なんでも九倍にする魔法   作:龍川芥/タツガワアクタ

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×2 第一次試験

「ノインの魔法は、魔族の魔法に似ているね。」

 

 一級試験の1ヶ月ほど前だったか。

 魔力のチリになって消滅する魔物の群れの中、炎の剣を消すノインに向けて、フリーレンは言った。

 振り向いたノインの視線を受けながら彼女は続ける。

 

「原理の分からない呪いに似た魔法を、分からないまま無理矢理人類の魔法体系に落とし込んでいる。細かい調整とか難しいでしょ。一体誰から教わったの?」

「先生――あー、北部高原出身の魔法使い。戦場帰りだったらしいけど。」

 

 その答えで彼の師の人となりが分かった訳ではあるまい。だがフリーレンは確信を持って断じる。

 

「それを教えた人間は変わり者だ。魔族の魔法ばかりを模倣し、身につけて弟子に教えたんだ。そしてそれを使えるノインも変わり者だ。私にはその魔法は使える気がしない。」

 

 魔族の魔法、人類のそれとは大きくかけ離れた技術――呪い。それを模倣するのは才能の域だ、とフリーレンは言う。それも特殊な、王道からは大きく外れた才能だ。原理が分からないモノを原理が分からないまま使う……まっとうに優れた魔法使いほど、そういう事は出来なくなる。

 それらを踏まえて、フリーレンは平素と変わらぬ熱の無い声で問うた。

 

「魔族の魔法は、基本的に戦闘のことだけを――相手を殺すことだけを考えて設計されている。ノインはどうしてそんな魔法を身につけたの?」

 

 深遠なる叡智を湛えた(みどり)の双眸が、ノインをまっすぐに捉えていた。

 悠然と佇む霊峰を見たときのような、静かに流れる大河を見たときのような、そんな気持ちを見る者に抱かせる眼だ。即ち、人間では及ばない、遥か昔から存在するものが放つ特有の気配を持つ超然とした眼。たかだか20年すら生きていない人間の偽りや誤魔化しなど、瞬く間に見透かす眼だった。

 それを真っ向から受け、ノインは口を開く。

 

「――」

 

 その答えに、フリーレンは――。

 

 

 

  ■ 2 ■

 

 

 

 勇者ヒンメルが魔王を討伐してから79年後。

 オイサースト、大陸魔法協会・北部支部。

 

 協会内の一室に集まった魔法使いたち――受験者たちの中で、金の髪が尾のように揺れていた。

 

「(ついに来たか、この日が。)」

 

 あっという間の二か月間だったなと呟くのは――登録名『ノイン』。五級魔法使い。全くの無名。

 金の髪に琥珀の目を持つ年若い青年は、ともすればこの中で最下位の位置に居る存在かもしれない。だが、だからこそ燃える、と彼は笑う。

 

「(勇者ヒンメルの冒険譚、第一章だ。勇者ヒンメルが故郷の街を出立したとき、彼が本当に魔王を倒すと信じたものは誰も居なかった。そう、先のことなんて誰も分からない。だからこそ『未来』には、全霊で挑む価値がある。)」

 

 子供の頃夢中になった冒険譚。それがまだ、己の胸の中心で燃えているのをノインは感じる。その炎の色は蒼、名は憧れ。憧憬とは即ち理想であり、ここまでこの体を運んで来た原動力だ。

 溢れんばかりの炎が宿った胸を抑え笑う。深く、深く。武者震いに体がぶるりと震え、待ちきれないと心臓が騒ぎ出すのをノインは強く感じていた。

 そんな中、不意に周囲のざわめきが鎮まった。部屋前方、ステージに1人の男が姿を現したからだ。

 

「――これより、一級魔法使い選抜試験を行う。」

 

 第一次試験官、一級魔法使いであるゲナウの声が会場に響いた。

 ノインは笑みを消し、一言一句を聞き逃さぬよう耳を攲てる。

 

「(おっと、内容を聞き逃さないようにしないとな。)」

 

 それを待っていた訳ではないだろうが、ゲナウの言葉は一拍を空けて続いた。

 

「それでは第一次試験の内容を発表する。パーティー戦だ。総勢57名。三人一組のパーティーに分かれ試験を受けてもらう。では組み分けを行う。」

 

 言うや否や、ノインの手の中に腕輪が出現する。否、会場に居る全ての魔法使いの手元に、だ。

 必要最低限の装飾が為された腕輪を見れば、その側面には数字が彫られていた。

 

