なんでも九倍にする魔法   作:龍川芥/タツガワアクタ

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×5 葬送のフリーレン

 曇天、結界が壊され遮るもののない灰色の空の下。

 その男は決闘を申し込んだ相手を見やる。

 

 魔法使いフリーレン。1000年という途方もない時間――己の全人生の50倍もの時間を生き、その膨大な時間の中で魔法を磨いてきたのだろうエルフの大魔法使い。

 風に揺れる二つ括りの髪は新雪を思わせる銀糸が如く。端正な顔を飾る碧眼は、底の見えない叡智を湛えて大河のように揺るがず、此方を静かに見据えている。杖を手繰る手に一切の迷いは無く、魔力はその表情と同じで昂ぶりひとつなく凪ぐ。彼女の堂々たる立ち姿は、正に御伽噺の中から出て来た英雄のよう。

 

 見る限り、魔力量はこちらと同じくらい。体格は少女然としているのでこちらが有利。

 だが、魔法使いとしての実力は――おそらく「天地の差」。彼女が呼吸と同じように使う魔法の多くが、こちらからすれば一生かかっても会得しえないものだろう。

 

 ……試験の内容からすれば、彼女と戦う必要は無い。一対一の戦いなど猶更だ。己の選択が仲間に負担とリスクを強いるものであることも理解している。

 それでも。決闘が成立した今、彼女を打倒すれば隕鉄鳥(シュティレ)の入手……即ち試験の合格は確定する。ならば挑むべきだ。どれだけ恐ろしく、勝ち目の見えない戦いだとしても。

 この壁に挑まないことを選んだならば――その時点でこの19年の人生は意味を失うのだから。

 

 とある男の生き様に憧れ得た「勇気」。

 とある女に師事して会得した「魔法」。

 それこそが理想を目指し積み重ねた「魔法使いノイン」のアイデンティティ。

 その全てを賭すべき試練として、眼前の相手は全く以て不足無し。

 

「では、いざ尋常に――」

 

「「――勝負。」」

 

 言葉が重なり。

 瞬間、ノインは地を蹴った。

 

速度を九倍にする魔法(クアドラータ)。」

 

 同時、魔法が発動され、その体は一陣の風に。黄金の風と化した彼が相手の元に到達するのに必要なのは1秒も要らぬたったの「三歩」。

 ――一歩、体は風と化し。

 金の尾を引く颶風が、間合いを詰めんとフリーレンへ疾駆する。

 対してフリーレン。その熱を映さぬ眼は(さざなみ)ひとつ立たず、彫像が如き不動の彼女は杖先に魔力を集め放つ。小さな口が紡ぐのは、己が発する魔法の名。

 

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)。」

 

 其は色持たぬ死、全てを穿ち貫く白の魔弾。

 回転する十字の閃光と共に放たれた一条の光線が、迫るノインの眉間へと放たれ、

 

炎の魔剣を鍛つ魔法(レーザテイン)――」

 

 魔剣、抜刀。

 ノインの杖先に現れた紅蓮の刃が、生涯最高の集中力で抜き放たれ、白の魔弾を迎撃した。

 火花散る。(あか)の剣閃が奔り、『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』の軌道が弾かれる。

 ――二歩、疾風が業火を纏う。

 

 対してフリーレンは冷静だった。曲芸じみた手法で己の魔法を防がれたことに驚きは無く、ただ淡々と次弾を放つ。

 杖先に白い魔力が満ちる。先と同じ魔法。先と同じ威力。ただ、その()だけが先と違う。

 三本一対の魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)が、杖先から同時に放たれた。

 

「(三方向からの同時攻撃。弾くのは無理か、なら――)」

 

 迫る三つの魔弾を前に、ノインは迎撃ではなく回避を選択。間を置かず地を蹴って跳躍する。

 空中に身を躍らせ、飛び越えるように直進する魔弾を回避。足元を死の白光(びゃっこう)が通過するのにも恐れを憶えず、ただ己の足に魔力を纏わせる。

 

紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)。」

 

 三歩目は地でなく「空」を踏む。

 紫電が迸り、雷の蹄は空中を踏みしめ。炎の魔剣を持ったノインの眼が、地にて構えるフリーレンを捉える。

 

「覚悟。」

 

 三歩、風は――。

 しかし。

 その三歩目が踏み出される直前、フリーレンの三手目が成立する。

 

「――魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)。」

 

 白光、氾濫。

 彼女の背後、円を描くように展開された魔法の砲門は10を超えていた。

 敵対者の死を叫ぶ白の光弾は、閃光と共に一斉射出――その狙いは、須らくが空中のノイン。

 群れを成す死の速度は風よりも(はや)く。雷鳴轟くその前に、魔弾は音も無く風を穿ち空を踏み蹴るノインの元へ。

 

 彼は、視界いっぱいに広がる「死」を見。

 

「ッ、なんでも九倍にする魔法(クアドラータ)――!」

 

 刹那の後。

 迸った光線の群れが空中で収斂、爆発。輪唱する魔法の衝撃が空気を焼き、魔力が転じた白煙が視界を満たす。

 空気さえ殺すかのような一撃。それを放った魔法使いは、髪を揺らしながらも揺れぬ瞳で空を睨む。それは次の一瞬を予見している賢者の如く。

 

 影、揺れる。

 消えた爆風の中より現れたるは、無事にして無傷のノイン。

 彼が如何な手段を用いたかなど思考する意味は無い。今フリーレンを襲うのは彼の魔法攻撃であり、防御あるいは回避に用いたのも魔法以外の何物でもないだろうから。

 バチリ。紫電が空中を踏みしめ唸る。

 

 改めて――三歩、風は雷鳴轟かせ天より地へ。

 その手に炎の魔剣。振るわれる一刀は乾坤一擲、紅蓮纏う大上段からの振り下ろし。

 

「我流剣術――」

 

 炎雷撃(えんらいげき)!!

 

 天にまで手を伸ばすかのような爆炎が、紫電を纏いながら炸裂した。火の粉が舞い散り、一拍遅れて電光が空気を奔る。

 轟音から一転、静寂へ。

 炎が晴れたそこには――。

 

「……まあ使えないワケねぇよなァ。」

 

 防御魔法を展開し、炎の魔剣を防ぐフリーレンの姿。

 彼女は半透明・六角形の盾の後ろで、受け止めた魔剣の持ち主たるノインを見つめる。

 

 再びフリーレンが魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を放ち、側面から曲射された魔弾をノインは後ろに飛んで回避。その間にも両者は目を合わせたまま思考する。

 

「(ただの『一般攻撃魔法』なのに魔法の練度が桁違い、それに戦闘経験もだ。『奥の手』からの奇襲でさえ眉一つ動かしやしない。)」

「(防御魔法の反応は無かった……最後の攻撃を躱した魔法は『瞬間移動』、かな。)」

「(分かっていたが、遠距離はあちらの間合い。間合いを詰めろオレッ。)」

 

 すぐに反転しフリーレンに迫るノイン。

 放つは炎の魔剣による連撃。敵を斬り焼く紅蓮の刃は、速度を九倍にする魔法(クアドラータ)によって風よりも速く打ち込まれる。

 だが、その悉くを防御するフリーレンの防御魔法。透明な壁が幾度も重ねられる刃の悉くを阻む。

 

「(火力が足りねえか、なら――)」

 

 彼が何かをする前にフリーレンが動く。杖先に渦巻いた魔力が集中、その狙いは間近のノインに。

 放たれるはやはり魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)、白き死の光線。しかし今度は込められた魔力が桁違い。渦巻く魔力は先のどれよりも強力かつ巨大な魔弾となってノインを襲う。

 

「(これは今から飛んでも避けれねぇ……ッ)」

 

 己の体と同じくらいの太さを持つ魔法光線、即ち常道では回避不能。防御するにも一手遅いか。

 故に再度奥の手を、魔法を使わざるを得ない。

 

