「……お待ちど~☆ つぼみちゃん特製合い盛りカレーだよ~♡」
……途中からカレーだな、とは薫子も気づいていた。
しかし、期待はいい意味で裏切られた。
(……まさかここまで本格的な……しかも2種類……!)
真ん中に盛り付けられた黄色のライスが、黒に近いカレーと黄色に近いカレーの二つを分け隔てる山脈のようである。
黒に近い色のカレーにはごろっとした肉が見える。
黄色に近い色のカレーには大き目のエビが見えた。
ビーフカレーとシーフードカレー(……どうやらたこは入っていない)。
おそらくはスパイスの調合から手作りしたと思われるこの二つ……。
(……おっそろしぃ小学生やなぁ……)
そのおそろしい小学生の隣には、自らの手でサラダを作って、ドヤ顔しているご満悦なもう一人の小学生。
(……こっちは微笑ましいなぁ……)
レタスを千切って、ミニトマトのヘタを取って、千切りピーラーでキャベツを切って盛り付けて……たどたどしい手つきで作ったそれは正しく小学生のお手伝いであった。
「こりすちゃんのサラダには、私のお手製ドレッシングをどうぞ♡」
……カレーを作りつつ、こりすが危なくないように見守りつつ、薫子にお茶やお菓子を提供しつつ、ドレッシングまで……。
「カレーだから、ドリンクはラッシーでしょ。……あ、デザートもあるよ!」
ドリンクに、デザートまで!
「……手際ええなぁ」
「……? 昨日、こりすちゃんにカレーをリクエストされてたからね? ある程度仕込みはしてたから」
(……そうやないねん!)
薫子が言いたいのは料理の手際が良いこと……ではない! ……いや、それもあるが。
カレーが嫌いな日本人は少数派。
そして、おいしいカレーを出されて嫌な人間がいるだろうか? いや、いない!!
おそらく本人に自覚はないのだろうが……手際が良過ぎるのだ!
(……人をダメにする手際が良過ぎる!!)
既に胃袋を掴まれているらしいこりすは、目がハートになっているし!
……何なら薫子も、『こんな生活、ちょっといいかも』と思って堕落しかけているのだ!
ぶんぶん、と頭を振って、堕落しかけている思考を切り替える。
……それよりもカレーだ。
素人がスパイスから作ったカレー? 普通に考えたら大失敗作になってもおかしくない。
その可能性がわずかでもあるのはわかる。
だが、それ以上に、暴力的なまでの芳醇な香りは訴えかける。
……絶対おいしい、と。
……ごくり、と薫子の喉がなる。
「それじゃあ、いただきましょう! ……いただきます」
つぼみが楽しそうにそう言いながら、両手を合わせて微笑む。
薫子も、こりすも同じように『いただきます』をすると、スプーンを掴む。
振りかぶったそれをライスとカレーに突き刺し……すくって、口に運ぶ。
「……………………うまっ!? なんやコレ!? うんまぁ!?」
薫子の頭の中は、『うまい』だけで染め上げられた。
香りとか、コクとか。語ろうと思うことはあっても、『御託はどうでもええ! とにかくうまい!』が頭を占めた。
傍らのこりすなんて、猛然とカレーを口の中に運んでいる。もきゅもきゅ、と動く口が忙しない。
(……肉はほろほろって解ける! エビはぷりっとしていて弾ける!)
ごろっとした牛肉は口に入れて、咀嚼を始めた瞬間に、絡まった繊維が解けていくようだった。
肉の油の甘味とそれらを包む野菜の甘味、酸味なども感じる。
魚介の旨味が凝縮されたようなスープの中で、エビは、ぷりん、と口の中で弾け、僅かな塩気を感じた。
そして、ガツンとくるスパイスの香りと辛さ。二種のカレーはそれぞれで配合を変えているのだろう。ビーフカレーは肉の味を、シーフードカレーは魚介の旨味を上手に引き出していた。
……家庭料理のレベルではなく、レストランやカレー専門店のそれに近い。
(……つぼみ、おそろしい子!!)
薫子は、思わず白目になりそうだった。
◇◆◇
ガツガツ、とカレーを食べる二人を眺めながら、私は薄く微笑んだ。
元々は姉やママ以外に食べてくれる人がいなかった。
姉が「おいしい」と言ってくれるからこそ、これまで作り続けていたが、最近は、家族以外のキウィちゃんやこりすちゃんに振る舞う機会が増えた。
……姉以外はどうでもいいと思っていたけれど、こうやって薫子ちゃんがおいしそうに食べてくれている様子を見て、よかった、と思う程度には、私は料理が好きらしい。
自らもカレーを口に運ぶ。
(……ん……まぁ、及第点かな……?)
家庭料理としては十分においしいレベルだろう。まだまだ研究の余地はあると見た。
スパイスの調合からやろうとしたら、正解を見つけることができないほど複雑なのがカレーである。……研究のしがいがあるなぁ。
まぁ、市販のルウで作るのも十分おいしいんだけどね?
料理してると一から作ってみたくなるじゃない?
「……つぼみ、お替りしてもええのん?」
「……っ!」
薫子ちゃんが少しだけ頬を染めて、お替りを要求してくる。私も、とばかりにこりすちゃんが手を挙げる。
「……いっぱい作ってあるから大丈夫だよ」
私は、くすり、と微笑みながら、お替りの準備をする。
……単純に、「おいしい」と言ってもらう以上に、お替りの要求は雄弁だ。
……それだけ体が求めているってことでしょ?
それにしても……。
(……薫子ちゃんには、カレーがよく似合うなぁ……)
……そう思うのは私だけだろうか。
◇◆◇
「……今日はカレー!!」
玄関をくぐると同時に、キウィがそう叫んだ。
(……そういえば、昨日準備していたもんね)
スパイスの調合から始める姿はうてなにとっては見慣れた姿である。
……そして、その暴力的なまでに芳しい匂いに耐えるまでがワンセットだった。
キウィが脱ぎ捨てた靴を揃えつつ、うてなも靴を脱ぎ……見慣れない靴を発見した。
(……こりすちゃんと……誰だろう?)
一つはこりすのものだとわかったが、もう一つには心当たりがなかった。
……答えはキウィの叫びとともにもたらされた。
「あ~!? テメェ、薫子、何、うてなちゃんちに上がってんだよぉ!?」
(……天川さん……?)
何故、彼女が……? と疑問を浮かべるが、彼女がつぼみがよく買い物をしている商店街でたこ焼き(たこ抜き)を食べている姿を見かけることに思い至った。
……どうやら、つぼみがこりすと二人っきりになる状況を回避すべく、彼女を誘った、ということだろう。
「……つぼみにお招きいただいてなぁ。アンタこそ、図々しく上がってきて何やのん?」
「あぁん!? アタシがうてなちゃんちに来るのは当然だるぉ!?」
「……うてなはんもつぼみも大変やねぇ……こないな粗忽モンを相手にせんといかんのは……」
うてながダイニングに着く頃には、キウィと薫子が睨みあっていた。
たはは、とうてなは思わず苦笑する。
あまり相性が良くないらしい二人がこうやって口論するのはよく見かける風景ではあるが、それが自分の家となると最早苦笑しか浮かばない。
「はいはい。二人ともすとぉっぷ! ……薫子ちゃん、ケンカするなら、お替りなしね! キウィおねえちゃんも! 楽しい夕食を邪魔するなら、外で食べて」
「「……す、すんません……」」
両腕を組んで少しだけ頬を膨らませているつぼみに二人は声を揃えて頭を下げた。
食を司る我が家の小っちゃな料理長はいつだって最強である。