「……たこ焼き、一つ。たこ抜きで!」
「……ウチ、たこ焼き屋なんだけどなぁ」
薫子はいつものようにたこ焼きをたこ抜きで頼んで、おねーさんを涙目にしながら、出来立てのたこ焼き(たこ抜き)を受け取ると、椅子に座って、一口頬張った。
はふっ、ほふっ、と息をつきながら、かりっとした表面ととろっとした中身を味わう。
焼けた小麦粉の香ばしさ。出汁を吸った天かすの甘味。刻まれた青ネギの清涼感。紅ショウガのわずかな酸味。かつお節の香り。青のりからほんのりと磯の匂い。甘辛いソース。
(……やっぱりこれやんな)
……たこは入っていないが!
マジアアトラに散々いじられ、思考をフリーズしてしまったサルファこと薫子であるが。
それ以上、アトラの話を聞くこともできずに、解散となった。
んみみぃ状態のサルファをそっとベンチに座らせてくれたのは、彼女の慈悲だろう、一応。
……気づいたら、色んな人が、んみみぃ状態のサルファの写真を撮っており、気づいたときには拡散されておりトレンド入りしていたが。
(……アトラめ……っ!)
彼女を恨むのは筋違いとは思っているが、そう思う以外に想いのやり場がない。
……まぁ、たこ焼き(たこ抜き!)を食べれば、薄れてしまうようなものだが。
(……しかし、なるほどなぁ)
『認識阻害魔法』の恩恵を受けつつ、彼女が危惧していたことに想いを巡らせる。
(……確かに破格や)
地味で効果がわかり辛い……しかし、単純な攻撃の魔法以上に、その範囲は大きく、その影響も大きい。
大魔法、と言って差し支えないほどに。
(これが対価なし……言うんはありえへん)
見た目にわかり辛いからこそ気づかない。しかし、知らないうちに何等かの対価を払っているであろうことには疑いがない。
(警戒は……せんとな)
薫子とてアトラの言葉を鵜呑みにしているのではない。しかし、自ら考えて、警戒は必要と判断した。
別の価値観を持つ、異界のモノ。
自分たちのマスコットであるヴァーツのことをそのように考えたことはなかったが。
そもそも人間でさえ、育った場所、時代、文化で価値観は全く異なるのだ。
……それが異界の存在であるならなおのこと。
こちらのことをあちらはよく観察し、知っているのだろうが、こちらはあちらのことをよく知りはしないのだ。
その事実だけを考えても、警戒は一段階上げるべきである。
そう考えながら、薫子は、はむ、ともう一つたこ焼き(たこ抜き!!)を口にした。
「……あれ、薫子ちゃん! ひとり?」
やっほー、と声をかけてきたのは、クラスメイトである柊うてなの妹、柊つぼみである。
買い物帰りなのか、大きく膨らんだマイバッグを持っており……片方の腕には、同年代の少女がしがみついていた。
(……あぁ、うてなはんの友達で、はるかとも仲のいい……)
ぱっと名前が浮かんでこないくらいには、接点がなかった。
「……杜乃はんやったか? ……海以来やね」
直接顔を合わせたことのあるのは、それくらいである。こりすの方も、顔は覚えているらしく、さほど警戒した様子はないが、これは私のだ、と言わんばかりに、つぼみの腕を抱きしめていた。
「あっ、たこ焼きだ! おね~さ~ん、私にもお一つくださいな♡ ……あ、薫子ちゃん、たこ抜きにしたでしょ? 好き嫌いはダメだよ? そもそもたこ焼きのたこ抜きって何なの? お好み焼きボール? そういうのは、たこ焼き屋さんじゃなくておうちでやればいいのに」
「……うぅっ! ありがとう、お嬢ちゃん!!」
言いたいことを大体言ってくれたつぼみにたこ焼き屋のおねーさんは涙を流した。
……しかし、薫子は知らんぷりである! だって、たこ嫌いだし!