距離を九倍にする魔法(クアドラータ)!」

 

 瞬間、ノインの姿はフリーレンの前から掻き消えた。

 フリーレンとの距離、約1.3m。それが「九倍」されることで11m強に。

 ――疑似的な空間転移。そのままノインは身を低くする。

 フリーレンとノインの身長差、そして跳躍回避を封じるための工夫から、フリーレンが放った『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』は上向きの角度を持つ。それは11m離れれば屈めば避けられる程の角度。

 ノインの髪を削りながら頭上を通り抜ける死の光線。正に紙一重、薄皮一枚で死を免れる。

 だが、とノインは臆さず剣を握る。

 

「(()()!)」

 

 ぎゅん、とノインの姿が、再びフリーレンの眼前に。

 『なんでも九倍にする魔法(クアドラータ)』の効果は発動中のみ続き、発動を止めると解除される。

 つまり、11mの距離が元に戻り再び1.3mへ。

 疑似的な空間転移、武術で言えば縮地。魔法で間合いを取り戻したノインは、腕力を九倍にする魔法(クアドラータ)で腕力を強化し全霊で下から上へ魔剣を振るう。

 

「我流剣術、」

 

 炎天昇(えんてんしょう)(きゅう)!!

 堅牢な防御魔法を粉砕する切り上げは、しかしフリーレンが飛行魔法で空中へ逃れたことで回避される。

 そのまま頭上を取ったフリーレンが杖を向ければ、白き光線が雨のようにノインに降る。

 

「ぐ……!」

 

 降り注ぐ魔弾の礫。

 そのうちのひとつを魔剣で弾き、ノインは紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)を発動。紫電を踏んでフリーレンを追う。魔法を避けながら空に登る彼は、雷のようなジグザグな軌道を描きながらフリーレンの元へ。

 

「(剣は十分見せた、そろそろ良いだろ!)」

 

 彼我の距離3m、剣を届かせるには僅かに遠間。

 だがノインの扱う剣は「魔法」。故に、決してその刃渡りに攻撃範囲が縛られる訳ではない。

 

炎の魔剣を繰る魔法(レーガテイン)――」

 

 火種、うねる。

 そうして魔剣は杖先ではなく、虚空、フリーレンの背後より生成された。それは柄も再現された、炎を練り固めた魔法の剣。

 『炎の魔剣を繰る魔法(レーガテイン)』――『炎の魔剣を鍛つ魔法(レーザテイン)』の「(オリジナル)」たる魔法。その効果は杖先に炎の刃を生み出すのではなく、自由に空中を飛び回る「炎の魔剣」を出現させ操るというもの。

 

 散々見せた「剣」としての技。フリーレンの死角、己の体の後ろに構え隠した杖。

 杖を後ろに伸ばすように背後を突く動きと連動して、フリーレンの背後に現れた魔剣が閃く。

 灼熱の刃を手元から離れた位置に生成、敵の死角から不意打ちで背を貫くその技こそ。

 

 我流剣術・背火突(はいかとつ)!!

 

 完全に入った――そうノインは確信した。

 しかし。

 炎の突きは、一瞥もせず展開された六角形の防御魔法によって受け止められていた。

 

「何――」

 

 フリーレンの魔力感知技術、防御魔法の発動速度、冷静な判断力、戦闘経験の豊富さ。不意打ちと自称するノインの魔法剣技は、フリーレンにとっては不意打ち足りえない「普通の攻撃」だ。

 故に、一瞬硬直するノインよりもフリーレンが動く方が早いのは必然。 

 

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)。」

 

 束になって杖先から放たれる白き光線。

 それを反射的に紫電の蹄で空中を蹴ることで回避するノイン……だが、死の魔弾は彼を追ってその軌道を急激に曲げた。再び空を蹴り角度を付けるも、魔法は意志を持つかのようにノインの背を追う。

 

「(振り切れない、追尾魔法かッ。)」

 

 それを察したノインは咄嗟に己の髪を千切る。

 

