続いた。
正直作者の欲を満たすために書いてたので、書くつもりはありませんでした。感想なかったら書いてなかったよ。
なので本作のことを説明すると主人公が乱立する死亡フラグの地雷原を回避しつつ新条アカネを幸せにするお話です。
ちなみに前回の死亡フラグとして以下の通り。
①新条アカネに対して嘘を吐いたら死んでた。
②記憶喪失を偽ってたら死んでた。
③不快にさせる言葉を吐いたら死んでた。
④あからさまに性的な目を向けたら(主人公から触れてたら)死んでた。
⑤親しくもないのに馴れ馴れしくしたら死んでた。
⑥記憶喪失でも知ったかしてツウォーカァ将軍の名前を間違えてたら死んでた(最重要)等など。
---Why 限りない
朝陽と美しい月の夜が 記憶の果て消えてく
Yes 失った
光が教えてくれた気持ちを 思いだしてみないか
歌。
歌が聴こえる。
何も無いはずの記憶。何も覚えてないはずの思い出。知らないはずの曲。
---夢を追いかけて すべてが変わる
強くなる意味を 心は知ってる
愛はどこにある 気づいたときに
でもその曲を、俺は不思議と知っているような、そんな気がする。それがなんでかは分からないけれど、知っている。
---君だけにできる なにかが探しだせるさ
光を失った者に問いかけるような歌詞。穏やかで優しいメロディーに心優しい気持ちにしてくれるような曲。
どこか、胸に残る歌。
それを最後に俺の意識が浮上していく。
「ッ……」
目が覚めると、眩い陽射しが寝惚けた脳を刺激する。
どうやら昨日は寝落ちしたらしく、カーテンが開いたままだったせいで暑い。
時刻はまだ6時ほど。
学校に行くには早い時間だろう。
目を擦りながら、俺は今日見た夢のことを不思議と考えていた。
あの歌は、何かが違う。俺の記憶はないけど、何処かで否定している。
何故なら夢の歌は、声が高かった。
声質から考えて間違いなく女の子が歌っていた。
分かるのは俺が目覚めたとき、新条さんの歌声が聞こえてたけど今回は別の誰かということ。
「……分かるわけもないか」
そう、俺は何も知らない。
記憶喪失。
新条アカネという少女の家で目が覚めて、名前を教えてもらって、思い出せたことは何一つない。
ただ他の人と違うかもしれないのは怪獣が分かることくらいかな。
見るだけで名前が分かる。
逆に言えばそれ以外何も知らないわけだが。
後は家族は居ないかもしれないということ。
「…腹、減ったな」
昨日はパンを食べただけだった。
朝と昼は食べてたのか知らないけど、昨日の感じからして恐らく何も食べてなかったはず。
そもそもどれくらい倒れてたのかすら分からないだろうし。
問題は昨日、冷蔵庫見る前に寝てしまったからご飯があるかどうかである。
そのためにベッドから抜け出して伸びをすると、体を軽く曲げてから部屋から出ていく。
リビングに向かえば、相変わらず散らばったウルトラシリーズのBlu-rayなどあるが、今はいい。
冷蔵庫を開けてみる。
中にはオレンジジュースがあり、残ってたであろう卵が三個。他には素や調味料---だけだった。
もしかして俺は料理が下手くそで作らないのだろうか。
いやしかし、冷蔵庫の他に何もないぞ。冷凍庫にもない。アイスクリームはあった。
インスタント系統もない。
俺は一体どうやって生きてきたんだ…? 炊飯器を開けてもお米があるわけでもなく、米自体がまずない。
ゴミ袋を見たってティッシュが少々あるだけだ。
鼻を噛むときに使ったくらいの量しかなく、ゴミに出した後か? にしてはレシートもどこかにある訳でもないし…。 パンを食べて生活してたわけでもなさそうな感じ。
「仕方がないか」
出来るものは卵焼きしかない。
とりあえず砂糖とみりんとしょうゆで簡単に味付けして食べよう。
油を敷いて、割った卵を溶いて投入。
軽く焼けたら荒く巻き、奥側に卵をまとめると手前に油を引き、また卵を流し入れると奥の卵焼きを箸で持ち上げて卵液を流す。
後は空気を潰しながら卵を巻き、これをもう一度繰り返して自分の満足が行く焼き加減になったら火を止めて皿に移す。
厚焼き玉子の完成だ。
いや意外と料理出来るな?肉体は覚えてるってことは料理出来ない訳では無いのか。
今度は自分がどうやって生きてきたのかという疑問が出てきた…。
「いただきます」
箸で一口サイズに切って食べると、普通に美味い。
まぁお腹膨れるかどうかは別として、何も無いよりかはマシだな。
そういえば俺は料理出来たけど、彼はどうだろうか。
響裕太。
俺と同じ記憶喪失者。
六花さんが送り届けてくれたと思うけど、両親が居たりするのかな。それなら安心なんだが。
裕太くんも困ってるかもしれないしなぁ。
困ってると言えば、グリッドマン。あれはあれでなんの事だったのだろう。次に会ったら聞いてみようかな。
学校で会うだろうし…ってか裕太くん学校の道分かるのかな……ん?
