なんでも九倍にする魔法   作:龍川芥/タツガワアクタ

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×1 変な魔法

 勇者ヒンメルの死から29年後。北側諸国キュール地方。

 

 青空の下、ガラガラと馬車は森を往く。3人と1人を荷台に乗せて。

 

 フリーレン一行がオイサーストまでの道のりを馬車の荷台に乗って進んでいた最中のこと。その馬車にひとりの見知らぬ男が乗って来た。

 フェルン、シュタルクと同年代くらいの男――「ノイン」の相乗りを承諾したフリーレン達。そんな彼女たちに、ノインは金の髪を尾のように揺らしながら、人好きのする笑顔を見せた。

 

「シュタルクにフェルン、そしてフリーレンか。良い名前だな、フリーレンちゃん。」

「どうして? ノイン。」

 

 明るく快闊な声に、熱を持たず抑揚のない声が問う。するとすぐに快闊な声が返った。

 

「勇者一行の魔法使い、大魔法使いフリーレン様と同じ名前だからさ。良いなあ、オレもノインマー……ノインじゃなくて、ヒンメルとかハイターとかアイゼンって名前で生まれたかったぜ。」

 

 ノインの言葉に、彼とフリーレンを除く2人が反応した。

 ヒンメル、フリーレン、ハイター、アイゼン。それは今から約80年前に魔王を討伐した、この世で最も名高い『勇者一行』の四人組の名だ。だが2人――フェルンとシュタルクにとっては、それ以上の意味を持つ名でもあった。

 

「ノイン様は、勇者ヒンメル様が好きなのですか?」

 

 フェルンが師匠のものによく似た抑揚の薄い声で問うと、特大の笑顔と共にすぐに答えが返ってくる。

 

「そりゃあ大好きさ! 魔王を討ち倒した伝説の勇者ヒンメル! その英雄譚はガキの頃からオレの憧れだった。皇獄竜討伐の逸話なんか今聞いても胸が躍るね。彼はオレに勇気を与えてくれた英雄なのさ。」

 

 打てば響くとはこのことか。生来お喋りらしい男、ノインは尾のような金髪を揺らしながら続けた。

 

「そう、勇者ヒンメルならこう言うだろう。『故郷に閉じこもって運命に身を任せるのではなく、自分の力で道を切り拓くんだノイン!』ってな。」

「……なんかちがう。」

 

 とはフリーレン。しかしノインは譲らない。

 

「違うもんかよ! オレは勇者ヒンメルの英雄譚全てを知ってるんだぜ。いくらフリーレンちゃんが勇者一行の魔法使いと同じ名前でも、絶対にオレの方が勇者ヒンメルについて詳しいね。」

「……そっか。」

「諦めんなよフリーレン……」

 

 呆れたように呟いたのはシュタルクだ。

 本来余り口数の多くない3人……フリーレン、フェルン、シュタルクにとって、物怖じせずお喋りなノインは少し新鮮な存在だった。

 

 ガラガラと、馬車は道を往く。

 青空の下、風に乗るのは主にノインの楽し気な話口調。その語りは、良く通る声と相まって、不思議と吟遊詩人の語り口のようで3人を不快にはさせなかった。熱く、しかしどこか涼やかな声は南側諸国の夏の空を思わせる。雲の形が移ろう様に話が転がり、熱を持った頬に風が当たるように時に静かに。しかし鳥たちが歌うように退屈はさせず、陽光に負けないくらい空気を明るく温かくする。

 

 そんなノインの言葉の合間を縫って、フェルンは再び彼へ問うた。

 

「ノイン様も、一級魔法使い試験を受けにオイサーストへ?」

 

 彼女は彼の格好を見る。

 片膝を立てて座る、長い金髪を後ろで纏めた青年。動きやすく防寒性に優れた服の上から、明らかに動きの邪魔になるだろうローブを羽織っている。それは魔法使いのローブだ、と見る者が見れば明らかだった。

