【第二部始動】モブウマ娘がハンドラー・ウォルターのところへ来る話【第一部完結】   作:合間理保

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すいませんお待たせしました
完結させるとか言っておいて1ヶ月以上ほったらかしにしてたおバカはこちらになります


第7話

 さて、並みいる強敵にも立ち向かうぞと決意を新たにしたところで、それで全てが劇的に変わるという訳でもなく、私は六着、六着、五着とぱっとしない成績が続いた。

 

 伸び悩む私にウォルターのトレーナー室で二人頭を悩ませる。

「ううむ、実力としてはそう差があるわけでは無いのだが……」

「ツキが無い、っていうのを言い訳にしたくは無いんですが……。うーん」

 レース展開に恵まれなかった。そう言ってしまえばそれきりではあるが、そういった周囲の環境をねじ伏せてこそのイレギュラーなのだ。

 私が目指すべきウマ娘はそういう存在である。

 

「どうする? 一度レースの規模を落としてみて確実に勝利を手にするという選択肢もある。一回の勝ちで一気に成長するといった例も往々にある」

 ちらりとこちらを伺うウォルターに、私は目を伏せた。

 確かに一回の好プレーや試合で風向きが変わるというのはスポーツにおいてよく聞く話だ。

 それが自信をつけるといったことだったり、勝ち癖と呼ばれるものなのだろう。

 けれど、と思う。

 

「うーん、これは私の我が儘なんですけど、最初の勝利は勝ち取ったものが良いというか……。いえ、ウォルタートレーナーの手が悪いわけではないんですが」

「そうか。ならばそうしよう。あくまで上を目指す姿勢が、勝利を引き寄せることもある」

「はい。……とは言え、負け癖みたいなものが着いてるのも事実なんですよね」

「こうなってくると初戦で勝てなかったことが効いてくるな」

 

 ううむ、と眉間を揉むウォルターに私の口からぽつりと言葉が漏れた。

 

「ウォルタートレーナーのためにも勝ちたいのに」

 

 ウォルターは眉を揉む手を止め、そのまま眉をひそめた。

 

「俺のために走るのはやめろ。お前が走るのはお前自身のためだ。620」

 

 しかめっ面で腕を組むウォルターに、私は勢いよく首を横に振った。

「そうはいきません。私の勝利は私たちの勝利です。私が良い戦績を残せば、ウォルタートレーナーの悪評も少しは晴れるでしょう」

 そう言えば、ますます彼の渋面はきつくなる。

 

「俺の評価は俺自身の結果の積み重ねだ。そこにお前の良し悪しは関係ない」

「そんなことないでしょう。トレーナーとウマ娘は一心同体です。担当の私が良い成績を取れば、ウォルタートレーナーの評価が上がるのも当然のことです」

「620、それはあくまで結果的にそうなるだけだ。お前が俺の分まで背負って走る必要はない。お前が責任を持つのは、自分自身にだけで十分だ」

「ほら、そういう所ですよ! ウォルタートレーナーはそうやって私に重責がかからないように心配してくれるじゃないですか」

 

 私は勢いのままに言い募る。

「それに、今までだって丁寧に指導してくれましたし、全然使い潰すって感じのことされたこと無いですよ!」

 そうだ。前から聞きたいことではあったのだ。

 

「なんでそんな悪評が流れているんです? 全然そんなこと無いのに」

 ウォルターは大きく息を吐いた。

「それが事実だからだ。俺のもとのウマ娘は大成しないか、怪我でレースを去っていく。至極まっとうな評価だ」

「そんなこと」

 ない、と言おうとして、自分がウォルターのトレーナーとしての過去をほとんど知らないことに気付いた。

 ウォルターの足跡。それは一体どのようなものなのだろう。

 

「とにかく、俺のことなど考えなくていい。お前はお前のために走れ、620」

 ウォルターはきっぱりとした口調で話す。私は返す言葉に詰まった。

 