「……学校?」
そこで気がついた。
俺、学校がどこか分からなくないか、と。なんなら服すら分からないまである。
制服?私服?
裕太くんの服や俺の服的には私服もOKっぽかったな。
一応制服あるならそれで行くか。
…何処に?
や、やばい。誰かに連絡…は出来ないよな。見た感じ誰の連絡先もない。友達居なかったのか?
いや、名前は分かるんだ。地図を見て何とかして、それからそれから---と厚焼き玉子を完食して色々と調べてる内に時間がやばいことに気づく。
まだ7時だが、逆に言えばもう7時だ。
急いで皿や箸、フライパンを洗い、服を着替える。
財布を持って、部屋にあった教科書を適当に全部詰め込んで鍵を取って、急いで出ていこうとしたところで足が止まった。
「……お母さん、お父さん。行ってきます」
不思議と写真に向かって言いたくなり、外出の挨拶を告げた俺は靴を履いて家を出る。
鍵をしっかりと閉めて、鍵をカバンに入れ込んで、スマホを取り出しながら一度場所を確認する。
だからだろうか。
俺は気配に気づかずに視界が急激に真っ暗になった。
「!?」
唐突の事態に混乱する。
何が起こったのか分からず、しかし背中に何か柔らかい感触を感じるため下手に動く訳にもいかない。
暴れたりして突き放してしまえば、危ない。5階から転落したら命に関わるだろう。少なくとも悪意はあるような感じはない。
あるならもっと強引に、それこそ乱暴に捕まえるはず。
「だーれだ?」
「え……」
聞いたことのある声だった。
そもそも記憶喪失の俺には印象に残った声など三人くらいしかいない。
その中から考えても、すぐに誰か分かる。
「新条さん…?」
「ピンポンピンポーン! せいかーい! よくわかったね〜!」
俺が答えると、視界が元に戻る。
思わず振り返ると、そこには嬉しそうな笑顔を浮かべる新条さんがそこに居た。
昨日と変わらず制服の上からだぼだぼの赤紫のパーカーを重ね着している上に、ちゃんと着てなくワイシャツは剥き出し。
それからスカートに黒いタイツと思われるものを身に付けている。
ジロジロと見る訳にもいかないから服装を確認するくらいに止めたが、何故ここにいるのか気になる。
「おはよう、雨野くん」
「…あ。んん、おはようございます、新条さん」
「ね、どうして私だって分かったの?」
「えっ!? それは…新条さんの声が忘れられないくらい印象に残ってたからというか、ほら記憶喪失だからその分、昨日一番話した新条さんの声はよく覚えてたんだ。三人くらいしか話してなかったし……」
言い訳のように早口になってしまった。
でも候補は新条さん、裕太くん、六花さん。
しかし男である裕太くんは論外。六花さんはやりそうになかった。
声真似されたら分からないかもしれないが、そもそもの前提として俺が知る中で俺の家の場所を知っているのは新条さんだけだ。
「あ〜それもそうだね〜」
「でも、なんで新条さんがここに?」
「それは、雨野くんと一緒に登校するためだよ?」
「………へ?」
彼女の言葉が上手く呑み込めなかった。
確かに昨日また明日とは言われたが、せいぜい話す程度だと思っていた。
まさかこんな時間から会えるとは。
「それ以外に何があるの? あ、それとも私と何処か行きたかった?」
「え、あ、いや…違くて。って新条さんとどこかに行くのが嫌なんじゃなくて! 登校して頂いてもよろしいんでしょうか」
「えー、なにその喋り方? 別に同級生なんだからいいんじゃない? それに雨野くん学校分かるの?」
「う…困ってたところ」
「でしょー? だから一緒に行こうかなと思って、待ってたんだ」
納得はいまいち出来なかったが、理解は出来た。
もしかして新条さんは俺が困ってることを見越して来てくれたのだろうか。