髪の毛を蛇にする魔法(スラジハール)ッ。」

 

 魔力が込められた金の髪は、途端に金の鱗を持つ蛇に。

 それを向かって来る『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』の群れに投げるノイン。

 

 追尾する魔法には意思があるわけではない。それらは自動的に、術者が設定した魔力を追って軌道を変える。つまり今ノインが行ったのは、追尾ミサイルにチャフをバラまいてレーダーを攪乱するのに相当する行為。

 

 死の魔弾が蛇の方へ曲がり金の鱗を貫く。それにより追尾魔法を回避したノインは、そのまま空を蹴りフリーレンに接近。

 

炎の魔剣を鍛つ魔法(レーザテイン)!」

 

 杖先に出した炎の刃を、一瞬早く展開された防御魔法に叩き付ける。

 ギリギリ、と鍔迫り合う剣と盾。半透明の盾を超え、炎の光がフリーレンの揺るがぬ瞳に映り神秘的な色を与える。

 その様を見ながら、ノインは食いしばった歯の隙間から声を発した。

 

「……ふざけるな。」

 

 怒りの声だった。

 剣を引いた彼は紫電の蹄で空中に立ち、防御魔法を消すフリーレンに烈火の如き怒りをぶつける。

 

「なぜ『一般攻撃魔法』と『防御魔法』しか使わない。これでは指導試合だ。全霊での戦いを約束したハズだぞ、フリーレン!」

 

 そう。戦闘開始から、フリーレンが使ったのはその基本的な魔法二種類だけ。

 確かに『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』は強力な魔法だ。だが接近を狙うノインに対して真に効果的なのは効果範囲の広い殲滅魔法。フリーレンに限ってその種の魔法を会得していないということはあり得ない。故に彼女の行為は「手加減」であり、それはノインにとって「侮辱」であった。

 ノインの怒気を受け、フリーレンは戦闘中一度も揺らがせなかった目を伏せる。

 

「……そうだったね。私は『決闘』という人間の貴族の作法には疎いんだ。不作法だったなら謝るよ。」

 

 フリーレンにとって、魔法使いの決闘を受けるのはこれが初めて。そもそも決闘は魔法を高尚なものと捉える人間の貴族の作法であり、フリーレンが身を置いて来た実戦の世界とは違う。無法のあちらと違い、この戦いにはルールがある。一対一、互いに手加減無しの全力……つまり決闘者の誇り(プライド)を懸けるためのルールが。

 それを知識ではなく経験として改めて理解したフリーレンは、再び杖を構える。その碧眼がノインをまっすぐに捉え、睨む。

 

「ここからは私も全力を出す。死んでも文句言わないでよ。」

「無論だ。決闘を挑んだ時点で覚悟は出来ている。」

 

 それに応えたノインは、再び炎の魔剣を繰る魔法(レーガテイン)を発動。己の手元に魔剣を出現させ――更に数を九倍にする魔法(クアドラータ)、発動。

 瞬間、その剣は「九本」に。ノインを中心に、円を描くように空中に浮遊する炎の剣。それは通常の戦士では決して到達できぬ領域、両手で抱えきれぬ数の剣を同時に操る魔法の剣技。

 

「我流剣術、紅蓮九刀流(ぐれんきゅうとうりゅう)――参る。」

 

 対するフリーレン。

 放つ魔法は殲滅の一手。広範囲攻撃魔法で防御魔法の苦手なノインの回避を封じる。それこそが最善手であり「決闘の礼儀」。

 深き瞳は波立たない。氷の表情は揺るがない。ただ情熱も憎悪も無く、彼女は淡々と敵を殺す。

 

 杖を向け魔力を高める。選ぶのは80年前の旅路の中で主力として使った魔法。

 招来するは罪過を灼く炎。裁きの赤き風にして、死者すら焦がす終焉(ソドム)の火(なり)

 

 ――地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)

 

 地獄の業火、炎の魔剣など玩具に見える程の獄炎が、怒涛津波となってノインを覆う。

 視界いっぱいに広がる(あか)に、触れずとも肌に伝わる超高温。

 

「(攻撃範囲が広い、なんてヤベえ魔法……だがッ。)」

 

 例え炎の質で劣っていても、こちらの剣は「九本」ある。数とは束ねれば即ち力。

 九本の魔剣を重ね合わせて傘状の円錐を作り、それを掘削機(ドリル)のように高速回転させることで「盾」とする。名を。

 

 我流剣術、炎状壁(えんじょうへき)!!

