「……失せなさい、トレスマジア。私はあなたたちに興味がない。逃げるなら見逃してあげる」
マジアアトラの言葉に、青筋を浮かべたのは、マジアサルファである。
「おぅ、アトラ! よう言うたな、ワレぇ! そないなこと言われて、「はい、そうですか」と、ウチらが尻尾巻いて逃げると思たんか、コラァ!?」
ばち、と青白い電気が周囲に溢れ、それがサルファの激怒振りを表していた。
「……そんな格好の悪いこと、できるわけないでしょう、アトラ?」
マジアアズールは氷の剣を構えながら答えた。
更には、キッ、とアトラを睨むように見ながら、マジアマゼンタが一歩踏み出す。
「……絶対に、元に戻してあげるからね、アトラちゃん!!」
そんなトレスマジアを見て、アトラは、ふ、と嘲笑を浮かべる。
「……愚かな。あなたたちは何もわかっていない」
アトラの言葉に魔力が暴風のように吹き荒れた。
「……力の差も。……私のことも。まったく、チカチカと鬱陶しい。その目障りな蛍光色。私の黒で染めてあげる」
世界が闇色に染まっていく。
暴力的なまでの黒。黒。黒。
……それらが全てマジアアトラの魔力でできている。
(……冗談やろ……? ベーゼとの戦闘でも大概やっちゅうのに……この期に及んでまだ、魔力が上がるんか!?)
暴走、どころの話ではない。
……いや、それ以前に。
暴走時のマジアベーゼは、およそ彼女の自我というものを感じられなかったが、アトラの場合、明確に意識を残している。確かに、常の彼女とは大きく異なっているようには感じられるが、その本質は変わっていないように見えた。
それの意味するところ。
(……暴走やない! 意図的に、理性的に、魔力を極大化させとるんか!?)
サルファは、ぞく、と背筋が冷たくなるのを感じた。
「……仕方ないから、少しだけ遊んであげる。すぐに壊れないでね? 私の
アトラの蔦が振るわれる。数十本にわたるそれが、それぞれに意思を持っているかのように、互いがぶつかることもなく、しかし、見るものからすれば不規則に。
「……『黒衝』」
視界を埋め尽くすほどの魔力の衝撃波による刃。
(……ベーゼの『メナスヴァルナー』のコピーかいな!?)
サルファは、マゼンタとアズールより前に出て、防御魔法を展開する。
しかし、圧倒的数と魔力を前に、すぐに、ぎし、と嫌な音を立てた。
「……あかん!? 長く保たんで!?」
アズールが焦るサルファを安心させるように、ぽん、と肩を叩くと、ひらり、とその羽衣を翻した。
「……私が受け持つわ。だから、後は任せるわよ、サルファ……マゼンタ!」
ぱりん、とサルファの防御魔法が弾け飛ぶと同時、アズールに魔力の刃襲いかかる。更には、彼女から逸れて、マゼンタやサルファを襲おうとするものは、羽衣が逸らして、アズールへと向かった。
「……っぁ、ああぁぁぁぁぁ……♡」
毒々しいほどの痛みがアズールを襲う。
アトラの黒い感情の乗ったソレはまさしく憎悪の塊とも言うべきものだった。
本来、そこにアズールの欲する『愛』などない。
だが、だからこそ、アズールにはわかる。
憎しみがあるということは、憎むべき何かがあったということ。
憎むべき何か以前、彼女は確かに愛を向けていたものがあったのだ。
……ならば、『愛』を感じられる。『愛』があるならば、受けなければならない!
(……何て、重くて、黒くて、昏い愛♡ だけど、狂おしく、愛を渇望し、愛を求めている♡ ああ、なんて純粋で、でも、恐ろしいほどの愛♡)
アズールの限界を超えるほどに、その狂気染みた憎悪と愛と魔力とを一身に受け、アズールはそれを変換していく。
「……『愛のアヴァランチ』!!」
カッ、アトラの黒で染められた世界に、白き奔流が雪崩れ込む。
アズールがこれまで放ったことのある『愛のアヴァランチ』の中でも最も大きく、強力な一撃だった。
……それを放ち切ったアズールは立ったまま動かない。
「アズールぅぅぅ!?」
マゼンタが回復を施す。
しかし、アズールは、動きを止めたまま……。
……立ったまま、意識を失っていた。
「……素晴らしい威力。アズールのことは気に入らないけど、今の一撃は褒めてあげてもいいい」
『愛のアヴァランチ』の白く輝く残滓を、腕で振り払った、無傷のアトラがそこにいた。
(……アレを無傷で!? ……いや、馬鹿正直過ぎたか。アトラの特性を考えれば、当然吸収してくるわな……あん? ……吸収したっちゅーことは……?)
にた、と笑ったアトラが目の前に手を掲げ、ぐる、と魔力収束させていく。
「……『愛のアヴァランチ』、って名前だっけ? じゃあ、私も返してあげるよ……『恋のレイジ』!!」
ずがぁぁん、と雷撃の落ちるような音を響かせながら、アトラの『恋のレイジ』が黒い光線となって放たれる。
「……ウチの後ろにおれよ、マゼンタ! アンタのことは、ウチが絶対に守るさかい!!」
「う、うん……ありがとうサルファ!」
アズールは回復しても、気絶して動けないし、直撃したら、死も有り得る。
防げるのは、サルファしかいない。
例え、限界を超えたとしても。
(……ここで、守らなあかんのや!! 皆を……マゼンタを!!)
