マジアベーゼは自身の怒りが思っていた以上に強いことを自覚していた。
イミタシオの言うとおり、現在の展開も、なるほど、確かに王道である。
……だが、自分の思っていた展開とは程遠い。
自分の都合通りに進んでいない現状に子供染みた癇癪を起しているのか、と問われれば、否、と答える。
では、何が不満なのか、と自問自答してみれば、答えは実に単純なものだ。
「……………………気に食いません」
「
……ベーゼは楽しみにしていたのだ。
自分と同類のマジアアトラが、今後、どんな展開を企んでいるのかを。
彼女が自分で建てたフラグをどう回収するつもりなのか、あるいは、どう圧し折るのか、そして、自分がそれにどう巻き込まれるのかを。
彼女は彼女の設定した物語の主人公であり、脇役であり、そして、フィクサーでもある。
彼女は設定のとおりに、王道を、テンプレをなぞり、しかし、新しい物語を紡ぐハズだった。
だと言うのに!
この無粋な輩は、その楽しい物語に横やりを入れた。
せっかく彼女が作り上げ、完成させるハズだった物語が汚された。
それが気に食わないし、面白くない。
「……気に食わないのだとしたら、どうするつもりだい、マジアベーゼ?」
にやにや、とマジアアトラの姿をした何かが笑う。
ベーゼは、ぎろり、とそれを睨みつける。
「……あなたは消えてください。私たちの物語の邪魔です」
ひゅん、と鞭を振るい、その衝撃に魔力を乗せる。
「『メナスヴァルナー』!」
魔力の斬撃と呼んでも差し支えないその衝撃波は、しかし、アトラの左手に握り潰される。
「……無駄だよ、マジアベーゼ」
得意気に、ソレは笑うが、マジアアトラ本人と戦っていたベーゼからすれば、実に笑止だった。
「……『メナスロンド』!」
次は複数に放つ。マジアアトラならあるいは、先ほどと同じ結果になるのだろうが……。
「……ふん」
ソレは、衝撃波の一つを左手で反らし、その残りは、飛翔しながら躱していく。
「おやぁ? 『吸収』しないのですかぁ? それともできないんですかぁ? ……できないんでしょう? マジアアトラを騙る
『吸収』。その能力は、今、目の前にいる存在が、アトラに与えた力なのだろう。
もしかしたら、ソレが本来の使い手なのかもしれない。
……だが、使い手としては、マジアアトラには及ばない。
「ご自身で言ったことでしょう? マジアアトラは天才だと。その体を奪った程度で、彼女の力を十全に使いこなせるわけがない。あなた程度では、あの子が何を考え、何を思い、どうやって魔法を使っていたのか理解できない」
想いの力。それが、魔力の源で、魔法を形作る原動力なのだとしたら……。
マジアアトラの力は誰より強い。
おそらく、マジアマゼンタのように純粋でもなく、マジアベーゼのように欲望に塗れているわけでもない。
マジアアトラは、自分の役割を魔法少女と定義した。
そうなるために考えた。そうするために考えた。
魔法少女であること。それ自体が彼女の想いだ。
極めて中庸なその想いは、しかし、マゼンタやベーゼに劣るものでもない。
「……魔法少女であること。魔法少女であろうとすること。どれだけ自分の意志に反していようとも、徹底して役割を演じようとした彼女の想いは、だからこそ強い。……あなたではマジアアトラになれません」
「……ふ……ふはっ!」
ベーゼの言葉を聞いて、ソレは笑った。
「ふっははははは! お笑い種だな、マジアベーゼ! 君にあの子の何がわかる!? ボクの何がわかる!? わからないだろう!? ボクとあの子は同類さ! 群れから排斥された忌まわしき存在! 周りを、自分を破滅に導くことしかできない憐れな存在! ボクが彼女を選んだのは、偶然じゃなく、必然! 彼女が選ばれたのもまた必然さ! 彼女になれない? なる必要もない! 溶け合い、混じり合い、ボクたちはただ一つの存在になる! 新しいアトラになるのさ!」
ソレが大きくその黒い翼を広げた。
