イミタシオが、マジアアトラ一人では、マジアベーゼに勝てない、と判断した理由は簡単だ。
相手に放たれた魔法を分解、解析した上で、魔力へと昇華。その魔力を再構築して魔法とするのが、現時点でのアトラの戦闘方法である。
故に、魔力を得られなければ、アトラには攻撃方法が無いこととなり、自然、敗れるほかない。
……もっとも、アトラを倒すために魔法を使わなければならないというジレンマもある。しかし、ベーゼはこの点、頭が回る。何らかの小細工を弄して、あるいはアトラを封殺することも可能だろう。
(……本来なら、コイツこそチームを組むべきだろうに)
アトラが何故独りを選んでいるのか。
同類であるイミタシオには何となく理由がついているし、それはベーゼも同じだろう。気づかないのは、善良が過ぎるトレスマジアくらいだ。
……つまりは、己が役割を決め、その通りに振舞っている。
魔法少女を助ける謎のお助けキャラは孤高であるべき、という謂わば様式美である。
(難儀なことだな……)
そこまではイミタシオにも理解できる。わからないのは、彼女が何故その役割を選んだのか、ということと、本当の目的は何なのか、ということだ。
(……魔力の回収、あるいは、魔法の収集か? そのどちらだったとしても、結果、効率良く集めることができるのが、今の立ち位置だった、というところだろうか)
エノルミータの敵として魔法を受けることができるのは当然として、トレスマジアたちの前に壁となって立ちはだかり、力試しとして、魔法を受けることもできる。あるいは、第三勢力として、双方と敵対関係に入っても良い。
……何れにしろ空恐ろしい話である。
アトラが姿を現したのはこれで三度目。実は別の街で活動していたというなら、今の彼女の行動指針にも合点が行くところもあるが、これが本当にたった三回目だとするならば……。
彼女は考える暇すらない内に、現状の立ち位置を見切った、ということになる。
意図してのことなら相当に頭が切れるし、意図していないとしても、恐ろしくカンが良い。
……どちらにせよ、
(……おそらくは前者だろうがな)
陰謀を巡らせるタイプではなさそうだが、平然とウソをつき、詐術を仕掛けてくるタイプだ。うっかり信用しようものなら、致命的なタイミングで全てを引っくり返してくるトリックスター。
イミタシオはマジアアトラをそのように分析した。
「……私が前衛を務めるの☆」
イミタシオは大剣を振り、前へ進み出る。すれ違いざまに、ベルゼルガだけに聞こえるように囁く。
「……ベルゼルガ、ペスカを回収して、ここは退け。直にトレスマジアも来る。こちらは心配するな」
「……で、でも、シオちゃん……」
「……心配するな。アイツは信用ならんが、実力はある。それにこのタイミングで何かやらかすほどバカでもない」
不承不承ながら頷いたベルゼルガは、頭がアフロなパンタノペスカの腰の辺りを肩に引っ掛けて持ち上げる。……いわゆるお米様抱っこというやつである。
「……べ、ベルゼルガ……待遇の改善を要求しますわ……」
「……ペスカ、うるさい」
しくしく、と涙を零すも、身動きが取れないパンタノペスカは、ただただ抗議の声を上げるばかりであるが、ベルゼルガはそんな彼女を面倒臭そうに、しかし、確かに確保して、安全圏まで下がる。
「レオパルト、ネロアリス。お前たちも掛かってくるといいの☆」
「やぁだよー、ベーゼちゃん怒るもん。それにベルゼルガが本当に大人しく退くとも思えないし?」
「…………くぁ……」
両手を頭の後ろにやって、つまらなさそうにしているレオパルトではあるが、その目は油断なく、後方に下がったベルゼルガたちを警戒している。
一方のネロアリスは魔力を使った影響か、それとも単に眠いだけか、眠そうに欠伸をしていた。しかし、それでも、現時点で退く気はないらしく、その眠そうな目でイミタシオやアトラに目を向けている。
(……舐めてくれたものだな)
この二人に加勢する気がない、ということは、もとよりベーゼ一人でイミタシオとアトラを相手取るつもりだ、ということだ。
「……じゃあ、アトラ……後ろは任せるのっ!」
「……任されました」
イミタシオが飛び出してベーゼへと向かうと同時、アトラは、ばさり、と黒い翼を出現させて、ゆっくりと浮かび上がる。そして、ベーゼに右手の人差し指を向ける。
「……『黒星』」
