「……?」
つぼみに見送られたうてなは、いつもどおりの妹の様子に、しかし、違和感を覚え、道に出たところで玄関を振り返る。
……玄関の扉は既に閉まっており、つぼみの姿は確認できない。
……何だか胸騒ぎがして、どうしようか、と少しだけ迷う。
「……うてなちゃーん、どうしたのー?」
腕に抱き着いたままのキウィがうてなの顔を心配そうに見上げた。
「……う、ううん、何でもないよ、キウィちゃん。……行こう?」
つぼみの様子は気になるが、彼女の性格上、簡単に弱みを見せてくれるとも思えない。昨日の今日ではあるが、今日は自分からベッドに誘い、話を聞いて見ようか、と考え、うてなは、目下の目的に取り掛かることにする。
「……キウィちゃん、学校に行く前に、あそこに寄るよ?」
◇◆◇
「いらっしゃいませーっ!! おはようございまーす!!」
最近は元気の良い店員と広く認知されるようになった田中みち子の姿がそこにあった。
「お、おはよう、ございます……みち子さん」
「おはー、みち子!」
「……柊うてな、阿良河キウィ……!」
田中は二人の顔を見て、露骨に嫌そうな顔をするが、以前ほど警戒した様子はない。
……まぁ、近所のコンビニでバイトしている彼女はシフトはかなり多いので、普段から利用しているうてなやキウィと顔を合わせる機会も多い。ある程度の慣れは必要だし、何より、ギャル店長の指導が行き届いている。
……そして、何より、今日、うてなが顔を出すであろうことは田中にもわかっていたことだ。
しかし、ミネラルウォーターを購入したうてなは、何か言いた気に田中の顔を伺うものの、言葉を切り出せずに、頬を赤らめて、俯いてしまう。
……告白のタイミングをつかめない少女の様相だった。
これでは誤解されかねない、と思った田中は、キウィが登校中だと言うのに、山ほどお菓子をレジに出し、それに対応しているギャル店長に頭を下げる。
「……店長、すみません。
「……おっけー、おけまる~☆」
ギャル店長のノリは軽いが、簡単な気持ちで田中が言い出したのでないことを知ってか、笑顔のまま、指で丸を作った。
うてなは田中に促されるまま、店外へ出て、登校中の小学生たちを見ながら話を切り出した。
「……あ、ありがとうございます、みち子さん」
「何……気にするな。来るとは思っていた……まぁ、登校中に顔を出すとは思わなかったが」
「す、すみません!」
「登校中に買い食いとは不良め」
くす、と田中が薄く微笑む。本気で咎めるつもりではなく、これでも揶揄っているいるのだろう。今日日、中学生どころか小学生でも買い食いすることはある。
「……マジアアトラの件だろう?」
「は、はい……みち子さんの忌憚のない意見を伺いたく……」
「ふむ……前提として、貴様はどこまでわかっている?」
田中から試すような視線がうてなに向けられる。
これは、悪の組織の総帥と魔法少女としてのものではなく、新旧総帥としての問答だろう。つまり、田中は今のうてなの総帥としての器量を問うているのだ。
「……能力は『吸収』。彼女本人の目的かはわかりませんが、現状、魔力の回収で動いている。……そして、あなたと同じように年齢を偽っている、というところでしょうか」
「……及第点だな。そこは私も同じように考えている」
「何なに? アイツ、みち子みたく成人してるの?」
アイスにがっつきながら、店の外に出てきたキウィが話に加わる。
……うてなのミネラルウォーターはかわいいものだが、キウィのそれは登校中であるという事情を考えれば、度を過ぎたものだった。
「……貴様は……。行儀が悪すぎるだろう……せめて歩きながら食うのはやめろ」
真面目な田中として、眉を顰める行為ではあるが、彼女はキウィの先生でも無ければ、先輩でもない。組織の元後輩という立ち位置ではあるが、そこから離れた自分に咎める権利もないだろう、と軽く注意するに留めた。
「……私とは逆だ。成長させているんだろう」
マジアアトラの容姿はやや幼いが、少なくとも中学生くらいには見える。
落ち着き払った様子は大人っぽくも見えるが、彼女の行動の端々は、消しきれない子どもっぽさが見え隠れする。前例が無ければ、そういうものだろう、とも思ってしまうかもしれない。しかし、前例はあるし、それ以前にうてなにも田中にも心当たりがあった。
「大人モードってやつですよ、キウィちゃん!」
田中との意見の一致に気を良くしたらしいうてなは目をきらきらと輝かせていた。
(あー……いつものやつぅ~……)
キウィは少し苦笑する。
要は、魔法少女あるあるの話……うてなの大好物である。
「年齢を偽って自分の正体を隠すと同時! 自分のあこがれるちょっぴりおねえさんの姿へ! 高校生くらいを選択することが多いですが、彼女が選んだのはあえての中学生! これってたぶん彼女があこがれる身近な存在が中学生であるということからきっと年齢は小学校三四年生くらいなのでこりすちゃんと同学年くらいだと思うけどあの生活能力の高さからすると相当なしっかりもので頭もいいと思うんだよねあとあと身体能力の高さも目立つから運動とか得意かもしれないしでもちょっと背伸びしている感じがして……あああああ、そんなのかわいすぎる!! 推せる!!」
ふんす、と鼻息荒く、すごく良い顔をしているうてなにキウィは何も言えない。
