左手はベーゼの糸に触れることができないよう慎重に、しかし厳重に。右手は左手よりは厳重ではないが、それでも動かすことは困難だった。
手、本体はそうだ。しかし、指まではそうでもない。
アトラの右の中指と親指を強く押し付け合い、そして、弾いた。
パァァァン、と大きな衝撃音が響く。
「ぐぅ……っ!?」
ベーゼが少しふらつきながらも、大きくアトラから距離を取ろうとする。
ベーゼの衣装は半ば引き裂かれていた。
(……ロコムジカの魔法!?)
今日の攻防の中で、アトラに吸収されているのは、サルファ、ベーゼの魔法に加え、レオパルトの魔力、そして、ロコムジカの魔法である。
声を衝撃波に変え、対象にぶつける彼女の魔法。
アトラはそれを吸収したが、まだ使ってはいなかった。だから、今使ったのだろう。指パッチンを衝撃波にする形で、自分ごと、ベーゼに向かって。
しかし、それは自分へのダメージを無視するなら、確かに効果的であった。無警戒だったベーゼは何の防御もできず直撃、そして、アトラを捕えていた糸をまとめて吹き飛ばしていた。
……まぁ、結果として、アトラの服は全損したが。
だが、その程度のことで、アトラは止まらない。
「……マジアベーゼ。私もあなたが本命です!」
にぃぃ、と大きく笑みを浮かべたアトラがベーゼを追撃し、その左手を伸ばす。
……が、その手が届くことはなかった。
ぽん、ぽぽん、と現れたぬいぐるみがアトラを押し返す。いつの間にか、ベーゼを守る位置に、ネロアリスが立っている。
「……くっ」
アリスはぬいぐるみを突進させているだけで、それ自体にダメージはほとんどないだろう。しかし、数はそれなりだ。幾つかはアトラの吸収を逃れ、彼女の体を押し始める。そして、止め、とばかりに、いい感じに縄で縛られたアズールが結構な速度でアトラに向けて射出された。
「ちっ!」
苛立たし気に舌打ちしたアトラは、アズールをぬいぐるみたちよりも雑に蹴り上げた。
「あはぁん♡」
しかし、それでもアズールは嬌声をあげて、宙を飛ぶ!
「おぉい!? ソイツは一応仲間やぞ!?」
サルファの抗議の声をアトラは無視して、アリスのぬいぐるみを押し退け進もうとする。
だが、それを抜けた先では、マジアベーゼがレオパルトに肩を借りて立っており、ふぁ、とあくびをしたネロアリスが胡乱な目を向けた。いつの間にか移動していたロコムジカも戦闘態勢のまま笑みを浮かべており、ルベルブルーメは油断なく周囲を警戒している。
「ベーゼちゃん、大丈夫~?」
「ええ……問題ありません。……まぁ、大体わかりました。今日のところは退くことにしましょう。それでは皆さん。ごきげんよう?」
そう言ったエノルミータは、黒いゲートの中に姿を消していく。
……そして。
ふぅぅぅ、と大きく息をはいたアトラは、素っ裸のままごろんと地面に横になった。
「……あ、アトラちゃん、大丈夫? 回復しようか?」
近寄ったマゼンタがそう言うが、アトラは手を挙げて、申し出を断る。
「……いや、アトラ、最低限、服を復元せぇや! 全部見えとるやん!」
サルファの言葉に面倒臭そうにしながらも、アトラは体を起こすと、背中から翼を一対出現させ、それを体に巻き付けていく。ぱぁ、という黒い光とともに、アトラの服が元に戻った。
「……はぁ、それでは、私はこれで」
少し気だるげに立ち上がったアトラは、もはや用はない、とばかりに、さっさとこの場を去ろうとしていた。
「ま、待ってよ、アトラちゃん!」
ぎゅっ、とマゼンタがアトラの袖を掴む。少し不機嫌そうな顔をしたアトラは、しかし、その手を振りほどくことはなかった。
「……何です、マジアマゼンタ?」
あまり友好的ではない、と感じさせる固く、温もりのない口調。
ぎゅ、とマゼンタは自分の胸の辺りを掴むと意を決したように口を開いた。
「一人じゃ危ないよ。私たちと一緒に戦おう? 私たちの仲間になってよ!」
マゼンタらしい言葉である。だが、サルファには、アトラの答えが分かっていた。
アトラがトレスマジアを助けているのは、彼女の狙いがエノルミータであり、言わば獲物が同じだから、結果、助けざるを得ない状況にあったに過ぎない。
だから、彼女が自分たちと共闘することはあり得ない。
「……なら、まず、強くなることですね。マジアサルファもマジアアズールも真化の力に振り回されて、十全に使えていない。真化すらできていないマジアマゼンタに至っては論外です。……せいぜい、私の邪魔をしないように」
アトラはそう言って、空に浮かび、その黒い翼を広げると、そのままこの場を離れて行ってしまった。
悲しそうな、悔しそうな顔で、マゼンタは俯いた。