視野の彼方へ ~荒れ果てた世界で生きのびる方法~ 作:むろあをい
「……リア、リア……」
どこかで私を呼ぶ声がする。
「……ティーリア、起きなさい。いつまで寝ているつもりだ」
(もう朝? 朝ごはん何かな)
私はぼんやりと考えた。意識がなんだかはっきりしない。
Vault76を旅立つ夢を見ていた。仲のいいMr.ハンディのアルダートンに、ここはもう閉鎖だと言われた。もうここを維持するだけのエネルギーはないのだ、と。もう残っているのは私だけだ、早く旅立ちの支度をしなさい、と……
納得した訳ではない。だが、いつか旅立ちの時が来ることは分かっていた。
仕方ない。そのために選び抜かれた優秀なメンバー<レジデント>だということに私は誇りを持っている。Vault76で受けた様々な訓練の数々を思い出した。銃の撃ち方、獲物の仕留め方、肉の捌き方。水と食料の手に入れ方、応急手当てのしかた、睡眠と休息のこと……。
一人でも生きていけるように、最低限のことは叩き込まれている。私は出来のいい生徒ではなかったが、それでも教官のお墨付きがもらえるくらいにはサバイバルのやり方を学んでいたはずだ。それなのに、信じられない。あんなふうに、敵に後れを取るなんて……
(夢か。夢だったんだな)
異形の放つ、吹き出すような憎悪を覚えている。馬乗りになられた時の吐き気がするような悪臭も。腹が引き裂かれる鋭い痛みも、血が失われて冷えてゆく、死に向かう体の感覚すらも。
耳元で囁く、Mr.ハンディの機械音声でさえ、温かく感じるような体験だった。
「リア、どうしたんだ」
あまりに私の反応が遅いせいだろうか。アルの声は徐々に苛立ちを帯びてきた。
彼を怒らせる前に、私はゆっくりと目を開けた。
見慣れたVault76の天井。シェルターの中らしく、しっかりした金属で作られた壁だ。だが、違和感を覚える。ここは私の部屋ではない。寝ている場所もいつものベッドではなく、そのへんの床のようだ。それでも私を覗き込んでいるのは、見慣れたアルのメカニックボディだったし、私はとりあえず、にっこり笑って彼を見上げた。
「やあ、アル。おはよう」
「…………」
アルダートンは冷たく、無言で私を見下ろした。
ていねいに挨拶しているのにこの仕打ち。挨拶はすべての基本だろう?教えてくれたのはアル自身のはずだ。
文句を言おうとして体を起こす。と、腹部に激痛が走り、私は腹を押さえてのたうち回る羽目になった。そこへ、上からまたアルの叱責が飛ぶ。
「おはよう、ではない! なぜ撃たなかったんだ。きみはバカか。ヤバくなったらスティムパックも使うよう習っただろう!」
「だって……」
「だってではない!」
だって、人だと思ったから。Vault76は安全で、一歩出たすぐそこに、そんな危険があるとは思わなかったから。すぐそばにペニントンがいたのに何も言ってくれなかったから。全てが言い訳にすぎない。私はぐっと言葉を飲み込んだ。
「サバイバルの基本だ。まさか忘れたわけではなかろう?初めて行く場所では慎重にトレッキングしなければならない。銃も構えず、視認も怠り、あまつさえ敵にまっすぐ近寄って行くなど!そんな風にきみを育てた覚えはないぞ!」
「悪かったよ」
「悪かったで済むと思うな。死んでいたかも知れないのだぞ。ペニントンが間に合わなければ……意識を無くしたきみの体をひきずり出したのは彼だ。あと一歩遅ければ、きみは天国への階段をのぼり、もの言わぬ死体になって、こんな風に顔を見ることも、叱ることも、何もできなくなって、ワタシはそんなきみを、ただ見下ろすしかなくなって、ナンデそんなコトニ、どうし、テ、」
どうやらアルはすごく、ものすごーーーーーーーーく心配してくれていたらしい。
「……悪かった」
今度の言葉は心から出た。
Vault76のMr.ハンディたちはただの召使いロボットで、私たちの助けとなって、一緒にアパラチアへ旅立ってくれるわけではない。それでも、Vault76で生まれた私のような人間にとっては彼らこそが家族だったし、心許せる存在として、無条件に信頼できる仲間だった。
私たちが旅立ったあと、シェルターのエネルギーが尽きるのをただ待つだけの彼らにとって、アパラチアのどこかで私たちが無事に任務を果たすこと、生き延びて次の世界を見ることは彼らに残された最後の夢なのだろう。
託されたものがある。忘れてはならない現実。
「…………」
アルダートンは私をじっと見つめた。
もう戻って来ないと思って送り出したのに、こんなに早く戻って来るとは。
出来の悪い生徒を見るような目で私を見下ろす。確かに出来が悪い。こんなに早く戻って来てごめんなさい。神妙な顔でアルの次の言葉を待っていると、彼はやれやれ、といった感じで注射の薬を取り出し、無造作に私の腹へ突き立てた。
(……ぐあ……)
痛い……
スティムパックは思ったより痛い。それでも、みるみるうちに傷が塞がり始め、急速に痛みが引いてゆく。
(これほど効果があるものなのか……)
初めて使うスティムパックは速やかに私の体を癒した。数分で傷は完治。血は乾き始め、痛みによって動けなくなっていた体も完全に回復した。
「忘れないヨウニ」
何を、とは聞くまでもなかった。私はコクコクと頷いた。
「戻リナサイ。支度ヲ」
アルダートンの声は完全に平坦な機械ボイスに戻ってしまっていた。彼なりに、平静を保とうとしているのだ。
その意味するところに気づいて、私は不覚にも涙ぐみそうになった。