「ふぅん? 腕輪に書かれた数字が同じ奴と組むのか。お洒落だな。」

 

 ノインの腕輪の数字は「17」。言うならば第17番パーティーに組み分けされた、といったところか。

 人見知りせず物怖じも知らないノインは早速「17番の腕輪の人ー!」と手を上げて叫ぼうとし……そして辛うじて踏みとどまった。

 

「(ん? なんで皆黙ったまま動いてんだ?)」

 

 そう。室内はほとんど無声なほど静かで、けれど皆一様に移動しパーティーメンバーらしき相手と顔を合わせている。

 ノインは改めて腕輪を見つめ……腕輪に魔力が籠っていること、その魔力が隣の見知らぬ魔法使いの腕輪の魔力とは違うことに気が付いた。

 

「(成程、同じ魔力を探せば分かり易いのか……ていうかそういう試験か、コレ。あっぶね、恥掻くとこだったぜ。)」

 

 ノインは遅まきながら気付き、魔法を発動。

 

「(感覚を九倍にする魔法(クアドラータ)でオレの魔力感知能力を強化……さて、オレと同じ魔力の腕輪は、と……)」

 

 「普通の魔法」に限定すれば絶対に五級程度の腕しかないノインでも、流石に感覚を『九倍』すればかなり正確に魔力を識別することが出来る。

 人垣を掻き分け、彼は己の腕輪と同じ魔力の元へ。

 

「――君らがオレのパーティーメンバー?」

「そのようじゃな。」

 

 ノインの前に居たのは……。

 ストロベリーブロンドの髪を肩辺りで切り揃えた少女と。

 年上だろう禿頭の男性。

 

「オレはノイン。これからよろしく!」

 

 邪気も考えも無さそうなその明るい挨拶に、パーティーメンバーの2人は少し表情に困ったのだった。

 

 [第17パーティー]

 エーデル 二級魔法使い

 ブライ  三級魔法使い

 ノイン  五級魔法使い

 

 

 

  ■ 2 ■

 

 

 

 北側諸国・グローブ盆地。第一次試験区域。

 

「第一次試験の具体的なルールを説明する。」

 

 試験官・ゲナウは晴天の下、鳥籠を掲げながら受験者たちに語る。鳥籠の中には、オレンジ色の羽毛に身を包んだ小鳥が一匹。

 

「この試験区域には隕鉄鳥(シュティレ)という小鳥が生息している。各パーティーにつき一つ籠を配置しておいた。

 第一次試験の合格条件は二つ。

 明日の日没までに隕鉄鳥(シュティレ)の入った籠を所持していること。

 その時点でパーティーメンバー全員が揃っていることだ。

 基本的に行動は自由だが、試験区域の外側に出たものが居た場合は、その所属パーティー全員をその場で失格処分とする。」

「区域を囲むように塵一つ通さないような強力な結界を張っておいて良く言うぜ。」「出られるわけないのにね。」

「それでは第一次試験を開始する。」

 

 第一次試験、開始。

 

 

 数分後。開始地点から少し離れた場所。

 ノインは倒木と岩にそれぞれ腰を下ろしたパーティーメンバーを、そしてエーデルの持つ鳥籠を見ながら問う。

 

「エーデルちゃん、ブライ、鳥を掴まえるための魔法って覚えてるか?」

「そういうおまえはどうなんだ? ノイン。」

 

 ブライの質問返しに、ノインは特に気を悪くした様子も無く顎に手を当てて記憶を浚う。

 

「オレが覚えてる中で役に立ちそうなのは……『髪の毛を蛇にする魔法(スラジハール)』か『魅了する魔法(ファシルリード)』辺りかな。」

「……聞いたことの無い魔法ばかりじゃな。」

 

 古風な口調で放たれるエーデルの呟きに、ノインは立てた指を適当に振りながらつらつらと答える。

 

「『髪の毛を蛇にする魔法(スラジハール)』は千切った髪の毛を蛇に変身させたりする魔法。これなら普通の蛇が獲物を取るときの真似をさせることで鳥を捕まえられるかもしれない。『魅了する魔法(ファシルリード)』は目が合った相手に親密感を抱かせて警戒心を解いたり攻撃を封じたりする魔法だ。ただ人間以外に効果があるかは分からねえし、そもそも魔法の成功率は20%くらいだな。オレこの魔法苦手だから。」

 

 それらはやはり、エーデルたちにとっては聴き馴染みのない魔法だった。ノインという、魔法協会に所属している2人からしても見知らぬ魔法使いと同じように。

 

