【今の君にはそうできるほどの力があるだろう、柊つぼみ?】
悪魔の囁きを私は姉のベッドの中で、胸を押さえるようにしながら聞いていた。
……なるほどなるほど?
今の私の状態もコイツの手の内ということか。
「……失せなよ、クリーチャー! 私はアンタに唆されるほど終わっちゃいない!」
……悪辣だな。コイツらは正しく悪魔のような存在だ。
力を授け、その力に慣れ始めたところで、そっと耳打ちするのだ。
……甘い誘惑を。
【……強がるなよ、柊つぼみ。君はずっとそう願っていたじゃないか】
耳を貸してはならない。それはわかっていても、コイツは直接私に語り掛けてくる。逃れる術はない。
私は姉の部屋から飛び出すと、自分の部屋からカバンを取って、逃げるように家を出る。
(……早く、学校に……日常に……歯車に……埋没するよう、演じるんだ。自分の役割を……!)
……私、柊つぼみは世間から大幅にズレていることを自覚している。
そうしなければ、日常生活すらままならないほどに。
単なる感性の違いではないだろう。
私は、他人が忌避することこそを愛している。
そんな自分が怖くて、恐ろしくて、嫌で、だから違う自分を演じる。
優等生な私。かわいい私。小生意気な私。甘えん坊な私。
そうやって他人を欺き、世間を騙し、自分にウソをついてきた。
【……思うままに振る舞うといいのさ。君にはそうするだけの権利と力があるだろう?】
どくん、と心臓が大きく鼓動を奏でる。
……悔しいが、このクリーチャーの言葉は的確に私の欲望を刺激している。
「……はぁ……はぁ……」
登校時間だというのに、不自然なほどに人気がない。
今の私を誰かが見たら、救急車でも呼ばれかねないほどだと思う。
頭からつま先まで、いつの間にか汗でびっしょりだ。
ふら、と体がふらつき、このまま、走り続けることは難しい。
(……パンダ公園か……仕方ない、ここで少し休んで……)
ずる、と足を引きずるようにしながら、パンダ公園の中に入って、ベンチに座る。
……体は鉛のように重い。
【柊つぼみ。何を躊躇することがあるんだい? 君が望んだ未来だろう? 何故すぐに手を伸ばさない? 君が望めば手に入れられるんだよ? 柊うてなの全てが君のものだ! 君が望むとおり、君と柊うてな
ああ……まったく……私は何とも度し難い。
悪の女幹部にあこがれても、私が望むのは世界征服ではなく、姉と二人だけの世界。
魔法少女になっても、私は世界平和になんて興味なく、ベーゼ様と遊びたいだけ。
どちらの役にもはまらない、中途半端な存在。
だから、どちらでもない立ち位置を選んだ。
……そして、それ故に、ここから先の未来は必然。
【さぁ、手を伸ばしたまえよ、柊つぼみ】
……体からは既に黒い魔力が溢れ出している。
私がどれだけ強がってみせても、コイツは私の欲望を煽る。
私の心の中にあった火種は、私の想いを糧に、誘惑に煽られて燃え上がる。
【……さぁ】
(……くそ……時間はあとどれくらいある? 私の魔力が漏れているなら、エノルミータは既に動き出していてもおかしくない。……誰が来る? 最低でもネロアリスがいれば、私ごと封印できるだろう。ベーゼ様がいてくれたら最高だ。溢れ出した魔力を魔物化してもらって倒せば、当座は凌げる。トレスマジアがニセアトラに勝てるか? シオちゃんズなら問題ない)
【さぁ】
(最悪なのは、このまま、コイツの言う通りに力を使ってしまうことだ。……どうなる? 囁きかけてきたということは、私単体でコイツの必要とする魔力に足りるのか? それとも、私以外の全てを含めてか? おそらく、魔力というのは、コイツらの世界のエネルギーのようのものだろう。それを集めて何をする? 何故コイツは封印されている? 魔法少女とその対抗組織を争わせ、互いの力を高め合い、その果てに生まれた膨大な魔力を一体コイツらは何に使おうとしている? 手段は違えど、コイツらの目的は同じ。穏当に得るか、多少荒っぽい手を使ってでも得るか、それとも全て奪うか……魔力にはそれだけの価値があるということ)
【さぁ、さぁ!】
(……クリーチャーどもめ! 全てがお前たちの都合よく行くと思うなよ? ベーゼ様は……エノルミータはお前たちの思惑など関係ない! シオちゃんズはお前たちに興味がない! トレスマジアは疑いもしていないだろうが、彼女たちはお前たちが思っているよりずっと強い!)