「それなら…ごめん。待たせたよね」
「んーん。さっき来たばかりだから、平気だよ。雨野くん、昨日もそうだったけど結構そういうの気にしてくれるんだ?」
「それはまあ…迎えに来てもらった身だしさ」
「ふーん?」
新条さんが腰を曲げて覗き込むように見てくる。
上目遣いで見られ、ちょっとドキッとしたけど表に出さないようにしながら答えた。
もしかして俺が気にしすぎなのか、それとも記憶喪失前の俺はそういったことを気にしない人間だったのか。
「…いいね」
「…?」
「すごくいいよ、そういった気遣いをしてくれるのは何も無いより嬉しいなーって思うからね」
「ならえと…正解だったのかな」
「はなまるをあげる!」
「お、おお…ありがとう?」
そう言った彼女は俺の手を取って花丸を指で書いた。
少し擽ったかったけど、その手は小さくて柔らかくて、綺麗だと思った。
「じゃあ、行こっか?」
「…うん、お願いするよ。正直迷子覚悟だった」
紛れもない本音だ。
連絡先交換してたわけでもなかったし。
でも新条さんの家と俺の家ってそんな近かったかな。隣を歩く新条さんの顔を見てみれば、目の下に隈が出来てるわけでもないからそんな早起きしたって訳でもなさそうだし…。
「私の顔、なにかついてる?」
視線に気づかれたようで、新条さんは此方を見ながら小さく首を傾げる。
これはよくない。女の子顔をまじまじと見た俺が悪い。
しかしどう返すべきか。
見惚れてた、とか可愛いと思ったとか、そういった類の口説くようなセリフは言うべきではない。
となると、無難に答えよう。
「ううん、なんでもないんだ」
「?」
「そ、それよりさ!」
この話題を続けるべきではないと話を変えようと試みる。
その間に曲がり角を曲がることになり、先に車道の方に行きながら隣を歩く。
「なぁに?」
「こんな早くから来てくれたのは嬉しいんだけど、時間的に新条さんってご飯大丈夫なの? 食べてないなら、申し訳なくて…」
「あ〜そういえばまだだったかなー」
気になってたことを聞けば、食べてなかったようだ。
俺が家を出たのは7時すぎ。俺の家に来るまでに掛かった時間を1時間と想定したら食べる時間も買う時間もないはず。
流石に申し訳ない。
「新条さんが良ければ…何か買っていく?俺、奢るから」
「え? いいよいいよー。そのために来たわけじゃないし昼まで我慢すればいいだけじゃん」
「それはそうだと思うけど、俺の気持ち的に落ち着かないというか、そうしたいんだ。お礼も兼ねてってことで」
「う〜ん…そこまで言うなら、まぁ……。あ、だけど本当にいいんだよ?」
本当に新条さんは優しいなと思いながら俺は首を横に振る。
流石に何処かのお店に入ることは無理だし時間帯的に空いてる場所の方が少ないからコンビニになってしまうが、何か代わりにしてあげたいと思う気持ちに嘘はない。
渋々と言った感じにはなってしまったが、昨日とは別の店に入った俺は新条さんの背中を見ていた。
悩むように物色する新条さん。
一応値段は気にしなくていいとは伝えたけど、彼女が本当に気にしてないかは分からない。
ただなんだか、その背中を見ていて思うことが出てくる。
思っちゃいけないと分かっている。俺は別に新条さんのことを好きになったとか好きだとか、そういった感情は抱いていない。
記憶喪失の俺を助けてくれたという点から命の恩人には近いが、俺は仲良くなりたいとは思ってもそれ以上の関係になりたいとは思わない。
これはきっと、記憶喪失前の俺も同じだったんだろう。あの部屋の感じからして、俺はまるで自分だけの世界に閉じこもり、飛べなくなった鳥だ。まぁ、過去の俺は話を聞いた限りそもそも新条さんに対して、周りに対して何かを思ったりしてなさげだったけど。
