灰の男と赤紫の少女   作:鉄血

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第十三話 圏内事件 2

浮遊城外周の開口部からオレンジ色の夕陽が顔を出す頃になって、《閃光》アスナは小さなくしゃみと共にようやく目を醒ました。

実に八時間も爆睡していた計算だ。昼寝を敢行したミトもせいぜい二時間くらいだというのに、もはや昼寝どころの騒ぎではない。

「・・・・うにゅ・・・・」

 

アスナは謎の言語で呟いた後、数回瞬きし、私達を見上げる。

形の良い眉が、わずかにひそめられる。芝生に右手をついてふらふらと上体を起こしながら、栗色の髪を揺らして右、左、右と私達の顔を眺めた。

そして最後にもう一度、アスナは隣に座るキリトを見て───

 

「な・・・アン・・・どう・・・」

 

再び謎の言語が彼女の口から漏れ出る。そんな彼女に、私はアスナに言った。

 

「おはよう、アスナ。よく眠れた?」

 

白革の手袋に包まれた右手が、ピクリと震えた。

しかし、さすがは最強ギルドと名高い血盟騎士団のサブリーダーと言うべきか、アスナはそこで自制心のセービングロールに成功したようで、腰のレイピアを抜くことも、あるいはダッシュで逃走することもなく、ぎりぎりと食いしばられた艷やかな歯の隙間から、短い一言が押し出された。

 

「・・・・ゴハン一回」

 

「は?」

 

キリトの口から素っ頓狂な声が出る。

だが、アスナはそんなキリトにもう一度言った。

 

「ゴハン、何でも幾らでも一回おごる。それでチャラ。どう」

 

「だってさ、キリト?どうする?」

 

「あ、ああ・・・それで構わない」

 

笑みを浮かべるミトに戸惑うキリト。そんな二人の横でトターは呆れたようにため息をつくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

キリトが57層の主街区に良いNPCレストランがあると言って私達は59層の転移門経由で57層主街区《マーテン》へと赴いた。

ここ《マーテン》は現在の最前線からわずか二フロア下にある大規模な街で、今は攻略組のベースキャンプかつ人気観光地となっている。夕方にもなれば、上の前線から帰ってきたり、あるいは下層から晩ご飯を食べに来るプレイヤー達で大いに賑わっていた。

そんな沢山の人がごったがえすメインストリートを、私達四人は並んで歩いていた。すれ違う人達のうち、少なからぬ数がギョッと目を剥くのが見えて居心地が悪い。

攻略組の中でもトップギルドのサブリーダーである《閃光》のアスナに《ビーター》と悪名高いキリト。そして《二代目 アシュレイ》と言われている私。トターに関しては噂話をあまり聞いた事はないが、私と良く一緒にいることから私の相棒なのではという話は耳にしたことがある。

アスナに関してはその容姿もあってかファンクラブも存在するらしい。私にも一時期そんなものがあった時期はあったが、相棒であるトターと一緒に行動している事が多いのもあって、自然に消滅してしまった。

目立ちながら歩く私達は五分ほどメインストリートを歩いたところで、道の右側にやや大きめのレストランが現れた。

 

「ここ?」

 

ホッとしたような、胡散臭そうな顔で店を見るアスナに、キリトは頷いた。

 

「そ。おすすめは肉より魚」

 

スイングドアを押し開けるキリトに私達も後に続くようにして入口へと入る。

NPCウェイトレスの声に迎えられ、混み合う店内を移動する間にも、いくつもの視線が集中するのを私は感じた。

そして席に座った私達はそれぞれに料理を注文した後、ふう、と一息いれる。

すぐに届いたフルートグラスに唇をつけてから、アスナも同じように、ほうっと長く息をついた。

そしてアスナは私達にボリュームを抑えた声で言う。

 

「ま・・・なんていうか、今日は・・・ありがと」

 

「へっ!?」

 

驚くキリトに対し、アスナはもう一度ジロッと見て言った。

 

「だから、ありがとうって言ったの。ガードしてくれて。ミトも・・・その、ありがと」

 

「私は何にもしてないわよ。礼ならキリトとトターに言ってあげなさい。この二人が私達をちゃんとガードしてくれたんだから」

 

そう言う私にキリトは首を横にふる。

 

「いやいや!俺もトターには助かってるよ!色んな強化アイテムや装備もトレードできたことだし!」

 

「トター?貴方、またやったの?」

 

じろりと目を向ける私にトターは何も言わずに目を逸らす。

こうなったトターは意地でも口を開かないのはとっくの前に知っている。そんな彼に私は一度、ため息をつきながらトターに言った。

 

「アイテムを困った人にトレードするのは勝手だけど、ほどほどにしておきなさいよ?」

 

全く、お人好しなんだからと言うミトにトターはああと返事を返すだけだった。

そんな二人のやりとりにアスナは苦笑する。

 

「ミトもトターさんもいつも通り変わらなくて良かった」

 

「えっ?知り合い?」

 

キリトのその言葉にアスナは頷く。

 

「んー、知り合いと言われれば知り合いかな」

 

