なんでも九倍にする魔法   作:龍川芥/タツガワアクタ

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×3 対人戦の時間

「『紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)』は、大陸の外の『キリン』って魔獣を参考にして作られた魔法らしい。キリンは雷の魔法を使う魔獣で、その蹄で空気を踏み締め天を駆けるんだって先生が言ってたなァ。条件が整えばその魔獣の必殺技も再現できるんだけど……ま、少なくともこの試験中は、空中を歩けるようになるのと蹴った相手に電撃を浴びせるだけの魔法だな。」

 

 パチパチと、焚火の音が鳴る。

 湖のほとり。火の粉を散らす焚火の(あか)が、此方に手を伸ばして来る闇を辛うじて払いのける冷たい夜。朱色の灯りを囲んで、第17パーティー、エーデル、ブライ、ノインの三人は言葉を交わし合っていた。

 ノインの魔法の説明に、ブライが己の禿頭を撫でながら口を開く。

 

「一から十まで聞いたことが無いな。開発したのは誰だ?」

「知らねえ、魔族の誰かだってことだけは分かるけど。先生の一族は魔族を倒すために魔族の魔法を模倣した魔法使いの家系で、それらを子々孫々に受け継いで来たんだと。」

「……悲しいものじゃな。」

 

 エーデルがそう呟けば、ノインも同意するように苦笑した。

 

「ああ。『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』が人間のものになってから、私の一族のやってきたことは殆ど無駄になってしまった……って先生は言っていた。魔族の魔法は、とんでもない大天才が集まって解析しない限り、それこそオレみたいなヤツ――『魔法』の才能は無いけど『変な魔法』の才能はある残念なヤツくらいにしか覚えられない。効果も魔力効率も有名な魔法に比べれば微妙だ。そんな不便なものが『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』の汎用性に勝てる訳ないからな。」

 

 パチパチと、焚火の音。湖面が風に揺れる音。木々が小さく身じろぎする音。

 しばしの沈黙の中、ノインは首を上に向けて言葉を続ける。虹色に蠢く半透明の結界の向こう、星々の瞬く夜空を目を細めて見つめながら。

 

「でも、先生の一族の努力は決して無駄じゃない。オレが一級魔法使いになれば、きっとそれも証明される。」

 

 柔らかい(あか)に照らされたその瞳は、星を映してか金の色に輝いているようにも見えた。闇の中にて尚消えぬ、朝焼けの瞬間のあの色だ。

 

「……それが、ノインが一級試験を受ける理由か?」

 

 ブライが問えば、ノインは緩やかに首を振る。

 

「いや、確かにそういう気持ちもあるが、一番はそこじゃない。オレはこの試験には『挑戦する価値がある』と感じた。男の子だからな、偉業を成し遂げてみたかったのさ。オレの心の中心にあるのはいつだって、極めて個人的なくだらない我欲だ。」

 

 そう言って彼は、照れくさそうに笑った。それを非と思う者はこの場には居なかった。

 

 談笑はしばし続く。

 時に鍋を囲みながら、お気に入りの冒険譚を声高に紡いで仲間に聞かせる。硬いパン、適当な野菜と干し肉を入れただけのスープも、吟遊詩人が如く歌劇をお伴にすれば中々色のある食事に変わる。

 魔法を使いつつ鍋と食器を洗い、再び何も挟まず三人で焚火を囲んだ所で、エーデルは真面目な顔で切り出した。

 

「――これからは対人戦の時間になる。隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえようが、捕まえまいがな。」

「? どういうことだよエーデル。」

 

 エーデルは焚火の灯りの中に持っていた籠を置くと、それを指さしながら話し始めた。

 

隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえられたなら、その時点で目標は『隕鉄鳥(シュティレ)を他パーティーに奪われない事』に変わる。試験官は『隕鉄鳥(シュティレ)を自力で捕まえろ』などとは一言も言っておらんかったからな。」

「そういえば……試験官はただ『二度目の日没までに隕鉄鳥(シュティレ)の入った籠を持ってたら合格』って言ってただけだったな。」

「つまり他パーティーから隕鉄鳥(シュティレ)を奪う事はルールで認められているという事じゃ。」

 

 三人の間にあった空気が少し硬質になった気がした。

 焚火に照らされた空の籠。それはつまり試験の合格基準を満たせていない状況であり……それと同時に、焚火を囲んで食事をするという目立つ行為が許される条件でもある。

 

 それを仲間に理解させた所で、エーデルは彼らの顔を順に見ながら言う。

 

「……明日の方針を決めるべきじゃ。他パーティーから隕鉄鳥(シュティレ)を奪うか、それとも自力で隕鉄鳥(シュティレ)を探すか否か。」

 

 その言葉に、先に手を挙げたのはブライ。

 

「俺は捜索に一票だ。エーデルは戦闘力が無い。それに精神魔法なら、見つけた段階で隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえられるかもしれない。ノイン、おまえは?」

