悪の女幹部にあこがれて   作:MIA

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89 つぼみちゃーむ♡

 ……はるかの脳裏に浮かんだのは路地裏で魔物を撲殺する薫子の姿であった。

 

 ……魔物って、生身でも倒せるんだ……、そんな衝撃を受けたことを、はるかは忘れられない。

 

 そして、今のつぼみの姿である。

 

 少女の影の形の魔物をぶん投げ、更には後頭部に膝を打ち込んで倒した。

 

(……つ、強ぉ……っ!)

 

 その衝撃は薫子以上であったと言っていいだろう。

 

 薫子はコンクリート片を持って、相手のマウントを取って殴りつけるという野蛮な……ある意味泥臭い倒し方だったが、つぼみのそれは芸術的であると言ってすら良いほどだった。

 

「……なつな、あきほ、みふゆ、大丈夫だった? ……はるかちゃんも」

 

 くるっ、と振り返ったつぼみは、にっ、と笑みを浮かべていた。

 

 何でもないことのように……おそらくは、なつなたちを安心させるために。

 

「「「「……はぅ♡」」」」

 

 三姉妹どころかはるか自身でさえ、思わず、きゅん♡ として声が出た。

 

(……か……か、かっこいい♡ ……って、え!?)

 

 ぽっ、と頬が熱くなるのを感じて、はるかは思わず、頬に手を当てた。

 

 どきどき、と胸が高鳴る。

 

 思わず色々勘違いしてしまいそうになるが、彼女には予備知識があった。

 

(……こ、これが、つぼみちゃんの……!?)

 

 ……彼女は全く意図していないが、ヒロイックな行動を取りやすいので、その場に居合わせた場合、大体、きゅん、とする。結果、彼女のクラスメイトのほとんどは彼女に恋心に似たあこがれを抱く。……なお、普通に恋心もある。

 

「つぼみ、かっこいい♡」

「……さすつぼ♡」

「結婚して♡」

 

 ……そして、はるかは妹たちは普通に惚れていることに改めて気づく。

 

(……普段やんちゃなみふゆまで目をハートに……)

 

『つぼみちゃーむ♡』と一部で呼ばれているらしい、その威力をまざまざと見せつけられた……実体験付きで。

 

(……うぅ……予備知識がなければ、危なかったかも)

 

 妹たちが口を揃えて「あれはやべぇ♡」と言うだけのことはあった。

 

(つぼみちゃんと私は結構年離れてるし……同い年だったらなぁ♡ う~ん、それにしてもあのかっこよさで、普段は料理好きで家庭的なんだよねぇ♡ …………はっ!?)

 

 ちょっと油断すると思考がつぼみのことに流されていく。

 

(……な、なんておそろしい……)

 

 子どもの頃からの付き合いで、つぼみ自身に免疫のあるはるかでさえコレである。免疫のない相手は推して知るべし。

 

(……たぶん、こりすちゃんも……)

 

 普段大人し目で自己主張の少ないこりすが、妹たちにはっきりと独占欲を示して威嚇していた様子を思い出して、思わず遠い目になった。

 

「……はるかちゃん、大丈夫?」

「ひょわっ!? だ、だいじょーぶだよ、つぼみちゃん! ……つぼみちゃんこそケガとか……」

 

 ……してない。どころか、汗もかいていなければ、息を乱してすらいない。

 

(……え? 待って? ……どんだけ強いの、つぼみちゃん!?)

 

 仮に自分が変身して戦ったとして。そこまであっさり勝てるとも思えない。

 

 ……逆に言えば、例え生身だろうと、つぼみは接近戦に限れば、魔法少女を圧倒し得るということ。

 

(……是非、スカウトを!? ……いや、でもなぁ……さすがにつぼみちゃんみたいに小さい子をスカウトするのはなぁ……う~ん、惜しい!!)

 

 自分が引退する頃には丁度いい感じの年齢になっているだろうから、その時に改めて、などと頭の片隅で考えつつ、魔法少女のスカウトを一応諦める。

 

「……早く移動しよう。たぶん、こっちは本命じゃないだろうけど……」

 

 つぼみの言葉にはるかは頷く。

 

 魔物は何らかの意図をもって出現しているのは間違いなく、こちらに現れたのは逃げている相手の足止めか、魔力の強い者を狙ったか……どちらにせよ、この状況を俯瞰している何者かがいるのだとしたら、こちらの脅威度は上がったと考えていいだろう。

 

(……変身できないのが痛い! だからって、なつなたちやつぼみちゃんを置いて姿を隠すことなんでできないし!)

 

 はるかが変身できていれば、この場を脱することも容易だったのだが……。

 

「……っ!」

 

 動き出そうとするはるかたちをつぼみが手で制した。

 

「……ちょっと遅かったか」

 

 ちっ、と舌打ちをするつぼみの姿を見て、はるかはやっと気づいた。

 

「……う、うそ……」

 

 新しく影が人の形を取り始めていた……それも二つ。

 

 先ほどはつぼみのおかげで事なきを得たが、今度はどうか。

 

 そんな心配の他にはるかはもう一つのことに驚愕していた。

 

(……つぼみちゃん、私より早く魔物が出現するのを察知した……?)