「後は『九倍にする魔法(クアドラータ)』のゴリ押しくらいか。ま、オレの方はそんな感じだな。」

 

 そう語ったノインは2人を見る。視線が、最初の質問がまだ有効であることを暗に語っていた。

 ふぅ、と息を吐き、エーデルが顔を上げる。

 

「……なら、隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえる役目は儂が一番向いていそうじゃな。」

「エーデルちゃんはどんな魔法を使うんだ?」

「ちゃん付けで呼ぶな。儂の一族は精神魔法を使う。発動条件は目を合わせ『声』をかけることじゃ。そうすれば相手を操れる。動物にも心はあるから、至近距離で目さえ合えば捕まえられるじゃろう。」

「へえ、スゲーんだなァエーデルちゃ……エーデルは。オレの『魅了する魔法(ファシルリード)』の上位互換じゃん。」

「そうでもない。儂自身、精神魔法以外の戦闘力は皆無じゃ。戦闘はブライとノインに任せるしかない。」

「なら任せろ! オレは専ら荒事専門だからな。」

 

 ぱしんと力こぶを叩いて笑うノイン。

 そんな彼に聴こえないように、ブライはエーデルに小声で問う。

 

「良かったのかエーデル。自分の魔法を明かして。」

 

 第一次試験はパーティーどうしの協力が不可欠の試験。だが第二次試験以降のことを考えると……もしそれがトーナメント戦のような対人戦だった場合、自分の手の内を知られるのは出来るだけ避けたい。特にそれが、協会で顔見知りになった訳でもない、見知らぬ魔法使いなら猶更だ。

 だが、エーデルは。

 

「構わぬ。どうせ一次試験を突破するためには、いつか明かさなければならないことじゃ。……それにノインは己の魔法の情報を一切隠さなかった。これで儂らだけ魔法を隠したままなのはフェアではないじゃろう。」

「……そうだな。」

 

 ブライもノインに己の魔法を明かし、森の中で第17パーティーは始動した。

 

 

 

  ■ 2 ■

 

 

 

 隕鉄鳥(シュティレ)を探し、試験区域内の森を彷徨うエーデル、ブライ、ノイン。

 

 数時間ほど歩き回り、大きな湖に出た所で、彼等は他者の魔力を感知した。

 対岸の方で水が物理法則を無視して動いている。魔法だ。

 

「遠いのう。隕鉄鳥(シュティレ)を見つけたのか?」

「オレが見てみる。視力を九倍にする魔法(クアドラータ)。」

 

 ぎゅん、と拡大された視界には、魔法を行使する栗色の髪の快活そうな少女と、その後ろに控える2人の少女……いや、そのうち1人は。

 

「フリーレンだ。」

 

 思わず呟くのと、水が螺旋を描いて天へと伸びるのは同時だった。思わずそちらを見やれば、魔法で操られた水が追っているのはオレンジ色の小鳥。

 瞬間、水が凍り、鳥の半身が氷の彫像の中に閉じ込められる。

 

「すげえ。フリーレンたち、もう隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえやがった。」

「なんじゃと? ノイン、詳しく――」

 

 だが、エーデルが問いただすより一瞬先に事態は動いた。

 対岸の上空、氷の彫像を破壊して、何かが高速で飛び去ったのだ。

 

「なんだ? 速すぎて見えなかった。今のは……」

 

 ノインが「何か」の尾を追って遠くの空を睨む。

 そんな彼の背後で、エーデルが呟く。

 

隕鉄鳥(シュティレ)……本で見た程度の知識じゃが、極めて頑丈で、最大飛行速度は音速を超える鳥らしい。捕まえるのは容易ではないということじゃろう。」

「……そんなの砲弾とほぼ同じじゃねーか。こんな籠で捕まえられるのか?」

「いや、この籠には分かりにくいが魔法がかかっている。むしろこの籠でなければ捕まえておくのは難しいのだろう。」

「成程ね。物理的拘束に強い鳥か……やっぱりエーデルの精神魔法に頼るしかないかもなァ。」

 

 頷き、水筒に水を補充するノイン。

 そんな彼の背にエーデルは話しかける。

 

「……今、名前を呼んでおったな。知り合いが居たのか?」

「ああ。フリーレンってエルフの魔法使い。2か月前からの付き合いだが、お互いの合格を祈るくらいには仲が良い筈だぜ。」

「ならば、今のパーティーが隕鉄鳥(シュティレ)を取り逃がしたことは寧ろ幸運じゃったな。」

「? どういう意味だよエーデル。」

 