【さぁさぁさぁサァサァサァ!!!! 手を伸ばせ、柊つぼみ!!】
「……
……ぴし、と何かにヒビが入ったような音がした。
◇◆◇
「……な……んだ、コレ……!?」
今までない爆発的な魔力の反応。
離れていも、首筋に死神の鎌をかけられているような感覚。
「キウィちゃん! 急ごう!」
うてなの声に、ハッ、として、キウィはうてなと二人、人気のない道に入って、異空間へのゲートを潜る。
「……うてなちゃん、アレ、何だと思う?」
「わかりませんが、碌なことになっていないのは確かでしょうね……。そして、私は、同じようなことに心当たりがあります」
「……アレかぁ……」
……暴走。
マジアベーゼが魔力に呑まれ、その姿を変え、全てを飲み込もうとした、あの出来事。
「……だから、まず、ここに来ました。……ヴェナさん、いるんでしょう?」
ナハトベースの中、暗闇に向かって、うてなは問いかける。
ふよふよ、と空中を漂いながら、ヴェナリータが現れた。
「……やれやれ、ボクを黒幕扱いかい? 酷いなぁ、柊うてな。誓って言うけど、今回の件にボクは絡んでいないよ?」
……うさんくせぇ。
キウィももはやコレの言うことは一切信用していないが、何を言っても、何かあくどいことを考えているとしか思えないのは、怪しいを通り過ぎて、笑えるレベルである。
「……ですが知っているハズです。マジアアトラの……彼女の後ろにいる存在の目的を」
「……ふむ。まぁ、そうだね。君も気づいているだろう、柊うてな?」
まぁ、あれだけ露骨に魔力を吸収しているのだから、何をしたいのかはキウィでもわかる。問題はその結果だ。
「では、やはり、目的は魔力ということですね? それで一体何をしようというのですか?」
「それは先方に聞いてみないとわからないよ。だが、一つだけ言えるとすれば、魔力があれば、できることは増えるよ? あればあるだけ……何でも。際限なく、ね」
「……わかりました」
くる、とうてなはヴェナリータに背を向けた。
もっと、聞くべきことはあるだろう、とも思うが、うてなの背中には、もはや語ることなし、と言わんばかりの怒気が漂っている。
「……気を付けるんだ、柊うてな。焦って、怒りのままに力を振るえば、君は大事なものを失ってしまうよ? まだ、君に退場されるのは、とても困るんだ」
「
「……誰にものを言っているんです? マスコット風情が! 私はエノルミータ総帥マジアベーゼですよ? 私が今退場するなんてことはあり得ません!」
ベーゼの魔力が吹き荒れる。
怒りと……そして、喜び。
(あ、あ~……そっかぁ……うてなちゃんの大好きな王道展開かぁ……)
お助けキャラの闇堕ちイベント。
加えてそれに対抗するための、敵と味方が手を取り合っての共闘イベント。
確かに、今のベーゼが退場するなんてことは、億が一にもあり得ない。
誰が何を企んでいようが関係ない。
「ベーゼちゃんはさいきょーだからね♡」
レオパルトへ変身したキウィは幸せそうにベーゼの腕に抱き着いた。