悪の女幹部にあこがれて   作:MIA

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37 灰は灰に

 確かにつぼみとなったハズの魔力の種は、しかし、内側から裂け、ぐしゃり、と手折られた。

 

「……くふ♡」

 

 自らの口が紡ぐ笑い声に、ソレは気づく。

 

 闇色の宝石の中。

 ソレの魔力の根幹とも言うべき、それの中に、闇の中にあってなおどす黒い異質な魔力があることに。

 

「…………貴様ぁ…………!?」

 

 ばり、と自分の外殻を破る音がする。

 

「……残念☆ あなたの望みは叶わない!」

 

 マジアアトラはソレに気づかれぬよう当初から魔力の結晶たる翼と自らの服に自分以外には扱うことのできないその黒く昏い魔力を仕込んでいた。

 それを吸収し、使ったのならば、それ自体が毒となり、使った者を蝕むように。

 

 そして今、そのどす黒い魔力が宝石の中で暴れまわっている。

 

 やがて、ぴし、ぴし、と何かが割れるような音がして……。

 

「……マジアアトラぁぁぁぁぁ!? お前ぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 慟哭。絶叫。

 

 ソレの叫びを嘲笑うかのように。

 

 ぱりん、と闇色の宝石は砕け散った。

 

「……無駄な努力、ご苦労様♡」

 

 くふふっ、という悪戯めいた笑いとともに、ソレは自らの存在ごと闇に溶けていく。

 

『ぁ……ぁぁぁぁ……ゴメン……ゴメンよぉ……』

 

 泣くような声を上げながら、消えていくソレを柊つぼみは……マジアアトラは哂った。

 

「灰は灰に、塵は塵に。あいつの行く手に茜と山査子の棘があらんことを……ってね! 無に帰れ、クリーチャー!」

 

 きゃはは、と笑い、アトラはソレの残滓を虫のように振り払った。

 

「…………………………これはこれは。あなたが、そう簡単に体を乗っ取られるなどあるハズがないと思ってはいましたが」

 

 アトラを知る者が、口を揃えて「んなわきゃない」と言ったとおり、そんなわけなかったのではあるが……。

 

 真っ黒い大きな食虫植物の付けたつぼみを内側から引き裂いたようにしてマジアアトラの上半身が生えていた。

 

 大きく捻じれた二つの山羊のような角。

 肌は青白く、その瞳の色は黒。虹彩は紅く、縦に開いた瞳孔は金色に輝いている。

 わずかにあばらの浮いた体はやせぽっちの印象の与えるが、僅かに筋の入った腹筋から彼女が単に痩せているわけではないことを思わせた。

 

 幼げなその容貌は、本来の彼女の年相応であると言えるのかもしれないが……。

 

 その言動。その容姿。

 

 ……何となく察しのついたマジアベーゼは、人知れず冷や汗を流した。 

 

「そう? ありがとう、ベーゼ様!」

 

 くすくす、と楽しそうに笑うアトラを見ながら、ベーゼはその言葉に怪訝そうな顔をした。

 

「…………『ベーゼ様』?」

 

 アトラは普段、「マジアベーゼ」と呼んでいた。その鉄面皮で。

 

 それが、今は、にこにこ、と。そして、親しみを持っているかのように接してくる。

 

「私、ベーゼ様の大ファンなんだぁ♡ ……だから、ベーゼ様、もっと私と遊んでよ?」

 

 きひ、と微笑む彼女は、演技をしていた彼女ではなく、素の彼女なのだろう。

 

 根拠はないが、ベーゼは何故かそう感じた。

 

「……な、なるほどなるほど?」

 

 ……しかし、困惑はするし、混乱もする。

 

(……みち子さん曰く、私とは逆で、悪の女幹部にあこがれて? いや、でも、今の彼女の言葉から察するに、私にあこがれて? しかも、痛いので気持ちよくなっちゃうドMで、こりすちゃんとおんなじしょーがくせい? 最近のしょーがくせいは進んでるなぁ……まったくしょーがくせいは最高だぜ? いや、そうじゃなくて……)

 

 こんなえっちぃしょーがくせいがいるわけない、とか思ったが、それは割かしどうでも良く。

 

 ……考えるべきなのはもっと別のことだ。

 

(……マジアアトラは自らを魔法少女にした存在を滅するために、わざと体を乗っ取らせた? 私の暴走のときと同じように、致命的な隙を作らせるために? その隙を狙って全てを終わらせるために? だとすれば、彼女はこの状況を狙って作ったということ……仮に、誤算があるとすれば……)

 

「……さぁ、遊ぼう、ベーゼ様♡ 私には何をしてもいいよ♡ 全部受け止めてあげる♡ ベーゼ様の醜い欲望をもっとぶつけて? もっと晒して? 私を滅茶苦茶にして? ……私を殺して♡」

 

 うふふ、と夢見るような瞳で呟く彼女は明らかに正気ではない。

 

(……暴走は続いているということ!)

