先に動いたのはレオパルトだ。
……魔法を使ってこないのは、彼女も魔法を制限されているということだろう。
こっちを極限まで弱体化して、一方的にボコる、という方法も取れるだろうに。
そうしなかったのは、私を警戒してのことか。
……それとも、彼女の矜持故か。
(……両方、かな)
身体能力は魔力で強化されているらしい。
十分な速度とパワーを兼ね備えている。
……私の予想通り、魔力での身体能力強化は魔法とみなされていないようだ。
レオパルトは確かにエノルミータの中では武闘派と言っても差し支えないが……。
「おらぁ!?」
「ふっ!」
大振りに振られた右ストレートを躱し、がら空きの顎に目掛けて、左フックで打ち抜く。
……普通の少女ならこれで沈んでもおかしくないが。
「……っだぁぁぁぁ!!」
即座に左のストレートを打ち返してきた。
私は体を反らしながら、とん、と一歩下がって、それを避ける。
間合いを空けると、レオパルトは、ぷっ、と口の中の血を唾と一緒に吐き出した。
「……レオパルト。あなたじゃ、私と接近戦しても勝てないよ」
彼女は身体能力に恵まれているし、色んなスポーツも観戦してはいるのだろう。
更には、イメージ通りに体を動かす能力にも優れている。
魔力で劇的に上がった身体能力に振り回されることなく、魔法という外付けの暴力装置があっても、それを戦闘に組み入れて戦うだけの頭脳もある。
……だが、お嬢様と言っても差し支えのない彼女は実戦経験に乏しい。
『野生児』と言われた私は、血みどろの喧嘩もして来たし、後で死ぬほど怒られたが、野生動物と死闘を繰り広げたこともある。最近はあんまりそういうことはしていないが、一時期、カルチャースクールで格闘技関係を軒並み経験したこともある。……どれも三日で飽きたが。
それでも、私たちと同年代くらいの少女と比較すれば、私の経験値は高い。
そして、その経験値の差は一朝一夕で埋められるようなものでもない。
「うっせー! やんなきゃ、わかんねーだろうが!」
うがぁ、とレオパルトは顔を紅くしながら、吠えた。
目に力は残っているが、足は少し震えている。
「……今ので格の違いがわかんないなら……」
……踏み込む。全てを終わらせるつもりで。
「……その体に教えてあげる!!」
下から突き上げるように、左肘をみぞおちに叩き込む。
「がはっ!?」
……しかし、それだけで終わらせない。
私が踏み込んだ左足は、レオパルトの右足の踵に接している。これを使って足を引っかけるようにしながら、更に前に体を進め、左肩辺りを体にぶつけていく。
私とレオパルトでは、身長差も体重差もあるが、それでも相手を吹き飛ばすには十分だ。仮に、魔力の強化無しでも、相手を吹き飛ばせるという結果には変わりがないだろう。
……ならば、魔力の強化があったら? その威力は推して知るべし、といった感じである。
私は吹き飛ばしたレオパルトを放置して、ネロアリスのドールハウスを破壊すべく、魔力を練り始める。
……だが。
「………………おい、勝手に勝った気になってんじぇねぇよ」
(……手応えはあった。私の想定以上に頑丈だったか?)
レオパルトでは起き上がることは難しいほどのダメージを与えたハズだったが、しかし、レオパルトはヘッドスプリングしながら立ち上がった。
ぷしっ、と後頭部から血が噴き出したのが見える。
(いやいやいやいや!? 何でそんな風に起きれるの!?)
