なんでも九倍にする魔法   作:龍川芥/タツガワアクタ

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※一級魔法使い試験編から
※魔法等設定捏造アリ
※作者はヒンフリ・シュタフェル等公式カプ過激派
※何でも許せる方向け


×0 プロローグ

 勇者ヒンメルが魔王を討伐してから79年後。

 北側諸国・キュール地方。

 

 人や馬車に踏まれて出来上がったであろう野道を、1人の少年――若い青年とも呼べそうな年代の男が歩いていた。

 彼が一歩進むたび、その背で長い尾にも似た髪が揺れる。

 線の細い風貌、『少年的』と『華奢』の中間に立つかのような細身の体躯は、何処か猫科の獣を思わせた。ひとつに纏めた長い後ろ髪、美しいと形容して差し支えない整った顔立ちも、血統書付きの家猫のよう。ただその鼻歌交じりの表情だけが、気品も何もない奔放な野良猫を思わせた。

 纏う服は動きやすい戦士のものに似ている。その上からいかにも魔法使いじみたローブを羽織ったその姿はどこかアンバランスにも見える。

 そんな少年は、ただ道を進む。鼻歌交じりにのんびりと、旅情を感じる余裕と共に。

 

 びゅう、と風が吹き、少年は後ろ髪を揺らしながら目を見開く。

 崖の下。代わり映えしない森の緑への退屈を吹き飛ばすように、眼下にその光景は広がっていた。

 

「――成程、アレが『オイサースト』か。イヤぁ絶景絶景、中々派手で良いんじゃないんかな?」

 

 陽光を反射して、湖面がきらきらと蒼く輝く。

 森の中に突如として現れた巨大な湖。その中心に、明らかな人工物が――人の住む街が浮かんでいる。土よりも綺麗な煉瓦の茶色。湖に倣ったのかという青い屋根の建物たち。そして、天を突くような、あるいは街の主人のような、用途不明の謎の建築物。

 北側諸国最大の魔法都市・オイサースト。少年が持つ地図によれば、ソレが眼下の街の名前だった。

 

「街の規模は1000人くらいか? 周囲は湖に囲まれてて、街に入る道は橋が一本だけとくりゃ、魔獣の襲撃も無さそうだ。傭兵業で稼ぐのは無理かなァ。オレは荒事が一番得意なんだが……()()の登録料とか諸々足りるか不安になってくんぜ。」

 

 口調も、やはり家猫というよりは育ちの悪い野良猫だ。

 湖に魔物とか居ねーのかね、と呟きつつ、少年は出来るだけ街が見えるルートを選んで道を歩く。街までの距離は未だ遠い。50kmはあるだろう。旅に慣れた少年の足も、これまでの長旅でかなりの疲労を覚えている。

 

「……馬車を探すか? ()()に遅れても嫌だしな。でも金がなァ……硬貨に『魔法』使うのはマジで最終手段にしたいし。それなら疲れるだろうけど走った方が良さそうだ。まあどちらにしても、ちょっと休憩……」

 

 近場の岩に腰を下ろし、魔法で鞄を取り出す。鞄と言っても口にベルトを付けただけの革袋で、あまり見目が良いものではない。分厚い革の表面はボロボロで罅割れ、底の方には不格好なツギハギさえあった。

 それでも少年がその「鞄」を使うのは、それが他のお洒落な鞄よりも便利だからだ。

 布袋の口を開き、あれでもないこれでもないと手探りの末に水筒を取り出す。此方は革製に金属口のお気に入り。口を付けて首を傾ければ、水筒内のぬるい水が喉を潤した。北部の冷たい風を浴びながら飲む水は、冷えたものよりぬるい方が余程口が喜ぶ。

 

「……ぷっはぁ、生き返ったぜ。折角だしおやつも食べちゃお。」

 

 革袋を更に手探り、小さな布袋と大きめのガラス瓶を取り出す。

 布袋の中には赤紫のベリーの実が複数。一口サイズのそれをひとつ指で摘み、ぽーんと口に放り込む。

 

「甘さが疲れた体に沁みるぜ……北側諸国の果実は野生でも甘くて美味いのが良いよなァ。」

 