 

 ブライに話を振られたノインは、顎に手を当て俯きながら少し悩んで……そして顔を上げた。

 

「どっちも、ってのは駄目か?」

「……隕鉄鳥(シュティレ)を自力で探しながら、隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえている他パーティーを見つけたら仕掛けるということじゃな?」

「そうだ。」

 

 エーデルの確認に頷くノイン。ブライは慌てて口を挟む。

 

「いや、それは不味くないか。まず『鳥を探す』のと『人を探す』のでは勝手が違う。最悪どちらも見つけられない可能性が増す。それにエーデルが戦えない問題はどうする。」

 

 しかしノインの回答は早かった。

 

「オレの魔法なら、人探すのも鳥探すのも一緒だ。それにエーデルは戦える、と思う。むしろ対人戦で一番強いかもしれない。」

「何?」

 

 後半の部分に怪訝な顔をするブライに、ノインは人差し指で頭を指しながら言う。

 

「精神魔法だよ。これさえ決まれば、人質を取って隕鉄鳥(シュティレ)を渡させるなり直接操って隕鉄鳥(シュティレ)の入った籠を貰うなりやりたい放題だ。」

「……成程。確かに、エーデルの魔法の発動条件を知られていない不意打ちでなら可能性はあるかもな……」

「しかも決まればほぼ勝ち確定だ。なにせ相手を操れるんだからな。」

 

 ここで今度はエーデルが口を挟む。

 

「おい、儂抜きで話を進めるな。精神魔法はそんなに便利なものではない。相手との力量差や精神防御の強さ等の様々な条件でどこまで操れるかは大きく上下するのじゃぞ。」

 

 そんな彼女の方を振り向いて、ノインは悪戯っぽく笑う。

 

「でも選択肢として検討する価値はある。だろ?」

 

 む、と押されたように後ろに傾いたエーデルは、やがて諦めるようにはぁと小さく溜息を吐いた。

 

「……否定はせん。確かに、完璧に精神魔法が決まってしまえば鳥も人も同じじゃ。操って隕鉄鳥(シュティレ)を手に入れられる。」

「なら決まりだ。作戦を詰めよう。それにどちらにせよ、試験区域内に隕鉄鳥(シュティレ)が何羽いるかは分からない……最悪もう全ての隕鉄鳥(シュティレ)が捕まえられている可能性がある以上、他パーティーとの戦闘を最初(はな)から除外して考えるのは悪手だと思うぜ。」

 

 それを先に言え、というツッコミも入りつつ、三人は「対人戦」を想定した作戦会議を開始した。

 そろそろ新しい焚火の薪が必要になるくらい時間が経った頃、作戦会議がひと段落したのを見計らって、エーデルが呆れたような声を出す。

 

「しかし、思ったより発想がえげつないのノイン、おぬし。勇者に憧れているというから、もっと清廉な男なのじゃと思っていたが……」

「馬鹿言えよエーデル。勇者が知略を駆使して戦うのは当たり前だぜ? 例えばそう、あれは勇者一行が悪名高い断頭台のアウラを討伐した時のこと――」

「また始まったか、ノインの冒険譚語りが。」

「こうなると長いからのう……」

 

 もう眠いんだけどな……という二人の声を掻き消す明朗な語り口。

 この一日で随分と打ち解けてしまった三人は、もう暫く焚火を囲むことにした。

 夜はまだ長く、しかして時間は矢のように。

 夜明けと共に間もなく来るだろう試験二日目。それが波乱を連れてくることを、受験者の全員が予感していた。

 

 

 

  ■ 3 ■

 

 

 

 一次試験二日目、朝。

 森の中、魔力を抑えた三人の魔法使いが、身を屈め顔を寄せ合っていた。ストロベリーブロンドの髪の少女、禿頭の体格の良い男、そして長い金髪を後ろでひとつに纏めた青年の三人組だ。

 金髪の青年、目を閉じて集中していたノインが不意に声を上げる。

 

「聴こえた。隕鉄鳥(シュティレ)の鳴き声だ。それと人の会話の声……知ってる声だ。」

「……既に隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえた他パーティーか。」

 

 ストロベリーブロンドの少女、エーデルはごく小さな声で言葉を返す。至近距離での大声は「索敵中」のノインの耳に大きなダメージを与えることを知っていたからだ。

 ノインは聴力を九倍にする魔法(クアドラータ)でその聴力を強化していた。それにより人間レーダーとして、試験開始前ゲナウの説明を聞きながら聞いていた隕鉄鳥(シュティレ)の鳴き声を森の雑音の中から聞き分けていた。

 

「しかし、凄まじい聴力じゃな。」

「元から耳は良いもんで。それより声の感じから、相手は西南西の方角で距離は恐らく100m程。どうする、仕掛けるか?」

 