……ちょっと引いた。
後頭部の血はちょっと切った程度じゃ済まないだろう。一応、死にはしないように気を使ったつもりではあるが、あの出血の仕方は私の想定以上にヤバい。
そもそも、さっきまで、足がぷるぷるしていた少女が、何でそんな風に立ち上がれるのか意味不明である。
「あー……もう手加減してやんねー!!」
「強がりはやめた方がいいよ?」
「うるせーうるせー!! とりあえず一回、ぶっとばぁす!!」
何のひねりもなく、同じように飛び込んでくるレオパルト。
先と同じやり取り。レオパルトの右ストレートを躱し、左フックで撃墜……。
……できなかった。みし、と私の左拳が悲鳴をあげる。
あろうことか、レオパルトは私の左拳に頭を自分からぶつけてきたのだ。
打点をずらされ、威力は十分ではなく、しかし、私にダメージが通った。
ぎり、と歯を食いしばって痛みに耐えながら、私は右手でレオパルトの服を掴む。
しかし、その手をレオパルトが、がしっ、と掴み……飛び上がって、体ごとその腕に絡みついてきた。顔も蹴りつけてくるおまけつきだ。
(……飛燕十字!?)
正直見様見真似でできるような簡単な技じゃない。だが、彼女はやった。
……誤算は私を引き倒せなかった、ってところかな。
ふぅぅ、とお腹に力を入れて、さらに、飛びつかれた右腕を水平のまま保つ。
「おまっ!? マジかよ!?」
「……軽いねぇ、レオパルト!!」
魔力で強化しているから、少女一人持ち上げるくらい、何てことない。
予想外過ぎて、避けることはできなかったが、腕に力を入れて、何とか完全に極まる状態にはなっていない。だが、私が倒れ込んでしまったら、完全に極まってしまうだろう。
だから、私は何とかして、これを外さなければならない。多少荒っぽくても。
……私は右腕を振り上げた。
「……おい……まさか……!?」
「その、まさか♡」
勢いをつけて、右腕に絡みついた、レオパルトを床に叩きつける。
「ぐぁっ!?」
悲鳴は上げても離さないから、私は立ち上がって、走り出す。
「ちょっ……!?」
レオパルトは驚愕の声を上げるが気にしない。思い切り腕を振って、今度は壁に叩きつけた。
「……あ、あがっ!?」
レオパルトが白目を剥きながら、私の腕を離した。
「ふぅ……」
ずる、と力が抜けて解放された腕を、くるくる、と回せば、特にダメージはない。
……一体、何が彼女をそうまでさせるのか、と少しだけ不思議に思った。
レオパルト……キウィちゃんは確かに私の同志であるし、同じ
だが、果たして、ここまでする相手なのかと考えれば、疑問が残る。
……ああ、いや、キウィちゃんは、私の願いをある程度理解しているからこそ、何としてでも止めたいのか。
ベーゼ様に私を殺させたくない。あとは、私のことも一応、死んで欲しくないとも思ってくれているのかな?
……でも、さすがの彼女ももう立ち上がれないだろう。
白目を剥いて失神していたようだし。
今度こそ、と考えながら、私は息を整え……!?
「……だから、勝手に勝った気になんなって?」
いつの間にか私の背後に来ていたレオパルトがチョークスリーパーをかけてきた!
「ぐっ……!」
……絶対にそんな力はないハズだった。だと言うのに、今、レオパルトの締めは外せる気がしない程に強力だ。
あまりの苦しさに目がチカチカする。
…………………………だけど、こんなことで、負けられない!
「……んぎっ……あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」
がっちり私の首に決まっているレオパルトの腕を力の限りに握りしめる。
ぴき、とも、みし、とも言える音が、お互いの骨からしているが、私もレオパルトも気にせず、互いに力を入れ続ける。
(……マズ……これじゃぁ、意識が………………)
既に、私の目は見えないほどだ。しかし、負けるわけには行かないと、根性だけで耐え続ける。あまりに力を入れて耐えているから、だらだら、と鼻から血が流れていく感触がした。
(……負け……られない! ……私は、叶えるんだ……!)
私の望む未来を……。
「ぜ……っ……た、い……か、な……え……る……っ!!」
私がそう言い切ると、不意にレオパルトが締めを解いた。
そして、私の胸倉と掴んで、きっ、と睨んだ。その瞳には怒りを浮かべて。