薄暗い部屋の中、男が一人作業をしている。部屋にある明かりは唯一つ、机の上にある電気スタンドだけだ。
シャリシャリとした音が聞こえる。どうやら、ヤスリを使って何かを削っているらしい。時折削ったものに息を吹きかけながら、丁寧に時間をかけて行われるそれは、削っている対象への深い思いあってこそだろう。
じゃあ何を削っているのか。爪だろうか?否。
ガンプラである。
今彼は、とあるオンラインゲームに使うためのガンプラを作成中なのだ。その作業が深夜にまで食い込んでしまったため、このように目が悪くなりそうな環境で背中を丸めている訳である。
オンラインゲームの名前は、ガンプラバトルネクサスオンライン。通称:GBNである。
今最も世界でアツいVRMMOだ。
特徴は、自分で作ったガンプラを筐体へスキャンし、仮想空間内で動かせるということである。
どんなオリジナリティあふれる機体でも、それがガンプラであるならばスキャンができ、更には自分の作った機体にパイロットとして乗り込むことができる。それ故に、多くの人々がその世界へ夢を抱き、続々とログインしていくのだ。
ディメンジョンと呼ばれる広大なフィールドに、ガンダム作品由来のものやオリジナリティ溢れる無数のミッション。これらをソロでクリアするも良し、はたまたパーティーを組んだり、フォースと呼ばれるチームを作ってクリアしたりするのも良し。
冒険とロマン、そしてガンプラバトルに溢れた世界。それがGBNである。
「。」
ぽたり、ぽたりと汗が机に落ちる。男はそれに気づいた様子もなく作業を続けている。
凄まじい集中力だ。完全にガンプラの1パーツにしか視界が機能していない。今彼は、ガンプラを作るだけのナマモノと化している。しかも腕以外微動だにしていない。あとで負担がエグいことになりそうである。
やがて、ヤスリの音が止み、男がぐぐっと伸びをする。ごりごりっと肩の関節がなる音がして、鈍い痛みと開放感に包まれる。
「ん~、がっ!?」
瞬間、悲鳴とともに男の体が硬直した。
やっぱり負担がエグいことになっていた。からだを伸ばすために踏ん張った右足がつってしまっている。苦しそうな表情から察するに、かなり痛そうだ。ヤスリでガンプラのパーツを削った時のものとは違う汗が額を流れている。
つった特有の不思議な痛みに耐えながら右足をもみほぐし、何とか痛みを緩和すること5分。座っていた椅子から立ち上がった瞬間、更なる悲劇が男を襲った。
「ふぐぅ!?」
今度は左足がつった。この男、ギャグと不幸の女神に愛されてしまっているらしい。不自然な体勢でけんけんぱを敢行しつつ、傍らのベッドへ向かう。
「ふぅ。」
ベッドに到着。右足が再度つることを避けつつ、はたから見れば気持ち悪い姿勢で左足をもみほぐし、やっと落ち着いた。
「もうすぐ……もうすぐだからな、カグツチ。お前のメイン武器が完成する。お前の出力に合う特注品だ。本来は、色んな武器使えりゃよかったんだけど…。ま、それは追々でいっか。」
机の上のガンプラに、男は優しく話しかけた。返事など、返ってくるはずもない。相手は無機物。話しかけるだけ無駄。けれど、それで良かった。自らの魂を込めた無二の相棒にして、もう1人の自分。ならば、言葉を介さずとも伝わる思いもある。男は、そう信じていた。
「さて……今、5時。あとだいたい3時間で学校。今寝たら確実に遅刻。課題は終わった。」
呪詛でも吐いているような声で、呆然とつぶやいている。どうやら、現実に戻って来たらしい。
というかこの男、高校生であった。高校生なのにこんな時間までガンプラ弄っていいのかっていう野暮なツッコミはしちゃいけない。
「時間割。現代文、倫理、数Ⅱ、物理、体育、体育。あれ、これ詰んだんじゃね?」
時間割が見事に殺しに来ている。特に3~6時間目がおぞましい配置だ。睡眠時間がほぼ0の状態で、理系科目はヤバい。具体的には頭を使い過ぎて午後の体育でぶっ倒れかねない。
(外、出るか。)
襲い来る眠気とガンダムファイトするために取り敢えず外に出ることにした彼は、幽鬼のような足取りで玄関へと向かい、意を決して外に出た。
そういえば、紹介が遅れた。
彼の名は、タテミヤ・トシノリ。現在高校2年生。最近ヅダにハマった、ちょっとオタクなマッチョである。
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P.M.12:21
場所は学校校舎裏。広さはだいたい4畳分。古びたベンチが1つある以外何もないこの場所は、今どきのDQNすら溜まり場にせず、告白にすら使用されない閑散としたスポットである。