じゃあ何を思っちゃいけないのかと言われると、違和感があるのだ。
俺は新条アカネという少女に幻想のようなものを抱いてしまいつつある。それは本当の彼女なのか、と。彼女の本音が一切見れない。
読みにくい人物と言われればそうだが、今の彼女をそう思うのは間違ってる気がする。
根拠があるわけじゃない。でも……彼女には別の面があるような気がして---
「うん、決めた。これっ!」
声が聞こえて、ハッと思考を切った俺はパンを取って見せてくる新条さんを見た。
手に持っているのはホットドッグだ。
「ん…分かった。それでいいの?」
「あんまりたくさん食べても昼ご飯食べれなくなっちゃうでしょ?」
「それもそうか」
納得した俺は手を差し出し、ホットドッグを受け取ってレジに向かう。
「うおっ!?」
としたところで、引っ張られる感覚があった。
足が若干浮いてしまったが、冷静に足を着くと引っ張られた感覚があった方向を首だけ動かして見る。
「し…新条さん?」
朝なのもあって人は少ない。
となると、当然ながら出来るのは俺の近くにいた彼女しかいない。
しかしなぜそんな真似をしたのか。俺の袖が掴まれている。
「あれも一緒にいい?」
「え? ああ、別にいいけど…」
「やった」
指差す方向には紙のトマトジュースがある。200mlほどの大きさ。
1本くらい買ったってそう変わらないし、俺がそう答えると彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
不覚にも見惚れてしまう。
こればかりは男の本能というか、仕方がない。美少女の笑顔というのはそれだけで破壊力があるものらしい。
それらを心に留めながら、トマトジュースを手に取って今度こそレジに向かう。
お金を支払って袋をつけてもらい、一緒に外に出る。
「はい」
「うん」
袋ごと新条さんに渡すと、受け取った彼女はホットドッグを取り出していた。
時間を確認すると、まだ余裕はある。HRまだに着けばいいし、俺は周りを見渡した。
うぅむ、都合よくベンチとかない。
「何処か持たれるところとか行く?」
「ううん、このままで大丈夫」
「新条さんがいいなら、いいけど」
座りたいなら何とかしていたけれど、普通に袋を開けて歩きながら食べる新条さんを見る。
美味しそうに食べていて、見てるだけで不思議と満足感がある。
彼女が幸せならなんだっていいか。
なんというか、お礼のつもりが得をした気分になるな。
「このホットドッグは初めて食べたけど意外といけるね」
「そうなの? てっきり網羅しているものかと」
「あはは、そんなわけないじゃん〜私をなんだと思ってるのさ」
「いやー…ごめん。アレだね、俺が何も覚えてないから俺からすると色んなことにめっちゃ詳しい人って感じに見えるんだよね」
「メガネとか掛けるとそれっぽくなるかな?」
「なるんじゃないかな。正直似合いそう」
実際に俺に色々教えてくれたのは新条さんだ。
そう思い込んでしまうのも仕方がない気がする。
ただメガネを掛けてる姿は…ちょっといいかもしれない。
「今度、見せてあげよっか?」
「え? メガネ掛けてたの?」
「家ではね」
「そうなんだ…でも今はやめておこうかな、そういうのは多分まだ良くない気がする」
俺と新条さんは親しい関係ではない。
昨日話したばかりの、知り合い程度の関係。
今日は俺が道を分からないことを察して来てくれただけで、明日からはこうはならない。
そんな俺が女の子の家に行くというのは流石にモラル的に良くないだろう。これが気を許せるような仲なら別だと思うけど。
「へぇ〜"まだ"なんだ?」
「う……勘弁してくれ」
指摘されて墓穴を掘ったことに遅れて気付く。
からかうように目を細めて見つめてくる新条さんに降参を示すように手を挙げると、くすくすと笑っていた。
