それでもええで
という方のみお楽しみください。
これまで通って来た大通りも酷い有様だったが、こっちの街も負けず劣らず酷い状況だ。ブロック塀や家の外壁にはおびただしい量の銃痕と飛び散った血痕が残っている。そして、死体も。
ビルが立ち並ぶ市街地では、爆発の影響で瓦礫と廃墟のように見え、現実離れした光景だったために現実味を感じなかった。しかし、民家が多く立ち並ぶとなればそうもいかない。
慣れ親しんだ道や家々が戦場と化し、そして、知った人間が殺されているとなれば、これまでのようにただの死体とはならない。全員が全員と仲が良かったわけではないが、見たことのある知らないわけではない人の死を見ると、悲愴感に苛まれる。
壊れつつあった感覚が正常に引き戻されるのは喜ばしいが、今の間だけは取り戻したくはなかった。市街地では二十代から六十代の大人が多かったが、住居区域では六十代以上から二十代以下へと逆転する。
仕事を引退した老人か、働きに出ることのできない子供だ。昼などの日中であれば学校に行っているだろうが、夕方の日没直前の時間ともなれば帰宅している学童の方が多い。
道に倒れている子供が多いのはそのせいだろう。抵抗したのか、逃げ出したのかはわからない。正面から撃たれている者が大部分だが、背中を撃たれている者も少なくはない。
状況を見るに、市街地と同じく大通りの制圧は終わっているのだろう。今は裏通りや民家の一軒一軒を虱潰しに制圧している最中だと思われる。だが、道を巡回する兵士もいる筈であるため、多少大回りでもなるべく逃げやすい道や隠れる場所の多い道を選択して進んだ。
交差点へと差し掛かり、左右の道から兵士が来ていないことを確認する。カーブミラーがあるためいきなり鉢合わせる可能性は低いが、カーブミラーにも死角が存在するのであまり過信し過ぎずにゆっくりと道を肉眼で確かめる。
倒れている人間以外の人気は無い。交差点をそのまま真っすぐに進み、しばらく直進した。隠れる場所がなさそうな道や、今まさに民家の制圧が行われていそうな道は避ける。いくつかの交差点やT字路を曲がり、時には道とは言えない草木の荒れ放題な道を横切る。
普段の生活中に不法侵入を行えば常識知らずと敬遠され、咎められるだろう。だが、そんなことを言う者は今はいない。むしろ安全な場所を求め、自ら望んで安全そうな他人の土地を踏んでいく。
そう言う人物を数人見たが、一様に皆離れて行こうとする。自分の事で精いっぱいなうちは人数を増やして見つかるリスクを高くしたくはないのだろう。そして、自分を助けてくれるような人物でもないため、敢えて避けるのだ。
徐々に自宅へ近づいていくごとに、知っている人の姿や家が多くなっていく。兵士の姿は今のところないが、その内に進まなければならない。普段は通らない道を通ってきたせいで、どこに出たのか一瞬わかっていなかったが、見慣れた風景であることに気が付いた。
自宅の方向へ向かっていたが、左手に娘の友達の家があるのが見えた。既に捜索の手が入ったらしく、窓ガラスが割れて壁には銃痕が見える。まだ帰ってきていないか、見つかっていない事を願うが、玄関先に誰かが倒れているのが見えた。
「……っ…」
彼女の母親かと思ったが、それにしては身体が小さすぎる。最初、知り合いには見えなかったのは、そう見ることを脳が拒否したのかもしれない。
もしかしたら別人だったのかもしれないが、後頭部から脳味噌を垂れ流す姿だったとしても、娘と学校に行くのに着ていた洋服や、彼女の持ち物が周りに散乱していれば嫌でも誰かがわかる。その光景を見て、私は進むスピードを速めずにはいられなかった。
息を切らしながら壁沿いを走る。焦りでどうにも急いでしまって足音を立てているが、不安に苛まされている私の頭からはすっぽ抜けてしまっている。
走っているとまた交差点に差し掛かる。確認しなければならない箇所が多く、十字路はできるだけ避けたいところだが、この道を真っすぐ通るのが一番の近道であるため仕方がない。
カーブミラーで左右を確認すると、歩いている人影のような者は一切見られない。そのまま肉眼で見定めようと顔だけで道を覗き込もうとした時だ、正面二十メートル程先にある曲がり角から兵士が姿を現した。
