「……た、ただいまぁ……」
姉が帰ってきたのは、私がお夕飯の支度をしている最中だった。
「……あれ? おねぇ、早かったね?」
何もなかったかぁ、と内心がっかりしながら、玄関に出迎えると、何だか姉は挙動不審だった。
顔も真っ赤だし、首筋を隠しているような仕草……。
……ははぁん?
「……ちょっと失礼」
「あぁっ!? つぼみ、だめぇ!?」
ぴょんこ、と飛びつき、必死に何かを隠そうとしている姉の手を取る。いくら私がちっちゃいとはいえ、姉が私の体重を支える膂力があるわけもなし。
露になった首筋には、幾つかの薔薇色の痕が……。
「ほーん……キスマーク♡」
「はぅぅぅ……!」
恥ずかしそうにしている姉のかわいらしいこと!
しかし、キウィちゃんってば、こんなに目立つところに痕を残しちゃって……。
……独占欲かな?
「……おねぇ、これ、学校行くときちゃんと隠せる?」
「うぅ!? やっぱり目立っちゃう……?」
「そりゃあねぇ……まず、おねぇが挙動不審過ぎる。堂々してればいいのに。蚊に刺されたみたいって言い張ればいいと思うんだけど……」
「はぅ……」
……まぁ、姉にそんな演技力はないな!
「……出かける前にお化粧で誤魔化すしかないんじゃない?」
「でも、汗で落ちちゃったら……」
「そうだねぇ……」
私ら姉妹、結構汗かきやすいからね! 最近、暑いってのもあるけど。
「……ここは逆転の発想!」
テーン、と私は閃いた!
「……え? なに?」
姉は、きょと、と私の様子に首を傾げている。
「キウィちゃん
「う、うん……♡」
姉よ、ちょっと嬉しそうにするんじゃない……。
「私が付けたんなら、大丈夫でしょ? 妹がふざけて~、とか、寝ぼけて~、とか!」
「え、えぇぇ……そうかな……?」
自信なさ気な姉。大丈夫、大丈夫。つぼみちゃんの緻密な計算によれば、私はちゃんと、おねえちゃん大好きっ子として認知されているはずだから、キウィちゃんとしてた、というよりは納得されると思うよ?
「大体、おねぇ、ウソとかつけないでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「キウィちゃんに付けられた、って言わないだけ。そう考えれば、気も楽でしょ?」
「……そ、そうかな……? ……そうかも……?」
「じゃあ、あとで、私がいっぱい付けてあげるから♡ キスマーク♡」
「い、いっぱいはいいよ!?」
「それじゃ、少しだけね♡」
「う、うん……」
よしっ! 押し切った! これで、ごーほー的におねえちゃんにキスマーク付けられるぞ!
私は隠れてガッツポーズをする。
「えへへ♡ じゃあ、ごはん食べたら、一緒にお風呂入って~、一緒に寝ようね~♡」
「うん……うん!?」
さり気な~く言質を取りにいったのだが、姉はちょっと、ぎょっ、としたように私を見た。
ちっ……最近、ガード固いんだよなぁ……。
だが、私には最終兵器があるっ!!
「……だめぇ?」
きゅるん、と目を潤ませて、恥ずかしそうに上目遣い!
あざといと言われようが、かわいい妹のこの攻撃に耐えられるおねえちゃんは存在しない!
「も、もう、仕方ないなぁ……つぼみは、まだまだ甘えたさんだね」
姉は苦笑しながらも、そう言って、私の頭を、よしよし、と撫でる。
「うん♡ おねぇ、すきすき~♡」
姉に、ぎゅっ、と抱き着けば、ほのかに汗の香り。
……うーん、満たされるぅぅ♡
「……あれ、つぼみ? 何か焦げ臭くない?」
「はっ!?」
トリップしてる場合じゃなかった!
◇◆◇
……幸いにしてお夕飯は無事だった。
ちょっと焦げちゃったけども……「おいしい」と言ってくれる姉はマジ神!