 

 地獄の業火(vs)炎の魔剣×9の大盾。

 螺旋を描く傘状の回転盾は、攻撃を「受け止める」のではなく「受け流す」。もしもただの「盾」であれば防ぎきれない業火の氾濫も、剣の崩壊と引き換えに防ぎきれる。

 

 業火は止み。

 即座にノインは杖をフリーレンへ向ける。その頭上に輝く、生成途中の炎の剣。

 

 炎の魔剣を繰る魔法(レーガテイン)×()数を九倍にする魔法(クアドラータ)同時発動。魔法で作った剣なれば、破損など再発動すれば解消される。

 相手の頭上に九本の炎の剣を生み出し、それを渾身で振り下ろす技。

 名を我流剣術、

 

炎天直下(えんてんちょっか)!!

 

 半球状、それこそ傘のような防御魔法に防がれる炎剣の群れ。

 だがノインの攻撃は終わっていない。受け止められた剣を出鱈目に動かしフリーレンを襲わせる。

 

 我流武術、灼熱乱舞(しゃくねつらんぶ)!!

 

 それは炎の嵐であった。竜巻、旋風、渦潮……九の刃は檻のようにフリーレンを取り囲み連打連撃。しかし球状に展開された防御魔法に穴は無く、如何なる角度、速度の攻撃からも術者を守る。

 全方位防御。ならば。

 

大きさを九倍にする魔法(クアドラータ)――」

 

 九の炎剣は、一の巨剣に。

 全方位攻撃で駄目ならば、一点突破で防御魔法に穴を開ける。

 刃渡り長く高くは塔が浮かぶが如く、燃え猛る刀身は街を呑み込む灼熱の塊。

 巨人にしか扱えぬだろうその魔剣を繰るノインが杖を振るえば、その動きに追従して巨剣は振り抜かれる。

 その剣、一刀にて竜さえ屠る――。

 

 我流剣術、煉獄巨刃(れんごくきょじん)!!

 

 防御魔法を砕く一撃――だがフリーレンはその一撃を見切り、身を傾けて回避。そのまま杖をノインへ向ける。

 魔力の属性は雷。放たれるは破壊。

 其は轟音と閃光を伴って万物万象を貫き炙り砕くもの。

 

 ――破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

 

 雷撃、(ほとばし)る。

 当たれば即死、電撃は人体を焼きながら粉砕するだろう。広がる電流を前に回避も不能。

 ならば、とノインは咄嗟に足を振る。

 

 我流武術、避雷脚(ひらいきゃく)!!

 

 紫電の蹄が雷を受け、そのまま後ろに蹴り抜けば雷もそれに追従する。自らも使うから知っていた、雷というのは空気を通ることをあまり好まず、「道」を作ってやればそちらに優先して流れる。ようは避雷針の原理である。

 だが他を庇った足に破滅の雷が直撃したのも事実。紫電で守られて尚、右脚は火傷し二度目を受ければ炭になるだろう傷を負う。

 

 痛みを押して間合いを詰めようとすれば、再びフリーレンが杖を構えて魔法を放つ。再び地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)、咄嗟に背後に飛んで回避するも、それにより間合いが空いてしまう。ノインは涼しい顔のフリーレンを遠間から睨みつつ歯噛みする。

 

「(クソ、近付けねぇ。なんて魔法使いやがる。だが問題はどっちかっていうと『防御』だ。防御魔法の精度もヤバい、その上回避も抜群に上手いせいでこっちの攻撃が通らねぇ……。)」

 