指を当てるアスナにトターは言う。

 

「アスナはミトの常連客だ。確か、リアルでも友人だとミトから聞いている」

 

「二人はリアルでも知り合いだったのか!?」

 

「・・・ええ、まあ、ね」

 

驚くキリトにミトは言葉を濁す。

あまり触れて欲しくなかったのか、発生しかけた微妙な雰囲気を、サラダの皿を持ってきたNPCがキャンセルしてくれた。さっそく、色とりどりの謎野菜に卓上に並んだ謎スパイスをかけ、フォークで頬張る。

一度呑み込んでから、キリトはアレコレを誤魔化すべくぼやいた。

 

「考えてみれば、栄養とか関係ないのに、なんで生野菜なんか食べているんだろうな」

 

「えー、美味しいじゃない」

 

レタスっぽい何かを上品に咀嚼してから、アスナが反論する。

 

「まずいとは言わんけどさあ・・・せめて、マヨネーズくらいあればなあー」

 

「あー、思う。それは思う」

 

二人の会話を耳にし、ミトはトターに言った。

 

「トター、アレだして」

 

「アレか」

 

メニューウィンドウを開き、トターは小瓶を一つ取り出した。

 

「ミト」

 

「ありがと」

 

私はその小瓶の蓋を開け、中身の液体をサラダの上にかける。そしてソレを私は頬張った。

この小瓶の中身はトターが作ったものだ。

コレを口にした時、私は感動で泣いた事もある。

 

「ん〜、やっぱりこれよね!」

 

一層でトターの言っていた事が今になって理解出来る。

美味しいものはそれだけで生きる気力を生むものだ。

 

「ミト?さっき、トターさんから何か出して貰ったみたいだけど・・・それは、なに?」

 

アスナの声に私は自慢するように言った。

 

「これはね、トターが作った───」

 

その瞬間だった。

 

「・・・・きゃああああああ!!」

 

どこか遠くから、紛れもない恐怖の悲鳴が聞こえた。

 

 

「「「「──────!?」」」」

 

息を呑み、腰を浮かせ、それぞれの得物に手を伸ばす。

同じようにレイピアの柄に右手を添えたアスナが、打って変わって鋭い声で囁いた。

 

「店の外だわ!」

 

直後、椅子を蹴立てて出口へと向かうアスナに、私達はその背中を追った。

表通りに出ると同時に、再び絹を裂くような悲鳴が耳に入る。

 

南。

 

恐らく、建物を一ブロック隔てた広場からだ。

ある程度場所に検討をつけた私はアスナ達に向けて叫ぶ。

 

「アスナ!こっち!」

 

その言葉に私達は掛け値なしの全力ダッシュで走り出した。

AGIが私達より早いアスナが先を追い抜き、その後を私達は必死に追随する。目的地の円形広場へと飛び込んだ時、私は信じられないものを目にした。

広場の北側。そこに教会らしき石造りの建物が聳えている。

その二階中央の飾り窓から一本のロープが垂れ、環になった先端に──男が一人、ぶら下がっていた。

緑のカーソル。つまりNPCではない。狩りの帰りなのだろうか、分厚いフルプレートアーマーで全身を包み、大型のヘルメットを被っている。ロープは鎧の首元にがっちり食い込んでいるが、広場に密集するプレイヤー達を恐怖させているのはそれではない。

そもそもこの世界ではロープアイテムによる窒息死はないのだ。では、プレイヤー達を恐怖させているものは何か?

それは男の胸を深々と貫く、一本の黒い短槍だ。

男は、槍の柄を両手で掴み、引き抜こうとしているが、刺された胸の傷口からは赤色エフェクト光が噴き出る血液のように明滅を繰り返す。

貫通武器にのみ設定されている特性、《貫通継続ダメージ》。

一瞬の驚愕に覚めると同時に、キリトが叫ぶ。

 

「早く抜け!」

 

男がちらりとこちらを見る。そして再び引き抜こうとするが、食い込んだ武器は動こうとしない。死の恐怖で、手に力が入らないのか。

 

「トター!下で受け止めて!ロープを切る!」

 

「・・・分かった!」

 

「アスナ!」

 

「うん!」

 

私とアスナはトターの返事と同時に教会の入口へと駆け出す。

二階へと辿り着いた私達はそれぞれ扉を開け、ロープを探す。

 

「あった!」

 

椅子に巻き付けられたロープを斬ろうと大鎌を振り上げたその時───

 

「アスナ!ミト!ウィナー表示はあるか!」

 

キリトの声が外から聞こえてきた。

 

「ウィナー表示?まさか!?」

 

私は辺りを見渡す。だが、システムウィンドウもないし、部屋の中には誰もいない。

 

「無い!それどころか誰もいないわ!」

 

アスナのところもそうだったようで同じように叫ぶ。

私は窓から顔を出す。そしてデュエルの《ウィナー表示》が出ていないか辺りを見渡した。

 

「ない、どこにも・・・なんで!」

 

焦る私達に時間は無常だった。ウィナー表示が表示される時間の三十秒はあっという間に過ぎていくのだった。

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