 問いに、やはりノインという男は隠し立てなく素直に答える。

 

「ああ。まあオレは五級の資格しか持って無いから、門前払いされる可能性もあるけどな。それでも『でっかくなるチャンスが転がってるなら迷わず行け』って勇者ヒンメルなら言うだろうし、オレもそうするのさ。」

「では、私たちと同じですね。」

 

 言えば、ノインの目がスッと細められた。そこにお喋りで陽気な男の面影は無く、ただ獲物あるいは外敵を見つけた猛獣にも似た笑みがあり。それが正面からフェルンを見ていた。

 

「馬車乗った時からピリピリ来てたんだよなァ。もしかしてフェルンちゃん、相当強い魔法使い?」

「……いえ、私は三級魔法使いです。」

「三級ってどんくらいの資格なのかよく分かんないんだけど……なら、強いのはシュタルクの方か?」

 

 獣の笑みのままのノインがシュタルクの方を向く。急に矛先が向いて来たことに多少面食らったシュタルクは、しかしそれ以上の動揺も無く言葉を返す。

 

「俺? そう言うノインの方こそかなり鍛えてるだろ。揺れる馬車の上でも重心が真っ直ぐだ。」

「それはシュタルクも同じだろ……ていうかおまえのがずっと安定してるだろ姿勢に重心。やっぱおまえだろうなこの感覚の元は。女の子たちの護衛って所か?」

 

 1人で勝手に納得したノインは、気付けばまたあの陽気でお喋りな男の顔に戻っていた。再び夏空を思わせる声でシュタルクに笑いかける。

 

「ま、なんにせよ強い戦士ってのは良いね、カッコ良い。斧を持ってる所も伝説の戦士アイゼンみたいだ。いやもしかして、戦士アイゼンに憧れて斧を選んだタイプだったりして?」

「あー、まあそんな所だ。」

 

 フリーレンの正体について言うべきか言わざるべきかと迷うフェルンとシュタルク、そしてぼーとしているフリーレンを置いて、ノインはその後も元気に喋り続けた。言葉を差し込む隙間など無い程に。それはやはり夏の空、あるいは夏の気まぐれな風のようで。騒がしく、されど楽しい時間をフリーレン一行に齎した。

 

 そんな出会いから数時間ほど。

 

「君たち、到着したよ。」

 

 御者の声で、3人と1人は同時に同じ方向を向いた。

 ガタン、と馬車が揺れ、その後揺れが規則的になる。煉瓦の道に乗り上げたのだ。

 

 涼やかな水のせせらぎに鳥の鳴き声。そして遠くから聴こえる生活の活気。

 

「もう見えていると思うけれど、この橋を渡った先が『魔法都市オイサースト』だよ。」

 

 橋の先に見える、門と城塞と天を突く塔。

 魔法都市オイサーストの全景が、魔法使いたちを歓迎するように視界いっぱいに広がっていた。

 

 

 

  ■ 1 ■

 

 

 

 オイサースト、大陸魔法協会・北部支部。

 

 受付にて、フリーレン一行、そして目的地が同じなため行動を共にしていたノインは、一級魔法使い選抜試験についての説明を受けていた。

 

「試験は二か月後になります。一級魔法使いの試験は3年に一度となりますのでご注意ください。」

「なぁんだ、結構余裕あったなァ。焦って来るんじゃなかったぜ。」

 

 ノインが頭の後ろで腕を組んで呟く。

 そんな彼のぼやきを無視し、受付の女性は話を続けた。

 

「それと受験資格に五級以上の魔法使いの資格が必要になります。」

「五級! ギリギリセーフで超ラッキーだ。フェルンちゃんも無事受験できるし……」

 

 やはりノインがいの一番に声を上げる。彼はそのままにぱっとした笑顔で背後を振り向き、

 

「フェルン、任せたから。」

「フリーレン様、私一人じゃ無理です。」

「……?」

 