「あっ、そうだ。一口食べてみる?」
「え゛っ!?」
爆弾を投下されるとはこのことか。
思考が停止する。
食べる。食べるって何を?ホットドッグしかない。ホットドッグ?俺の前には新条さんが食べたあとの、豪快ではなく小さく齧られたものがある。
視線は自然と新条さんの口元へ向けられて、慌てて頭を横に振る。
「なーんて。うそ〜」
「へぁ……だ、だよね。ああ〜びっくりした」
「えへへ、ごめんね」
「う、ううん。驚いただけだから気にしてないよ」
「というのが嘘かもよ?」
「ええっ!?」
「本気だったら、どうする?」
止まって、真っ直ぐに見てくる。
嘘は許さないといった何か圧的なものを感じる。
なぜ彼女がこういった質問をするのか、おそらくからかわれてるだけだと理解しつつも素直に答えることにした。
「そ、れは……難しいかもしれない」
「どういうこと?」
「俺の覚悟的な意味で、自信がないなと…けど、
割と無難な回答になってしまったが、俺の誠意を込めた言葉だ。
仮に本気だと想定して俺が一口貰ったら、いわゆる間接キスになってしまう。そう考えたら恥ずかしくて無理な気がするのだ。
新条さんだけじゃなくて、誰かともっと深い関係になったなら、そういったことはできると思う。羞恥心はそのままだけど覚悟が変わると思うから。
「---うん。はい、せいかーい」
「へ?」
「やっぱり雨野くんは優しいね。けど、誰にもそんなんじゃダメだぞ〜」
「そんな事は無いと思うけど……でも誰にでも言うわけじゃないよ」
「それはつまり、『私だから』と捉えてもいいんだ?」
「……黙秘で」
「あ、ずるーい!」
文句を言いたげな視線を受けるが、俺は全力で目を逸らした。
実際誰かに言うことはない気がする。正確には仲良くなりたいと思える相手が出来るかどうかだ。
少なくとも今一番仲良くなりたいと思うのは新条さんだった。
不思議とこの会話が楽しいと思える。
「もー…」
いかにも不満です、といった顔で新条さんは歩を進めながらホットドッグに口を付けていた。
ちょっと申し訳ないとは思ったけど、あれは下手に発言するのは絶対ダメなやつだと思うんだよな。
「あっ、新条さん」
「ん? なにー?」
小走りですぐに追いついて呼び掛けるも、返ってきた言葉の声色は少し拗ねたようにぶっきらぼうで、苦笑しながらポケットティッシュを取り出す。
「ケチャップ付いてるよ」
「え? やだ、どこ?」
「口元---ってどう言えばいいんだろう、これ。あ、ここら辺」
表現するのが難しく、自身の口元を指差すことで伝えようとした。
しかし新条さんは何かを考えるようにんーと可愛らしく唸ると、にやりと意味ありげな笑みを浮かべる。
「拭いて」
「!?」
「その方が早いでしょ? ん!」
そう言って新条さんは目を閉じて顔を突き出してくる。
確かにそれはそうだと思う。今思えば彼女は両手が塞がっているのだ。
ティッシュを渡しても使うのは難しい。鞄と袋を腕で持てば問題ないだろうが、彼女の華奢な体に負担が掛かってしまう。
しかし俺が拭くとなると当然その顔に触れる必要が出来てしまうわけでそれは俺の中の何かがダメージを受けるというか精神的に厳しいというかそもそも彼女に触れていいのだろうか。知り合って少ししか経っていない人間に、なおかつ異性である俺に触れられて彼女はキモイとか思わないだろうか。そんなこと思われたらかなりきついというかぶっちゃけ泣ける---
「まだー?」
「ぇあ……じゃ、じゃあ……」
早口になるレベルで考え込んでしまっていたが、催促されてしまう。
くっ、仕方がない。ただでさえ黙秘権を行使したため彼女に悪いことをしてしまったのだ。これ以上は土下座しなければならなくなってしまう。