アトラが新しく名前を付けたらしいソレは、レオパルトの『滅殺光線シュトラール』を再構築したものだろう。
黒い星のようなソレは、アトラが銃を撃つような動作をすると同時、弾丸のように撃ち出される。
「……なるほど」
ベーゼは、くす、と薄く微笑むと、一歩だけ横に避ける。
がぁん、と大きな音を響かせ、アトラの放った魔法が地面を抉って爆ぜる。
「……面白いですねぇ。こうなるんですか」
「よそ見してるんじゃないの☆」
ベーゼが一瞬だけ気を逸らした瞬間に、イミタシオは間合いを詰める。
ぎぃん、と甲高い音をたて、大剣と鞭が鍔迫り合いになった。
(レオパルトの魔法の再構築……ごく小さく魔力を集中させ、光線状ではなく弾丸状にすることで、一瞬の威力を増大させて、更には、消費を抑えたか)
つまり、アトラは自分がそのまま使うには、威力も魔力消費も大き過ぎると判断したのだろう。
その他にも利点はある。
不規則な、あるいはレオパルトの意志に従って動き回る光線は、連携して戦うには不向きだ。特に、息の合っていない者同士ならなおのこと。
しかし、アトラの方法なら直線的な動きしかない。アトラも誤射しないように調整しやすいし、イミタシオが誤って光線の射線内に入ることもない。即興の連携はしやすいのだ。
更には……。
「……くっ」
ベーゼが大剣を押しやって、後ろに下がった。
「『黒星』」
しかし、アトラがすぐさま追撃を放つ。連続に。
ベーゼはアトラの狙いから逃げるために、右へ左へ身を躱すが……。
「……たぁぁぁぁ☆」
「しまっ!?」
……アトラの緻密に計算された射撃で、ベーゼは最終的にイミタシオの射程圏内に誘導される。
「……くぅっ……!」
辛うじて、鞭の持ち手で大剣を受けたベーゼはその威力のまま、後方に吹き飛ばされ……くる、と身を翻すと、空中に浮かんだまま静止した。
「…………困りましたねぇ」
そう呟いたベーゼは俯いており、イミタシオからはその表情がわからなかった。
「……イミタシオ!!」
はっ、とした様子で、明らかに何かに警戒しているアトラの声。
一体、何を警戒しているのか、と考えたイミタシオが視線を送った先、顔を上げたベーゼの表情が見え、ぞっとした。
「……お二人が強いので困ってしまいました」
にやぁ、とベーゼは大きく笑っていた。
口は弧を描き、わずかに開いた口の中の赤色がやけに目に付く。
星のような、巣のような顔の模様が一層色濃く浮かび上がり……魔力が溢れ出ている。
「ふふっ……うふふふっ! あっはははははは!!」
……ヤバい。
(また、暴走か……!? いや……)
暴走ではない。ベーゼの瞳は、楽しそうに爛々と輝いている。
……しかし、一刻も早く倒さなければならない。
そう考えたイミタシオは再度剣を振るうべく構えようとして…………できなかった。
(……『マリスネスト』!? いや、アレには十分注意していたハズ……っ!?)
過去、まったく気づかない内に捕らわれた経験のあるあの悪意の巣には十分注意を払っていた。
ベーゼから放たれる魔力の動き、流れ……それらを観察し、避け、あるいは不自然ではない程度に振り払い、絶対に捕らわれることがないように。
……だが、捕らわれた。巧妙に隠ぺいされた魔力で編まれたその糸に。
(……アトラは……!?)
「……ぁぅ……くっ……!」
絡めとられた程度のイミタシオに比べ、アトラは明らかに、縛り上げられていた。
きりきり、と音が聞こえてしまいそうなほど、アトラの肌にベーゼの魔力糸が食い込んでいる。
左腕をねじり上げ、右腕は指一本動かせぬほど厳重に。
柔らかいふとももに食い込み、しかし傷つけずに。
細く白い首に巻き付き、しかし窒息させずに。
半ば破れた上着から覗く素肌に縄のように太く捩られた糸が這いまわり、アトラの幼く平たい胸がそれでも浮かび上がってしまうほどに。
太ももの付け根。まるで体重をそこで支えるかのように、糸が張られて食い込んでいる。そこにある秘部の形がわかってしまうほどに。
いつの間に……? いや、アトラが声を上げたとき、彼女は既に気づいていたのだろう。
その不可視の魔力の糸が自分たちに絡みついていたことに。
……魔法名をアトラちゃんに言わせるべきかどうか迷った結果、言わせることにしてみた。
なお、若干の照れがあると思われるので、魔法名を言う度に、少し頬が紅くなる、って感じ?