 森の中の100mは、遠い。木々が遮蔽になり様々な環境音が音を殺し、普通ならお互いの存在には気付けない。気付けるとしたら「魔力」……そう魔法使いは考える。

 魔法使いは魔力の隠蔽に気を遣うが、物音には無頓着な者が多い。パーティーで行動しているなら会話をしなければならないし、隕鉄鳥(シュティレ)を捕まえているならその鳴き声も隠せない。故に超人的な聴力を用いた「音」での索敵は効果的と言えた。

 半面、100mの距離なら魔力探知の精度も弱まる。魔力を抑えたエーデル、ブライと、自己内で魔法を完結させ極力魔力の放出を抑えたノインなら、まだ相手には気付かれていないだろう。

 奇襲の条件は整った。後は、実行するか否か。

 

「――やるぞ。これを見逃した後に隕鉄鳥(シュティレ)が見つかるかどうかは分からぬからな。だが今は早朝じゃ、手に入れても守り切るリスクがあることを考えると、無理と判断出来たら余力を残して引くべきじゃろう。」

「分かった。やれそうならやる、くらいの気持ちで行けってことだな。」

「ああ。それ以外は『作戦』通りに、じゃ。」

 

 エーデルの決定に、二人も頷いた。

 そのまま彼等は、発見したパーティーに魔力を隠したまま接近を始めるため立ち上がる。

 

「いよいよ始まるな。」

 

 ノインの呟きに、「なにが」と問う者は居なかった。

 ただ第17パーティーの三人は、それぞれ真剣な顔で一歩を踏み出した。

 

 

 

 同時刻。

 第1パーティー……フェルン、ユーベル、ラントの三人は、森の中を歩いていた。ユーベルの腰には隕鉄鳥(シュティレ)の籠。

 適当に雑談しながら歩く彼女らは、不意に立ち止まることとなる。

 

 ガサ、と近くの藪が揺れたのだ。

 獣か、それとも人か。

 三人は全員、警戒しながらその方向に杖を構える。

 そして、三つの視線の中藪からするりと出てきたのは……。

 

「……蛇?」

 

 金色の鱗を持つ蛇。体長2m程か。そこまで大きくも危険そうでもない。

 だが三人は杖を下ろさない。魔力探知が僅かに反応している。

 

「この蛇、魔力が――」

 

 フェルンの鋭い感覚がそれを見抜いた瞬間だった。

 

 蛇の真後ろ。音も無く現れた金髪の男が、ユーベル目掛けて杖を振るう。

 

 紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)

 

 紫電、一閃。

 雷撃を纏った蹴りが空気を焦がしながらユーベルを蹴り抜く。否、蹴り抜いたのは空気に溶けるその残像。

 野生の勘とも言える超反応で奇襲を回避したユーベルだったが、しかし不意の蹴撃を完璧には避けきれず、その腰に付けていた籠に蹴りが当たる。

 

 衝撃により籠を腰に固定していた紐が千切れ、隕鉄鳥(シュティレ)が入った籠がユーベルから切り離され空中を舞う。

 それが地面に落ちる前に、二撃目。雷の踵が頭上から降り。

 

 轟音を響かせる落雷の蹴りが、地を砕いた。

 

 がしゃ、と地面に転がり落ちる籠。

 二撃目を回避したユーベルが襲撃者――ノインの首目掛けて杖を突き出すのと、ノインが杖の切っ先をユーベルの首元に突き付けるため手を伸ばすのは同時だった。

 杖先がぶつかり、鍔迫り合う。

 同様に両者の視線がぶつかり、お互いの表情……獲物を前にした獣の笑みと、殺人者の薄ら笑いを目の前にして、両者は全く同じ形に口を動かした。

 

「「対人戦の時間だ。」」

 

 瞬間、フェルンが振り向いてノインに杖を向け。

 

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)。」

速度を九倍にする魔法(クアドラータ)ッ。」

 

 速射された白の魔弾、肉を穿つ無慈悲な光の矢を、魔法による高速移動で回避するノイン。金の尾を引くその体は風より早く軽やかに死を躱す。

 間合いが空いたノイン目掛け、ユーベルは接近。その首目掛けて何の躊躇いも無く魔法を放つ。

 

大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)。」

「! 炎の魔剣を鍛つ魔法(レーザテイン)。」

 

 無色の斬撃と(あか)色の斬撃が激突する。

 ギィン! と甲高い金属音を響かせ、無色の斬撃は弾かれた。ノインの背後、両側の木が見えない力に切断されるも、斬撃を弾いたことでノイン自体は無傷。

 

 杖先から炎の刃を具現化させたノインは、油断なくユーベルを睨みながら「魔剣」を構える。

 

「殺気が凄いなアンタ。そっちがそのつもりならオレも殺す気でやるが、構わねえよな?」

「良いね。そう来なくちゃ。」

 

 「殺し合い」の気配に、ユーベルが不気味な笑みを更に深める。

 その悪癖を察していたラントが、最初の蛇を念の為破壊しながら声を上げた。

 