 そんなやりとりを見て笑顔を疑問の表情に変えた。

 彼女たちの話がひと段落するのを待って、ノインはフリーレンに問いかける。

 

「もしかして、フリーレンちゃんも受けるの? 一級魔法使い試験は死者も出るって聞くぜ? 3年後でも遅くないんじゃ……」

「いえ、その。」

 

 どう言ったものか、とフェルンが困っていると、ノインとすっかり仲良くなったシュタルクがカバー。

 

「ノイン、気付いてなかったのか?」

 

 シュタルクはフリーレンを両手で抱えノインに近付ける。

 

「フリーレンを見て、何か気付かねぇ?」

 

 無表情ながらどこか憮然としているようにも見えるフリーレンを観察するノイン。

 前から横からじっくりと見て、不意に彼は声を張り上げた。

 

「その色素の薄い肌に髪、とんがった耳……まさか――!」

 

 そのまさかさ、とシュタルクが笑い、フェルンが気付きましたかという顔をして。

 

「――大陸の外から試験を受けに来た超天才お嬢様魔法使いだったりして!?」

「……私はエルフだよ、ノイン。」

 

 2人はずっこけ、フリーレンは短く訂正した。

 地面に下りたフリーレンの前で、ノインは顎に手を当てながら呟く。

 

「エルフって……聞いたことはあるな。ドワーフみたいに寿命が長い種族だとかなんとか。」

「そう。だから私は、ノインよりもずっとお姉さんだよ。」

 

 むふーと胸を張るフリーレン、己より頭2つは小さなその姿を見下ろしながら、ノインは一言。

 

「……どう見てもまだ子供では?」

「エルフの成長が止まる時期には個人差があるからね。私はこの姿のままで長い時間を過ごして来たんだ。」

 

 その説明を受け、フェルンとシュタルクの方を見て、担がれている訳ではないと悟ったノインは分かり易く驚いた顔で頭を掻いた。

 

「はえー、そうなのか。今まで子供扱いしてゴメンな、フリーレンさん。」

「やっぱり子供扱いだったんですね……」

 

 フリーレンをちゃん付けで呼び、事あるごとに「ベリー食べる?」「馬車酔いしてない?」「尻に敷くもの持ってる?」と気にしていた様子からそのことを薄々気付いていたフェルンは、謎が解けて思わず呟いたのだった。

 そんな彼女を置いて、子供ではないエルフとお兄さんぶっていた人間の会話は続く。

 

「フリーレンで良いよ。年齢を理由にさん付けされていたら、この街の全員にさん付けされることになっちゃうしね。」

「そっか、ならフリーレンで。んで、フリーレンは一級試験を受けたいんだよな。」

「でも私は魔法協会の資格を持っていないんだよね。聖杖の証ならあるんだけど……」

 

 フリーレンが取り出した古ぼけた「聖杖の証」。フェルンもシュタルクも知らないそれは、彼等と同年代の人間であるノインにとっても見知らぬもので。

 

「いや、ナニソレ。ならどうする? 二~五級の試験がこの二か月以内に行われないか聞いてこようか?」

 

 そう受付を指さしながら言っていると、その受付に居た魔法使いが「聖杖の証」を見て目を丸くした。

 

「ちょっと君。それ、見せて貰ってもいいかな?」

 

 その後なんやかんやあって、フリーレンは一級試験を受けられることになったらしい。

 

「……?」

 

 その様子に首を傾げるノインに、シュタルクは不思議がって話しかける。

 

「ていうかノイン、勇者一行のフリーレンのことは知ってるのにエルフのことは知らないんだな。」

「? どういう意味だよシュタルク?」

 

 シュタルクにとって、フリーレン=エルフの魔法使いというのは常識だった。故に勇者一行の冒険譚が好きなノインがそのことを知らないのが不可解だったのだ。

 そんな彼の疑問に答えるように、戻って来たフリーレンが口を挟む。

 