ずずっ……とわずかに体から魔力が引きずり出されていく感覚をベーゼは察知した。
(……魔力があれば、『何でもできる』のでしたか。だとするならば、今、アレがやっているのは、マジアアトラの体の乗っ取りだけではないハズですね。結界内、といいうのもお誂え向き……結界の内部全ての魔力を奪う気ですか。……なるほど、本来の『吸収』は接触が条件ではなく、周りの魔力を『吸収』するのがメイン……。だとすると、アレにとっては、マジアアトラそのものがイレギュラーだったのでしょうね)
引きずり出される魔力は、ベーゼからしてみれば、それほど大きいわけではない。
しかし、それでもあまり長い時間をかける訳にはいかなくなった。
想いの力が魔力といっても、ベーゼのそれも決して無尽蔵ではない。
それに、のんびりしていた結果、アレがまかり間違って、うっかりアトラと交じり合ってしまった、なんて結果は認められない。
「……マジアアトラとして私が認めるのは、本当のマジアアトラだけです。……ですから、あなたには、ちょぉっと痛い目に合ってもらおうかと思いまして♡」
びしっ、と鞭の柄の部分を右手で、本体部分を左手で持って、たわみを戻すように勢いよく引っ張って音を出した。
「……アハハハ! そんな鞭一本でどうする気だい!? 魔物化はボクには通じないよ!?」
「……鞭の恐ろしさがわかっていないようですねぇ?」
武器としての鞭の取り扱いは極めて難しい。素人でもある程度の痛みを与えることはできるものの、十分な威力を発揮するためには、相当な熟練が必要だ。しかも、熟練してなお、剣などの刃物に比べれば殺傷能力は極端に低い。
……だが、鞭と言うのは、『鞭打ち刑』というものが存在していたほどに、残虐な武器でもある。打たれた箇所は、真っ赤に蚯蚓腫れになり、場合によっては、出血もする。打ち続ければ、気絶することはもちろん、死に至ることもあり得る。
高い非致死性を維持しながらも、相手を屈服させるほどの痛みを与えることができる武器。それが鞭である。
鞭の先端は普通の人間が取り扱っても音速を超える。うてな自身の身体能力は高くはないが、変身し、マジアベーゼとなった彼女の身体は、魔力によって強化され、その身体能力は変身前の比ではない。
「……たっぷり、わからせてあげます……よっ!」
ひゅ、という風を切る音……そして、狙いを違わず、ベーゼの鞭は、ソレのむきだしの太ももを強かに打った。
「ひぎっ!?」
思わず、ソレは悲鳴を上げてしまった。
痛み。それ自体は慣れているはずなのに。
「ほらぁ、ほらぁ!? どうですかぁ!?」
「ひぃあっ! うひぃん! あ、あぁぁっ!」
純粋な魔力現象ではないから、『吸収』で消すこともできない。ならば、別の魔法を、と思っても、痛みが強すぎて、再構築するほどの余裕がない。
ベーゼは再度、ひゅっ、と伸ばした鞭先をソレの首に巻き付けると、締め上げた。
「……ぁ……ぐっ……」
「中身がニセモノの割に、中々かわいく鳴くじゃないですか♡ ……大丈夫ですよ、きっと気持ちよくなれますから。いえ、そうなれるように甚振ってあげますからね♡」
ソレは、首が締まっているからか、それともベーゼの言葉を聞いたからか、顔を真っ青にした。
「……こっちは単なる縄なんですけどね? 魔力じゃないから、『吸収』できないでしょう? ホントは私が手ずから縛ってあげたいのですが、あんまり時間をかけるわけにはいきませんからねぇ♡」
ベーゼは支配の鞭で、自らが取り出した縄を鞭で叩いて魔物化すると、それはベーゼの指示通りにそれに巻き付いて縛り上げ、しかし、すぐに魔力を吸収され元の物質に戻った。
だが、それで体の自由を奪うのには十分過ぎた。亀甲縛りに縛り上げあれたソレは、もがくが、それ以上のことはできない。
「良い格好ですねぇ♡ たぁっぷり、お仕置きしてあげますから、せいぜい楽しんでくださいね?」
にやぁ、とベーゼは大きく笑みを浮かべた。