いや触れても土下座か? どちらにしても俺の未来は変わらないかもしれない。
それはともかく、覚悟を決めてティッシュを取ると、俺は少しずつ彼女の口元に手を伸ばしていく。
ホットドッグを食べてたのもあって僅かに艶かしく光る柔らかそうな唇。
触れたら滑らかでさらっとしてそうな、弾力性のありそうな頬っぺた。
普段の吸い込まれてしまいそうな綺麗な瞳は閉じられていて、見れば見るほど目鼻立ちも全体的によく整っていて綺麗だと、可憐と思える顔。
無防備なのが心配になるけれど、俺は震える手で出来る限り彼女の肌に触れぬよう、細心の注意を払いながら優しくケチャップを拭いとった。
ついでに俺の中で大事な何かが削れた気がする。
「と、取れたよ」
「ありがとう---って大丈夫?」
「うん…大丈夫。気にしないで。俺個人の問題だから」
罪悪感と羞恥心で顔が見れず、空を見上げていたら心配されたので、そう返すしかなかった。
少し邪な考えが生まれた自分に嫌気が差した。正直自分を殴りたい。彼女は俺を信じてしてくれたに違いないだろうに。合わせる顔がないとはこのことか。
「雨野くん、早く行くよ?」
「あ、ああ」
あまりなかったのもあってホットドッグも食べ終わったみたいだ。
先に進む彼女の背を見て、すぐに歩みを進める。
背中しか見えないから彼女の顔は見えないけど、まるで何かを触るように片腕だけ曲げてるのが見える。
もしかして、これが普通なのだろうか。恥ずかしいの俺だけ? んなわけないはず。
……そういえばティッシュ越しだけど、柔らかかったなと思い出してしまって記憶から排除するようにしながら拭いたティッシュを新しく取ったティッシュで包み込んでポケットに突っ込んでおく。
ポイ捨てする訳にも行かないし、教室に着いたら捨てよう。
しかし妙に話しかけづらい空気になってしまい、俺と新条さんはどちらが声を掛けることもなく互いに無言でひたすら歩いていた。
人の数が増えてきた。
制服を着てる人も居れば私服を着てきてる人も居て、多くの人が中へと入っていく。
俺は新条さんの隣で、ようやく着いた学校を見上げていた。
ツツジ台高校。
そう書かれてるのも確かめて、校舎を見る。
ここからは全て見える訳では無いが、校門から見てもなかなかの大きさに見える。
来る道中にも見えたが、プールにテニスコート、サッカーコートまである。
恐らく部活も多くあるのではないだろうか。
「ここが……」
「そう、私たちが過ごしてきた学び舎。といっても、四月からだけど」
学校に来たら何かが思い出せるかと思ったけど、そういうわけでもないらしい。
記憶喪失って割にはどこへ行っても思い出せないのは記憶が本当に戻るのか不安になってくる。
それどころか---
「なん、だろうなぁ……」
「え?」
「あ、ううん…なんでもない」
思わず口から言葉が零れてしまったが、俺は違和感を覚える。
高校に何かあるわけでも俺の周りに何かが起きてるってわけじゃない。
この感じは……そう、家に帰った時と同じだ。校舎を見て思うのはすごいとか立派だとか綺麗だとかそんなのじゃなくて、空っぽな気持ちになる。
もしかしたら、ツツジ台高校に良い思い出が無かったりするのかもしれない。
……にしても。
「なんか目立ってる?」
「…あ〜……」
やけに視線が集まるというか、ヒソヒソとした声やこっちを二度見する人がいる。
どういうことか。俺は新条さんと手を繋いでるってわけでもなくて、隣に居るだけ。俺の髪は紫色なのもあって割と目立ちやすい色だとは思うが、二度見するほどではないはず。
髪型だってそんな昔のヤンキーみたいなスタイルでも侍のようなちょんまげがあるわけでも髪の毛を結んでるってわけでもない。
というかそんな長くないし、至って普通だ。
つまり……何故だ?