 首を捻るノインに、エーデルは「やはり気付いておらんかったか。」という言葉を飲み込んだ。

 

「今言うことでもあるまい。それより、明るいうちに隕鉄鳥(シュティレ)を探すべきじゃ。」

「お、賛成。成果が欲しくば行動あるのみ、ってヤツだな!」

 

 呑気に笑うノインに、エーデルとブライは本日何度目かの溜息を吐いた。

 

 

 

 ■ 2 ■

 

 

 

 その後、飛ぶように時間は進む。

 草を掻き分け、沢を渡り、魔法使いたちは隕鉄鳥(シュティレ)を探す。

 

 次第にパーティーは大きく分けて二種類の動きを取るようになった。

 即ち、水場に陣取るパーティーとそうでないパーティーである。

 隕鉄鳥(シュティレ)は生物なので、必然生命維持に水を必要とする。()()()()()隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえようとするパーティーが、試験区域内で最も大きい湖にて待ち伏せをする作戦を考えるのは自明の理だった。

 エーデル、ブライ、ノインの第17パーティーも、そう考えたパーティーのひとつだった。

 無暗な捜索を打ち切り湖に戻る一行。その途中で彼等は「それ」を見つけた。

 

 時刻は夕暮れ。

 木々に囲まれた森の中、三人は頭上ただ一点を見つめて立ち尽くす。

 

「これは……」

「酷いな。」

 

 木の幹に、べっとりと血が付いている。まだ乾いていない。それは木の上から流れて来たものだ。

 上を見れば、枝に死体が引っ掛けられるようにして放置されている。死体の格好から見て魔法使い、受験者だろう。虫が寄り付いていないとことを見ると、まだ腐っていない……数十分から数時間前に殺されたばかりのようだ。

 そんな死体が3つ。どこかのパーティーが全滅していた。

 

 顔を顰めたノインは、木々の方に一歩近づく。死体をあのままにしてはおけない、という彼の背は。

 

「待て。これは屍誘鳥(ガイゼル)という魔物の罠じゃ。死体の魔力を探知してみろ。」

 

 というエーデルの言葉に引き留められた。

 ノインがひとまずその言葉に従って魔力探知を行う……と、死体を死体のものではない魔力がうっすらと覆っているのが分かった。その死体と繋がった魔力の紐は更に上に、空の方に伸びている。

 彼がそれに気付いたのを見計らってエーデルは続けた。

 

「分かったじゃろうノイン。屍誘鳥(ガイゼル)はこうやって次の獲物を呼び寄せる。哀れじゃが、この死体は放置するしかない。」

 

 エーデルもそしてブライも、魔物の所業に良い気分をしていないことは表情からして明白だった。だがこれは罠なのだと己に言い聞かせている。

 

 ぐ、とノインは拳を握り。そして。

 

「……そうだな。エーデルとブライは下がっててくれ。」

「は?」

 

 もう一度、死体の吊るされた木の方へと歩き出す。

 死体の方を、上を見上げ、そしてノインは足に魔力を集中させた。

 

「――紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)。」

 

 バチッ、と紫電が奔った。それはノインの足に纏わり付き、そのまま紫電の(ひづめ)と化す。

 そのまま紫電に覆われた足を階段を登るように虚空に踏み出せば、何もない空間を確かに踏みしめてノインの体は宙に浮かんだ。死体の吊るされた上を目指して。

 

 それを見ていたエーデルは、呆然と口を開く。

 

「何を、しておる?」

「ああ、オレは飛行魔法が苦手でな。飛行魔法と同じことをしようと思ったら、空中を歩けるようになるこの魔法に頼るしかないんだよ。」

「違う。今の話を聞いておらんかったのかということじゃ。」

 

 エーデルの詰問に、しかしノインは振り向かずに背を向けたまま答えた。

 

「聞いてたぜ。一から十までな。()()()()()()。」

「な、んじゃと?」

 

 バチッ、と紫電が奔り、その度ノインは一歩上へと空中を登っていく。

 

「――屍誘鳥(ガイゼル)って魔物が居る。そいつらは死体を餌に次の獲物をおびき寄せる。知識が無ければ、もしくは魔力探知が苦手なら不意打ちを喰らう……そもそも魔法使いを殺せる魔物なんだ、そうなりゃまず新たな死人が出るだろう。そうならないように何かが出来るのは、今の話を聞いたオレだけだ。」

 

