視野の彼方へ ~荒れ果てた世界で生きのびる方法~ 作:むろあをい
私は植物学者ではない。当然ながら動物学者でもない。
Vault76にいた時、そういう何らかの目的をもってプロジェクトに参加していた人は大勢いた。核戦争後、放射能に汚染された地域……そういう場所に育つ植生やら、生態やら、詳しい人が見ればいろいろ分かることはあるのだろうが、知識のない私から見たらさっぱりだ。何やら怖いイメージを植え付けられて、怖い場所であるかのように習ったことがあるきり。
いざVault76の外に出た時、私のイメージは、
(あれ、案外普通だな)
という感じだった。空は青いし、木々は茂っているし、陽も燦々と照っている。
Vault76の入り口はぴかぴかしているし、小ぎれいに整えられた公園はあるし、まるでそれまでの日常の延長線上にいるような感じだった。
もちろん、戦争前の世界とは比べ物にならないだろう。戦前、世界は人で溢れていたと聞いている。少し歩けば人とぶつかるほどの人口密度。物流もしっかりしており、人だけでなくモノも溢れ返っていた。最低限生きるためではなく、楽しみのために与えられ、日々消費される食料品の数々。今のアパラチアからは想像できないほど豊かで潤った世界だったのだろう。
私は戦争前の世界を知らない。
生まれたのはVault76の中だ。両親の素性は知らないが、別に気にしたことはない。大切なのは、私にとって世界は最初から今の形をしていたということだ。どれだけ過去の世界が素晴らしかったと知識で学んだとしても、私には関係なかった。だって、いくら想像したところで、決して行くことはできない世界なのだから。
ともあれ私はアパラチアに降り立った。
まずはこの世界でのねぐらを見つけるつもりだ。
Vault76からほんの数十メートル離れただけで、悪意に満ちた異形に襲われる世界。安全に休める場所、そして水と食べ物、それから弾薬などの必需品をしまっておく場所。それが見つかるまで、少しだけ無理をする覚悟で私はVault76を離れた。
見渡す限り、世界は静かだ。
Vault76で学んだ過去の記録映像の中では、世界は騒音に満ちていた。鳥のさえずり、虫がごそごそ動き回る音、そして気配。動物もそこかしこにいた。
比べて、今はどうだろう。
静まり返った世界、生き物の気配はほぼない。吹き過ぎる風の音と、木々の葉がさやかに揺れる音だけがこの世界のBGMだ。記録映像で見た、個人用のオートモービルが立てるけたたましい音や、雑踏のざわめき、人々の喧騒はない。当然音楽などもない。ここでは、木は木、風は風、水は水の音がするのだろう。
(異形は異形の音)
ふと可笑しくなって、私は笑った。
静かだからこそ、気配には敏感になる。異形の立てる、ヒューだかシューだかいう音。
(……我々……ではない……)
意味のある言葉のつながりとして聞こえてきた声。”我々”という概念が異形同士にあることが面白かった。それでは、彼らには彼らの仲間意識があるのだ。
異形は人だろうか、とまた考える。襲ってくるなら排除せざるを得ないが、それは私のエゴだろうか。この世界に適応して生きている生物が彼らなら、驕り高ぶった上からの目線で彼らを討伐するのは果たして正義と言えるのだろうか……
考えながらも足は進む。
転がり落ちないように気を付けて枯葉の積もった斜面を進み、ゴツゴツした岩場を滑り降りた。銃を構えながら移動するのは案外難しい。慣れたら構えっぱなしにしなくても何とかなりそうな気がしたが、とりあえず今は構えておくほうが無難だろう。
移動を始めて小一時間もしないうちに、今度は家の形をした建物にたどり着いた。
(建物がある……誰かがいる?)
ファーストコンタクトの予感に思わず心が躍った。
最初に見つけた建物とは呼べない建物ではなく、ちゃんとした家だ。
土台があり、基礎があり、柱があって壁がある。庭や、納屋や、人が人として暮らす環境がすべて整っている。
今度こそ、誰かがいるかもしれない。私はゆっくりと家に近づいた。
(……いる……)
慌てて飛び込む前で良かった。
家のほうから吹き付けるような悪意を感じる。また。
私は銃を構えた。その場にしゃがみ込み、よくよく家を観察すると、家の周りや納屋のあたりにフラフラと動き回る影がいくつも見える。
ピップボウイが警戒を伝えて来た。うかつに近づかないよう、遠くから慎重に撃つ。
パーン……!
当たった。異形が右往左往して、こちらに向かってくる。怖い。
無我夢中で引き金を引く。ピップボウイは本当に便利だ。自分が焦らなければ、自動で照準を合わせてくれる。
一体、二体、三体。順番に片付ける。
(もういない?)
家屋に飛び込む前に、もう一度確認した。とりあえず、家の中にはいないようだ。私は警戒しながらゆっくりと家に入って行った。
家の中は思っていたよりも整然としていた。直前まで、誰かが住んでいたかのように。
一階部分にキッチンとリビングがある。皿だの、コップだの、残された食料だの、色々なものが置き去りにされているのでとりあえずバックパックに突っ込んだ。
(何でもかんでも拾ってたら、すぐ荷物いっぱいになりそう)
そんな思いがチラッと脳裏をかすめる。持ち物問題はいずれ解決しなければならないような気がする。だが、今は悩んでいる時間はない。
二階はベッドルームのようだ。取り残された色々な持ち物。おもちゃとか、ランプとか、写真立てとか、色々なものが置き去りにされている。たんすや、ベッドや、サイドテーブルなどの家具の隙間に、気になるメッセージを見つけた。
(……これ、置き手紙か)
家族に当てたメッセージのようだ。先に逃げるので、後から追いかけてくるように、とある。
つまり、ここの住人は戦争から逃れて避難したということだ。
少しホッとした。さっき排除した異形が、ここの住人のなれの果てではないと分かったから。
パチン、とベッドサイドに置かれたラジオのスイッチを入れてみた。
途端に流れ出す陽気な音楽。ノイズ交じりではあるが、人の声もする。
(……懐かしい)
初めてのアパラチアに緊張していたのだろう。
まだ出かけてちょっとしか経っていないのに、人の作り出す音に飢えていたことが分かる。ほっとしている場合ではないが、やはり安心した。世界に人間は私一人ではない。危険な地域でラジオを流すという行為は敵を呼び寄せる可能性があるが、それでも人の世界に触れていたい気持ちは痛いほど分かった。
(誰かこないかな)
私はしばらくそこで待った。
(町が見つからなかったら、今日はここで休もう)
ちゃんとした家だ。森の中で野営するより、少しはましなはずだ。
そう考えて、私はふたたび出発した。
どこに行ってもラジオが置いてあって、やかましいなと思っていたけど
単身この世界を旅する気持ちで書いていると、とても安心する気持ちになるのが面白いです。
ボチボチお友達にも出会える頃かな~
会話がないと話が進まなくてちょっとつらい!
もうしばらく、お友達が出てくるまで頑張ります!