「……行こ」
「あ…分かった」
理由は分からないまま、目立つのが嫌なのか新条さんはそれだけ言って進んでいく。俺は彼女に着いていきながら振り向くと、一人で登校する人や友達らしき人と話しながら登校する人が見えて、さっきのような視線はかなり減っていた。
留まっていたから好奇心で見られていた、という方が近そうだ。
妙に俺に対して視線---特に男性陣から今にも刺してきそうなものを感じるが、気のせいだろう。
……気のせいだよね?
1年E組、それが俺が過ごしてきたクラスらしい。
教室内に入ると、HRが近いのもあって人はかなり多い。
大半の人は集まって話したりしてるが、新条さんが入っていくと何人か挨拶してきて、彼女は笑顔で返していた。
俺は後ろの方を歩いてるので、偶然タイミングが重なっただけに思われてるのだろう---誰にも挨拶されなかった。
なんてこった、俺はぼっちだったのか。そりゃ連絡先に誰もないのも分かる。
新条さんが居なければガチで詰んでたのでは……もうこれ奢るだけじゃ返せる恩じゃない気がする。
「雨野くんはそっちの席。ちなみに、私はここだから。覚えておいてね」
「ありがとう…って予想よりも近いんだな」
妙に周りがザワついた気がするが、新条さんに言われた席を確認する。
新条さんはもう自身の席についてるが、窓側の一番後ろ。俺は斜め一つ前だった。
ぶっちゃけ離れてるものばかりと思ってたが、これなら忘れることも無く記憶に残るだろう。
俺は新条さんと別れて自身の席に向かうと、先に席に着いていた新条さんは早速囲まれていた。
人気だなーと思いつつ、俺は席に鞄を置く。
「…あれ、奏くん?」
「…ん? 裕太くん?」
聞き覚えのある声が聞こえて振り向けば、昨晩出会った赤毛の少年。
響裕太くんが座っていた。
近くにはメガネを掛けた緑髪の男もいる。
誰だ、あの人。
「え、なに。お二人さん知り合い? 雨野と裕太ってそんな仲良かったか?」
「えっと…そこは知らないけど昨日病院帰りに会って話したんだよ。奏くん、なんというか凄く思いやりを感じるって言うか…とにかく優しいんだ」
「へぇ、あの雨野がねぇ……」
話を聞いてる限り、メガネの人は裕太くんと仲が良いらしい。
というかあんまり話せてなかったのに裕太くんがめっちゃ褒めてくれる---さては良い子だな? 友達になってください。
いや待て、何気に気になることがあった。
「あのって……俺が何かあったのか?」
「…嘘だよな?」
「内海、奏くんも俺と同じで記憶喪失……なんだよね」
「…マジ?」
「マジマジ、大マジだ。裕太くんとは記憶喪失仲間で話が合ったんだよな。だからなーんにも覚えてない。新条さんが居なければここに来ることも---」
彼の名前は内海というらしい。
わざわざ裕太くんが説明してくれたが、内海くんは信じられないといったような驚いたようにこっちを見てきて、俺は苦笑しながら経緯を話そうとしたら両肩が勢いよく掴まれる。
「ちょ、ちょっと待て!」
「な、なにっ!?」
「お前、まさか新条アカネと一緒に教室に入ってきたのって……!」
「……? 登校してきただけだけど?」
それ以外に何があるのかと思ったのだが、選択を間違えたのだろうか。
馬鹿な、俺はそんな間抜けなやつだった?
