ある年の日本ダービーの話   作:砂嵐36

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1.皐月賞

その年の皐月賞、一番人気に推されたのは名門メジロ家の一員、メジロブライトであった。

共同通信杯とたんぱ賞を連勝し、前走のスプリングカップこそ道悪に泣き二着に敗れたものの、その実力は世代ナンバーワンと評価されている。

対抗として挙げられるのは弥生賞の覇者ランニングゲイル。

他にもヒダカブライアンやビッグサンデー、テイエムトップダンなどのウマ娘が有力視されていたがいずれも絶対的とは言えず、圧倒的なスピードを持つと評判のサイレンススズカが出走権を得られなかったこともあり、今年の皐月賞は混戦模様と言われていた。

 

「すぅ…ふぅー…」

中山レース場のゲートの前で、メジロブライトは垂れ気味の目を閉じ、大きく息を吐いた。

メジロ家の至上命題は春秋天皇賞の盾の確保。しかし、クラシックの制覇も初代以来の悲願でもある。

菊花賞はメジロマックイーンを初めとして何人かが勝利しているが、皐月とダービーの栄冠には未だに手が届かない。

もっとも肉薄したと言えるメジロライアンだが、皐月賞は道中不利を受け三着、ダービーではその名の通り風のごとく逃げたアイネスフウジンを捉えられず二着。

さらに先日の桜花賞。姉妹のような間柄でティアラ路線に挑むメジロドーベルが出走し、これまた二着に終わっている。

(ライアン、マックイーン、パーマー…お姉さま達の世代から、メジロ家はGⅠから遠ざかっています…)

近年はクラシック出走すら叶わないウマ娘も多くいた。

メジロ家は凋落した、恥を晒すことなくトゥインクルシリーズから引くべき、と言う人々まで出てくる始末。

(今日の相手…警戒すべき相手は…)

ブライトは目をゆっくりと開き、辺りを見回す。

今日の一番人気である彼女は注目の的だ。

視線が突き刺さるのを感じながら首を巡らせると、そのうちの一人と目が合った。

 

赤の勝負服に緑バンダナのウマ娘、ランニングゲイルは、ブライトの視線を真正面から受け止め、見返した。

(メジロブライト…名門メジロ家の新鋭…)

ランニングゲイルは特段名門の生まれというわけではない。

ただ、ゲイルの姉のロングリブフリーは、下の世代である"灰の怪物"(オグリキャップ)と幾度となく同じレースを走り、オグリの三度の有馬記念に全て出走するなど、その名の通りトゥインクルシリーズを長く走り活躍したが、結局GⅠには手が届かぬまま引退した。

『無事此名ウマ娘』を体現し、屈託ない笑顔で走り続ける姿でファンから愛された彼女だが、誰も見ていないところでは悔しさをにじませることもあった。

成績に似合わぬ規模で開催された引退セレモニーで、満足そうに笑って悔いはない、と述べた姉。

彼女をねぎらうべく終了後に控え室に飛び込んだゲイルの目に飛び込んだのは、一人顔を抑え嗚咽を漏らす姿だった。

すぐにいつもの笑みを浮かべてみせた姉の顔に残った涙の跡を、ゲイルは今も忘れられない。

ファンからも、下積みが長かったフリーの妹がGⅡ弥生賞を勝利したことで注目が集まり、二番人気に推されている。

(誰が相手でも関係ない…GⅠを取ってみせる!)

その誓いを果たすため、天才と呼ばれるトレーナーに師事して厳しいトレーニングを積んできた。

(姉さん…トレーナー…見ていてね!)

ランニングゲイルは意を決し、ゲートに脚を踏み入れる。

 

ゆっくりとゲートに入るメジロブライト。

(わたくしが…わたくしとドーベルが…メジロ家を再び輝かせる…そのために…)

各ウマ娘のゲートインが終わり、体制が整う。

『各ウマ娘、態勢完了!』

「ライアンお姉さま…ドーベル…わたくし…必ず勝って見せますわー…!」

ゲートが開き、各ウマ娘は一斉にゲートから飛び出した!

 

『皐月賞ゲートが開きました!各ウマ娘きれいなスタート…メジロブライトはやはり後方!』

(ええ…ここがわたくしの場所ですわー…ここから…)

スタートがうまくないメジロブライトは後方に控え、一気の末脚でねじ伏せるレースでここまで勝ち上がってきた。

(わたくしは、わたくしのレースを貫きますわー…末脚を活かす…そのためには、気を昂らせないこと…)

「おおおおおおおおオオオオオオオオ!!!」

ブライトの視線の先。大外枠から飛び出したウマ娘が、目を見開いて雄叫びを挙げながら一気に内に切れ込み先頭を強引に奪いにかかる。

 

(大外からか…強引だな…)

ランニングゲイルも釣られることなく冷静に後ろに控えた。

(たしか逃げ宣言をしていた子だ…これに釣られると…)

「フハハハハハハ!!!」

見事に釣られてしまったウマ娘が一人、掛かり気味に先頭に並びかける。

おそらくあのまま潰し合いになる。

そう判断して、ランニングゲイルは後方に注意を向けた。

当然ながらメジロブライトをはじめとする有力バ達はそれに構わず、後方に陣取っている。

(ブライトの末脚のキレは…はっきり言って私より上。けど、中山の直線は短い…)

ランニングゲイルはブライトより少し前、先行勢の少し後ろにつけて様子を見た。

(三バ身…いや二バ身の差があれば、押しきれる!)