 フリーレンの超精度の防御魔法と回避を前に、未だ手傷を負わせられていないノイン。彼は悟る。フリーレンの防御魔法を破るには、「威力」と「速度」の両方が必要だ。

 躱せず、防げず、近付かずとも命中(あた)る魔法。そんなもの「紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)の必殺技」くらいしか――。

 

 そこまで考え、頬を打つ雨にノインは空を見た。

 結界が砕け出来た大穴。その上にある黒い雨雲は、遮るもののない地上まで雨を降らせている。

 

「――なんだ。使えるじゃねえか『必殺技』。」

 

 バチリ、と紫電が頷くように叫んだ。

 途端、痛みも忘れ上空へと「走る」。上へ、ただ上へ。雨を受け、上へ。結界があった場所、試験区域の天辺ギリギリまで。

 

「(結界を壊したのは悪手だったなフリーレン。味方の援護の為だろうが、オレの奥の手の発動条件も満たしちまった。)」

 

 そう、彼は既に仲間に向けて語っていた。

 

『「紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)」は、大陸の外の「キリン」って魔獣を参考にして作られた魔法らしい。キリンは雷の魔法を使う魔獣で、その蹄で空気を踏み締め天を駆けるんだって先生が言ってたなァ。条件が整えばその魔獣の()()()も再現できるんだけど……』

 

 その「条件」が整うことは、少なくとも一次試験中は無いと思っていた。何故なら上空をチリひとつ通さない大結界が覆っていたからだ。

 だがフリーレンが結界を破壊したことで、その前提は覆った。

 

 条件は二つ。

 屋根のない野外であることと、空に暗雲が漂っている事。

 即ちこれは、悪天候の野外でしか放てぬ奥義。「速度」は雷速即ち回避不可、「威力」も魔法に自然の雷を上乗せするので申し分なし。

 

「まあ使うのは初めてだがなァ――紫雷の蹄を履く魔法(ブリズシュラーグ)、らァ!」

 

 雷の足を、空に向け蹴り出す。紫電は昇り、天まで駆け上り、遂には空を覆う暗雲の中へ。

 バチッ、と紫電が暗雲の中を駆け抜けた。

 それを合図に、世界の改変は始まる。

 

 暗雲が育ち、渦巻き、紫電を迸らせる「雷雲」へ。

 ゴロゴロと雲が叫び出し、分厚く黒い雲が地上に夜の如き影を作る。

 雷鳴に続くように風は唸り、雨は豪雨に、天候は嵐となり森を揺らす。

 そんな嵐と雷雲を背に背負い、紫電の蹄纏いし足を丁度踵落とし前の体勢で高く掲げたノインは叫ぶ。

 

「聴こえるかフリーレン、雷の王の荒ぶる声が!」

 

 雷鳴とは、その怪物の鳴き声。即ち遥か東方の魔獣・麒麟(キリン)の咆哮に他ならぬ。

 ピシャアッ!! と雷光が世界を照らした。

 その紫の閃光に肌を照らされながら、雷雲を、ノインを見上げたフリーレンは呟く。

 

「……自然を隷属させる魔法か。魔族らしい傲慢な魔法だ。」

 

 雷雲が再び内を焼く紫電に輝く。それが照らし出したのは、雲の中に潜む巨大な怪物の姿。

 龍の顔。鹿の体。馬の蹄に牛の尾。角を持ち雷雲に住む東方の魔獣――否、神獣。

 それを呼び出したノインはフリーレンをしかと睨み。

 

「我が生涯最高の一撃を以て、この決闘に幕を引かん!」

 

 更に激しさを増す嵐の中心で、振り上げたその足に全ての魔力を集中させる。

 

魔力を九倍にする魔法(クアドラータ)――行くぞ!」

 

 来たれ嵐の王、轟雷の化身。空を裂く迅雷にして地を焼く電光よ。

 此処に風は叫び雲は逆巻いた。故に、今こそ天空は我が手足と化す。

 其は神の鉄槌にして雷獣の怒り。即ち天上より降り来たり敵対者を屠る、雷帝麒麟(キリン)(ひづめ)なり。

 

 光来せよ!

