視野の彼方へ ~荒れ果てた世界で生きのびる方法~ 作:むろあをい
そして、私は再びかすかな異臭漂う世界に降り立つ。
Vault76を出てすぐの場所には相変わらずペニントンがいた。
ペニントンはシェルターから出てきたレジデントへの最初の案内役。彼の役割は重要だ。
忘れもしない最初の旅立ち。私はそのとき、既に彼に会っていた。彼にはいろいろと教えてもらったはずなのだが、当時の自分はかなり浮かれていたと言わざるを得ない。その証拠に、彼に教えてもらったはずのことを私はほとんど覚えていなかった。
「ペニントン、ありがとう」
とりあえずお礼を言っておく。
死にかけた時に助けてくれたのは彼なのだから。ペニントンは呆れるでもなく、至って穏やかに返事をしてくれた。
「ティーリア、無事デ良カッタ。死ンデシマッタカト思ッテイタ」
「いや、おかげで助かった。まさかあんなことになるとは……」
私は苦笑した。いくら不出来とはいえ、Vault76を一歩出たところで死ぬほどの頼りないレジデントはそうそういない。すべてなかったことにして逃げ出したいくらいだが、誰が忘れても自分自身の記憶から逃げることはできない。アパラチアに足を踏み入れた時点で、私はVault76出身者という看板を背負っているも同然だ。死んでいる場合ではない。しっかりしなければ。
私の決意を知ってか知らずか、ペニントンは静かに待機している。彼にしてみれば、もう最初の案内は済んでいるという訳だ。彼の元を通り過ぎて行った幾多のレジデントと同じように。私からのリクエストがない限り、余計な事を言う必要はないのだろう。
彼にとって、私は最後の案内者かも知れない。もうVault76に残された人はいない。あとはゆっくりエネルギーが尽きて、閉鎖されるのを待つだけだ。シェルターが完全に閉ざされた後、ペニントンがここに居残り続けるのか、それともどこかへ移動するのかは私には分からない。もし、ここに居残るのなら、また会う日もあるだろう。
私はゆっくり息を吐いた。
「あー……それじゃ行くよ。ペニントン、またね」
立ち去りかけた私の後ろから、ペニントンが思い出したように声をかけた。
「ティーリア。監督官ニハ会ッタカ?」
「監督官?」
監督官と言えば、各シェルターに一人ずついると言われているえらい人のことだろう。Vault76の監督官は、シェルターが開放されたその日、誰よりも早く出発したと聞いている。噂では、何か特別な任務を任されていたとも。その優秀さにはただただ感心するばかりだ。だからといって、名前も知らず、これまで関わった記憶もほとんどないので、会ったかと言われても特に思い当たる節はない。
ない、はずなのだが……。
生き延びるために最低限必要なキャンプパックさえ忘れる私のことだ。同じシェルター内にいたのだから、どこかで会っていて忘れているだけという可能性も十分にある。
「会った覚えはないな。その人がどうかしたの?」
「コレヲ、渡シテクレト、言ワレテイル」
「これ?」
「ソウダ」
ペニントンが差し出して来たのは、またしてもホロテープだった。
先ほどアルダートンにもらったものとは違って、古ぼけて薄汚れている。
「中身は?」
「分カラナイ。ワタシニハ必要ナイ」
多分、Mr.ハンディであるペニントンには閲覧が許可されていないホロテープなのだろう。シェルターを旅立ったレジデントに対する指示が書き込まれているかも知れない。これは、どこかで早急にホロテープの見られる端末<ターミナル>を見つけなければ。
「分かった、ペニントン。もらっていくよ」
私は軽く手を振った。もらったばかりのホロテープはそのままバックパックに押し込んだ。
さて、出発だ。
Vault76シェルターは小高い丘の中腹に建てられているのでとても見晴らしが良い。
私が今立っているのは、さながら山を切り開いて作った公園のような場所だ。まわりにはまばらに木が生えている。鮮やかな緑ではなく、枯れたような、紅葉で色づいたような赤や茶色い木ばかりだが、景色としては思いのほかとても美しい。こうして見ている限り、目立った荒廃の痕跡が見えることはなかった。
丘の上から景色を見下ろす。はるか眼下の木々の隙間を縫うようにして、眼下にいくつか建物がある。人の痕跡を探すなら、まずは建物の方へ行くのがいいだろう。
私はシェルター前のちょっと開けた公園から、丘を降りる小道へと歩き始めた。
小道はきれいに整えられていた。
白っぽい石畳の地面から続く、石造りの階段。黒い手すりつきの支柱が等間隔に並んでいる。軽やかな足取りで階段を降りきろうとして、私ははっと足を止めた。かすかに腐ったような、いやな臭いがする。腹部にするどい痛みが走った気がした。前回も油断して、ここで襲われたのではなかったか。
慎重に銃を構えた。Vault76を出る時にもらってきた10㎜ピストル。殺傷力が高いとはお世辞にも言えないが、リロードが速くて安定感がある。この世界で一般的に使われている銃なので、弾薬はそこら中に落ちていると聞いた。弾の補給で困ることはなさそうで、一安心である。
銃を構えたままそろそろと移動する。異常な気配を感じたらすぐ撃つつもりだ。今度は失敗しない。
階段の中腹あたりまで降りた時、下の草むらの辺りで何かが動く気配がした。
異臭が強まる。ピップボウイが自動的に照準を合わせる。シグナルカラーは赤。敵だ。
それはゆらりと立ち上がった。歪んだ顔。爛れて異様な赤黒さを纏った皮膚。ほとんど服は着けていない。まだこちらに気づかないのか、足を引きずるような動きでゆらゆらと蠢いている。やるなら今だ。
パーン……!
私は引き金を引いた。弾はきれいに敵の腹部に吸い込まれ、赤黒い液体が飛び散った。
(当たった)
それは私に気づいたようだ。唸り声を上げ、ありえないほどの速度で近づいて来る。近づかれたらおしまいだ。前の二の舞になる。
私は続けて2発、3発と引き金を引いた。だが、照準がぶれたのか、当たらない。鋭い爪を備えた敵の拳が振り上げられ、腹部に重い衝撃が来た。
(……痛い……)
だが怯んではいられない。
再び、ピップボウイが自動的に照準を合わせた。私は無我夢中で引き金を引く。
パーン!パーン!パーン!パーン!
いつしか異様な唸り声のようなものが消え、辺りが静寂を取り戻しても、私はそれに向かって弾を放ち続けた。
(……やった……)
見下ろすと、それはぐちゃぐちゃの肉の塊になっていた。
私はすとん、と階段に腰を下ろした。
これまで、どれだけ講習を受けても、生きて動くものに向かって銃を撃ったことはない。
正真正銘の初めて。だが、生き延びたのだ。
まだこれで終わりではない。むしろ、ここからが始まり。さっさと立ち上がって次の場所へ行くべきだとは分かっていても、私はどうしても動くことができなかった。