「………。」
ベンチに巨体が横たわっていた。トシノリである。どうやら、飯終わりの昼寝を満喫しているらしい。まぁ、無理もない。メ◯シャキを2本使用したガンギマリ状態で授業を受けていたのだ。消耗は激しいことこの上ない。いくらトシノリが引き締まった筋肉をもつマッチョメンとはいえ、限界はある。
このタイミングで寝ておかないと、午後が大変だ。寝起き後すぐに運動は体に良くないとか言っちゃあいけない。
「あ、いた。」
なんと、美少女が来た。青みがかった黒い短髪のよく似合う、切れ長お目目の美少女さんである。大事なことなので2回言った。
美少女はパタパタとベンチへ駆け寄り、トシノリの顔の前でしゃがんだ。そして、完全に熟睡している様子のトシノリをまじまじと眺め————
「おーい。」
こやつ、耳元でささやき声をぶっ放した。トシノリの体がびくりと反応する。この衝撃で、トシノリの意識は完全に覚醒した。だが、まだ起きる時間には早い。狸寝入りを決め込むべく、開きかけた目を閉じなおし、ごろんと寝返りを打つ。
しかしトシノリよ、知っているだろうか。人間の耳は2つあるのである。
「おきてー。」
本日二発目のASMRがトシノリの耳へ着弾した。気分は、スイカバーの突撃を食らったシロッコである。本来ならば断末魔を上げるところだが、どうやらトシノリの精神強度はジ・Oより高いらしい。ギリギリのところで耐えている。
「ほうほう、起きないですねぇ。結構サービスしてるんだけど、なかなか薄情じゃない?」
透き通った低音が、トシノリの鼓膜に三度目のダイレクトアタックを仕掛けた。狸寝入りを決め込んでいると早々に認識した美少女さん、完全にトシノリで遊んでいる。上気した顔と時折ピクピク震える肩を見るに、相当楽しそうである。
「んだよ…邪魔すんなよ…。」
「おはよーございまーす。久しぶり。」
顔面を真っ赤にしながら、トシノリはとうとう起き上がった。心なしか、体がぷるぷる震えている。先程食らったASMRが、まだ全身を駆け巡っているらしい。
「いいじゃんこんぐらい。起きなかったのはそっちでしょ?じゃあイタズラされたって、ねぇ?」
トシノリの眼の前でニヨニヨと笑う彼女の名前は、ナツメ・マドカ。トシノリ側における、今回の襲撃者である。
「ねぇ?じゃ、ねぇんですよ。思春期の男子にASMRぶっ放すとか、ホントに何考えてんのさ。死ぬとこだったんだぞ?」
「喜んでもらえて何よりかな。」
爽やかな笑顔で言いやがった。コイツ、1ミリも悪びれていない。
「で、どうしたん?わざわざこんなとこ来るって事は、なんか用があって来たんだろ?」
「ん、まぁね。」
なんでトシノリの居所を知っていたのか、そしてなんでASMRをぶっ放したのか。聞きたいことは色々あったが、果てしなく脱線しそうなので、会話の続きを促した。
「………もしかして、GBN絡み?」
「うん。今ロックフェスやっててさ、シュートがバンドメンバーを連れて出るんだって。一緒に見に行こうよ。」
「そっか…。」
「ファヴニルでドラム叩くんだって。あのバックパックでどうやって座るんだろうね?」
「流石に外すんじゃね?そのまま座ったら床が傷つくでしょ。それか、専用のバックパックに換装するとか?」
「うっわ、やりそ。アームいっぱいつけてドラムスティック持たせてそう。いややるね、シュートだし。」
「ある意味、期待を裏切らねぇもんな。」
「ねー。」
一見和気あいあいと、楽しそうに会話している。だがしかし、弾んだ調子の会話にしては雰囲気が暗い。
「もう、あんなことにはならないから。君が楽しくGBNで遊べる様に、頑張るから。だから……だからさ、もう一度、私達と一緒にやろうよ。」
「…。」
緊張しているからか、少し声が震えている。なにか余程のことが、GBNであったらしい。
「私は、君が強くなくたって「ごめん。」…。」
バッサリと両断したトシノリだが、こちらもこちらで複雑な表情をしている。怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。ただ辛そうだった。
「そっ…か。」
マドカは、少し俯いた。眉毛より下に影ができ、トシノリからは一切表情が見えなくなる。
「じゃあ、今日は諦める。」
が、2秒で復帰。すっぱりと諦めた。まるで予想していたかような潔さ……と思いきや、まるで諦めていないご様子。その証拠に、物凄く不敵な表情をしている。
「今日はって……また来んの?」
早速トシノリが反応した。というか彼の表情が凄い。赤くなるのか青くなるのかどちらかにしてほしい。間を取って紫でもイイゾ!