 

――『塵滅の雷蹄を落とす魔法(ブリズシュラーゲン)!!」

 

 紫色の神の蹄が、魔法使いの踵と共に振り下ろされた。

 

 雷霆(らいてい)、転じて雷蹄(らいてい)。雷鳴は怒りの咆哮へ、(いかづち)は振り下ろされる怪物の(ひづめ)へ。

 魔法というのはイメージの世界。彼がその幻を「真実」と捉えれば、世界はその確信に追従する。

 

 『破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)』をゆうに超える威力、熱量。「麒麟の蹄」という明確な形を与えられた雷は、物理的破壊力を得て敵対者を踏み砕かんと奔る、奔る。

 

 フリーレンの()()で展開された三層の防御魔法。その一層目に巨大な紫電の雷蹄が直撃。

 硝子のように砕かれる一層目。続けて二層目も雷撃の前に砕け散る。受け止めた三層目にも既に罅。

 

「……破られるね。」

 

 その呟きごと掻き消すように。

 雷帝の唸り声が世界に轟き、雷は最後の壁を砕いて遂には地上に直撃した――。

 

 

 

 ……空が見える。

 エネルギーを放出しきったかのような澄んだ空だ。結界に開いた大穴のように、雲に大穴が開いて夕焼けの光が空洞の空を満たしている。

 

「(な、にが……)」

 

 大の字に倒れている。背と後頭部に地面の感触。

 首を動かそうとしたが、ぎぎ、と少し傾くだけで動かない。全身が痛く、そして力が入らない。

 

「(そう、だ。()()は――)」

 

 ざ、と視界に影が差した。

 見上げればそこには、銀の髪と碧の瞳を持つエルフの魔法使い。

 

「……フリーレン。」

 

 地面に倒れたノインは、か細い息でその名を呼んだ。

 『塵滅の雷蹄を落とす魔法(ブリズシュラーゲン)』は狙いを付けるため、己の体を雷の「通り道」とする。つまり代償として使用者は大ダメージを負う。更に上空からの落下のダメージ、本当にからっけつで残量ゼロの魔力。彼が指一本動かせない有様なのは、寧ろ「何故その程度で済んだ」と言われるだろう奇跡であった。

 そんな彼に、フリーレンは焼けた右肩・右腕を抱えながら言う。

 

「ノイン。おまえは凄い魔法使いだ。魔力の差は十倍以上。技量はもっと隔たりがあるだろう。それでもおまえは、不意打ちもせず真正面から戦って私を追い詰めた。実力差すら覆す凄い気迫……いや、凄い『勇気』だった。」

 

 フリーレンも無傷ではない。右肩から服は破れ、そこから覗く皮膚には雷による火傷。見た所動かせない程度には負傷している。

 だが、立っているのはフリーレンで倒れているのはノイン。彼にはそれが全てだった。

 

「……光栄だ。が、その賞賛も虚しいな。」

 

 言い、力を抜く……否、最後の力も切れる。そうして力の入らない体で、ただノインは空を見る。

 日暮れの彩、師匠の瞳を思い出す色。

 それを見ながら、ノインはフリーレンに語り掛ける。

 

「今だってそうだ。あなたはオレを殺す気が無い。戦っている最中も、微塵も殺気を感じなかった。」

 

 彼女は確かに手加減をしなかったかもしれない。だが「死んでもしょうがない」という攻撃はあっても、「絶対に勝つ、殺す」という攻撃は無かった。それは実際に立ち会ったノインが一番理解している。

 そう言外に語れば、フリーレンは何でもないような笑顔で言う。

 

「ノインの使う魔法は面白いからね。ノインが長生きして弟子を取れば、もしかしたらそういう魔法を使う魔法使いが増えるかもしれない。そう思うと勿体なかったんだよ。」

 

 ……オレは「殺してでも勝つ」つもりだったのに。

 ああ、つまり、これは。

 

「――完敗だ。フリーレン。」

 