その代わりに、うてなちゃんはかわいいな~、と心の中で萌えて、話の半分以上は聞き流した。
「……まぁ、余計な感想が入ったが、概ね私もそのように考えている」
「ですよねですよね! そして、彼女、絶対、私とみち子さん側の子じゃないですか!?」
うふふ、と手を合わせて喜ぶうてなからは、同志を見つけて嬉しい、という気持ちが伝わってくる。
「……うてなちゃんとみち子側ってなぁにぃ?」
しかし、キウィにはあまり、ぴんと来なかったようで、首を傾げると、田中が得意気に口を開く。
「愚問だろう……阿良河キウィ」
そんなこともわからないのか、と言いた気な田中に、キウィは内心で、いらっ、とするものの、その傍らのうてながとても楽しそうなのですぐにどうでも良くなった。
「私が悪の組織の総帥として振舞っているように。みち子さんが魔法少女であろうとしているように。あの子は魔法少女を演じている」
(ああ……)
確かに、うてなは何度もアトラを褒めていた。
彼女はお助けキャラだと。そう自分で立ち位置を決め、その役割を演じていると。
……そして、それは魔法少女のため、悪の組織の総帥として立ちはだかるうてなと同じで。現在、魔法少女であるために、悪の組織に対抗している田中と同じだ。
おそらく純粋な気持ちで魔法少女をしているトレスマジアとは、その目的も動機もまったく異なる。
そう言った意味で、うてなと田中とマジアアトラはとても良く似ていた。
「……役割に徹している、という意味では私よりも、貴様に近いだろう、柊うてな」
「いえいえいえ!? そんなそんなそんな!? 私の動機はとても不純なものですし!?」
(あー……うてなちゃんはすけべだからなー……)
うてなは魔法少女を輝かせるための闇であろうとするの同時、彼女たちを甚振ってえっちぃ目に合わせるのは半ば趣味……というか性癖だ。とってもすけべである。
「……そうか? マジアアトラの真の目的は不明だが、あの感じはな……私には貴様たちがとてもよく似ているように思えてならない」
「……そう、ですか……?」
うてなは、田中の発言の意味がわからず、自身なさ気に、彼女を上目遣いで見る。
そんな様子に、田中は、ふ、と頬を緩める。
「……貴様、確か、本当は魔法少女になりたかったのだったか?」
「……あ、は、はい……お恥ずかしながら……」
たはは、と恥ずかしそうに顔を俯かせたうてなに田中は続ける。
「……だが、貴様は悪の組織の女幹部になった」
そこまで言われて、うては、はっ、と顔を上げて、田中を見つめる。
「……あの子はその逆……?」
うてなの言葉に田中は頷いて、言葉を続ける。
「不思議なことでもないだろう。私はヴェナに誑かされたとは言え、悪という肩書にあこがれて、ロードエノルメとなったのだ。……何の因果か、今は正義の魔法少女だがな」
ふん、と少しだけ面白くなさそうな顔をした田中に、うてなも苦笑気味に頷いた。
「……逆ぅ……?」
一方で、キウィは心当たりがありそうでないような顔をしながら考える。
喉元まで答えが出そうになっているのに、その答えが靄にかかったようにわからない。
(……さっき、うてなちゃんは何って言ってたっけ……?)
うてながかわい過ぎて聞き流してしまったことが悔やまれる。
もしかしたら、マジアアトラの正体に心当たりがあったかもしれないのに。
「……今回の件、ヴェナは絡んでいないのか?」
「ヴェナさんから、特に話はありません……アレの話をあまり当てにもできませんけど、一応、調査は依頼していますが……」
「妥当な対応だな……はぐらかされるだろうが、もう少し突っ込んで聞いて見るといい。……私の見る限り、ヴェナとマジアアトラの背後の存在の目的は同じだ」
田中の言葉に、うてなは神妙な顔で頷いた。
『魔力』。
……それで何ができるのか知る必要がある。
「……みち子さん、ありがとうございました」
うてなは田中に深々と頭を下げる。
今日の彼女の言葉は、魔法少女イミタシオというよりも、先代エノルミータ総帥ロードエノルメとしてのもの。
うてなには、彼女が掲げた目的は一ミリも理解できなかったが、しかし、先達として、悪の幹部として、見習うべきところはあった。
主義主張を違え、今は道を別にしたが、彼女はそれでも尊敬すべき先輩であったのだ。
……そして、今。
魔法少女として立っている彼女に、確かにあこがれている。
「……行こう、キウィちゃん」
まずは、ヴェナリータに問い質し、機会があれば、マジアアトラ本人とも話がしたい。
決意を秘めた瞳で、うてなは一歩踏み出した。
◇◆◇
頼もしい後輩の姿を田中は眩しそうに見送った。
自分は、今そこに立っていないし、当時は、彼女のスタンスを全く理解できなかったが、今ならうてなの考えていることもわかる。
彼女はどうしようもないほどに魔法少女にあこがれていて……しかし、魔法少女にはなれなかった。だが、だからこそ、彼女は魔法少女を輝かせるために、自らが悪となることを厭わないし、結果、滅びることさえ美学と捉えている。
それもまた、悪の女幹部としての姿なのだろう、とその強さに少しだけあこがれを抱いた。
「……店長、申し訳ありませんでした」
「あ、みち子ちゃん! あの子の告白どうだった!? あの雰囲気だと、フっちゃった!?」
「……告白じゃありません」