【第二部始動】モブウマ娘がハンドラー・ウォルターのところへ来る話【第一部完結】 作:合間理保
遅咲きのステイヤー。
世間というのは分かりやすいもので、あのレースで勝ってから調子を上げる私に、視線を集めるようになっていった。
何戦も長距離で勝利をあげる私に、好き勝手に呼び名を付けている。
私がレース展開を操っているように見えているらしく、それで猟犬の群れの主や支配者になぞらえたような二つ名が多い。
まったく。私なんて見向きもされない落ちこぼれウマ娘だったというのに現金なことだ。
と呆れると同時に、注目されているのだと思うと口元がにやけてくる。
現金なのは私も同じらしい。
ただ、称賛に合わせてやっかみの声も聞こえてくる。多くはウォルターに関わる声だ。
「どうせすぐに使い潰される」「なんであんなトレーナーのもとに」
当然直接に言ってくる者はいないが、潜められた声というのはそれでもよく響く。
けれどそんなものは関係ない。私が実績を残せばウォルターの評価も変わってくるだろう。
ウォルターといえば、さほど変わりはない。いつものように淡々と仕事を続けている。
増えつつある勝利数に喜びの声を上げてくれてもいいと思うのだが、声を張り上げるウォルターというのもあまり想像がつかないから、まあいいかと思う。
とにかく、私は次世代を担うウマ娘ではないかと注目度を上げている。
このまま行けば憧れだった有マへの切符すら夢ではないのではないかと考えてしまう。
ウマ娘の頂点。どんな景色だろうか。
はやる心に、ついトレーニング中にぴょんぴょんと跳ねてしまった。
ウォルターから集中しろと咎められる。幻聴も呆れたため息をついたような気がした。
◆
壁、と呼ばれるレースがある。
全国から有望なウマ娘が集まり挑戦する。そんなレースだ。歴史あるレースで、数々のウマ娘が挑んでは跳ね返されてきた。
壁で力を見せつけた者が有マへ一歩近づくと言われている。
理由のひとつが距離だ。有マ同様の右回り2,500メートル。ここで有力ということは有マでも力を発揮できるに違いないという理屈だ。
そんなレースの控室に私はいる。
ウォルターから注意を聞く。しかし特に注意すべきウマ娘のデータは伝えられない。
これは要警戒のウマ娘がいないからというわけではない。壁に挑むウマ娘はすべてイレギュラーに片足を突っ込んでいる者たちだ。
つまり、すべてが要警戒ウマ娘というわけだ。
ウォルターが淡々と言う。
「壁を越えれば、いよいよ有マに手がかかる。お前の価値を証明してこい」
その言葉に細く息を吐いた。気合は十分、体には熱が渦巻いている。頬を叩いて部屋を出た。
しばらく歩いて待機場へ向かう途中、ひとりのウマ娘が声をかけてきた。
細身の濃紺のウマ娘だ。
データでは辺境とでも言うべき地方の出身だったはずだ。
主に中距離を主戦としていて、2,500メートルは彼女にとってはやや長い。
おそらく有マを視野に入れて長距離でも戦えるか試しに来たのだろう、というのがウォルターの見立てだった。
濃紺のウマ娘が言う。
「君か。噂は聞いているぞ。あのウォルターの子飼いらしいな」
わずかに口を緩める姿はキザったらしかったが、それがよく似合っていた。
それより子飼いという言葉が引っかかった。
「いいひとだよ。ウォルターは」
「ふむ。君がそう言うのならば、そうなのだろう」
「それで、要件はそれだけ?」
「いやなに、できるウマ娘だと聞いてな。どんなウマ娘なのか気になったんだ。感じるよ。君は強い」
意思のこもった目でこちらを射抜く。負けじと鋭く見つめ返した。
彼女はふっと息を抜くように口元を緩める。
「この私には、このターフで成すべきことがある」
彼女は決意を示すように片手をぐっと握った。それからこちらを再度見て、
「これも巡り合わせだ。共に、壁越えといこうじゃないか」
◆
壁は序盤から激しいレースとなった。優位な位置を取ろうと飛ばす者が多い。ハイペースなレースだ。
私は集団中央、濃紺のウマ娘は集団後方に位置を取る。
周囲のウマ娘を観察し、さりげなく誘導する。追い立てられた前方のウマ娘たちがぶつかりそうになり、わずかにペースが乱れた。
すぐさまペースを上げる。前方に位置取ってレースをコントロールするようにペースを落とした。