一人が奥の道から曲がってこちらを視認し、その奥にもう一人の兵士が携えている銃身が曲がり角から覗いている。
「くっ!?」
一番初めに曲がってきた兵士がこちらに小銃を向けるのが先か、それともろくにクリアリングもできていない左の道へ体を滑らせるのが先か。
何度も巡回し、相手方も油断していたのだろう。間髪の差で道路を曲がり切った私の背後を、いくつもの弾丸が着弾する。
私が隠れた曲がり角のブロック塀が金属の弾丸に抉られ、大量の破片を飛散させる。固められたセメントに、大穴でも穿つような勢いで次々と撃ち込まれるため、応戦することなく私は走り出す。
女一人に過剰すぎると思える量の発砲音が聞こえてきたが、私が走り出してから数歩進んだタイミングでは止んでいた。今の射撃で死んだと勘違いしてくれれば多少の時間を稼げるだろうが、巡回している以上は死体を見るまでは死んだと判断することは無いだろう。
急いで逃げて撒くか、隠れてやり過ごさなければならない。しかし、隠れてやり過ごすのは見つかっていない段階なら有効だが、見つかっている際に近くに隠れるのは悪手だ。
逃げる一択しかないのだが、逃げ込んだここの通路は裏道も裏道であるため、塀が絶え間なく続く長い一本道だ。それに電信柱と死体以外には何もなく、どんなに射撃が下手くそだったとしても、この道で獲物を仕留められない者はいないだろう。
左右は自分の身長よりも高いブロック塀が連なっているせいで、超えることもできない。超えること自体はできるだろうが、十数秒という短い時間では不可能だ。
牽制のために銃を使う事を考えたが、巡回者がこいつ等だけとは限らない。反撃能力が在ると知られれば、結果的に追う人数を増やしてしまうだけの可能性も捨てきれない。
とはいえ、温存し過ぎて死んでしまってはそれこそ意味が無い。やむを得ないが、振り返って拳銃に手を伸ばそうとしたが、視線の先に背の高い木が生えている生け垣が見えた。
コノテガシワと呼ばれる植物が塀として隙間なく植えられている。一見通り抜けられるのは難しそうな密度で枝や葉を伸ばしているが、しゃがんで下から覗き込むと根の周辺から膝程度の高さまでは主軸の幹と数本の枝しかない。
葉っぱは生えておらず、根から近しい位置の幹から出たばかりの枝も広がりが小さいため、植物と植物の間にはわずかながらに空間がある。自分の体格ならば、辛うじて通り抜けることはできそうだ。胸が地面につくほど身を低くし、生け垣の中へと入り込む。
蟻が地面に列を成し、木の間には羽虫を捕まえようと蜘蛛が巣を張っていた。虫が好きではないため、いつもの私なら絶対に通ることの無い道だが、命のやり取りをしている現状では全く気にならなかった。
手で巣を払い除けて潜り込む。頭は通ったが、肩が枝でつっかえてしまう。だが、柔らかい枝だったため、体を無理やり押し込めばしなって進むことは難しくない。
匍匐して木々の間をギリギリで潜り抜ける。胸元を過ぎ、腰も通り抜けた。腰で再度止まりそうになったが枝を手で掻き分け、空間を作って潜り抜けた。
あとは足を引っ込めようとしたところで甲高い銃声が劈いた。兵士が何人いるかわからなかったが、少なくとも三人以上は居たのだろう。重なった銃声と激しく耕かされるアスファルトから何となく予想が付いた。
潜り抜けた体を反転させ、荒れ放題の庭を全力で横切ろうとしたが、右足に力を込めようとした途端に鈍い痛みが走った。
予期していなかった痛みに膝が落ち、予想とは違う体の動きに対して頭が混乱する。ギリギリで銃撃を避けたと思っていたが、今度は私の方が一瞬の差で遅かったようだ。傾けた視線の先では、裂けたズボンと丸い銃創が太ももに形成されていた。
周囲の緑と対照的な赤色の液体が傷口から滴り落ち、地面や靴を汚していく。右足の両側から流れ出ているため弾丸は貫通している。医学的には体内に弾丸が残っていない事で悪くはないが、追う追われるの状況では最悪だ。
