【第二部始動】モブウマ娘がハンドラー・ウォルターのところへ来る話【第一部完結】   作:合間理保

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時間空いてすまないねえ


二部 第4話

 トレーニングをする日が続く中、今日は学園から出て大きな病院へ向かった。精密検査の日だ。

 

 幻聴の原因や影響を調べる為という話だったが、それにしては調べる項目が多い、血液検査やら何やら関係ないのではないかというものまである。

 聞けば、

 

「ついでだ。身体的な面でもデータを集めて今後のトレーニングや戦略に役立てる」

 

 とのことだった。すでに親へ話を通してあり、ウォルターも医療データを見れるようにしていた。

 

 着替えて検査を受ける。あちらこちらの部屋へ連れ回され疲れ果ててしまった。

 一通り検査が終わり、ウォルターとともに医者の話を聞く。結果が出るまで時間がかかるから、また来てほしいというのが趣旨だった。

 

 予定を確認し日程を組む。

 次に参加を予定していたレースの数日後になりそうだった。

 

「ああ、ではその日にしよう。結果が出るまでレースは無しだ」

 

「え? いや、ダメです! 出ますからね!」

 

 慌てて声を上げる。ウォルターは渋い顔をした。後で話し合おうということになって診察室を出た。

 

 総合受付の近くの長椅子に座り会計をしているウォルターを待つ。大病院だから患者さんも働いているひとも多い。

 ウォルターは会計のついでに誰かと話があると言っていた。待っててもいいし、先に帰っていてもいいとのことだった。

 

 周りにぼうと目を向ける。忙しそうにしている看護師さんや受付事務員さん。おじいちゃん。子どもを連れた母親らしきひと。車いすの男性。松葉杖のウマ娘。

 

 ん? と思って、そのウマ娘に再び目を向ける。あちらも視線を向けられていることに気付いたようで、こちらを見た。

 

 それからこちらに近づいてくる。人好きのする笑顔で私に話しかけてきた。

 

「こんにちは、ええと、私のこと覚えているかな」

 

「うん。ウォルターの部屋を教えてくれた……、あとこの前出たレースも見に来ていた」

 

「あっ、居たの気付いてたんだ」

 

 彼女は私の隣に腰かけた。なんとなく仲間意識のようなものを感じられるが、そもそも彼女は誰なのだろう。

 

「ええと、その、あなたは……」

 

「あ、そうだよね。私が勝手に知ってるだけだったね」

 

 彼女は手を小さく叩く。それから顔をのぞき込むように体を寄せてきた。

 

「その前に。ウォルタートレーナーは担当になってくれた?」

 

「うん。あなたのおかげで迷わず部屋まで行けた」

 

「そっか。良かったね。それじゃあ、きみが621だ」

 

 思わず立ち上がりそうになった。621。ウォルターから付けられた番号(なまえ)。なぜそれを知っている。

 彼女はいたずらっぽく笑みを浮かべ、握手の手を差し出してくる。

 

「私は620。よろしくね、621」

 

「え」

 

 私はつい間抜けな声を上げてしまった。

 

 

 ◆

 

 

 ウォルターには、知り合いに会ったから彼女と話してから帰るとメッセージを送り、620と一緒に病院からほど近いカフェへ向かった。

 

 彼女はカフェ・モカ、私はただのコーヒーを頼む。

 落ち着く香りとともに店員さんがカップを持ってきた。カップに口をつけてから、彼女はこちらに視線を向ける。

 

「それで、なんて呼べばいいかな? 後輩」

 

「……621でいい」

 

「ふふ、そっか。それじゃあ私も620で」

 

 彼女の口ぶりから察するに、ウォルターから620と呼ばれていたことを悪くは思っていないらしい。椅子に立て掛けられた松葉杖を見る。

 

「ええと、その怪我は?」

 

「ウォルタートレーナーのもとにいる時にね。今日もリハビリで病院に行ってたの」

 

 やはり、と思った。彼女は噂通りにウォルターのもとで使い潰されたウマ娘のひとりなのだろう。

 同時に、けれど、とも思う。それを口に出した。

 

「あの、620は噂のような扱いを? 私、とても噂のようなトレーナーだとは思えなくて……」

 

「優しいでしょ?」

 

「え、はい。……え、620も同じ感じだった?」

 

「そうだね」

 

 首をひねる。620も自分と同じような扱いを受けていたらしい。ますます分からなくなる。

 

「それじゃあ、どうして怪我を? 無理に扱われていたわけじゃないんでしょう?」

 

「これは私のせい。私が限界を超えた結果を求めたから」

 

「どういう……」

 

「私はね、地元じゃ特別凄かったんだけど、中央ではそこら辺にいるレベルのウマ娘だった。トレーナーに見出されることもない凡百のウマ娘のひとり。だから、悪い噂のあるウォルタートレーナーのところへ向かった。チャンスを求めてね」

 

 620の言葉に口をつぐむ。私と同じだと思った。

 

「それからトレーニングを受けていたら、噂と実際は違っていることに気付いた。ウォルタートレーナーはしっかりと私のことを見てくれた。だから」

 

 と、彼女はそこで言葉を区切った。カップを両手で握りなおす。

 

「だから私は勝利が欲しかった。悪評を覆す勝利が。けれど、それは叶わない願いだった。私は行ってエース止まり。対するのは中央にひしめくイレギュラー。私じゃ敵わない。それでも勝とうと足掻いて、限界を超えたレースの中で破綻を迎えた」

 

 620の悔しさが言葉から伝わってくる。彼女は勝ちたかったのだ。ウォルターのために。

 

「私はただ勝ちたかっただけなの。けれど失敗した。失敗して、ウォルタートレーナーの積み重ねのひとつになってしまった。結果だけ見れば、使い潰されたウマ娘がひとり増えただけだった」

 

 620は小さく息を吐く。それから、

 

「ねえ、きみはウォルタートレーナーのことをどう思ってる?」

 

「恩義は感じている。私を指導してくれている恩を返したいとも思っている。きっとそれはあなたと同じ。勝ちたいよ。ウォルターのためにも、もちろん自分のためにも」

 

「そっか。ねえ、きみは今後どうなりたい? ウォルタートレーナーの指示に従っていれば、大きな怪我はしないよ。それなりに良い結果で走りきれるよ」

 

 私は首を振った。

 

「ありえない。私はそれなりの結果じゃ満足できない」

 

「そうだよね。分かってる。私たちはそうなっている。勝ちに飢えている」

 

 けれど、と620は続ける。

 

「ウォルタートレーナーには灰が降り積もっている。私たちの灰が。だから、これ以上灰を積もらせちゃいけない。きっと、きみの前にもイレギュラーが現れる。限界を試され、そしてなお届かないかもしれない相手が現れる」

 

「620、私は勝ってみせます。何者にも」

 

「私もそう決意したんだ。621」

 

 そして駄目だった。そう彼女は言った。私はテーブルの下でぎゅうと手を握る。

 

「620。私がウォルターの灰を振り払ってあげます。すべてを精算してあげます」

 

「うん。頑張って、621。私はきみが勝つのを願っている。もちろん無事でいることも」

 

 彼女が手を伸ばしてきたので握手した。

 きっと、私は何かを託されたのだろう。勝利を、ウォルターを、そして620が託されたものを。

 

 ウォルターの灰。そして620を打ち負かしたイレギュラー。私が頂点に立つには乗り越えなきゃいけないものだ。

 やってやる。

 私は決意を新たにした。

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