友達出来ない理由これ? なんというか内海くんからすげぇ圧を感じる。ぷるぷる震えてるし、掴まれてる肩はちょい痛い。
「う、内海?」
「お、お前……その意味分かってるのか」
「登校しただけだと思うけど」
裕太くんの呼びかけには聞こえてないらしい。
しかしそうは言われても、特別何かしてた訳では無いだろう。新条さんにお礼はしたが、それだけだ。
「あのなぁ……いいか、新条アカネは才色兼備貌両全の最強女子でクラス全員に好かれるっていう奇跡みたいな人間なんだよ。俺らとは住む世界が違うの! 分かる?」
「はあ……」
「…内海って、新条さんのこと好きなの?」
「ばっ! ち、ちが…あーゆー感じのは近寄り難いというか……別にそんなに好きとかそういった訳じゃなくて」
「めっちゃ早口じゃん」
裕太くんの言葉にかなり動揺しながら内海くんは答えるが、それはもう早口だ。
今日の朝の俺レベルの早口。
「そ、それより! 自己紹介してなかったよな? 俺は内海将。好きに呼んでくれ。正直話したことはないけど、せっかくの縁ってことで! 記憶喪失で困ることも多いだろうしさ、裕太と同じで少しは面倒見られると思うしこれからよろしく」
「分かった、よろしく内海くん。頼りにさせてもらうわ」
勝手に内海くんと呼んでたが、握手を求められたので返す。
しかしなんというか…内海くんも内海くんで接しやすいな。良い人で良かった、と思う。
少なくとも彼らとは仲良く出来そうだった。
「って、やばい。そろそろ戻るわ。また後で」
「うん、あとで」
「ありがとう、内海くん」
内海くんだけは分かれてるらしく、席に戻っていく。
その姿を見ながら座る前に斜め後ろを見ると、新条さんは友達と思わしき人たちと話して笑っていた。
「違うよ〜ちょっと事情があって、一緒に来ただけー」
「ほんとにぃ?」
「怪しいなーどんな事情よ?」
「んーそこは流石にね? それよりほら、時間時間」
「また後で聞くからね」
「えー」
目元に隈がある黒髪の女の子と不良っぽい金髪の女の子と親しげに話している。
ただそろそろHRなのか戻っていき、俺が見てたことに気づいたのか新条さんは笑いかけてきた。
なんと返せば分からず、会釈して俺は着席する。
「…そういえば裕太くん。大丈夫だったんだな、学校来れるのか心配だったよ」
「内海が迎えに来てくれたからね。俺も奏くんが少し心配だったよ」
「俺もどうしようかと思ってたところだった…誰の連絡先もなくてさ」
「親とかは?」
「んーたぶん居ない」
「あっ…ごめん」
「いいよ、裕太くんは?」
「出張で三ヶ月くらい戻ってこないんだって」
「お互い大変だな……」
ちょうど裕太くんが後ろなので考えてたことを皮切りに話してると、気になってた話になった。
俺は恐らく親は他界してるのだろうが、裕太くんまで親が居ないとは思わなかった。
戻ってくるだけまだマシだと思うけど、それでも記憶喪失の俺らは大変だろうな。
「…そうだね。でもほら、俺一人だけじゃなくて一緒だから心強いよ」
「だな、一緒に頑張ろうぜ」
「うん、なんというか同盟って感じ」
「記憶喪失同盟? はは、洒落にならないな……」
「確かに……」
ぶっちゃけそんな同盟は嫌だ。
俺も裕太くんも好き好んで記憶喪失になったわけではないだろう。そもそも記憶喪失なんてメリットはない。分からないことだらけで不便しかないのだ。
まだ言語とか覚えてるだけマシなんだろうけど、とにかく時間も時間だった。
「じゃ、また話そう。そろそろ来るだろうしな」
「分かった、休み時間に」
HRを始めるために先生が来るだろうと、俺は前を向く。
その時に新条さんが裕太くんを見て、裕太くんが首を傾げてるのが一瞬見えたけど、残念ながらアイコンタクトを身につけていない。
俺は気にせずに前を向いたが、なんだろう。
視線を感じた気がした。
今日はやけにそれっぽいのを感じるなぁとしみじみ思いながら、眼鏡をかけた無精ひげのやる気なさげな三十代は過ぎてるであろう先生がやってきて、抑揚のない声でHRが始まる。
……それでいいのか、先生。