 

 ベーゼは鞭を構え直す。

 

 洗脳イベントは前座でしかなかった。

 本番はここから。

 

 ……本気になったマジアアトラの全力の闇落ちイベントである。

 

◇◆◇

 

 レオパルトがネロアリスのドールハウスから、出たとき。

 

 ベーゼがまだお楽しみの最中だったため、胸中複雑ではあったが、とりあえず様子を見ることにした。

 

 ……が、事態はすぐに悪化した。

 

 アトラの体を乗っ取っていた何かは、アトラ自身に排除され、ソレが構成した肉体を今はアトラが奪っている。

 

 見た目を端的に表現するならば、真っ黒いアルラウネである。

 

 うふふふふふ、と笑っている声は、聞く者全てを不安にさせるような病的なものではあるが、レオパルトはすぐに理解した。

 

(……やべー……つぼみのヤツ、完全に()()じゃん!)

 

 柊つぼみは狂っている。病んでいると言ってもいい。

 

 だから、彼女の狂気は、常人の正気である。

 

 狂人が普通に見えるのは、その狂人が普通を理解し、そうするだけの知能があり、そう振舞っているからでしかなく、決して普通にはなれないのだ。

 

 そんな彼女が、普通に振舞うのを止めた。

 

 普通を理解するための考えを止め、普通を演じることを止めた。

 

 ……その分、脳のリソースが空く。

 

 普通の人として暮らすために、自分の役割をインストールし、本来の自分の考えはそのままに、しかし、普通の人としても考える。

 

 単純計算でも、一人の人間を動かすだけのリソースが浮いたことになる。

 

(……『吸収』。魔法を解析して、魔力に分解、そして、それを吸収……解析結果から、魔法を自己に最適化、再構築……それは、あの状態でもできていた)

 

 おそらくは、魔法に触れた瞬間……その一瞬で、解析、分解、吸収までの工程が彼女の頭の中で完結している。再構築を最適化しているのは、効率を考えてのことでもあろうが、その魔法の根幹を見抜いて使用しているからでもあるだろう。

 

 十分な時間と余力があれば、完全に再現するのはもとより、発展させて使ってきたとしても、何らおかしくない。

 

 ……そして、今の彼女には、丸々一人分の余力がある。

 

 そんな余力がある限り、容易に勝つことは叶わない。

 

 ならば、その余力を無くすには……?

 

「行くぞっ、アリス!」

「……!」

 

 レオパルトが飛び出すと同時、アリスも仕掛ける。

 

(……処理落ちするほど、攻め切るしかないっ!!)

 

 レオパルトは本能的にそう理解する。

 

 つぼみに……マジアアトラに余計なことを考える隙を与えてはならない。

 

「滅殺光線シュトラール!!」

「……っ!」

 

 レオパルトが破壊光線を放つと同時、背後からはネロアリスが大きな猫のぬいぐるみを操作して襲い掛かる。

 

「レオちゃん!? アリスちゃん!?」

 

 唐突な二人の乱入に、ベーゼは困惑の声を上げるが、その行動の意味を理解しておらずとも、二人に息を合わせてアトラへの攻撃を行う。

 

 きひ、とレオパルトは笑みを浮かべた。

 

「さっすが、ベーゼちゃん! 愛してるぅ♡」

 

 最初期からの付き合いの三人は、互いが互いの動きを熟知している。

 

 何の打ち合わせがなくとも、互いの連携は完璧だ。

 

「……レオパルトにネロアリス……せっかく、ベーゼ様と遊んでいるんだから、邪魔しないで?」

「そんなこと言わずに、アタシとも遊ぼうぜ!? なぁ、アトラ!?」

 

 レオパルトが接近戦に持ち込もうとすると、ベーゼがレオパルトの道を拓くように『メナスロンド』を放つ。

 それは、ぎりぎりでレオパルトを躱すような軌道をとった。

 

「……ふふん♪」

 

 しかし、鼻歌交じりのアトラの体から生えている蔦が、『メナスロンド』を絡めとって吸収した。

 

 にやぁ、とアトラが笑う。

 

「……お返し☆」

 

『メナスロンド』を絡めとった蔦が鞭のように振るわれると、その衝撃波を魔力で増幅した刃が、ベーゼ、レオパルトに返される。

 

「……ちっ!? ……アリス!!」

 

 回避行動をとっているレオパルトの声に、アリスは軽く頷くと、自らの操作するぬいぐるみに自分の体を投げさせて、くる、と回転しながら、取り出したドールハウスの入り口をアトラに向けて開いた。

 

 ……アリスのドールハウスなら今のアトラでも閉じ込めておける。

 

 その瞬間を作るためのレオパルトとアリスの接近戦だ。

 

(……いけるか!?)

 

 タイミングとしてはこれ以上はない。

 アトラの意識はベーゼとレオパルトに集中していたハズだ。

 

「…………………………そんな見え見えの手に私が引っかかるとでも?」

 

 ……レオパルトの背後。耳元でアトラが囁いた。

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