レースは私が支配している。そう感じた瞬間、背後から勢いよく足音が響いた。
濃紺のウマ娘だ。
彼女は私の作ったペースに抗い、スピードを上げている。そしてついに私の前についた。
「そんなっ……!」
彼女は私の支配するレースから脱しつつある。私はどうするか選択を迫られた。
彼女に追いつくように走るか、無理なペースで走っていると推測し無視するか。
私はペースを上げ彼女の真後ろで走ることにした。
レースは濃紺のウマ娘が先頭に立ち、そのすぐ後ろに私がいる。やはり若干ハイペースだ。
彼女は長距離は不慣れなはずだが、それでも先頭に立つとはすさまじい。
残り500メートルほどになり、私はラストスパートをかけようとした。その時だった。
「なるほど、ここまでか」
濃紺のウマ娘が呟いた。
ラストスパートをかける私に彼女は抵抗しなかった。
おかしく思う。何故だ。
と、すぐに気がついた。やはり彼女は長距離に慣れていなかったのだ。
ペース配分を間違えた。いや、自分が得意とする中距離と同じように走ったらどの程度までいけるか測っていたのだろう。
その限界がここだった。
彼女は私の後ろにつく。
そのまま私が一着でゴールした。
勝った、が、勝った気がしない。あの濃紺のウマ娘は私のレースコントロールから外れていた。あのままいけば、彼女が一着だったかもしれない。
彼女もまた、イレギュラーなのだ。
そしてイレギュラーが集う有マで私の力は通用するのだろうか。不安が胸を刺した。
ウォルターのもとに帰ると、彼はしっかりとうなずいた。
「よくやった、621」
渋面はいつもと変わらない。私はあいまいに返した。
すぐに彼は眉根をひそめる。
「どうした。621。勝ったのにやけに静かだな。……どこか痛めたか?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
「何かあったら言え。コンディションの管理も俺の仕事だ」
「仕事……」
その言葉を口の中でつぶやく。ウォルターはやはり仕事に囚われている。それはある種の義務や使命にも似た響きを感じさせる。
「ウォルター、あなたの仕事ってなんなんです?」
「……? トレーナーだが」
「いえ、違います。トレーナーは職業です。ウォルターはトレーナーとして、なんの仕事を抱えているんですか?」
むう、と彼はうなった。ややあって、
「お前たちを走らせることだ。止まってしまったら……」
そこで言葉を区切り、彼は扉の方を向く。
「俺は先に関係者出入り口で待っている。着替えたら来い。戻るぞ」
言ったっきり先に出ていってしまった。
止まってしまったら、なんなのだろう。
ウォルターの言葉や態度を反芻する。
止まれない仕事、ウマ娘を走らせる使命、降り積もった灰。
「そうか」
はっきりと分かった。
「怪我をしてしまったウマ娘の分まで、前に進まなきゃいけないんだ」
きっとそうだと思う。
ウォルターは自身を止まってはいけないものだと定めている。
止まってしまったら、今までのウマ娘たちの灰は無駄になってしまうのだと思っている。
ウマ娘たちのために、どんな道だろうと前に進み続けなければいけないと思っている。
ああ、それは。
「それは、きっと、罪悪感にかられた義務だ」
言葉にすれば、その響きが私の胸を締め付けた。
であるならば、私に必要なのは精算だ。全てのウマ娘が払ってきたものに値するものが必要なのだ。そしてそれは、
「有マ。ウマ娘の頂点」
そこに届けば、きっとウォルターに降り積もる灰を払ってあげられるだろう。
ウォルターのもとにいたウマ娘たちの走りは無駄じゃなかったと思ってもらえるだろう。
私は拳を握りしめた。
◆
壁からしばらく経った。私はウォルターの部屋で待機している。彼は呼ばれてどこかへ行ってしまっていた。
ドアがノックされる。どうやら戻ってきたらしい。
「621」
呼びかけられ、白いオシャレな封筒を手渡された。小首をかしげて受け取る。
私宛のものだろう。封を開け、中身に目を通す。
私は悲鳴じみた声を上げた。
それは招待状だった。
ウォルターが言う。
「有マへのチケットだ。やるぞ、621」
前回から、ええと、半年ぶりくらいですか?
あの…すいませんね展開覚えてる方いらっしゃいますか?
いやほんと…ね!ごめんね!
完結はさせます
それが私のプライドです