 続けてガラス瓶を開けると、そこには枯れ木の板にも似た干し肉が。それを更に革袋から取り出したナイフで薄く削り、歯を立てながらがぶりと噛み付く。

 

「んぐんぐ……噛めば噛む程溢れる肉の味が堪らんね。濃い目の塩味との相性もグッド。てかいつもより美味い気がする……やっぱ疲れたときって、無意識に体が肉を求めてるのかね。」

 

 干し肉を噛みながら、少年は革袋を漁り小さな布袋(サイフ)を取り出す。ぺしゃんこのそれの中には、銅色の硬貨が5つばかりしか入っていなかった。

 

「銅貨5枚……オイサーストに付いたら仕事探すかぁ。試験がどうなるにせよ、次の街に進むための物資も集めなきゃダメだしな。」

 

 暗い話を打ち切るように更にもうひとつベリーを口に入れ、水筒の水で流し込んでおやつは終了。革袋に水筒と保存食たちを戻していく。小さめの革袋はそれだけで一杯になる筈だが、何故かもっと硬いモノや大きそうなものの擦れ合う音も響いた気がした。

 きゅ、と革袋の口をベルトで締め、魔法で格納――そうして立ち上がろうとしたときだった。

 

 ざ、と少年の背後で足音。

 振り向けば……そこには剣や弓などの武器を構えた男たちが、こちらを威圧するように立っていた。否、実際威圧しているのだろう。何故なら彼らの第一声は、

 

「よォ兄ちゃん。金目の物、全部置いて行って貰おうか。」

 

 というものだったからだ。

 傷のある逞しい体。あまり綺麗とは言い難い武具。それらを出来るだけ大きく見せつけながら、徒党を組んで此方を睨みつけるその仕草。

 

「盗賊かよ。」

 

 そう少年が思い至るのに時間はかからなかった。

 少年は猫を思わせるしなやかな動作で立ち上がると、彼等の方を振り向いて、困ったように肩を竦めながら口を開く。

 

「悪いけど、金目の物は特に持って無くてな。手持ちの金は路銀の銅貨が5枚だけ。それで良いなら全部上げるからさ、それで手を打たない?」

「ふざけるな。ガキの小遣い以下じゃねえか。それによ兄ちゃん、俺たちは見てたぜ? おまえ、『魔法使い』だろ。」

 

 盗賊の1人のその指摘に、少年は「バレてたか」と小さく舌を出した。

 ――魔法使い。それは読んで字の如く『魔法』を使う者のことを指す。魔法は虚空から炎を生み出したり手を触れずに物を運んだりする事ができ、時に生活の役に立ち、そして時に武器として用いられる。即ちこの時代における魔法使いとは、そういう便利な技術を収めた才能ある人間のことだ。

 

「魔法で荷物を出したり消したりしていたな。魔法使いは杖を同じように出し入れしている。その荷物と杖を出せ。その服もだ。売れば銅貨5枚よりはましな金になるだろうさ。」

「……まあそりゃね。それでも銀貨10枚いけばいい方だと思うけど。それってさァ、命を懸けるにはちょっと安すぎない?」

「あん?」

「男ならもっとデカい夢に命を懸けるべきじゃない? ってことさ。ダンジョンの奥に眠る秘宝とか、賞金首の大魔族を倒して一攫千金とか……それこそ伝説の勇者ヒンメルみたいな大英雄になるとか。そういうのこそ男が命を賭して目指すべき目標だろ。今言った夢の前じゃ、盗賊なんて霞んじゃうと思わない?」

 

 そこまで言っても尚怪訝な表情の盗賊たちに、少年はぽんと手を打った。

 

「ああ、もしかして気付いてないんか? なら言っとくけど。盗賊ってさ、ショッボイ癖にちゃぁんとしっかり『命懸け』だぜ。だって――襲った相手に返り討ちにされたって文句言えないんだから、さ。」

 

 呑気な野良猫の顔は、その瞬間に猛獣の表情(カオ)に。

 魔獣のソレにも似た笑みに、そこから放たれる静かな迫力に、盗賊たちは初めて此処が「死地」だと悟った。剣を弓を握る手に力が入り、一筋の汗が頬を流れる。

 

