【第二部始動】モブウマ娘がハンドラー・ウォルターのところへ来る話【第一部完結】 作:合間理保
トレーニングをする日が続く中、今日は学園から出て大きな病院へ向かった。精密検査の日だ。
幻聴の原因や影響を調べる為という話だったが、それにしては調べる項目が多い、血液検査やら何やら関係ないのではないかというものまである。
聞けば、
「ついでだ。身体的な面でもデータを集めて今後のトレーニングや戦略に役立てる」
とのことだった。すでに親へ話を通してあり、ウォルターも医療データを見れるようにしていた。
着替えて検査を受ける。あちらこちらの部屋へ連れ回され疲れ果ててしまった。
一通り検査が終わり、ウォルターとともに医者の話を聞く。結果が出るまで時間がかかるから、また来てほしいというのが趣旨だった。
予定を確認し日程を組む。
次に参加を予定していたレースの数日後になりそうだった。
「ああ、ではその日にしよう。結果が出るまでレースは無しだ」
「え? いや、ダメです! 出ますからね!」
慌てて声を上げる。ウォルターは渋い顔をした。後で話し合おうということになって診察室を出た。
総合受付の近くの長椅子に座り会計をしているウォルターを待つ。大病院だから患者さんも働いているひとも多い。
ウォルターは会計のついでに誰かと話があると言っていた。待っててもいいし、先に帰っていてもいいとのことだった。
周りにぼうと目を向ける。忙しそうにしている看護師さんや受付事務員さん。おじいちゃん。子どもを連れた母親らしきひと。車いすの男性。松葉杖のウマ娘。
ん? と思って、そのウマ娘に再び目を向ける。あちらも視線を向けられていることに気付いたようで、こちらを見た。
それからこちらに近づいてくる。人好きのする笑顔で私に話しかけてきた。
「こんにちは、ええと、私のこと覚えているかな」
「うん。ウォルターの部屋を教えてくれた……、あとこの前出たレースも見に来ていた」
「あっ、居たの気付いてたんだ」
彼女は私の隣に腰かけた。なんとなく仲間意識のようなものを感じられるが、そもそも彼女は誰なのだろう。
「ええと、その、あなたは……」
「あ、そうだよね。私が勝手に知ってるだけだったね」
彼女は手を小さく叩く。それから顔をのぞき込むように体を寄せてきた。
「その前に。ウォルタートレーナーは担当になってくれた?」
「うん。あなたのおかげで迷わず部屋まで行けた」
「そっか。良かったね。それじゃあ、きみが621だ」
思わず立ち上がりそうになった。621。ウォルターから付けられた
彼女はいたずらっぽく笑みを浮かべ、握手の手を差し出してくる。
「私は620。よろしくね、621」
「え」
私はつい間抜けな声を上げてしまった。
◆
ウォルターには、知り合いに会ったから彼女と話してから帰るとメッセージを送り、620と一緒に病院からほど近いカフェへ向かった。
彼女はカフェ・モカ、私はただのコーヒーを頼む。
落ち着く香りとともに店員さんがカップを持ってきた。カップに口をつけてから、彼女はこちらに視線を向ける。
「それで、なんて呼べばいいかな? 後輩」
「……621でいい」
「ふふ、そっか。それじゃあ私も620で」
彼女の口ぶりから察するに、ウォルターから620と呼ばれていたことを悪くは思っていないらしい。椅子に立て掛けられた松葉杖を見る。
「ええと、その怪我は?」
「ウォルタートレーナーのもとにいる時にね。今日もリハビリで病院に行ってたの」
やはり、と思った。彼女は噂通りにウォルターのもとで使い潰されたウマ娘のひとりなのだろう。
同時に、けれど、とも思う。それを口に出した。
「あの、620は噂のような扱いを? 私、とても噂のようなトレーナーだとは思えなくて……」
「優しいでしょ?」
「え、はい。……え、620も同じ感じだった?」
「そうだね」
首をひねる。620も自分と同じような扱いを受けていたらしい。ますます分からなくなる。
「それじゃあ、どうして怪我を? 無理に扱われていたわけじゃないんでしょう?」
「これは私のせい。私が限界を超えた結果を求めたから」
「どういう……」
「私はね、地元じゃ特別凄かったんだけど、中央ではそこら辺にいるレベルのウマ娘だった。トレーナーに見出されることもない凡百のウマ娘のひとり。だから、悪い噂のあるウォルタートレーナーのところへ向かった。チャンスを求めてね」
620の言葉に口をつぐむ。私と同じだと思った。
「それからトレーニングを受けていたら、噂と実際は違っていることに気付いた。ウォルタートレーナーはしっかりと私のことを見てくれた。だから」
と、彼女はそこで言葉を区切った。カップを両手で握りなおす。
「だから私は勝利が欲しかった。悪評を覆す勝利が。けれど、それは叶わない願いだった。私は行ってエース止まり。対するのは中央にひしめくイレギュラー。私じゃ敵わない。それでも勝とうと足掻いて、限界を超えたレースの中で破綻を迎えた」
620の悔しさが言葉から伝わってくる。彼女は勝ちたかったのだ。ウォルターのために。
「私はただ勝ちたかっただけなの。けれど失敗した。失敗して、ウォルタートレーナーの積み重ねのひとつになってしまった。結果だけ見れば、使い潰されたウマ娘がひとり増えただけだった」
620は小さく息を吐く。それから、
「ねえ、きみはウォルタートレーナーのことをどう思ってる?」
「恩義は感じている。私を指導してくれている恩を返したいとも思っている。きっとそれはあなたと同じ。勝ちたいよ。ウォルターのためにも、もちろん自分のためにも」
「そっか。ねえ、きみは今後どうなりたい? ウォルタートレーナーの指示に従っていれば、大きな怪我はしないよ。それなりに良い結果で走りきれるよ」
私は首を振った。
「ありえない。私はそれなりの結果じゃ満足できない」
「そうだよね。分かってる。私たちはそうなっている。勝ちに飢えている」
けれど、と620は続ける。
「ウォルタートレーナーには灰が降り積もっている。私たちの灰が。だから、これ以上灰を積もらせちゃいけない。きっと、きみの前にもイレギュラーが現れる。限界を試され、そしてなお届かないかもしれない相手が現れる」
「620、私は勝ってみせます。何者にも」
「私もそう決意したんだ。621」
そして駄目だった。そう彼女は言った。私はテーブルの下でぎゅうと手を握る。
「620。私がウォルターの灰を振り払ってあげます。すべてを精算してあげます」
「うん。頑張って、621。私はきみが勝つのを願っている。もちろん無事でいることも」
彼女が手を伸ばしてきたので握手した。
きっと、私は何かを託されたのだろう。勝利を、ウォルターを、そして620が託されたものを。
ウォルターの灰。そして620を打ち負かしたイレギュラー。私が頂点に立つには乗り越えなきゃいけないものだ。
やってやる。
私は決意を新たにした。