「……伝説というのは脚色されたりして変わっていくものだからね。ノイン、出身はどこ?」

「あー、『ルーガ』って分かるかな。」

 

 問われたことに素直に答えるノイン。だがその返答に、少し淀みがあったのをフェルンとシュタルクは察知した。それに気付いていないフリーレンは、今聞いた地名を記憶と照らし合わせる。

 

「ルーガ……南側諸国の都市だね。吟遊詩人たちが集まる歌劇の栄えた街だ。あの街なら、後世の創作が史実に混ざるのも納得かな。」

「……懐かしいな。よく劇場で勇者一行の冒険活劇を見たもんだ。ま、確かに創作が入ってないとは言わねえよ。大陸の端から端まで届く長さの蛇を斬り伏せたとか、戦士アイゼンはどんなに高い所から落ちても無傷とか、今思えば結構ぶっ飛んだ内容もあったし。」

 

 ノインの様子から、フリーレンが思い浮かべているルーガと彼の故郷は一致したらしい。

 歌劇の街ルーガ。その見た事の無い街の華やかな光景を空想していたフェルンは、ふと気になって訊いてみた。

 

「ルーガでは、フリーレン様のことはどのように伝えていたのですか?」

 

 フリーレンをエルフの魔法使いと語らない街の「勇者一行像」とは。それが気になったが故の単純な疑問だったが、帰って来たのはとても嬉しそうな笑みと、

 

「お、オレに勇者一行の冒険譚を語らせたら長いぜ?」

 

 という自慢にも似た言葉だった。

 そうして彼はフェルンが「長くなるならいいです」という言葉を挟む間もなく、歌劇の街出身らしい派手な身振り手振りと抑揚のある明朗な声で語り出す。 

 

「勇者一行の魔法使いフリーレンは最強の魔法使いにして勇者パーティーの紅一点! その魔法は海を割り天候を変える! 更にナイスバディの超美女で、勇者ヒンメルとは愛し合っているが魔王を倒すまで結婚はしないと女神様に誓ったことで旅先で様々なトラブルを起こすんだ。オレが好きなのは大魔族・不死なるベーゼに攫われたフリーレンを勇者ヒンメルが助ける話と、南側諸国の悪徳貴族に見初められ手籠めにされそうだったフリーレンを勇者ヒンメルが結婚式に乱入して助け出し、そのまま愛の逃避行をする話で――」

「……事実が捻じ曲がってるどころの話じゃないね。いったいどこからそんなストーリーが生えてきたんだろう……」

 

 どうやら話を聞く限り、ノインの中の「大魔法使いフリーレン」と「ここに居るフリーレン」がイコールで結びつかないのは当然らしかった。

 呆れたように溜息を吐くフリーレン。だが、彼女の後ろ2人の反応は違った。

 

「フリーレン様、ヒンメル様とそんなことが……」

「えっちすぎる……」

 

 やられていた。見事なまでに、歌劇の街が生み出した「センセーションでドラマティックなフリーレン像」に心を掴まれ真実だと錯覚していた。

 フリーレンは2人の目を覚まさせようと口を開く。

 

「だから後世の創作だってば。私の見た目から全然違うでしょ。」

「いやいや、オレが見た限り愛の逃避行編は真実だね!」

 

 だが、その言葉を素早く否定する声。ノインだ。彼も彼で良い反応を返す聞き手たちにノリノリになって声高に続ける。

 

「オレは本来冒険活劇の方が好きなんだが、愛の逃避行編は凄く印象深くてな! 物語のクライマックス、月夜の下でヒンメルはフリーレンを抱きしめながらこう言うんだ。『ああフリーレン、許されるなら今すぐ君と結婚してしまいたい。他の誰かに君を取られてしまう前に……』。そしてフリーレンはこう返す。『私もよヒンメル。でも私たちは女神様に誓ってしまった。魔王を倒すその日までこの想いは胸に仕舞っておくと……』。するとここで月が翳り、すかさずヒンメルがフリーレンを抱き寄せる! 『今だけは女神様も見ていないさ。フリーレン、愛してる』、そう言うと2人は熱い口付けを――ッ」