今は二人で並んで洗い物。
「……つぼみは結構お料理好きだよね」
「うーん……ちょっと違うかな? おねぇが「おいしい」って言ってくれるから、また作ろうって思うだけだよ? おねぇだって似たようなもんでしょ?」
「そうだね……つぼみ、あんなにお転婆だったのに……」
「あ、そう言えば、今日、はるかちゃんたちと会ってさぁ……」
私が今日あったことを話せば、姉は楽しそうにしながら頷いてくれる。
姉は内向的で自分から話をするのは苦手だが、他の人の話を聞くのは割かし好きらしく、こうやって話せば、きちんと話を聞いてくれる。いわゆる、聞き上手、というヤツだろう。
……これで今まで友達がいなかったというのも不思議だ。
話してみれば絶対気が合う子もいたと思うのだが……。
「おねぇは今日どうだったの?」
「……ふへへ♡」
……まぁ、たまに出てくるこういうだらしない顔が悪いのかもしれないな。
私はかわいいとしか思わないが、真珠ちゃんたちからは気持ち悪いという感想をいただいているしね。
「……おねぇ、涎」
「おっと……ご、ごめんね。うん、キウィちゃんとご飯食べて、ショッピングして……♡」
ぽぽっ、と顔を紅くする姉。
……まぁ、つまり、そんな感じでアレして、キスマークを付けられるに至った、とそういうわけだな?
「……で、どこまで行ったの?」
「どこにも行ってないよ!?」
あわわ、と慌てる姉。
こんだけ、ちゅっちゅっした痕があるのに、それ以上していないとは……!
姉のへたれさ加減も凄いが、理性を保ったキウィちゃんもある意味凄い。
「そーなの?」
「……う、うん」
ちょっとしょんぼり気味の姉。いちおーキウィちゃんに我慢させている、という自覚はあるらしい。
……しかし、それにしても……。
「まぁ、今日、キウィちゃんに聞いたから、何となく、事情はわかるよ? ……二人じゃないとわからないこともあるんだろうけど。……傍から見たら、おねぇは結構、ゲスいよ?」
「……げ、ゲス……」
がびーん、と姉はショックを受けた表情をした。
だが、まぁ、これは私の正直な感想である。
「だぁってぇ~……キウィちゃんがあんなにすきすき光線出してて、おねぇも満更じゃなさそうなのにさー……保留って」
「……うぅ……」
どんな状況でそうなったのかは知らない。
キウィちゃんはキウィちゃんで自分のせいだと思っている節もあるが、正直、悪いのは姉じゃなかろうかと思っている。
キウィちゃんは姉への好意を隠そうとは一切していないので、姉がある程度押し切られた感があるのはわからないでもない。だが、それならそれで、覚悟を決めて最後まで押し通れば良かったのだ。
キウィちゃんはあれでロマンチストなところがあるから、姉に本気かどうかを問うたのではないだろうか。
……姉のことだ。そこで躊躇してしまったに違いない。問答無用で口を塞いでやればいいのに。私ならそうするし、そうされたい。
「まぁ、キウィちゃんが待つって言ってくれてるんだから、おねぇはちゃんと考えてあげればいいと思うけど。キウィちゃんじゃなけりゃ、待ってなんてくれないと思うよ? ……それどころか、責任取れ、って言われたり、終いには裁判沙汰に……!」
「や、やめてぇ……リアルな想像を掻き立てることを言うのはやめてぇ……!?」
聞けば、阿良河家は、キウィちゃんを姉の嫁にすべく、話が進んでいるらしいし?
……外堀埋められかけてないかな? 事実上、私も、キウィちゃんが嫁に来るならウェルカムだし。
「……おねぇのことだからちゃんとするんだろうけどさ。急かすわけじゃないけど、あまり待たせるのもかわいそうだよ? 別に恋人っていう形にこだわる必要もないんだろうし」
んー、と私は考えを巡らせる。
キウィちゃんが姉を大好きなのは間違いないが、その人間関係の終着点がイコール恋人かと言われると疑問符が浮かぶ。
「愛人っていうのもありだと思うよ!」
世間的な響きはともかくとして。愛する人と書いて、『愛人』。私はそんなに間違った関係じゃないと思う。
「……え……えっ!? ……つ、つぼみ!?」
姉は、顔を青くしている。
私がこんなことを言っているのがショックなのだろうか。
……おねえちゃんの色んな表情を見れるのは、とても楽しい。
「……そのときは、私も愛人にしてもらおうかな♡」
にひ、と悪戯っぽく笑うと、姉はからかわれていると思ったのか、顔を真っ赤にしながら、ぷるぷる、と震えている。
「つぼみ!? 意味わかって言ってる!?」
もう、と拳を振り上げて怒る姉の腰の辺りに抱き着く。
「もちろん♡ おねえちゃん、愛してるぅ♡」