受け取ったたこ焼きに爪楊枝を刺すと、ふーっ、ふーっ、と冷ましてから、つぼみはこりすに差し出した。
「はい、こりすちゃん。……あーん」
「……♡ ……っ! ……っ!!」
ごく自然な感じに『あーん♡』を薫子に見せつけながら、たこ焼きを一口で頬張ったこりすは幸せそうにほふほふしている。
もきゅもきゅと口を動かして咀嚼して、ごくり、と飲み込んだ後は、次は自分の番とばかりに、つぼみにたこ焼きを差し出す。
「……♪」
「……あ~……んっ! ……あふっ、はふぅ!」
こちらも美味しそうにたこ焼きを食べているが……。
(……ウチは一体、何を見せつけられてるんや……)
口の中に砂糖どころかアステルバームをぶちまけられたような顔をして、薫子は二人をジト目で見る。
「……仲ええなぁ」
もぐもぐ、ごきゅん、と口の中にあったたこ焼きを飲み込んだつぼみが、えへっ、と笑う。
「親友だからね!」
……つぼみの答えにこりすは若干の不服があるようで、少しだけ頬を膨らませている。
(……いや、絶対、親友なんか超えてるやろがいっ!!)
つぼみ本人はともかく、こりすの方は絶対にそれ以上である!
そもそも、一切の照れもなく互いが、ナチュラルに『あ~ん♡』している辺り、らぶらぶな恋人同士以外に見えない。
「……薫子ちゃんだってはるかちゃんと『あ~ん』くらいするでしょ?」
変なこと言うなぁ、とばかりに、きょとん、としているつぼみ……。
(……気軽にそういうことできんなら悩まんのよ……)
意識する以前ならできていたし、やっていた。……しかし、今。自分の気持ちを自覚している薫子ができるかというと……。
(……恥ずか死ぬ……)
ぷしゅ、と顔全体が赤くなる。
「……へー? ふ~ん? ほーぅ?」
によによ、とつぼみが楽しそうな顔をする。
(……あかん!!)
やべぇヤツにやべぇこと勘付かれた、と薫子は覚る。
「……そっかぁ♡ はるかちゃんかぁ♡ ………………頑張れっ!」
んー……、と考えたつぼみは最終的に薫子にエールを送った。
「……そら、どういう意味やねん?」
「いやぁ、だって、はるかちゃん、鈍いし……初心いし?」
天真爛漫を地で行くはるかであるが、自分の色恋については、徹底的に疎い。絶対的に疎い。
他人の悪意にも気づかずスルーして、良い方に捉える天使な心を持っているが、恋愛方面については、相手の好意にさえ気づかず……しかし、勘違いさせるくらいにはぐいぐいくる小悪魔なのである!
「……なので、はっきり口にしても伝わらない可能性がとっても高いので、言葉にした上でぐいぐい攻めないと気付いてさえもらえないから」
……隣で、うむうむ、と頷いて、ぎゅうっ、とつぼみの腕を抱きしめて、アピールしているこりすにはとても実感が伴っているように見えた。
(……そういうアンタは絶賛攻められ中ってことかいな)
攻略も間近ではないか、と薫子は思うものの……そう言えば、つぼみは度を越したシスコンだったな、と思い直す。
一見すると完璧美少女っぽいつぼみであるが、うてなが絡むと情緒が色々アレというのは、彼女たち姉妹と付き合いのある者にとっては周知の事実である。
ある種の執念とも思える姉の大好きっぷりは、中々攻略難易度が高そうに見える。
(……まぁ、でも無理やろ)
薫子の見るところ、つぼみは他人に対しては極めてドライである。
初見の相手であろうと、楽しそうにコミュニケーションをとる程度には社交性が高い。
……一方で、姉……と言うか、身内以外には興味がないようにも思え、一定以上には深入りはさせない。
友人と認識するまでのハードルが高い、とでも言うべきだろうか。
しかし、その胸の内まで入り込むと、他人に対する酷薄さとは反対に身内に対する情は深い……深過ぎるまである。
彼女自身がそう認識しているかどうかはともかく……つぼみは押されると超弱い!
現にその気がないなら突き放せばいいものを、こりすを『親友』と呼びつつ、彼女とらぶらぶいちゃいちゃしているのだ。
……この辺を読み切って、攻め続けているこりすの作戦勝ちだろう。後は陥落がどのタイミングかぐらいで勝負は決していると見る。
つぼみに見えないように、こりすが勝ち誇ったように、にやり、と笑った。
(……ご愁傷様やな、つぼみ……)
……薫子は最後のたこ焼き(やっぱりたこ抜き!!)を、ぽいっ、と口に入れた。