「馬鹿、伏兵を警戒しろユーベル――」

 

 瞬間、ノインの反対側、つまり蛇が出て来た藪の近くから二人の魔法使いが現れた。

 

「(伏兵――)」

 

 最も早くそちらを振り向いたのは、フェルン。構えた杖先から一般攻撃魔法(ゾルトラーク)を放ち、更に防御魔法の準備も完璧。並の奇襲ならばその反応速度の前に無力化されていただろう。

 だが。

 

 エーデルの横に居たブライの防御魔法が、フェルンの魔法を紙一重で防ぎ。

 フェルンとエーデルの眼が、合う。

 

「(素晴らしい反応。だがその反応速度が命取りじゃ。)」

 

 それは相性の問題だった。

 エーデルの使う魔法は、防御魔法では防げず。

 更にその「言葉」は、フェルンが次の魔法を放つよりも一瞬速い。

 

跪け。

 

 がくん、とフェルンの膝が落ちた。

 彼女の精神防御を、精神魔法の名手たるエーデルが突破したのだ。

 

 作戦その一。不意打ちでエーデルが精神魔法を使い、誰か一人を支配する。

 

 フェルンが動きを止めたのを見て、ブライが素早く叫ぶ。

 

「ノイン、計画通りだ。そいつを引き離せ!」

「了解!」

 

 脚力を九倍にする魔法(クアドラータ)の蹴りがユーベルを襲う。咄嗟に盾で防いだ彼女だったが、岩をも砕く蹴りの威力を殺しきれずにその細い体は森の奥へと吹き飛んだ。彼女を追ってノインも森の奥へ。

 

 作戦その二。囮役が敵を一人(できれば二人)支配した魔法使いから引き離して時間を稼ぐ。

 

 エーデル、ブライは第二段階の成功を見届けると、残った一人……ラントに意識を集中させた。

 ブライに彼に杖を向けさせながら、膝を地面に付け動けないフェルンと目を合わせたままのエーデルは意識だけをラントの方に向けながら告げる。

 

「おぬしの仲間を精神魔法で支配した。儂の言葉ひとつで自害させられる。おぬしが怪しい動きを取れば……分かっておるな?」

 

 その言葉の意味を、ラントは聡明な頭脳ですぐ理解した。

 

「……交渉か。」

「その通りじゃ。隕鉄鳥(シュティレ)の籠を渡してもらうぞ。断ればおぬしの仲間を殺す。そうすればおぬしらは隕鉄鳥(シュティレ)を失う前に失格じゃ。」

 

 作戦その三。操作あるいは人質交渉で隕鉄鳥(シュティレ)を奪う。

 

 ラントからも、そしてエーデルとブライからも少し離れた地面に転がった籠。その中で隕鉄鳥(シュティレ)が鳴いている。

 突如訪れた窮地の中で、ラントは普段通りの表情で眼鏡をくいと押し上げた。

 

 

 

 場面はユーベルとノインの方へ。

 吹き飛ばされたユーベルはしなやかに設置し素早く杖を構える。追って来たノインはそれを見て追撃を諦め立ち止まった。その一連に互いは互いの力量を見る。

 3m程距離を空けて、森の中で両者は睨み合う。

 先に口を開いたのは、ユーベル。

 

「――二人きりになったってことは、もっと激しく遊んでくれるって考えていいのかなぁ? お兄さん?」

 

 刃を抜く直前の緊張感などまるで感じていないような軽口だった。

 ノインもそれに倣ってか軽い口調で返す。

 

「あっちの仕事が終わるまで、な。」

 

 予兆は無く。

 瞬間、両者は動いていた。

 

大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)。」

炎の魔剣を鍛つ魔法(レーザテイン)。」

 

 ノインの手で振るわれた炎の剣が、魔法の刃を迎え撃つ。激突に散る火花はノインの顔を照らし、響く剣戟に似た音はユーベルの耳を悦ばせる。

 斬、と魔法の余波が、ノインの背後の木々を切り倒した。しかし当のノインは無傷。炎の剣が魔法の刃を弾き防いだのだ。

 

 その光景が、二度、三度と続く。その度響く剣戟音と倒れる木々。

 風を断つような炎の剣閃。空を裂くと共に残る赤の軌跡が幾重にも重なり、不可視の刃の悉くを打ち落とす。その火の粉散らす鋭い剣技は、正に「飛ぶ鳥を落とす」が如くであった。

 

 無駄を悟ったか、不意にユーベルの杖先が下がった。

 くるん、とノインが魔剣付きの杖を優雅に構えなおすのと、ズゥン、と幹を両断された木々が倒れる音が響くのは同時だった。風に揺れる髪に構わず、ユーベルは魔法の代わりに言葉を放つ。

 

