ナハトベースからマジアベーゼとレオパルトは、魔力の発生した地点へと移動した。
朝の忙しい時間。
本来ならば、人の往来が多くあるはずなのに、人の気配が一切ない。
「……ベーゼちゃん」
レオパルトの警戒したような声に、ベーゼは静かに頷いた。
「これは、結界、ですかねぇ……」
魔力遮断のような簡易的なものではなさそうだった。
結界、あるいは、異界化。もしくは……。
「……アリスちゃんのドールハウスのような……」
……だとすれば、やはり、この膨大な魔力はマジアアトラのもので間違いないだろう。
彼女はアリスのドールハウス自体は確かに直接吸収してはいないが、アリスの魔力自体は吸収している。アトラの『吸収』から魔法の再構築までのプロセスは不明な点も多い。対象者の魔力吸収のみで、得意とする魔法を解析していたとしてもおかしくはない。
さすがに、アリスのドールハウスほど、何でもありではないだろうが、相手のテリトリーの中と考えて、警戒は強めた方が良さそうだった。
そして、向かう、この結界の起点。
そこには確かにマジアアトラであったのだろうと思われる存在があった。
黒い
「おや、マジアベーゼにレオパルトが一番乗りでしたか。いやはや、何とも都合が良い!」
あははは、と楽し気にソレは笑った。
(……マジアアトラじゃない!?)
これまでに直接戦い彼女の言葉を聞いていたベーゼとしては、外見がいくらマジアアトラであろうとも、今、目の前にいる存在は全く別の何かだと判断した。
……理由は幾つもある。
だが、その判断に至った最たる理由は極めて単純だ。
これは、マジアアトラのキャラじゃない!
彼女は非常に用心深く、簡単に手の内を明かすようなタマじゃない。こんなタイミングで自分の力を曝け出すバカをやるわけがない。そういうのはもっと勿体ぶって、相手が何か新しい力を見せた時に段階的に引き出すものだ。自分の役割に徹するほど魔法少女を理解しているマジアアトラがそんな単純なミスをするわけがない。
他の誰がわからなくてもベーゼにはわかる!
……そして、キャラを冒涜するような所業はベーゼの逆鱗だ。
「……………………お前、やってはいけないことやったな」
ギン、とベーゼの瞳が輝き、溢れ出た魔力が周囲を撫でる。
「……やってはいけないこと? それは一体何だろうか? 教えてよ、マジアベーゼ!」
アトラの周りに黒い星が幾つも浮かび、にやぁ、という笑みとともに、それが放たれる。
「……やらせっかよ! 滅殺光線シュトラール!!」
<クソつよステイト>
猫の耳が付いたような軍帽。猫の目のような縦長の瞳孔。感情に合わせてうねうねと動く尻尾。ほぼ半裸と言って差し支えのない軍服様のコスチューム。
真化した姿のレオパルトが、ベーゼを守るように立ち、本家本元の破壊光線がアトラの『黒星』を撃墜する。
「……あぁん? アタシの魔法をベースにしてるのに、脆すぎやしませんかねー? そこんとこ、どうよ? アトラぁぁぁぁ!!」
レオパルトの『滅殺光線シュトラール』が、さらに数を増やしながら、不規則な軌道を描いてアトラに迫る。
「……ふふっ」
余裕の笑みを浮かべたアトラは軽く手を振ると、レオパルトと同様、『黒星』の数を増やして対応する。
一つが二つ。二つが四つ。四つが八つ……順次発射されていたそれは、一〇二四を超えると一気にレオパルトの光線を圧倒し始めた。
「あははは! こんなもの? こんなものですか、レオパルト!」
けたけた、と高笑いをするアトラに、レオパルトは苦い顔をするが、それでも、にぃ、と笑みを浮かべた。
「………………ああ、アタシだけならな!」
明らかに許容を超える『黒星』をそれでも撃墜しながら、レオパルトはベーゼの前に立ち続ける。
ど派手に、仰々しく、格好をつけるように。自分だけに目を向けさせるように。
……だからこそ、それには気づかれない。
「フォルティシモ・カノン!!」
影のある場所はルベルブルーメの領域。そして、彼女の潜む影の上に立つ、ロコムジカは、彼女のためだけのアイドル。……まぁ、パンツ履いてないだけだが。
しかし、その歌声を魔法に変える力は、二人合わせて二乗。単純な威力だけを見るなら、レオパルトの『滅殺光線シュトラール』をも凌駕する。
「……ちっ!」
その強力な攻撃を受けてもなお、アトラは健在である。
ロコムジカの『フォルティシモ・カノン』は半ばほど、アトラの『吸収』による効果かかき消されたが、もう半分は彼女の体へダメージを与えた。
「……あら? コイツ、こんなに弱かった?」
「……言ってやるなよ、ロコ。どうせ偽モンだろ? アトラならこんな単純な陽動に引っかからねぇよ」
首を捻って、疑問を呈するロコムジカの隣に、ぬる、と影から現れたルベルブルーメが答えて、今のアトラを、偽物、と一言で一蹴した。
姿形こそ、マジアアトラを象っているが、一目でそう見抜かれる程度には酷い出来だ。
エノルミータは、マジアアトラの能力自体は厄介だが、脅威だとは考えていない。それを操るのがマジアアトラだから問題だと考えている。……これは総意だ。
「……舐めるな!」
ふわ、と宙にアトラが浮かび、彼女が乗っていた蛇の魔物をロコムジカたちに向かって嗾ける。
大蛇を超え、もはや龍とも呼ぶべき大きさの蛇ではあるが、ロコムジカもルベルブルーメも全く畏れはない。
ずる、とルベルブルーメの影からそれよりも大きな猫のような手が現れて、蛇の魔物を掴む。
「……」
ぴょこん、と更に影から姿を現したネロアリスは、つまらなさそうに蛇の魔物を見ると、自らが使役する巨大な猫のぬいぐるみを操って、蛇の体を捻る、捻る、捻る……そして、遂にはその頭をもぎ取ると、興味なさそうに、その辺に打ち捨てる。
「…………くぁ……」
魔力もまだほとんど使っていないだろうに、本当につまらなそうに欠伸を一つ。
……そして、ぺしん、と乾いた音がした。
明らかに、これまでで一番不機嫌で、怒髪天で、しかし、まったく表情のないマジアベーゼが
「……分を弁えなさい、下郎。お前程度にマジアアトラを名乗る資格はない」
◇◆◇
「……酷い見世物なの☆」
マジアアトラを騙る何かは、ほんの僅かなやり取りだけで、エノルミータに
イミタシオもアトラと接触したのは一度きりだが、それでも明らかに違うとわかる。
(まぁ、あれはあれで、それなりに以上には強いのだろうが……)
……何と言うか興醒めだ。
あれでは出来の悪い怪獣のようなものだ。
誰にでも明らかに悪とわかる、倒すべき相手。
やられることが決まっている相手。
本気でアトラが演じているなら、まずこんなことにはならない。
彼女であれば、もっと物語を盛り、それでも、感動的に。
彼女であれば、もっと悲哀をもって対峙し、そして、泣かせにくる。
彼女であれば、もっと狡猾に立ち回り、しかし、だからこそ、破滅へ向かう。
王道を。テンプレを。誰もが想像できる物語を。
それをなぞって、堂々と演じ切るだろう。
彼女が退場するその瞬間まで。
本当の彼女であれば、こんな愚は犯さない。
ベーゼを怒らせ、イミタシオを呆れさせ……そして……。
「アトラちゃん!? 一体どうして!?」
……トレスマジアに義憤を抱かせるようなことはあり得なかった。