 何もない虚空をその足が踏みしめる度に、紫の雷が音と光を伴って叫ぶ。

 遂に死体の放置された枝と同じ高さまで辿り着いたノイン、その背にエーデルは信じられんと声をぶつける。

 

「馬鹿な。メリットが無い。それではリスクを冒して競合相手を助けてしまっている。」

 

 そうして。

 血塗れの死体を、己が汚れることなど意にも介さず両手で優しく抱いたノインは。

 此方を見上げる2人の方を振り向いて、寂しそうに悲しそうに微笑んだ。

 

「馬鹿でも良い。でも殺されたのは、これから殺されるかもしれないのは、競合相手じゃなくて人間だ。誰かに愛されて、誰かを愛して、そしてこれからもそうするハズだった『人間』なんだよ、エーデル、ブライ。」

 

 ふわりと落下したノインが死体を優しく地面に降ろすのと、羽音と共に地面を黒い影が覆うのは同時だった。

 

「下がっててくれ。これはオレの我儘だ。」

 

 ノインは振り向き、再び素早く空中へと走る。

 木々の上。此方を感知して襲撃して来たのは……人よりも一回り巨大な怪鳥、鳥の魔物・屍誘鳥(ガイゼル)の群れ。

 そんな群れの一匹に、ノインは空中を蹴りながら接近し。

 

脚力を九倍にする魔法(クアドラータ)。」

 

 紫電が昇る。

 雷鳴を轟かせる剛脚の一撃が空を一色に染め上げ、軌道上にあった屍誘鳥(ガイゼル)の上半身を消し飛ばした。

 

 そのまま襲い掛かってくる次の敵に、ノインは杖を虚空から取り出し。

 

炎の魔剣を鍛つ魔法(レーザテイン)。」

 

 杖先に超高熱の炎の刃を生み出し振るうことで、その体を袈裟切りに、更に焼却することで迎撃する。

 

 2体の屍誘鳥(ガイゼル)を瞬く間に葬ったノイン。

 彼は(あか)の残光を纏いながら、あの双眸を、とある問いを思い出す。

 

『魔族の魔法は、基本的に戦闘のことだけを――相手を殺すことだけを考えて設計されている。ノインはどうしてそんな魔法を身につけたの?』

 

 そして彼は飛び込んだ死地にて、あの時と同じ答えを呟いた。

 

「――決まってるだろフリーレン。オレは、カッコよく悪を切り裂く勇者ヒンメルに憧れたガキなのさ。」

 

 ……そうだった。あの時フリーレンは笑ったのだった。少女の無垢さを、母の慈愛を宿す眼で、オレに誰かの面影を重ねながら。

 

 勇者ヒンメル。オレが生まれる前には死んでいた、会ったことも無い伝説の勇者。

 だがその冒険譚なら知っている。劇場で、書の中で、何度も何度も繰り返し見た。

 その高潔なる生き様、勇敢なる魂を、オレは知っている。誰がなんと言おうと知っているのだ。

 

 ――勇者ヒンメルならきっとこうした。

 命を懸ける理由など、その確信だけで十分だった。

 

 紫電を纏う蹄で空中に立つ魔法使い。

 ここで屍誘鳥(ガイゼル)たちも、この人間がただの獲物ではないことを認識したようだった。

 油断なく此方を睨む無数の眼と殺意に囲まれながら、勇者に憧れた魔法使いは怒りと共に杖を構える。

 

「かかって来いよ卑怯者共。足りない鳥頭でいっちょ前に考えた作戦、逆利用して全滅させてやっからよ!」

 

 紫雷の蹄が空を蹴り、炎の魔剣が振るわれる。その度屍誘鳥(ガイゼル)が一匹また一匹と墜ちる。

 それは舞いのようだった。否、舞踏ならぬ武闘か。だがどちらにせよ、目を奪われる程美しい光景であるのは確かだった。

 夕暮れの空、世界を覆わんとする闇を退けるように、赤と紫の光が瞬く。

 敵を切り裂く赤の剣。

 敵を蹴り抜く紫の蹄。

 それらを操る魔法使いは、夕暮れあるいは夜明けを凝縮したような、黄金(こがね)の尾を引く流星であった。

 流星が踊る。血と死とを声高に呼びながら、しかして彼等に囚われぬように。

 

長さを九倍にする魔法(クアドラータ)!」

 