マゼンタのことを強く思う。そうすると、心の奥から魔力が湧き出来るのがわかる。
ぱき、ぱき、ぴし、ぴし、と防御魔法は嫌な音を立てるが、サルファは溢れ出てくる魔力を魔法の維持に注ぎ続ける。
「っあぁぁぁぁぁ!!!!! こなくそがぁぁぁぁ!!!!」
魔力を注いでいるだけだというのに、限界を超えているせいか、サルファの鼻からは、だらだら、と血が噴き出し、衝撃を受けているせいか、腕や足にも裂傷のようなものが出来て、そこから血が噴き出す。
ぎり、と歯を食いしばれば、そこからも出血する。
血みどろになりながらも、サルファはアトラの攻撃に耐え続けた。
「……っはぁ……っはぁ……」
何とか耐えきったサルファは既に満身創痍である。立っているのがやっとだった。
「……すまんなぁ、マゼンタ……ウチはここまでや、後は任せたで……」
がく、と前にバランスを崩した、サルファは、膝を付き、ついには、どさり、と前のめりに倒れた。
「サルファ、回復を……っ!」
「ウチのことはええ……それより、アトラを!」
回復を受けたところで、体力的にも魔力的にも戦闘に復帰するのは難しいと考えたサルファは、マゼンタが戦うための魔力を残すことを優先した。
(……アトラ、アンタは、マゼンタを『論外』やなんて言うてくれたな? 論外かどうか、自分の体で味わったらええわ……真化がなんや……ウチらのリーダーは強いで……?)
そう考えながら、サルファはゆっくりと意識を手放していった。
そして、そんなサルファの前にマジアマゼンタが立つ。
「……その勇気には感服するよ、マジアマゼンタ。だけど、あなたに何ができるの?」
アトラが蔦を伸ばして、マゼンタに攻撃を開始する。
しかし、マゼンタは具現化した槍を振るうと、その蔦を全て切り倒した。
「……できるとか。できないとかじゃないんだよ、アトラちゃん! 私はアトラちゃんを救いたいと思った!! だから、
徐々に、マゼンタの魔力が高まっていく。彼女の魔法少女としての矜持に比例していくように。
それを面白そうに見ていたアトラは少しずつ蔦の数を増やしいく。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
マゼンタは頭上で高速に槍を回して蔦を防ぎ、さらには、前方に走りながら高速に槍を突き、払う。
マゼンタは真化には至っていない。
しかし、それは必ずしも彼女が弱いということではない。
彼女には彼女の強みがあった。
ただ、一人でも町の平和を守ってきた。
一対多数の経験も多い。数多の劣勢も跳ね除けてきた。
三人揃ってからはあまり見ないというだけで、マジアマゼンタは常に不利な戦況に立ち、それでもなお、勝利してきたのだ。
……その戦闘経験のみならば、シオちゃんズを含めても、マジアマゼンタが最も上だ。
「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
先に倒れ、その思いを託していった友たちを想ったマゼンタは強かった。
アトラが用意した蔦のほとんどを切り伏せるほどに。
マジアマゼンタは行きついたのだ。マジアアトラに手の届く位置まで。
「……はぁ、はぁ……アトラちゃん、ここまで来たよ! さぁ、私の手を取って!! 帰ろう、アトラちゃん!! 元のアトラちゃんに戻って!! そして、これからは、私たちと一緒に戦おう!! 私たちの仲間になってよ!!」
マジアマゼンタは、汗と涙で濡れていた。
しかし、それでも、安心させるように太陽のような笑顔を見せてアトラに向かって手を差し出した。
アトラはそんなマゼンタを見ながら震えるように手を出して……。
「……マジアマゼンタ」
「アトラちゃん……」
アトラがマゼンタに手を伸ばし、マゼンタは、ほっ、としたように、その手を握る……。
「……お人好し過ぎ。私のような悪いヤツがそんなんで絆されるわけないよね☆」
にたぁ、と笑ったアトラが握ったアトラの手を思いっきり引いて、マゼンタを抱きしめる。
「アトラ、ちゃん……?」
マゼンタは顔を青くしながら、アトラの顔を覗き込む。
「ああ、ああ、可哀そうなマジアマゼンタ! 敵に情けをかけようとしたばっかりに! ……さぁ、吸い尽くしてあげるよ、あなたの魔力を、全部、全部、ぜ~んぶ♡」
触れられた手から、触れた体から魔力が吸われ始める。
「あ、あ、あああぁぁぁぁ♡ あああああああああ♡」
びくん、と体を震わせ、恍惚の表情を浮かべながら、マゼンタは自らの魔力が徐々になくなっていくのを感じていた。
(……ごめん、小夜ちゃん。ごめん、薫子ちゃん。敵のはずのベーゼもレオパルトも信じてくれたのに)
襲い来る快感の中で、マジアマゼンタは悔し涙を流し……そして、意識を手放した。