 そんな盗賊たちの前で、ぶん、と少年の手の中に杖が出現した。先端の円形の飾りの中に宝石が浮かんだ、どこか「9」に似た形の短めの杖だ。その柄の部分を握りながら、少年は盗賊たちに杖先を向ける。

 

 緊張が走る。

 先んじたのは少年だ。黄金(こがね)色の光と共に、彼の『魔法』が放たれる。

 

「――九倍にする魔法(クアドラータ)。」

 

 ピカ!! と閃光が奔り風が暴れ、盗賊たちは咄嗟に腕で顔を抑えて――。

 

 1秒、2秒。衝撃はやってこない。

 

「不発……?」

 

 沈黙の中、盗賊の1人が溢したその言葉が真実なのではないか、という空気が広がっていき。

 次第に勢いを取り戻した彼等は口々に言う。

 

「なんだ、偉そうな口叩いて魔法に失敗しやがった!」

「とんだ魔法使いも居たもんだ!」

「もういいさ、殺して全部奪っちまえ――」

 

 そうして、駆け出した盗賊のひとりが少年に向かって剣を振り下ろし――。

 

 びゅん、と少年の姿が掻き消えた。

 

「あれ?」

 

 剣を振り抜いた盗賊が、間の抜けた声を出した次の瞬間。

 

 メリィ、と。

 その顔面に凄まじい威力の蹴りが炸裂した。

 

 ごばぁ、と言葉にならない悲鳴を吐き、己の身長よりも高く空中に打ち上げられて地面に落ちる体格の良い男。どがっ、と地面に激突した彼はぴくぴくと痙攣を繰り返すだけで、立ち上がることも声を上げることもすぐには出来ないようだった。

 

 そんな彼を見下ろしながら、盗賊たちは呆気にとられ……そしてそれを成した者の姿を見やる。

 尾のように揺れる金の髪。細身ではあるが鋼が如く鍛え上げられた体躯。振り抜かれ掲げられた長い脚も、獣のソレのように引き締まっているのが服の上からでも分かる。

 彼は足を地面に戻し、そのまま獣が如き瞳で盗賊たちを睨む。

 

「今の奴は『コイツがこの一撃で死んでもいいや』と思いながら剣を振ったから、オレも同じだけの気持ちで蹴り返した。さて、あんたらはどうするよ?」

 

 細身で、若くて、1人の彼は、一見すれば武装した複数人の盗賊たちに勝てる要素は無いように見える。だが、それを覆すのが魔法であり魔法使いという存在であると、盗賊たちは漸く察し。

 それでもプライドか焦りか、それとも経験の無さゆえか、逃亡を選ばず硬い動きで前に出る。

 

「囲め、囲んでやっちまえ!」

「油断するな、全員で同時にかかるんだ!」

 

 その言葉は少年が期待するものでは無かった……が、彼を追い詰めるものでもなかった。

 魔力を全開にしながら、倒した男を跨いで一歩前へ。

 

「言っとくけど、そう来るならこっちも容赦しないぜ。九倍にする魔法(クアドラータ)――」

 

 怒号と共に剣が振るわれ、再び黄金の閃光が世界を照らし――。

 

 

 数分後。

 そこには地面に横たわって気絶した盗賊たちと、その内の1人を椅子にして溜息を吐く金髪の少年の姿があった。

 

「……ハァ、1人残らずクソ雑魚じゃねーか。その感じだと傭兵くずれ、それも腕が足りなくて逃げ出した系か。そんなんで魔法都市(オイサースト)周辺を荒らしまわるなんて、腕も無ければ頭も無いのかよ……」

 

 こつんと杖で椅子にした男の頭をつついても、気絶した彼は何も言わない。ただ苦しそうに呻くだけだ。

 少年は立ち上がり、うーんと伸びをひとつ。見渡しても近くに民家や集落の気配は無く、倒れた、否倒した彼等をどうするかと数秒悩み。

 

「まあ良いや。これで運も無ければ、獣か魔獣に喰われて死ぬだろ。運が良ければその前に目が覚めて生き残る……せいぜいそっちの目が出ることを女神様に祈りな。ま、運も腕も頭も無ければどうせすぐ死ぬんだ、今日死んだってそう変わらんだろうさ。」

