灰の男と赤紫の少女   作:鉄血

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第十話 ビーター

ボスが消滅すると同時、後方に残っていたセンチネル達も儚く四散したようだった。

周囲の壁に掲げられた松明が、暗いオレンジから、明るいイエローへと色彩を変える。ボス部屋を覆っていた薄闇が一気に吹き払われ、どこからか涼しい風が吹いて激戦の予熱を押し流していく。

これで本当に終わりなのか?ここからまた、《ベータとのちょっとした違い》があるのではないのか・・・?

と、その時。ゆっくりと剣を降ろしたトターにミトは言った。

 

「お疲れ様」

 

「・・・ああ。お前もな」

 

その言葉に、その場にいた皆がようやく確信した。終わったのだ・・・八千人のプレイヤーを第一層に閉じ込め続けた最大の障害が一つ、ついに取り除かれたのだ。

そして皆のその認識を待っていたかのように、新たなメッセージが視界に流れる。獲得経験値。分配されたコルの額。そして───獲得アイテム。

同じ物を見たその場の全員が、顔に表情を取り戻した。一瞬の溜めのあと、わっ!!と歓声が弾ける。

両手を突き上げて叫ぶ者。仲間と抱き合う者。滅茶苦茶な踊りを披露する者。嵐のような大騒ぎの中、トターは小さく息を吐く。

 

「・・・彼女のもとへと行かなくていいのか」

 

「後で行く。今は、ただ貴方と祝いたいの」

 

「そうか」

 

それ以上追求しないトターにミトは拳を合わせようと右手を持ち上げかけたその時───。

 

「─────なんでだよ!!」

 

突然、そんな叫び声が部屋中に響く。半ば裏返った、ほとんど泣き叫んでいるかのようなその響きに、広間の歓声が一瞬で静まりかえった。

全員の視線がそちらへと向けられる。そこは軽鎧姿のシミター使いの男が立っていた。しかし、限界まで歪められた口から迸った次の言葉を聞いた瞬間、ミトは悟った。

 

「───なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」

 

この男はC隊───つまり今は亡き騎士ディアベルの、当初からの仲間の一人だ。視線を移すと、彼の背後にも、残りのメンバー四人が顔をくしゃくしゃにして立っている。中には泣いている者もいた。

 

「見殺し・・・?」

 

「そうだろ!!だって・・・だってアンタは、ボスの使う技を知っていたじゃないか!!アンタが最初からあの情報を伝えていれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」

 

呆然とする黒髪の剣士に対し、血を吐くように叫ぶシミター使い。彼のその言葉に、残りのレイドメンバーたちがざわめいた。

 

「そういえばそうだよな・・・」

 

「なんでだ?・・・攻略本にも書いてなかったのに・・・」

 

などという声が生まれ、徐々に広がっていく。

その疑問に答えたのは、ベータテスターを敵視していたキバオウ───ではなかった。彼は離れたところで、何かに耐えるように口を引き結んだまま立ち尽くしている。しかし彼の指揮するE隊の一人が走り出し、黒髪の剣士の前に立つと、指を突きつけ叫んだ。

 

「オレ・・・オレ知ってる!!こいつは、元ベータテスターだ!!だから、ボスの攻撃パターンとか旨いクエとか狩場とか、全部知ってたんだ!知ってて隠していたんだ!」

 

両眼に憎しみを滾らせ、再度何かを叫ぼうとした。

 

「でもさ、昨日配布された攻略本に、ボスの攻撃パターンはベータ時代の情報だ、って書いてあっただろ?彼が本当に元ベータテスターなら、むしろ知識はあの攻略本と同じなんじゃないのか?」

 

「そ、それは・・・」

 

押し黙ったE隊メンバーの代わりに、シミター使いは憎悪溢れる一言を口にした。

 

「あの攻略本がウソだったんだ。アルゴって情報屋がウソを売りつけたんだ!アイツだって元ベータテスターなんだから、タダで本当のことなんか教えるわけなかったんだ!他にも居るんだろ!!出てこいよ!」

 

───まずい。この流れはまずい。

ミトは顔を青ざめさせる。この流れは他のベータテスターたちにも敵意が向けられるかもしれない。下手をすればテスター狩りが行われ、死者が出る可能性もある。

どうすれば───どうすればこの状況を打開出来る?

 

「おい、お前・・・」

 

「あなたね・・・」

 

今までずっと我慢していたらしいエギルとアスナが、同時に口を開いた時、黒髪の剣士がその動きを制した。

彼は一歩前に出ると、今まで見えなかった顔にふてぶてしい表情を作り、シミター使いの顔を冷やかに眺める。

そして冷たく、無関心な声で彼は告げた。

 

「元ベータテスター、だって?・・・俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

「な、なんだと・・・?」

 

「いいか、よく思い出せよ。SAOのCBT(クローズドベータテスト)はとんでもない倍率の抽選だったんだぜ?受かった千人のうち、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う?そのほとんどがレベリングのやり方さえも知らない初心者だったよ。今のあんたらの方がまだマシさ」

 

そんな侮蔑極まるその言葉に、皆が一斉に黙り込む。

そして同じベータテスターだったミトは、今から彼が何をしようとしているのかを察した。

 

「───でも、俺はあんな奴らとは違う」

 

冷笑を浮かべ、彼はその先を口にする。

 