「やるね。戦士みたいな太刀筋だ。その『剣』もなんだか切れる気がしない。」

「そっちこそおっかない魔法使うじゃねーか。」

「お、いいね。お喋りは嫌いじゃなさそう。私は饒舌だからさ、付き合ってくれると嬉しいな?」

「オレは会話(そっち)だけでも良いんだけどなァ。これでも詩吟には自信があるぜ?」

「残念だけど、私は()()()がやりたいんだよね。」

 

 同時、ユーベルの杖が振るわれ。

 放たれた斬撃魔法を、ノインが咄嗟に炎剣で弾く。ガギン、と先よりも鈍い音。火花の残光を残し、再びノインの背後だけを切り裂く魔法……否。彼の頬に新しく刻まれた浅い傷から、頬につうと一筋の血が流れる。

 それを見ながら、ユーベルは(わら)い言葉を続ける。

 

「殺し合い。」

 

 爬虫類が獲物を()め付けるような、不気味で陰惨な薄ら笑いだった。

 整った顔、長い睫毛の下で此方を睨む双眸は、全てを呑み込む深淵の(いろ)でノインを見ている。

 目は口程に物を言う。彼女が何を考えているか、ノインは推測するまでもなく察した。

 

「(コイツ、オレの目的が時間稼ぎだって分かってるな。分かったうえでオレと戦うことを選んでいる。戦いそのものを楽しんでんのか。)」

 

 そう。あの眼は血と殺しを愉しみ、獲物を甚振ることを良しとするいかれた殺人者の眼だ。

 

「――悪趣味だな。」

 

 ノインは言い放ち、笑みを消して炎の剣を構えた。

 灼熱の切っ先を向けられたユーベルは首を傾げる。

 

「あれ? お兄さんも同類だと思ったんだけど、違った?」

「ああ。オレが好きなのはカッコイイことだ。人殺しは趣味じゃねえ、あんましカッコ良くないからな。手を汚すのは相手が殺しに来たときだけだ。」

「……なぁんだ、残念。でも良かった、殺し合いはできそうだね。」

「不本意ながら。アンタがオレを殺しに来るのならそうするしかないってワケだ。」

 

 沈黙が降りる。ひゅう、と風が両者の間を吹き抜け。

 

 ギィン!! と。

 魔法の刃が再度激突する。

 

 敵の魔法を切り払ったノインは、炎の剣の間合いに敵を捉えるため前へ。そしてユーベルは……同じく前へ。

 

 ノインの武器は剣、ユーベルの武器は魔法。間合いが遠い方がユーベルにとっては好都合のハズだ。明らかに常軌を逸した行動。

 当惑さえ入り込めぬ刹那。炎の魔剣の間合いに、ユーベルの体が入る。

 ノインは衒い無く、悪手を打ったユーベルの首を狙って炎の魔剣を抜刀。炎が唸りを上げてその細い首を断ち焦がさんと迫り。

 

 ガギン! と炎剣が防がれる。

 ユーベルの防御魔法。それが必殺の一撃を防いでいた。

 

 ニイ、とユーベルが笑みを深め、至近距離のノインに杖先を向ける。

 

大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)。」

 

 ――鮮血が舞う。

 

「……あれ。今の避けられるんだ。」

「ふぅ、アッブねえ……」

 

 ユーベルが振り向いた先に彼は居た。

 咄嗟に速度を九倍にする魔法(クアドラータ)で回避したノイン。だがその右肩、避けきれず負った浅い傷から血が流れている。

 右腕をぐーぱーと握り動きを確認するノインに指を突き付け、ユーベルは言う。

 

「お兄さん、さっきから防御魔法を使ってないよね。そっちの方が簡単に私の魔法を防げるのに。今も防御魔法を使えばいいのにわざわざ避けた。」

「……普通の魔法は苦手なんだよ。防御魔法に関しては、使えるには使えるが咄嗟に出ないって感じだな。」

「ふぅん、隠さないんだね。防御魔法より回避が好きなのは私も同じだし……やっぱり残念、共感出来たらもっと楽しかっただろうなぁ。」

「悪いが、オレは勝つために戦うタイプでな。『死にたがり』とは共感できねえよ。」

「……当たり。」

 

 ぴく、とユーベルがその言葉に反応した。それでも表情は薄ら笑いのままだったが。

 

 「死にたがり」。ノインが彼女をそう評したのは彼女の戦い方故だ。

 ――もし防御魔法が『炎の魔剣を鍛つ魔法(レーザテイン)』を防げなければ、もし防御魔法の発動が0.1秒遅れていたら、もし狙いの予測を誤っていたら……それでユーベルの首は飛んでいた。

 間合いを詰められた結果の最終手段としてそれを使うのは分かる。だがその一か八かを自ら進んでやりにいくのはとんでもない馬鹿か、それよりも酷い「死にたがり」だけだ。

 

「……こういう手合いは、正面からやっても不利なだけだな。」

 