 炎の魔剣が、途端に九倍の長さの刀身(リーチ)を得て横薙ぎに振るわれた。業火の刃が一刀の元に数多の敵を捉え、その須らくを二つに分かれた灰燼へと帰す。

 その一撃で屍誘鳥(ガイゼル)が5体は消滅した。

 だが彼等はまだ残っていた。その内の一匹が同胞の敵とばかりに翼をいからせ、大技直後で隙の出来たノインの頭蓋を嘴で貫かんと飛翔し。

 

 半透明の防御魔法が、鳥の嘴を受け止めた。ノインの防御魔法ではない。彼は防御魔法が苦手だし、今の不意打ちに気付いていなかった。

 ノインはすぐに振り向き、己を助けた者の顔を見る。

 それは飛行魔法で空を飛ぶ禿頭の魔法使い。

 

「――ブライ? どうしてここに……」

「決まってるだろ。おまえが一人で戦って死ねば俺たちは失格だ。なら()()で戦った方が合格できる可能性は高い。」

 

 一時地面に避難する両者。彼等を残った1体が追撃するために急降下。

 そんな屍誘鳥(ガイゼル)の前に、ストロベリーブロンドの髪を風で靡かせた少女が立ち塞がった。

 

「エーデルまで。」

「……魔物にも心はある。人間のそれとは性質が異なるだけでな。隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえる前の予行演習としては丁度いいじゃろう。」

 

 エーデルは屍誘鳥(ガイゼル)としっかり視線を合わせ、その尻尾に襲われる前に『声』を発する。

 

動くな。

 

 ぴた、と屍誘鳥(ガイゼル)の動きが止まった。

 精神魔法によって震える程度しか動けなくなった屍誘鳥(ガイゼル)と目を合わせたまま、エーデルは背後の仲間に告げる。

 

「じゃが怖いものは怖い。ノイン、早くトドメを刺せ。」

「っはは、了解!」

 

 腕力を九倍にする魔法(クアドラータ)によって強化された拳が屍誘鳥(ガイゼル)の頭部を打ち抜き、最後の一体は絶命した。

 

 魔力のチリへと分解される死体の前で、同じくチリに還っていく返り血を払うノインを見ながら、エーデルは溜息と共に呆れた声を出す。

 

「……しかし、魔法使いの誇りも何もない滅茶苦茶な戦い方じゃな。」

「なんだよそれ。勇者ヒンメルみたいなカッコイイ戦い方、って言ってくれよ。」

「それにしたって飛行魔法が使えないのはどうかと思うがな。」

「うるせぇ、ほっとけ。普通の魔法は苦手なんだよ。」

 

 いらぬ苦労をして魔力と神経を使った3人の、しかしどこか晴れやかな顔を、沈みゆく夕陽が照らしていた。

 改めて死体を下ろし、そして3人で跪いて死者の冥福を女神様に祈る。これも試験のことを考えれば無駄な時間だ。だが彼等は結局、誰も文句も言わずそうした。

 祈り終わったノインが、普段の快活さと異なる静かな声で2人へ言う。

 

「エーデル、ブライ。オレたちはきっと誰かを救ったぜ。勇者ヒンメルみたいに。」

「人助けは試験の合否に関わらんがな……」

「それはそうかもしれない。でも、試験中もそれ以外の時間も同じ『オレの人生』だ。合格するかどうかより、試験中も今まで通して来た信念を変わらず貫くことの方が大事だろ。ソレを曲げてまで得たものに価値なんてあるもんかよ。」

 

 それは余りに理想を重んじた生き方だ。そう言い返すのは簡単だった。

 だが、不思議と正しいと感じた。そう在りたいと思わせられる言葉だった。

 

「……まったく。じゃが、特権に目が眩み試験の空気に呑まれていたのも事実か。」

 

 エーデルはノインの方へ向き直り、その細い手を彼の前に差し出した。

 

「?」

「あの時、きちんと返事をしていなかったと思っての。」

 

 組み分けの時。『オレはノイン。これからよろしく!』という言葉に、2人は結局挨拶を返さなかった。そのことを言っているのだとノインにも分かった。

 

「エーデルじゃ。改めて、よろしく頼む。」

「ブライだ。試験にのめり込む余り礼儀を欠いていた。すまなかったな。」

 

 2人の手を順に取りながら、ノインはにっと目を細めて心底嬉し気に笑う。

 

「こちらこそ、改めてよろしく。このパーティーなら絶対合格できる、頑張ろうぜ!」

 

 試験開始から初めての、そして第一次試験期間中最後の夜が来る。

 未だ隕鉄鳥(シュティレ)を手に入れられていない第17パーティーは、しかし訪れた夜に焦りも恐れも抱いては居なかった。

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