【第二部始動】モブウマ娘がハンドラー・ウォルターのところへ来る話【第一部完結】   作:合間理保

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なんか続いたようです
620の物語をもうちょっとお楽しみいただければ


第2話

 実際のところ、ウォルタートレーナーの指導は良いものだった。

 

 論理に基づいたトレーニング、学業もおろそかにさせない抜け目なさ。そして何より、トレーニング後の分析が的確だった。

 これは私一人ではなしえなかっただろう。

 私はただ、がむしゃらに走っていただけだった。戦略も戦術も無く、一人で突っ走るのが私だった。

 

 620は違う。

 

 620は私生来の出足の良さを活かし、先行を主体とした作戦をとった。好位置を取り、逃げウマ娘を追い詰め、じわじわとスタミナを削り、追い抜く。

 作戦は目標を生み、目標はそこまでの道筋を生んだ。

 

 620は確かな目標を目指してトレーニングに取り組めている。

 

 そう、私は620だ。

 

 その番号に意味なんて無いのかもしれないけど、私は私の番号に意味を見出しつつあった。

 

 ウォルタートレーナーはよく私のことを「620」と番号で呼ぶ。言い換えれば、私によく呼びかけてくる。何物でもなかった私が、彼に620と呼び掛けられるたびに、他の何者でもない存在なのだと、そう言われているように錯覚してしまう。

 実際は619でも621でも、彼にとってはそう変わらないのだろうけど、ただの数字に確かな「個」があるのだと、そう思ってしまう。

 

「620、トレーニングの時間だ」

「620、姿勢が乱れている。集中しろ」

「データを見てみろ、620。トップスピードに改善が見られる。よくやった」

「620。戻って、休め」

 

 そう、彼は細やかにこちらに気をかけてくる。しかも、よく褒め、よく休憩も取らせる。それで自然と疑問がわいた。彼はウマ娘を使い潰すようなトレーナーではなかったのか。

 確かにトレーニングはきつい。私は事あるごとに限界ギリギリを求められる。とてもじゃないが手は抜けない。だがそれは、私の成長に必要なものだ。

 どうにも私が耳にしていた彼の評判と、実際の私の扱いに差異があるように思える。

 噂は根も葉もない噂に過ぎないということか、それとも彼に何か変化があったのだろうか。

 わからない。しかし、ウォルターは私を放置するわけでも、使い潰すわけでもないというのは確かだった。

 

 私は確かな成長を感じるたびに、ウォルターへの信頼もより確かなものになっていった。

 

 

 ある日、ウォルターはいつものように私に声をかけてきた。

 

「620、レースがある。出たいか?」

「出ます」

 即答した。あまりの勢いに彼はやや苦笑したようで、そのせいで何となく恥ずかしさを感じる。目の端が熱を持つ。ごまかすように私は口を尖らせた。

「どんなレースです?」

「食いつきがいいな」

「それはもう。私はそのためにトレーニングに耐えてきたんですから」

「……きついなら負荷を減らすが」

「いえ! 戦うために必要なことですから! それに音を上げさせても怪我はさせないと信じてますし」

「……。トレーニング後に違和感があるようだったら言え。メニューは調整する」

 

 私がまっすぐ顔を見て答えれば、ウォルターはばつの悪そうに目をそらした。

 信じられるといった私の言葉になにか思うところでもあったのだろうか。

 

「レースの話だが」と彼は無理やり話を戻した。

「規模としては小さいものだ。新規登録のウマ娘やくすぶっているウマ娘が主体となる。実績作りには丁度いい」

「実績作り?」

「そうだ。今のお前の力なら上位には入れるだろう。1着も狙えるとみている」

「本当ですか!?」

 思わず身を乗り出した私に、彼は驚いたのか一歩後ずさった。

「まだエントリーするウマ娘が正式に決まっているわけではないが、過去のデータから見るに実現可能だろう」

「私が……。よし! すぐトレーニングしましょう! こうしてはいられません!」

「落ち着け620。俺はエントリーの書類を作ってくる。事前に渡したメニューをこなせ」

 返事も早々に、私は勢いよくトレーニングルームへと駆け出した。

 

 

 

 それからあっという間に日は経ち、レース当日を迎えた。

 

 控室でそわそわとストレッチをする私に、ウォルターはタブレットを手渡してきた。

「ブリーフィングを始める。データは頭に入っているな?」

 こくりと頷く私に、彼は満足げに頷き返した。

「では改めて情報をまとめる。最終確認だ。」

 

 ウォルターが彼のタブレットを触ると、こちらのタブレットも連動して画面が映った。

「距離1600メートル、左回り、コーナー二つ。ちょうどお前のテストと似たシチュエーションだ。実力の進化がよく分かるだろう」

 ウォルターに初めて会った日を思い出す。あの時はなんとも無茶なことをしたものだと頬が熱くなった。

 そんな私にかまわず、彼はブリーフィングを続ける。

「やはり、事前情報の通り、新規登録のウマ娘が多い。彼女らのデータは少ないが、逆に言えば実戦経験も少ないということだ。こちらの作戦通りにやれば抑え込めるだろう」

 

 画面にずらりとウマ娘の姿が現れては消える。レース相手の情報は覚えている。そして注意すべき相手も。

 

「問題は、この逃げウマ娘だ。このレースではかなりの実力を持っている。最終的には彼女とお前の競り合いになるはずだ」

 

 ごくりと喉を鳴らした私に、ウォルターは鼻を鳴らすように笑った。

 

「620。レースの時間だ。お前の力を示してこい」

「は、はい! 任せてください!」

 頬を叩いて踵を返す。この部屋を出れば、あとはもう一人だ。一人で戦って、そして勝つしかない。いや、勝ちたい。勝手に体が震えだす。ドアノブに手をかけた私に、ウォルターから声がかかった。

 

「620」

 振り返り小首をかしげる。

「いや、行ってこい620。無茶はするな」

「はい!」

 

 620と呼ばれるだけで、背中を押された気分になる。震えが止まった。勝ってやる。自然とそう思えた。

 

 

 

 一人ずつ名前をアナウンスされ、ウマ娘がターフに駆けだしていく。

「次は……」ウマ娘の名前が呼ばれたが、今度は誰も出ていかない。不思議に思っていると、肩を叩かれた。

「ちょっと、あなたの番よ」

「……私か!」

 はっとして駆け出す。あまりにも620と呼ばれ慣れ過ぎていて、自分の名前に反応できなかったのだ。

 なんとまあ、間抜けをしたものだ。恥ずかしい。

 いきなりつまずいてしまったが、私は、620はこの程度じゃ転ばない。息を大きく吐き、気持ちを落ち着かせた。

 それぞれのウマ娘がゲートに入り、準備を整える。

 緊張に体をこわばらせるものもいれば、笑みを浮かべるものもいる。

 

 私は、どうだろうか。呼吸を一つ、前を向く。

 まっさらな心の中で、闘争心が暴れている。走る喜びが、これでもかと弾んでいる。

 

 自然と口の端が吊り上がった。

 

 まさにその時、ゲートが開く。

 

 大地を蹴り、私は矢のように走り出した。




レース描写いる?

いらないよね
吹っ飛ばして次行っていいよね
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