 

最後方に控えたメジロブライトは辺りを伺う。

少し前を走るランニングゲイルをはじめとして、回りのウマ娘全てが自分を警戒しているのを感じる。

(やはり警戒されています…そう簡単に進路を開けてはくれないでしょう。ならば直線で外から…!最初から、そのつもりですわー…!)

 

レースは淀みなく流れていく。向こう正面辺りで先頭のウマ娘がスタミナを切らせて沈んでいき、先頭が入れ替わって第三コーナー。

「ぐっ…」

(くそっ…囲まれた!ブライトを警戒しすぎた!こんなところで!)

ブライトの少し前では、ランニングゲイルが前後左右を他のウマ娘に挟まれ進路を失っていた。

(やはりこの位置で正解でしたわー…あとは…)

ブライトは外に進路を取り、加速を開始した。

『さあ、四コーナーをカーブして直線コース!メジロブライトは外に持ち出す!先頭は未だ…』

(あとは…全力で、差しきるだけ!)

「やあああああああーっ!」

『大外からメジロブライト!懸命な追い込み!すごい脚で上がってきた~!』

瞬く間に先行勢を抜き去ったブライトの視界には、いち速くバ群から抜け出したウマ娘が何人か。

(…捉えた…っ!?)

そしてその先を走るのは、おぼつかない足取りで必死に逃げる、燕尾服のウマ娘!

「くっ…ぁぁぁぁ!!!」

逃げるその脚は限界と見え、止まってはいないがスピードは落ちている。

(このペース…わずかな時間で捉えられます…ですが…)

「あああああああっ!」

(その…わずかな時間が!ない!)

『内からシルクライトニング!外からメジロブライトが迫る!しかし…』

「ああああああっ!」

「やあああああああーっ!!」

「だあああああーっ!」

ウマ娘達が一塊にゴール板を駆け抜け…

『なんと!逃げきったぁ!』

『今年のクラシック1冠目!メジロブライトも大外から素晴らしい脚で上がって来ましたが!勝ったのはなんと18番…』

「はぁ…はぁ…はぁ…」

メジロブライトは天を仰いで息を整え、掲示板を見た。

「くっ…四着…ですか…」

(着差はないとはいえ…内側の伸びが予想以上でしたわ…)

「はぁ…くそっ…六着…掲示板にすら…」

ランニングゲイルは歯噛みする。

どうにか進路を確保して最内から仕掛けたが、間に合うはずもなかった。

『これは…驚きました!まさかの逃げ切りです!大外から仕掛けたメジロブライトは届きませんでした!』

『ええ…これはですねー…皐月賞の前に内側の仮柵を取り去っているんです。普通のレースならば内側から荒れるんですが、今日に限っては最内の芝が最も走りやすくなっていましたねー…』

『なるほど…外や中を走ったウマ娘は相当な不利を受けたと…』

(今日は負けましたわー…でも、ダービーは最終直線の長い府中…)

(距離が長い方が私には有利…2400のダービーが勝負…)

今日の1番人気と2番人気だったウマ娘達は、勝ったことが信じられないかのように呆然としている1着のウマ娘を一瞥し、控え室へと戻っていった。

 

その日のウイニングライブの曲目は、無論winning the soul。低人気からの勝利だっただけに、センターが振り付けを覚えていないのではと危惧されたがそんなことはなく、無事にライブは終了した。

大穴ウマ娘の勝利もトゥインクルシリーズの醍醐味である。観客は奇跡の勝利をつかんだ幸運なウマ娘に惜しまぬ歓声と拍手を贈った。

 

しかし、そのライブの写真が翌日の新聞の一面を飾ることはなかった。

『メジロブライト、外荒れの馬場に泣くも負けてなお強し』

『ランニングゲイル、バ群に飲まれ無念の六着』

『サイレンススズカ、ダービー奪取に向けプリンシパルSへ』

「へぇー。で、結局誰が勝ったんだ?」

トゥインクルシリーズにそれほど興味がない男は、電車待ちの暇潰しに買った新聞を眺め、三面にようやく皐月賞を制したウマ娘の記事を見つけた。

「お、これが勝ったウマ娘か…ふーん…」

男が広げた新聞には、ウイニングライブの写真と、ゴール前で競り合うウマ娘の写真がモノクロで掲載されている。

「色がわからんけどけっこーかわいいじゃんか。えーと見出しは…」

男が見出しに目をやる。そこにはこう書かれていた。

 

『展開の妙、11番人気サニーブライアンまさかの逃げ切り』




ランニングゲイルのヒミツ
①姉と同じ真っ赤なほっぺがチャームポイント。
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