「……ところで、二人して買い物帰りみたいやけど」
最後の一つをお互いに『あ~ん♡』しながら食べさせ合っているつぼみとこりすを呆れ顔で見ながら、薫子は二人の様子に目を向ける。
薫子の知る限り、ここは花菱家や柊家に程近い商店街である。
制服姿の二人が帰り際にここにいること自体は特に不自然ではない。
……だが、マイバッグをぱんぱんにして、ちょっとだけご機嫌なつぼみには少しだけ不思議に思う。
「……? んー? 私がお買い物してるのってそんなに変? これからお夕飯作るんだけど」
(……ああ……そう言えばつぼみは、柊家の小っちゃな料理長なんやったか)
うてなは教室でもあまり話さないが、キウィは別である。何なら彼女の声は大きい。
聞きたくない声であっても自然耳に入ってしまうのは致し方ない。
たしか、母の帰りが遅いこともあって、料理をするのは専ら彼女の役目なのだとか。
……どうして姉であるうてなを飛び越してつぼみがやっているのかは結構疑問だが。
(……いや、ドの付くシスコンのつぼみなら……)
『おねぇに料理させるなんてとんでもない!』とか言ってそうである。
加えて言うなら、姉の栄養状態を管理して、自分の理想の体型に近づけるとか……もっと言えば、自分に食事を依存させて、自分なしでは生活できなくさせてしまうとか……。
……ぶるっ、と背筋が震えた。
(……まさか、な……まさか、やろ……?)
えへー、と美味しそうにたこ焼きを味わっているつぼみではあるが、薫子が見るに彼女のおなかは真っ黒だ。
…………普通にあり得そう過ぎて、思わず遠い目になる。
(……ま、まぁ、ウチには関係ないことやし? つぼみはうてなはんをお世話できてはっぴー。うてなはんはおいしーもん食べれて、楽できてはっぴーやろ、たぶん……)
少なくとも誰も不幸にはなっていない。……愛が重い……重過ぎるだけである!
(……しかし、そこに挟まろうとする杜乃はんも大概やな……)
……まぁ、確かに、つぼみは性格が色々アレであるだけでスペックは高いからあこがれられるだけのポテンシャルがあるのはわかるのだが。
やたら早口の『姉語り』をしたり、百年の恋も冷めるような姉妄想でうへへ笑いをする彼女に恋をするというのは中々の強者であろうと思う。
……しかし、それだけ本気なのだろう、とも思った。
……単に、あばたもえくぼ、という状態なのかもしれないけれども。
そんな恋する少女であるこりすに自分を少し重ねる。
……はるかに対する恋心を自覚はすれど、行動に移すほどの勇気はまだない。
無口ながらぐいぐい攻めているこりすに少しだけ尊敬の念を抱く。
……彼女は、関係が壊れてしまうことを恐れて現状維持するよりも、例え壊れてしまうとしても、自分がより幸せになれる未来に勇気をもって足を踏み出したのだ。
(……かなわんなぁ)
つぼみがこりすの気持ちをまだ受け止め切っていないとは言え、それでもこりすは楽しそうで……幸せそうだ。
恋する乙女はとっても強い。……だけど、それは勇気があればの話で。
未だ勇気を持てない自分自身に薫子は自嘲気味に苦笑した。
「……薫子ちゃん、よかったら、お夕飯、私のウチで食べない? たこやき(たこ抜き)だけじゃ足りないでしょ?」
「……あん? いや、さすがにそんな邪魔はできひん……」
つぼみが薫子を夕飯に誘おうとした瞬間、こりすが、くわっ、と恐ろしい顔をして睨んできた。
(……こわっ!? 何やねん、この子!?)
邪魔すんじゃねぇ、というところだろうが、あまりの豹変振りに、薫子は呪いの西洋人形でも見たような気分になった。
(……ウチかて、邪魔するつもりはあらへんねん。馬に蹴られたくないしな)
薫子としては邪魔するつもりは欠片もありはしないのだ。……つぼみの料理の腕が気になるくらいで。
……加えて言うなら。
「邪魔だなんてことないから、薫子ちゃんも一緒に食べよ? ね? ……ねっ!?」
笑顔のまま、頬に冷や汗が伝っていて、必死に誘おうとしているつぼみがとても気になる。
……顔が、助けて、と言っている。
(……意味がわからん…………はっ!?)
……やたらいちゃいちゃべたべたしている二人。
……つぼみは親友と言うが、こりすはそれ以上であると態度で示している。
……そして、押し切る気満々のこりす。
ここから導き出される答えは……つぼみ、貞操の危機である!
(……つぼみは流されそうやもんな)
憎からず思っている相手と二人きり。何だかんだ心を許した相手には色々緩いつぼみ。見た目はお人形ながら肉食獣っぽい雰囲気を醸し出しているこりす。
この結果がどうなるかなんて自明なので、今更ながらにつぼみは危機感を抱いているのだろう。
……だったらそもそも二人きりになるシチュエーションを作るな、と言いたいところではあるが。
「……ま、そこまで言うなら、ご相伴に預かろか」
(……貸し一つやで、つぼみ)
(ありがとう! 薫子ちゃん、ありがとう!!)
薫子が、ぱち、とつぼみにウィンクをすれば、涙を流さんばかりにつぼみが拝んくる……こりすは、むすーっ、と頬を膨らませているが。
「ほらほら、こりすちゃん、むくれないの!」
こりすのぷっくり膨れたほっぺをつぼみがぷすと突くと、ぷしゅー、とこりすの唇から空気が漏れ出る。そんな様子を、くすくす、と笑うつぼみと、口を尖らせて不服である意思を示すこりす。
(……………………ウチ、絶対、邪魔者やんなぁ)
……もういい加減諦めたらいいのに、と薫子は思わないでもないが、つぼみはつぼみなりに考えもあるのだろう。……ただシスコンを大いに拗らせているだけかもしれないけれども。
薫子は改めてつぼみの全身を眺めてみる。
同年代の中では、小さい方であろう体。やせっぽちな印象を受ける細く華奢な体である。
……しかし、それでいて、スポーツ万能と言うのだから驚きだ。頭も良い。
ぴょこん、と頭の上に立っているアホ毛は彼女のトレードマークだが、黒く長い髪は丁寧に手入れされているのがわかるほどにつやつやと輝いている。
……黒々とした目が何を考えているのかわからなくてちょっと怖いが、これだけのスペックが揃っているなら、周りにモテるのは自然であろう。
……また、西洋人形然としたこりすと並んでも遜色ない。
……ベストカップルと言っても差し支えないだろう。
更に家事スキルは相当なものであり、その中でもお料理は特に得意らしい。
……以前、はるかの好みに探りを入れた際、彼女はこんなことを言った。
『……好きな人とか思いつかないけど、お嫁さんにするなら、つぼみちゃんかな! お料理おいしいし、キレイ好きだし』
……家庭的なはるかにここまで言わせるのだから実に大したものだと思う。
何でも、三姉妹とはるかとつぼみの五人でお菓子を作ったり、たこパしたりしていたこともあるそうな。
(……見せてもらおうやないの、アンタの実力をなぁ!?)
ふふ、と薫子は挑戦的な笑みを浮かべる。
(……ウチが見極めたるっ!!)
……………………端的に言うならば、薫子はつぼみに嫉妬していた。