 ノインはそれなりの実戦経験を持っている。過去戦った相手には、今目の前に居る相手と同じような「死にたがり」も居た。

 こいつらはまともな恐怖心を持たない。だから躊躇なく己の命を賭けのテーブルに乗せられる。そして分がいいと見てそれを取ろうとしてきた相手の命を逆に捥ぎ取るのだ。

 彼等とやるなら「殺し合い」だけはしてはいけない。それはあっちの土俵だから。上手い命の賭け方も、それを使った相手の釣り方も、彼等は全部知っている。皮肉なことに、命を軽く扱う者ほど、より詳しく命の価値を分かっているのだ。

 その上で彼等のような存在を殺さなければならないなら……。

 

 ノインは杖ごと魔剣を消した。軽く目を見張るユーベルの前で、徒手にて構えを取る。

 

「……何のつもり?」

「見ての通り。殺し合いより殴り合いのが好みでね。」

 

 「死にたがり」は命が賭かった勝負は強い。読みも鋭く判断も速い。

 だがそうでない勝負のときは、たいていポテンシャルを発揮しきれない。

 

「行くぜ。」

 

 ノインはわざわざそう宣言し、魔法を使わず地を蹴った。

 

「(武器無しで突進……魔法で高速移動もしていない。何のつもり?)」

 

 ノインの突進速度は十分目で追える。魔法も使わずただ走っているだけだ。それではこちらの間合いに入る前に魔法が二回は打てる。

 ユーベルは意図の読めない疾駆に一瞬迷って、とりあえず魔法で迎撃することにした。

 

大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)。」

 

 それを見たノインの行動は――跳躍。

 両の足で強く地を踏み、2m程の跳躍で斬撃を躱す。

 

「(空中……杖も無し、飛行魔法を使う気配が無い。隙だらけだ。)」

 

 ノインは空中で右足を振り上げて踵落としの準備。だがそれが降るよりも、絶対に魔法を打つ方が早い。飛行魔法で躱す気だとしても、飛行魔法発動のために必要な杖を出していないためこちらの魔法が当たる方が早いだろう。

 ユーベルは杖先を空中のノインに向け、魔法を――。

 

紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)。」

 

 一手先に、杖無しで発動可能なその魔法が行使され。

 ノインの両脚の爪先に雷の蹄が現れ、振り上げられた右足が「空を蹴った」。

 『紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)』は空を足場とする魔法。虚空を蹴り天を進むその蹄には、上向きだろうが下向きだろうが全ての空気が足場となる。

 天を蹴り急降下するノインの肉体は、鋭角の軌道を描いて魔法発動前のユーベルへと迫り。

 

「我流武術――」

 

 紫電猛槌(しでんもうつい)!!

 

 紫雷の蹄が、雷鳴と共に地面を蹴り抜いた。大気を衝撃が叩き、『着弾点』の周囲をバチバチと電光が駆け巡る。

 それは、敵を猛追する雷の槌。

 最初に空を蹴ることで空中で軌道を変える雷の踵落としが相手を襲い。

 ()()、地面に炸裂することで周囲に放電した紫電が躱した相手を追撃する。

 

「(電撃か。体が痺れる……)」

 

 咄嗟に魔法発動を諦め踵落としを回避したユーベルだったが、二の矢たる電撃までは防げなかった。紫電が彼女を捉え、その総身に牙を立て纏わりつく。

 膝を付き動きが鈍ったユーベルに、ノインはすかさず追撃……はしない。電撃で鈍るのは肉体だ。魔法の反撃を考え距離を取り――素早く「それ」を持ち上げる。

 

腕力を九倍にする魔法(クアドラータ)!」

 

 それは、ユーベルが切り裂いた樹木。地面から切り離されたそれを持ち上げたノインは、放物線を描くようにそれを投擲する。

 投げては次を。投げては次を。

 三つの木、投擲されたそれが落ちるのは……ユーベルの頭上。影がユーベルの体を呑み込む。

 

 ――魔法というのはイメージの世界。

 ノインのなんでも九倍にする魔法(クアドラータ)はこの世の全てを九倍にする可能性を秘めている。だがその魔法は、ノインのイメージ力という限界で縛られている。

 この魔法で「九倍」にできるのは、ノインが正確にイメージできるものだけ。例えば自分の能力等、自分で正確に把握できるものが殆どだ。彼のイメージ力はそこまで高くない。

 だが。

 今しがたこの手で投げたものの重量ならば、それが九倍になった所まで正確にイメージできる――。

 

質量を九倍にする魔法(クアドラータ)。」

 

 投げられた木の砲弾が、魔法で九倍の質量を与えられユーベルに迫る。

 

「(電撃の痺れで回避を封じた……死にたくないなら素直に防御魔法を使えよ『死にたがり』。)」

 

 防御魔法は魔法的な攻撃には強いが、物理的な質量にはそこまで強くない。

 「圧倒的な質量による攻撃」。それが防御魔法を砕くためノインが用意した必殺技。九倍された樹木の質量とそれが生み出す落下のエネルギーは、防御魔法を打ち砕くには十分だ。