足を縛れるものが無いのもあるが、今は一刻も早くここを離れなければならない。幸いにも肉を抉っただけで骨には当たっていない。遅くはなるが歩行自体は可能で、アドレナリンの作用もあって痛みも思った以上に無い。
片足を引きずるように走り出し、時々人が来てぞんざいに手入れをする程度のあばら家の近くを通り過ぎる。手短な場所にあった錆びた小さな倉庫に見える遮蔽物に身を隠し、雑草や木の合間から潜り抜けて来た生け垣の方を見る。
私が隠れ、確認するとほぼ同時に生け垣の下側から兵士の足が見えた。黒いブーツを着用した足が六つあり、三人が追跡し始めたらしい。しゃがみ、草木や地面に残る血液を確認しているように見える。
だが、大量の装備を身に着けている兵士たちは木を切り倒すか、回り込む以外に生け垣を超えることは難しそうだ。
しゃがんでいた兵士が肩に取り付けられたナイフケースからナイフを引き抜き、生け垣の一本を切り倒そうとする。回り込んで来る兵士もいる兵士の存在を考慮し、単純に家を超えるのではなく別ルートから逃げるとしよう。
隠れながら行動に移ろうとした時だ、木の枝に刃を突き立てようとした兵士の肩を別の兵士が叩く。無線を聞く素振りをすると、名残惜しそうにぎらつくナイフを引っ込めた。
立ち上がった兵士は仲間と話をした後、そのまま生け垣を通り過ぎて行った。回り込んでくることを第一に観なければならないが、退いて行った様子と、さらに激しさを増している遠くからの銃声から、別部隊の援護に向かったのだと思った。
「はぁ……」
本来ならば最悪を想定しなけれあならないが、今は安堵せざるを得なかった。肩から力が抜けると、小さくため息を漏らした。太ももを押さえた指の隙間から漏れる血を見ながら改めてそう思う。
まったく状況は良くなく、毟ろ悪くなっているが、大量出血で死ぬか撃たれて死ぬかという瀬戸際にいたのだから安堵もしたくなる。
だが、休んでばかりもいられない。何か縛るものは無いかと周りを見るが、こんな場所では医薬品など期待はできない。服を裂いて包帯代わりにしようかと思ったが、だいぶ家から近い場所まで来れている。応急とは言え帰った方が治療はできるだろう。
左腕を縛っていた血まみれのネクタイを解き、出血量の多い太ももで結び直した。痛みを生じるが、撃たれた痛みに比べれば大したことは無い。
「うっ……くぅ……」
それでも声は漏れてしまうため、周りを見回して動きが無い事を確認してから自宅へと向かった。他の部隊も召集されているらしく、家に着くまでに何度か兵士を見送った。その度に地面に横たわって死体に成りすますが、同じような死体はそこら中にある。私一人が増える程度では誰も気が付かずにやり過ごすことができた。
そうして確実に進んでいると、住宅地の一角にある自分の家を視認できた。ここまで来れてもう少しである事に緊張が高まるが、それ以上に不安も大きい。
ここらは早い段階から制圧が始まったのか、驚いて道路に飛び出してきた住民が多いのだろう。周囲には逃げようとした知り合いたちが折り重なって倒れている。穴だらけで、一人として生きている人はいない。ついさっきまで生きていた温かみが肌から感じられ、自分の娘の安否が余計に心配になる。
他の家と同様に、銃痕が数か所に見られた。それが流れ弾によるものなのか、はたまた特定の誰かを狙ったものなのかはわからない。だが、確実に私の家にも捜索の手が入っている。
足を引きずりながらも玄関前に来ると、見慣れているはずの家が全くの別の建物に見えた。玄関は無理やりこじ開けられ、開きっぱなしになっており、家具がめちゃくちゃに荒らされている。
「……っ………リリィ…」
あらゆる家具が散らかっている中でも、学校に行くのに娘が背負っていた鞄は、私の網膜に焼け付くように主張する。家具が上に覆いかぶさっている事で、捜索前に家にいたことが示唆された。
周りに死体が折り重なって倒れている中で、自分の娘だけが運良く生き残っているなど、都合が良すぎるだろう。しかし、無事を祈らずにはいられなかった。
「お願い……無事でいて…!」
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