 

 そのまま黒いローブを翻しながら立ち去ろうとして……不意にその背が固まった。

 

「……そうだ、路銀。」

 

 倒した盗賊たちの方を振り返る。彼らが腰に付けた布袋やポケットの中には、膨らみから察するにそれなりの金が存在するだろう。

 手持ちの路銀は銅貨5枚だけ。正直これだけしか持っていない状況で旅をするのは超不安だ。

 

「うーん、どうするべきだ? コイツ等は盗賊、金を持ってたとしても誰かから奪ったものの可能性が高い。元の持ち主もコイツ等に使われるよりはオレに使われた方が嬉しいだろう。だが今コイツ等から金目の物を奪えば、オレが盗賊と同じになっちまう……でも盗賊退治の報酬と思えば……」

 

 盗賊から更に奪うのは善か悪かと頭を捻らせる彼は、不意に閃いて銅貨を一枚取り出した。

 

「運、か。ならこの銅貨に託してみるか。」

 

 生きるか死ぬか。奪われるか奪われないか。敗北し気絶した彼らが唯一頼れる「運」というフィールドに乗っての勝負なら卑怯ではない、という結論で彼の脳内会議は議決した。

 

「表が出れば路銀を貰う。裏が出れば盗みはやらない。女神様の思し召し通りに、ってヤツだ。」

 

 にやりと笑って銅貨を見つめ。

 

「さて、オレの運はどっちかな――」

 

 ピィン、と指で高く弾く。

 陽光を受けてきらりと反射した銅貨は、運命を乗せて回転しながら少年の元へ――。

 

 

 

  ■ 0 ■

 

 

 

 ガラガラと音を立てながら、馬車が野道を進んでいる。

 冷たくも優しい風、透き通った紺碧の空。緑溢れる森の中を、屋根のない馬車はゆっくりと歩む。

 

 その荷台にて、不意に搭乗者である3人のうち2人が同じ方向を振り向いた。

 

「? 2人とも、どうしたんだ?」

「フリーレン様。」

「うん。凄い速さで魔力が近付いてきてる。」

 

 彼女らが同じ道の斜め後方を見ていると、森の中から草木を掻き分けて1人の少年が現れた。

 

「すいませーん、そこの馬車さーん!」

 

 がさ、と道に現れたのは、長い金髪を後ろでひとつに括った少年。動きやすい服装の上から、袖を通さずに魔法使いのローブを羽織っている。

 そんな彼は、金髪を揺らしながら馬車の先頭に追いつくと、御者の男に話しかける。

 

「オレ、オイサーストに行きたいんです。乗せて行ってくれませんか?」

「目的地が同じなら僕は乗せて行っても構わないけど……後ろの人たちが先に乗ってたからねぇ。」

 

 御者が柔らかい態度でそう言うと、彼は荷台の方を振り向いた。そのまま三つの顔を順繰りに見て、

 

「すいません、オレも相乗りしていいですか?」

 

 と問うた。

 3人は口々に答える。

 

「俺は大丈夫だけど……」

「フリーレン様。」

「私も構わないよ。まだ荷台はスペースが空いてるし。」

「ありがとう……! 実は歩き疲れててさぁ、今日中の到着は諦めてた所だったんだよ。あんたたちの心が広くて助かったぜ、やっぱ今日のオレは『ツイてる方』みたいだなァ。」

 

 ばっ、と軽やかな動きで荷台に乗った少年は、そのままどっかりと腰を下ろした。はぁ~、と身を沈める仕草からして、歩き疲れているというのは本当のようだ。

 奇妙な同乗者を思わず観察する3人の視線に気付き、少年は居住まいを正して忘れてたとばかりに自己紹介。

 

「オレはノイン。よろしく御者さん、お三方! お金なら多少余裕が出来たから、しっかりお礼は払わせて貰うぜ。」

 

 ノインと名乗った彼は、じゃら、と鳴る膨らんだ布袋(サイフ)を懐から取り出しながら、歯を見せて快活に笑った。

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