 

 己目掛けて落下してくる「死」を前に、死にたがりの少女は……笑った。

 

大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)。」

 

 斬、と。

 落下してくる木が無色透明の刃に真っ二つに両断され、ユーベルの両側にそれぞれ落ちた。衝撃、揺れ、土煙……その中心で、ユーベルは無傷で立ち上がりノインの方を振り向く。

 そしてあの薄ら笑いで、何でもないように言うのだった。

 

「岩を使えば良かったのに。どんな魔法をかけようが、木は『切れる』でしょ。」

「……ハッ、そりゃごもっともだなァ。」

 

 どういう魔法がかけられたかも分からないのに、『木は切れる』という理屈だけで木を切断し生き残った。

 ……これだから「死にたがり」は厄介だ。死に惹かれているハズの彼女たちは、どうしようもなく命を賭けるのが――生きるのが上手い。

 ノインも再び杖を取り出す。

 第二ラウンド。明確なゴングもなしに、その開始を両者は感じ取り。

 

 ぎゃ、という男の声が、森の奥から耳に飛び込んで来た。

 

「(――悲鳴!?)」

 

 そしてノインには、その声の主が誰だか分かった。今のはブライの声だ。ということは……ブライと、彼が護衛をしていた戦闘能力のないエーデルが危ない。

 ノインの脳内は、一瞬で戦闘から逃走に切り替わった。

 

(わり)ぃな、急用を思い出しちまった。」

「折角楽しくなってきたとこなのに、無粋だね。逃がすと思ってるの?」

 

 笑みを消したユーベルに、ノインは逆に笑って返す。

 

「いいや? だからこうする。髪の毛を蛇にする魔法(スラジハール)。」

 

 後ろでひとつに纏めた金色の髪をぶちりと千切り魔力を込める。すると髪の毛が一匹の金色の蛇へと変わる。

 魔法で作った蛇をユーベルの方に投げながら、ノインは更に別の魔法を発動。

 

大きさを九倍にする魔法(クアドラータ)――足止め頼むぜ。」

 

 魔法の力で「九倍」に巨大化し、先程の木よりも長く太い体を手に入れた蛇が牙を剥いてユーベルに飛び掛かる。巨大な口に生えた牙は剣のように大きく、人間を容易く丸呑みに出来るだろう。

 だが、その程度で臆するユーベルではない。

 

「舐めてるの? この程度――」

 

 ユーベルが魔法で蛇の胴体を切断。軌道が逸れた蛇の首を無視し、そのままノインを攻撃しようとして……。

 落下する蛇の口から、新しい()()()の蛇が飛び出して来た。

 

 ノインは最初に髪の毛を二本千切り、一本だけを蛇に変化、二本目の髪の毛を蛇に咥えさせる。

 そして蛇を巨大化させたときに再び『髪の毛を蛇にする魔法(スラジハール)』を発動、巨大な一匹目の口の中で二匹目を生み出したのだ。

 

 二匹目の金の蛇がユーベルの首にがぶりと噛みつき、細長い体を巻き付けて全力でその首を絞める。

 しかし巨大化していない蛇の牙は頸動脈には届いていない。首を絞める力の方は中々だが、意識が落ちるよりもユーベルの反応の方が早かった。

 ユーベルは杖を己の首に向け魔法を発動、ばつん、と蛇の胴を両断する。皮一枚とはいえ己の首さえ巻き込む躊躇のなさだった。

 ツー、と首の浅い傷から血を流すユーベルは、そんなこと気にも止めずノインの方を向き直り。

 

「ちえ。逃がしたか。」

 

 そこにはもう誰も居なかった。

 

 

 

 対して、撤退したノイン。

 

速さを九倍にする魔法(クアドラータ)。」

 

 ノインは高速で森を駆ける。もうひとつの戦場は近い。すぐに木々が開け、そこに居る者たちの姿が明らかになる。

 状況は……。

 

 倒れたブライ。その背後に立つメガネの魔法使い。その横にエーデル。エーデルの視線の先にまだ動けないらしいフェルン。そして、四者と少し離れた場所に隕鉄鳥(シュティレ)の入った籠。

 

 判断は一瞬だった。

 ノインは超速で真っ直ぐにエーデルとブライに接近、目にも止まらぬ速さで彼女らを両手で抱え、そのまま紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)を使って空中に離脱する。

 

 追い詰めていた魔法使い二人が目の前から忽然と消えたラントが振り向く――よりも速く、エーデルとの視線が切れた()()は再起動。

 最速の魔法使い、フェルンが離脱するノインの背を捉える。それを察してノインも振り向く。

 

魅了する魔法(ファシルリード)――」

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)。」

 

 白い魔弾が()()()、空を裂きながらノインに迫る。刹那に並ぶフェルンの魔法とラントの魔法。

 フェルンの魔法はノインの頭の上を掠め、ラントの魔法がノインの足を少し抉った。だがそれは痛手にはならず、そのままノインは遮蔽の影に消えていった。

 

