【第二部始動】モブウマ娘がハンドラー・ウォルターのところへ来る話【第一部完結】   作:合間理保

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620としての初戦
ウォルターのもとでの初戦


第3話

 ゲートが開く。私は矢のように駆け出した。

 

 すぐに集団が形成され、体をぶつけんばかりの激しい位置取り争いが始まる。

 スタートは私の得意とするところだ。ここで他のウマ娘の頭を押さえることが肝要だった。

 

 うまいこと上位につけられたが、他の誰よりも早く飛びぬけたのは、注意していた逃げウマ娘だった。彼女をはじめにスピードに乗らせず、集団の中に閉じ込められればもっと楽な展開になっただろう。しかしそう上手くはいかないようだ。仕方ないと頭を切り替え、後方のウマ娘に集中する。

 前方に位置できた私は、内とも外ともとれないコース取りを意識し、後方からの追撃をかわす。何とかスタート直後を凌ぎきったようで、集団全体のポジションが落ち着いた。

 

 やはり頭一つ飛びぬけたのは逃げウマ娘で、その陰に控えるようにもう一人のウマ娘。彼女に続く私は三番手の位置だった。

 

 ここまではおおむね想定通りだとほくそ笑む。

 二番手のウマ娘をかわすかのようにわずかに横に進路をずらせば、彼女は機敏に反応しスピードを上げた。

 だがそれはあまりにも大げさな反応だ。そしてその動きにつられて逃げているウマ娘も追いつかれまいとスピードを上げる。このまま二人でスタミナを食い合ってくれるなら狙い通りだ。

 私はまた前のウマ娘を風よけにするように彼女の背後に付いた。

 

 

 

 レースはコーナーに入る。

 逃げウマ娘は堅調に走り続けている。しかし追いかける私たちのプレッシャーは後になってじわじわと効いてくるはずだ。先頭を走るというのは、思っている以上に消耗する。

 その先頭の彼女からやや離れたところに二番手と私がいる。あまり躍起になって追い過ぎるのもよくないが、離され過ぎるのも悪手だ。このコーナーをいかにロスなく走り抜けるかが、最後の直線での勝敗を分けることになるだろう。

 そこで、よくない予兆が起きた。

 

(思ったより前のウマ娘のコーナーでの減速が大きい)

 

 彼女をうまく使って走っていたのだが、このまま相手のペースに付き合っていては、ずるずると先頭との差が開いてしまう。

 

(どうしよう? 走る距離が長くなるのを覚悟して外から抜きにかかった方がいい?)

 

 このまま彼女と走っていてもジリ貧だ。どこかで勝負をかける必要があった。いずれどこかで、リスクを踏まなければならない。ならばそれは今だ。

 そう私の勝負勘が告げている。

 

 私は腹をくくった。

 

 コーナーの途中で外に膨らみ、ギアを上げる。体が流されないように芝を掴むかのごとく大地を踏みしめた。

 

 

 

 コーナーの三分の二ほどで前のウマ娘を躱し二着に上がる。逃げウマ娘もそろそろスタミナが尽きてきたのか、私の方がややスピードが上だった。じりじりと詰まる距離は、それだけで相手にプレッシャーを与えてさらにスタミナを削る。

 しかし、最後の直線、彼女は加速した。

 最後の力を振り絞っているのだろう。だが、私も、負けるわけにはいかない。

 残していたスタミナを使い果たすつもりでスピードを上げた。

 後ろはもう気にしない。彼女と私の一対一だ。逃げ切るか、掴まえるか。

 大地を蹴る音が響く。呼吸が研ぎ澄まされ、指先まで力がみなぎる。

 

 残りの直線はあと少し。掴まえろ、掴まえろ。掴まえろ!

 

 向こうも死力を尽くしている。だがそれがなんだ。勝つのは、私だ。

 

 ゴールが見える。私は彼女の横に並ぶ。抜ける。抜いてやる。

 雄たけびを上げ、二人でゴールに突っ込んだ。

 

 

 

 荒い息のまま、電光掲示板を見やる。私は、私の名前は。

 

 となりで、逃げウマ娘が喜びにピョンピョンと跳ね、そして足をもつれさせて転んだ。仰向けのまま両手を高々と掲げる。私は天を仰いだ。

 私は、二着だった。わずかに、届かなかった。

 長い息を吐く。転んだ逃げウマ娘の方へ歩み寄った。手を差し伸べると、彼女は笑って手を取った。

「次は負けない」

 そう言えば、彼女はニッと笑みを深めた。

「次も負けないよ」

 手を取り直し、握手する。ぶんぶんと握った手を振られ、痛いよと言う羽目になった。

 

 

 

 控室に戻る。そこにはウォルタートレーナーがいた。私は自分の頭に手をやり、大げさに掻いた。

「よくやった。惜しかったな」

「くぅー、あと少しでした! あと10メートル、いや5メートルあれば私が一着でした!」

「そうだな」

「あと少しで、私……私、が……」

 そこで不意に、ぽろぽろと涙があふれてきた。後から後から零れ落ちる涙が止まらない。こんなことは今まで一度もなかった。

「うぅっ、中央に来てから……二着なんて初めてとれたのに……。こんなに嬉しいのに……なんで、なんでこんなに」

「ああ」

 涙がどうしても収まらない。ごしごしと乱暴に顔をぬぐう。嗚咽交じりの声を、ウォルターはさえぎらなかった。

「嬉しいのに、悔しくて。もうちょっとだったって悔しくて悔しくてたまらないのに。楽しかったって思えて……。」

 ぐちゃぐちゃな私の心を、私は何もかも分からないまま吐き出した。

 しゃくりあげりながら、訳の分からないことを漏らす私を、ウォルターはただ見つめている。

「勝ちたっかったんです。勝てると思ったんです。勝って、私は、私を……。」

 もうダメだと思った。自分で何を言いたいのかが分からない。頭の中をいろいろな感情が渦巻き、もはやかんしゃくを起こす子どものようだと思った。

 

 ウォルターがなあ、と声をかけてきた。優しげな声だった。

「だが、楽しかったのだろう」

 こくりと頷く。

「ならば、次もある。620、まだ走るのだろう?」

「走ります。次こそは、勝ちます」

 ウォルターは、目元をこすりながらそう言う私に確かに頷いた。

 

 私はただ、しばらく泣いていた。




逃げウマ娘

名もなき、だが強きウマ娘の一人
自分を信じただ愚直に走る
それだけ

それだけで、いい
それだけが、いい
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