 オレはどうやら、負けてしまったらしい。

 目を伏せて告げれば、フリーレンは頷いたのか。兎に角彼女は杖を消し、仲間の元へ去って行った。

 

 決闘の勝者は葬送のフリーレン。そして敗者の方がノイン。

 

 ……実力差は理解していた。勝ち目が限りなくゼロに近い事も。

 それでも、100%勝つつもりで戦った。

 

「あー、くそ。エーデルたちに何て言うかな……」

 

 視界がぼやけるのは疲労のせいかダメージのせいか。熱い何かが瞼から溢れる感触は魔力切れ故? どうにも頭が回らない。胸の中心、脳の奥、そこに熱い鉛が溶け出している。鼓動の音は五月蠅いのに「生きてる」って感じがしない。

 原因不明。理解、したくない。

 ……とにかく、疲れた。てか体が動かん。ちょっと休憩……。

 

 

 鳥の声が聴こえる。

 

「……ん。」

 

 意識を失っていたのか。何秒、何分、いや何時間……? 天上の空の色は橙、つまりまだ日は暮れ切っていないから数分か。

 鳥の声が聴こえる。知っている、覚えた鳴き声だ。

 同時、声が響く。

 

動くな。

 

 その声の方ははっきりわかる。

 

「……エーデルか。」

 

 目だけを動かして横を見れば、こちらを見つめるエーデルの姿。後ろにはブライも居る。

 

「悪いな。だが『動くな』っつったって最初から動けねーよ。説教も拳も甘んじて受けるさ。」

「黙れ。」

「あれ、なんか思った九倍は怒ってる……?」

「違う、黙れノイン。今集中しておるのじゃから。」

「はい……?」

 

 そこでノインは違和感に気が付いた。エーデルが見ているのはオレではなく……オレの腹の上?

 なんとか目を向ければ、そこにはオレンジ色の小鳥が。

 

「……隕鉄鳥(シュティレ)だ。」

 

 そんな、動かない小さな鳥と目を合わせたままエーデルは言う。

 

籠に入れ。

 

 すると鳥はパタパタと飛び、エーデルが持っていた籠に自分から飛び込んだ。精神魔法が成功したのだ。

 ぱちん、と籠の蓋が閉まる。

 

「……隕鉄鳥(シュティレ)、ゲットじゃ。」

「……マジかよ。」

 

 なんともあっさりとしていて、それでいて無情な結果だった。これまでの苦労はなんだったんだと思いたくなる。

 思わず三人顔を見合わせ……誰からともなく苦笑した。

 

「……はー。ま、超ラッキーだなァ。これで一次試験合格か。」

「ああ、超ラッキーじゃ。ノインはやはり負けてしまったようじゃしな。」

「うっせー。超強かったんだよフリーレン。」

「見ていたから知っておる。ノインの奮闘もな。」

「ああ。最後の魔法とか、一瞬勝ったと思ったぞ。」

「実際はこのザマだけどな。自分じゃ初めて使うもんだから反動のこととか考えて無かったぜ。」

 

 ブライが倒れて動けないノインを背負い、そして第17パーティーは歩き出す。

 日は暮れた。隕鉄鳥(シュティレ)は得た。故に彼等は集合場所、試験が始まったあの場所へ。

 

「二次試験ってどんなのかなァ。」

「なんじゃ、気が早い奴じゃな。先ずは一次試験突破を喜ぶのが筋じゃろう。」

「そりゃあ気にもなるさ。()()()()の機会があるかな、って。」

「……まだ諦めてないのか。負けたんだろう。」

 

 負けた。

 その言葉を受け入れつつも、しかし彼の眼はまだ前を向く。

 幸運により「次」を拾った。ならばどうするかなど勇者ヒンメルに問うまでもない。

 

「――当然だろ。次は、勝つ。」

 

 仲間に支えられながら見上げた空には、燦然と星が輝いていた。

 

 

 第17パーティー・エーデル、ブライ、ノイン。

 第一次試験、合格。

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