 

 近隣の魔法少女の中では、はるかが最も古株……経験が豊富だ。

 だからこそ、魔力の発生に対する感度にも長けている。

 

 そんなはるかを差し置いて、つぼみはいち早く危険を察知した。

 

 ……それは戦闘で感覚が研ぎ澄まされているからか、それとも生来のものか……あるいは、魔力という存在自体を知っていたからか。

 

 ずき、と頭に痛みを感じ、はるかは思わず頭を押さえる。

 

(……何だっけ……? ……いや、それより今は……!)

 

 どうこの状況を打開するか。

 

「……二匹か」

 

 ふふん、とつぼみが鼻を鳴らした。

 彼女が何をしようとしているのか理解したはるかが制止するよりも早く……。

 

 ……つぼみは動き出していた。

 

「つぼみちゃん!?」

 

 はるかが思っているよりずっと好戦的だったらしいつぼみは影に向かって走っている。

 

(剣と……弓!?)

 

 先ほどの相手は細身の剣だったが、今度の相手は長剣のように見える。加えて長弓をもった相手。

 

 近距離と遠距離を同時に相手するのはいくらつぼみでも無謀に思えた。

 

 ぴゅっ、と影の剣が突っ込んでくるつぼみに向けて振り下ろされ、空気を切り裂く音が聞こえる。

 

(……ダメっ!?)

 

 最悪の光景がはるかの脳裏を過る。

 

 しかし、そんなはるかの想像をあざ笑うかのように、つぼみは相手が振り下ろす剣に……正確には手を目掛けて、肘を突き出した。

 

 めきょ、という何かが砕ける音がした。

 

(……剣を持っている手に肘打ち!?)

 

 おそろしいのはそれを躊躇なくやって見せたつぼみの精神性だろう。

 

 明確な殺意を持った相手……しかも人外。経験者であっても躊躇するであろう殺傷能力のある剣に対し前に出るという行為。……そして、先ほどの戦闘もそうだが、型の練習はしていたとしても、実戦で放つのはおそらく初めてであろうその技を嬉々として行っている。

 

 ……そんな小学生いる? ……いた。目の前に!

 

 怯んだ相手の腕を掴み斜め前に崩しつつ、自分の体は更に前へ。すれ違い様に相手の浮いた出足を払いつつ、ぐる、と相手の腕を支点に体を回す。つんのめるように前に相手をうつ伏せに倒しつつ、自らは相手が前に倒れる力と、体を回した遠心力を使って……。

 

 ごきっ、と相手の後頭部に肘を打ち付けた。

 

 それでも、彼女は止まらない!

 

 次の獲物とばかりに弓を持った影に向かっていく。

 

 ……にぃ、と口の端を歪めて笑うつぼみの姿をはるかははっきりと見た。

 

(……まさか……楽しんでるの、つぼみちゃん……!?)

 

 ……今でこそ比較的大人しいつぼみだが、過去の彼女は無謀とも思える冒険を繰り返してきた経緯がある。

 

 探検隊と称して山の探索。

 手作りいかだで川下り。

 野生のシカとの大立ち回り。

 

 武勇伝には事欠かない。はるかが珍しく怒ったこともある。

 

 ……当時は、お転婆だなぁ、と思っただけだったが……。

 

(……危険なことを……楽しんでいる?)

 

 ……いや、その程度ではない。

 

 はるか自身が何となく理解している。

 

 つぼみの根本は、死に向かって進むことをヨシとしている。

 自らの命に頓着しない。

 ……もし、死んだとしても別にいい。

 

 ある意味諦観とも思えるそれは……自棄でなくなったとき、別のものになる。

 

(……覚悟……!)

 

 倒し倒され、殺し殺されの世界では、それがあるのとないのではその強さの質が異なる。

 

(……私、魔法少女になって、そこまでの覚悟があった……?)

 

 街の皆を守りたい。そのはるかの想いに偽りはない。

 

 ……だが、自分が殺されるほどの覚悟はあったか?

 ……あるいは、相手を殺す覚悟は?

 

 エノルミータは、その真意はともかく、何かしらの信念に基づき行動している。

 トレスマジアを殺す気はなくとも、殺される覚悟は持っているように思えた。

 

 普段、アホなことか、えっちぃことをしてくるエノルミータに対し、自分たちは何らかの覚悟をもって臨んでいたのだろうか。

 

(……すごいよ、つぼみちゃん!)

 

 つぼみが歩を進める。

 影が番えた矢を放つ。

 ……つぼみの額に突き刺さろうとするその一瞬。

 わずかに首を反らして、つぼみはその矢を避けた。

 二の矢を放つまでのその瞬間を、つぼみは爆発的な加速で距離を潰す。

 

 ……とんっ、と地を蹴ったつぼみが、影の体を駆け上った。

 

 手前に出ている膝を足場に、肩に手を置き、頭を押さえ、相手の顎に膝を叩き込む。

 

 仰け反った相手を飛び越えつつ、蹴った膝とは反対の足を首に引っ掛ける。

 

 体を捻りつつ、最終的に両の足で相手の首を捕まえると、そのまま仰向けに倒れさせるように後背に倒し、相手の体重と自らの足の捻りで、ごきり、と相手の首を折った。

 

 ゆら、と立ち上がったつぼみが、ぽんぽん、と体をたたいて埃を落とす。

 

 両手を腰に当て満足気に微笑むつぼみ。

 

(どやかわいい♡♡♡)

 

 はるかの瞳はハートになった。

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