「もちろん。何なら明日にでも。」
彼女は、かなり強情だった。明日も絶対来るという固い決意を感じる。まっすぐ自分の言葉は曲げない。どうやら、ド根性な忍をどこかでインストールしてきたらしい。
「いや明日は厳しいっすナツメさん。」
しかし、トシノリは勘弁してくれと悲鳴を上げた。
彼だって好き好んでこの場所でゴロゴロしているわけではない。ガンプラ作成での疲労が溜まったからここにいるのだ。普段この時間の彼は、教室にいる友達と駄弁っている。
そんな中に、ナツメ・マドカという
「………。」
なぜだか、マドカの目が据わっていた。何やらお気に召さないことがあったらしい。ついでと言わんばかりに、空気が重くなった。トシノリの奴、なにか地雷でも踏んだのだろうか?
「?」
マドカの纏う空気が変わったことを察知し、彼は異変に気づいた。しかし、その異変が何であるのかは流石に理解していないようだ。初めて地震を経験したカエルみたいな表情をしている。
改めて、マドカの表情を見やるトシノリ。
にこり、と彼女は笑っている。笑ってはいる。すごく美少女だ。けれど重力波を感じる笑みだ。気を抜けばぺしゃんこになりそうである。
「あの、ナツメさん?」
「マドさんって呼んでくれないんだ。ねぇ?トシ?」
なんと、こいつらあだ名で呼び合う仲だったらしい。羨ましいが過ぎる。
「あのねナツメさん?私達そういう関係性じゃあないのよ?ですからその呼び方をするのはね?」
「この場所には私とトシしかいないけど?」
暗に呼べよと命令されている。というか、その捨てられた仔犬みたいなしょんぼり顔をするのは止めて欲しい。美少女故、心臓に悪い。
「いや、でも。」
「前は呼んでくれてたじゃん。」
「うっ。」
期待に満ちた目をしていらっしゃる。諦めてあだ名で呼ぶべきだ。でなければ、捨てられた子犬より凄まじいダメージを伴う少女の顔が襲い来ることになる。きっと、罪悪感で死にたくなるだろう。
「わかったよ、マd」
キーンコーンカーンコーン
授業開始10分前のチャイムである。タイミングが良いのやら悪いのやら。とにかく、若者の青春を邪魔するとは、けしからんチャイムである。
「えっと。次体育、オージ先生。」
「了解。いってよし。」
すごく納得いかない顔をしながら、マドカは言った。トシノリを引き止めたそうにしているが、オージ先生とやらがどうやら邪魔をしているらしい。トシノリは席を立ち、よたよたと走る。大丈夫だろうか?どうやら睡眠不足が祟っているらしい。
「また明日も来るからー!」
去り際の男の背中に、満面の笑みで宣言。何も知らない者が見れば、確実にコロッと落ちていただろう。
「お前マジ何なのん?」
熱烈なラブコールもこの男にかかれば死刑宣告。走りながら顔面を真っ青にしている。器用な奴だ。
そんなトシノリを見送った後、マドカは1つため息をこぼした。
(久しぶりに話せたけど……前途多難だね。)
「…私は、諦めないよ。」
決意新たに、校舎裏を離れるマドカ。右手に持ったスマホのトークアプリに何事か打ち込み、授業に遅れまいと駆け出した。
初めてハーメルンで小説を書きます!〆茶漬けです!よろしくお願いいたします!
まずは1話 思い想われ 読了、ありがとうございました!
次のお話はなるべく早く書ければなと思っております!
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