「俺はベータテスト中に、他の誰も到達出来なかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うモンスターと散々戦ったからだ。他にも色々知っているぜ、アルゴなんか問題にならないくらいな」

 

刀を扱うモンスターと散々戦った。つまり、彼は私と同じ、十層まで辿り着いたプレイヤーということになる。

 

「・・・なんだよ、それ・・・」

最初に彼を元テスターだと指弾したE隊の男が、掠れた声で言った。

 

「そんなの・・・ベータテスターどころじゃねえじゃんか・・・もうチートだろ、チーターだろそんなの!」

 

周囲から、そうだ、チーターだ、ベータのチーターだという声が幾つも湧き上がる。それらはやがて混じり合い、《ビーター》という奇妙な単語が生まれた。

 

「・・・《ビーター》。いい呼び名だなそれ」

 

彼はにやりと笑い、彼はその場の全員をぐるりと見回しながら、はっきりした声で告げた。

 

「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは、元テスターごときと一緒にしないでくれ」

 

そして彼はメニューウィンドウを開き、先ほどのボスからドロップしたのだろう、艶のある黒革のロングコートへと変わった。

 

「二層の転移門は、俺がアクティベートしといてやる。この上の出口から主街区まで少しフィールドを歩くから、ついてくるなら初見のモンスターに殺される覚悟をしておけよ」

 

そう。彼は自ら駆って出たのだ。

情報を独占する汚いビーターという役に。

今後、元ベータテスターの認識は二つに分かれるだろう。素人上がりの単なるテスターと彼のように情報を独占するビーターという名のテスター。

そうなってしまえば新規のプレイヤーの敵意は全てのテスター達に向けられることはなく、ビーターへと向けられる筈だ。仮に元テスターだと露見しても、すぐに目の敵にされることはなくなる。

とはいえ、それは一種の生贄だ。彼はこの先、二度と前線でギルドやパーティーに入る事が出来なくなるだろう。それはデスゲームとなったこのアインクラッドでデメリットでしかない。

その選択を元ベータテスターである私は取ることが出来なかった。ただ、怖かった。死ぬことが。そんな自分の事しか優先しない自分が嫌になる。

アスナやエギル、そしてトターも彼の考えている事が分かっていたのだろう。私の隣にいたトターは彼が二層に繋がる扉を開け、背を向けて歩く彼に、憐れみの目を向けていた。

 

そして暫し沈黙の後、トターは二層へと向かう階段へと歩き始めた。

 

「トター!」

 

私も彼の後を追うように走り出す。

 

「アンタら・・・アイツの後を追うのか?」

 

そんな私達にエギルはそう聞いてくるが、トターは首を横に振った。

 

「追うつもりはない。アレは彼が選んだ道だ。俺が口を出す必要もないだろう。それに・・・」

 

彼はこの場にいるレイドメンバー達へ向けて言い放った。

 

「この先、ボス攻略をしていくのならば・・・必ず、彼の力と知識が必要となってくるだろう。今、感情に任せ悪辣な言葉を吐いたとしても、彼の知識を必要とした時点で、お前達は結局、そのビーター達の力を借りて攻略したという事実は残るだろう。その事を忘れるな」

 

そう言ってトターはあの黒髪の剣士が開けた扉をくぐり、その姿は見えなくなる。

私はそんな彼の後を追いかけようとする直前、アスナの姿が目に入り、その足を止めた。そして振り返り、彼女を見る。

 

「・・・アスナ」

 

私がこの世界で彼女に会いたいと、そう願ってしまったがゆえに巻き込んでしまった友人。先の戦闘ではあの時の怨み言を一つも私に言わず、それどころか私をもう一度信じてくれた。

だが同時に私は彼女を絶対に守ると決めたのに、あの時、私は自分では無理だと思ってしまった。

 

だからこそ、私は思う。

私はもう一度、彼女の所へと戻っていいのかと。

どう接していいか戸惑っている私に、アスナは小さな笑みを作って言った。

 

「・・・ミト。お互い、色々と言いたいことはあると思うけど・・・今はあの人の所が貴女の居場所なんでしょ?今だけは私のことは気にしなくていいから、行って。私もあの人が目指す先を見てみたいって思う人が出来たから」

 

「・・・うん。ありがとう、アスナ。また次会った時、その時こそは言わせて」

 

「うん・・・。待ってるから」

アスナのその返事にミトは少しだけ微笑んだ後、彼女は先に行ったトターの後を追う。

そして───

 

「・・・・トターッ!!」

 

階段の途中でミトは先を歩くトターに追いつくと、彼の名を呼んだ。振り返った彼は少し意外そうな顔をした。

 

「彼女と一緒にいるんじゃなかったのか?ミト」

 

「最初はそう考えてた。でも、私は・・・トター。貴方と一緒がいいの」

 

「・・・俺と?」

 

「ええ。貴方は私にもう一度前に出る力をくれた。もしあの時、貴方が私にアスナは生きていると教えてくれなかったら、私はこうして貴方の前に立っていなかったかもしれない。だから貴方にお礼をしたいの」

 

「礼?」

 

「そう。私がアスナと仲直り出来たお礼」

 

そういう私にトターは少し考えるような仕草をする。そして、彼の口が開いた。

 

「そうか・・・。なら、不甲斐ないところもあるだろうがこれからもよろしく頼む。ミト」

 

そんな彼の挨拶に私は苦笑しながら───

 

「ええ、よろしく。トター」

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