 そこでわずかに流れた気まずい空気を払しょくするように、ウォルターのスマホの着信音が響いた。彼はスマホを取り、何事かやり取りをした後こちらを見る。

「すまない620。呼び出しがかかった。今日のトレーニングは見てやれそうにない。個人トレーニングをこなすか、休みを取ってもいい」

「え、あ、はい」

 返事を聞くやいなや、ウォルターは杖を手にトレーナー室を出る。ひとり残された私は手を握り締めた。

 ウォルターのために走る。何がそこまでダメなのだろう。

 なぜ、あそこまで頑なに拒絶するのだろう。

 

 と、ふいにデスクの上に広げっぱなしで置かれた分厚いバインダーファイルが目に入った。片付けようと見てみれば、そこには私のデータがまとめられていた。どうも私のトレーニングの記録らしい。ペラペラとめくっていくと、私の様子が事細かに記録されている。

 勢いよくページをさかのぼるように一気にめくったところで、ある文字列が目に入った。

 

「615」

 

 ぞわりとしたものが背筋を走る。

 違う。これは私の記録じゃない。ウォルターが担当したウマ娘たちの記録だ。

 そう気づいたところでハッとする。ならばここに、答えがあるのかもしれない。

 ウォルターとウマ娘たちの足跡。ウォルターの悪評の原因。それそのものがここにはあるのかもしれない。

 ごくりとつばを飲み込んだ。悪いと思いながらも、意を決してページをめくった。そこにあったのは泥臭い記録だ。華々しい結果もなく、歴史に名を刻むこともなく、それでも走ったウマ娘たちの記録。

 

 ペラペラとページをめくっていく。

 615、616、617、618、619。

 何人かのウマ娘を見ていくと、なるほど確かに皆怪我の後引退という言葉で締めくくられている。

 けれど、

 

「おかしい」

 私は呟いた。そう、データに間違いがないのならば、彼女らの怪我は明らかにおかしい。

 怪我というのは、いわば負担の積み重ねだ。体に負荷を強いて、その負荷が限界を突破したとき、破滅的な怪我が訪れる。

 であるならば、怪我には前兆があるはずだ。走るペースを上げられなくなったり、トレーニング量が減ったり、そういう何かが見られるはずだ。だが、それがない。むしろ、

 

「怪我をしたレースが一番いい成績を取ってる……」

 

 まさに好調というほかない。

 今までの結果を塗り替える成績を残し、これから伸びてくるのではないかと思わせ、そして怪我をして学園を去っている。

 

「どうして?」

 

 彼女らに何があったのだろう。トレーニングの記録を見返すも、これといった負荷の増加などは見られなかった。むしろ私と同じように、さまざまなトレーニングメニューをこなさせて体への負荷を分散させ、定期的に休みを取らせている。私の目には理想的なトレーニングの仕方に思える。

 あまりにも唐突な怪我の様子に頭を悩ますも、答えは出ない。

 その時、はらりとファイルから何かがこぼれ落ちた。

 写真だ。

 喫茶店のような建物の前で、ウマ娘と男性が幸せそうに笑っている。裏返してみると、短いメッセージがあった。

 

「617 to ウォルター」

 

 ということはこの写っているウマ娘が617なのだろう。表を再び見たところで、あることに気付く。

 写っている店の名前に見覚えがある。いや、聞き覚えがあった。たしか、

 

「ウォルタートレーナーがお昼のデリバリーをしてたお店?」

 そうだ。たしか以前サンドウィッチを頼んでいた。その店だ。

「引退して結婚してお店を開いたウマ娘が居るって言ってた。それが617……?」

 

 写真の中で幸せそうに笑う彼女は何も答えない。

 彼女がウォルターのウマ娘で、怪我をして走ることができなくなったひとりで、私の先輩。

 会いたい、と思った。会って話を聞いてみたい。彼女とウォルターに何があったのだろうか。

 自分のスマホを取り出し、店を検索する。学園からさほど距離はない。これならすぐにでも行けるだろう。

 私は写真をポケットに突っ込み、急いで部屋を飛び出した。

 

 617、私は彼女から何かを得られるかもしれない。




次回617パイセン登場
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