 

 追撃が無いことを悟り、ノインは二人を抱えて走りながら小さく安堵の息を漏らす。

 

「フェルンちゃんが、オレが防御魔法苦手なこと知ってて良かったぜ。それが無かったら今頃オレの頭は吹っ飛んでるな。」

 

 フェルンの最後の一撃。あれは間違いなく「外してくれた」一撃だ。『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』は一般攻撃などと謳っているが、人体を容易く消し飛ばす威力がある。そしてフェルンの技量なら、まず間違いなくあの状況で狙いを外さない。

 つまりノインは、フェルンの心優しさによって命拾いしたという訳だ。あるいは師匠であるフリーレンの教育方針のお陰とも言えるかもしれない。

 

「結局『魅了する魔法(ファシルリード)』も不発だし……やっぱ駄目だなこの魔法。」

 

 フェルンに向けて使った精神魔法も不発。魔法が失敗したのか精神防御に防がれたのかまでは分からないが、ともかく窮地を切り抜けるための魔法としては微妙だ。

 

 と、右手側に抱えた禿頭が弱々しく呻いた。

 

「うう……すまんノイン。」

「大丈夫だって、どっちも生きてて良かったよ。それよりエーデル、何が起きた?」

 

 左手側に抱えた少女に聞けば、彼女はブライとは異なり気丈な声で答える。

 

「分からんが……恐らく幻覚魔法じゃ。気付いた時にはあのメガネがブライの背後を取っておった。儂らに初見殺しの策があったように、あちらにも初見殺しの技があったのじゃ。」

「そりゃしょうがないな……オレがブライの立場でも絶対引っかかってるし。」

 

 と、ここでエーデルが問い返す。

 

「それよりも。ノイン、何故儂らを助けるのを優先した?」

 

 その問いは、先の状況を加味してのもの。

 

隕鉄鳥(シュティレ)の籠は地面に落ちていた。魔法で強化された速度なら儂らを助ける前に一瞬で籠を拾いに行くこともできたハズじゃ」

「……そうだな。でもその『一瞬』でエーデルたちが殺されたかもしれない。」

「殺されんかったかもしれんじゃろう。少なくとも儂が逆の立場なら迷った。だがノイン、おぬしは迷いさえしなかったように見えたぞ。」

 

 ノインは数十秒前の状況を思い出す。

 倒れたブライ。その背後に立つメガネの魔法使い。その横にユーベル。ユーベルの視線の先にまだ動けないらしいフェルン。そして、四者と少し離れた場所に隕鉄鳥(シュティレ)の入った籠。

 あのとき、メガネの魔法使いと目が合った。あいつは「迷っていた」。試験の為、己の手中にある命を摘むかどうか。

 

「……嫌だったんだよ。あの時、エーデルとブライの命はメガネの魔法使いの手の中だった。その状況が嫌で、一刻も早く二人をそこから逃がしたかった。隕鉄鳥(シュティレ)なんかどうでもよくなるくらいな。」

 

 言葉は返ってこない。それをどう解釈したか、ノインは続ける。

 

「ああ、分かってるよ。これは極めて個人的な、くだらない我欲だ。でもオレは、そういう我欲を叶えるために生きているんだ。」

 

 ごめん、と小さく溢したノインに、エーデルは。

 

「……ならば、そのくだらない欲に感謝せねばな。迷わず儂らを助けてくれてありがとうじゃノイン。嬉しかったぞ。」

 

 思わずノインはエーデルを見る。

 彼女の微笑、それが伝えたい感情が怒りではなく感謝だと、その一瞥で理解できた。

 エーデルは最初から礼が言いたかったのだ。己を合格させる隕鉄鳥(シュティレ)よりも、自分たちの命を取ってくれてありがとうと。

 それに気付き、ノインは笑った。戦闘中に見せる獣のそれとは違う、柔らかい人間の笑みだった。

 

「ははっ、どういたしまして。」

 

 と、ここで反対側から弱々しい声。

 

「見捨てないでくれてありがとなノイン……」

「おまえはもうちょい元気だせよブライ。らしくないぜ?」

 

 笑い声を森に放ちながら、彼等第17パーティーは敗走する。

 隕鉄鳥(シュティレ)は奪えず、ノインは傷を負い、ブライは体が痺れて動けない。だがそれを「敗北」と悲しむ者は三人の中には居ない。

 何故なら……三人は誰も死んでおらず、誰も重症ではなく、誰も魔力を使い切ってはいない。

 それが少なくとも「敗北」と呼べないことを、彼等は確信していた。

 

 「敗北」とは試験の失格だ。彼等は敗走を喫したが、失格になどなっていない。

 日は未だ昇っている最中。

 一次試験二日目にして最終日は、まだ始まったばかりだった。

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