「え、えっちすぎます……っ」

「続きは、それから2人はどうなったんだ!?」

「……聞いてないし。」

 

 フリーレンが唇を尖らせてそう呟くものの、脚色された煌びやかな物語に夢中になったフェルンとシュタルクの耳には入っていなかった。

 ノインによる「勇者ヒンメルの大冒険 ~愛の逃避行編~」の再現公演は、熱の入り過ぎた彼らが魔法協会の建物から追い出されるまで続いたのだった。

 

 

 

  ■ 1 ■

 

 

 

「それじゃ、一級試験で会おうぜー!」

 

 そう言って魔法協会の建物の前で、ノインは笑顔でフリーレン一行と別れた。

 夕暮れの中、オイサーストの街並みを堪能しながらノインは呟く。

 

「良い人たちだったな~。シュタルクはともかく、フェルンとフリーレンは試験ではライバルか。試験の内容は分かんないけど、負けないように頑張らねーとなァ。」

 

 若獅子の如き彼の笑みは、その胸中が「ワクワク」という感情で満ちていることを雄弁に語っていた。

 一級魔法使い選抜試験。死者も出る上とんでもなく狭き門。普通に考えれば、五級の魔法使いが無策で挑んで良いものではない。だが、ノインはワクワクしていた。

 試練に立ち向かってこそ男の子――勇者ヒンメルならそう言う、と彼は確信しているから。

 

「おっと危ない、忘れるとこだった。とりあえず陽が暮れる前に宿を探さねーと。久しぶりにパンとスープが食いたいなァ。」

 

 じゃら、と鳴くずっしりと重い布袋(サイフ)片手に皮算用。これなら宿代も食事代も足りるだろう。これも盗賊のお陰、否女神様のお陰である。

 適当に宿の場所を聞いて回り、近場に会ったそこに足を運ぶ。どっしりと構える建物を見て、ここなら良さそうだと扉に手をかけようとした所で。

 

「あ。」

「ん?」

 

 ばったり、と。先程別れたフリーレン一行と再会したのだった。

 

「さっきぶりだね、ノイン。」

「……おっす。」

 

 『一級試験で会おうぜ』的な別れ方をした手前、これはすっごく恥ずかしいのだった。

 

「? 入んねえのか?」

「いや、入るよ……」

 

 羞恥に顔を染めながら、ノインは3人の後に続いて宿に入った。

 

 

 

 ■ 1 ■

 

 

 

 そうして、フリーレン一行と食事を共にした翌日。

 

 フリーレンとフェルンが一級試験について下調べをしたり、修行をしているのと時を同じくして……ノインとシュタルクは、平原で魔物の群れと戦っていた。

 

 大陸魔法協会には様々な任務が依頼される。魔獣や魔族の退治から運送仕事まで。それらの依頼には基本的に所属する魔法使いが駆り出される訳だが、協会未所属の魔法使いや戦士でも協力者として依頼を手伝う事が出来る。都市間の通り道に現れた魔物の群れ討伐も、そんな依頼のうちのひとつだった。

 

九倍にする魔法(クアドラータ)。」

 

 ノインが魔法を使い地を蹴れば、途端にその体は金の風と化す。

 瞬時に狼にも似た魔物の一匹に肉薄したノインは、反応される前に踵を落とした。骨肉を砕く一撃が魔物の頭蓋に炸裂し、瞬時にその命を刈り取る。

 

 それとは別の狼の魔物が、ノインを狙って背後から飛び掛かり。

 魔物の前に、赤い壁が立ちはだかった。壁――否、それ程の存在感を持つ戦士は、斧を振り上げ。

 

 閃天撃!!

 

 斧の振り下ろし、天にまで衝撃が届くだろう一撃が、魔物を一刀両断した。

 それを振り向きノインは思わず感嘆する。

 

「うっひゃ~、とんでもねぇな。」

 

 その声に、戦士・シュタルクは先の一撃に似つかわしくない覇気のない声で返す。

 

「そうか? そう言うノインこそ凄い身体能力だ。でも武道僧(モンク)とかじゃなくて魔法使い、なんだよな。」

「ああ。つってもオレのは魔法で体を強化してるだけだけどな。」

 

 ノインが再び高速移動し、魔物の腹を蹴り抜いて吹き飛ばす。

 

「『なんでも九倍にする魔法(クアドラータ)』。数でも数値でも能力でも、大体なんでも『九倍』に出来る。オレ以外の誰かが使ってる所を見た事ないマイナーな魔法だ。使い道は、今みたいに脚力を『九倍』にして敵を蹴ったりだな。」

「凄く便利に聞こえるけど。例えば硬貨を九倍に増やしたりさ。お金使い放題じゃん。」

「いや。『九倍にする魔法(クアドラータ)』で九倍に増やせるのは『魔法を使ってる間』だけだ。魔法を使い続けるには魔力が居るし、魔法が途切れたら元に戻る。それに魔法自体には『なんでも九倍にする』ポテンシャルがあっても、オレにその全てを具現化するだけの力は無いんだよ。」

「?」

 

 魔物を斧で切り裂きながら話に耳を傾けていたシュタルクは、ふとそのことに気が付いた。

 シュタルクはフリーレン・フェルンという魔法使いと旅をしている。だから魔法使いの戦い方は知っている。あまり体は動かさず、魔法で攻撃し魔法で防御する。だがノインは、フリーレンたちがよく使う『一般攻撃魔法』や『防御魔法』を使う様子がない。それこそ武道僧(モンク)のように、強化した身体能力だけで魔物を倒している。

 それに気付かれたことに気付いたノインは、独り言のように顔を向けず溢す。

 

「……オレは普通の魔法が苦手なんだ。『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』とかな。そっちの腕は今の五級が限界だ。才能が無くてな。同じように戦士の才能も無かった。魔法が無ければオレの腕はシュタルクの五分の一、いや十分の一が良いとこだろうさ。」

 

 魔物がノインに襲い掛かる。

 だが彼は冷静だった。杖の先に手を当て、(あか)く輝く魔力を放ちながら「その剣」を抜く。

 

 ――炎の魔剣を鍛つ魔法(レーザテイン)

 

 紅蓮の剣。世界を真っ赤に染める灼熱の刃が杖の先に現れ、振り抜かれたそれが魔物を両断、更に業火で焼き尽くした。

 魔法で作った炎の魔剣を握りながら、ノインはシュタルクの方を振り向いて続ける。

 

「でもこういう『変な魔法』だけは覚えられた。才能があったんだ。だからオレは変な魔法(そいつら)を武器にするしかなかった。」

 

 全滅した魔物たち。

 彼らが魔力のチリとなって消滅していくのを見ながら炎の剣を消したノインに、シュタルクは。

 

「……でも、俺にはノインが凄く楽しそうに見えるぜ。」

 

 彼の顔を見ながらそう言った。

 途端、ノインはにっと歯を見せて楽しそうに笑う。

 

「ああ、最高だ。だって、そんなオレが一級魔法使いになれたなら、勇者ヒンメルの冒険譚と同じくらいカッコいいだろ?」

 

 きらきらと輝くその瞳は琥珀の色。あるいは甘い蜂蜜か、朝焼けに見る黄金(こがね)の光。

 子供のような感情が、期待に瞬くその瞳が、夕暮れを迎え撃つように、いずれ来たる試練を見据えていた。

 

 

 そうして。

 二か月の時は矢のように過ぎ、全ての魔法使いに平等にその日はやってくる。

 

 一級魔法使い選抜試験、間もなく開幕。

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