ある年の日本ダービーの話   作:砂嵐36

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3.前夜

「で、ゴールドシップの奴はどこに行ったんだ?」

「メンツが足りねェから連れてくるとさ」

5月も終わりに差し掛かったある日。

トレセン学園の一角にある使われていない倉庫の中で、ナカヤマフェスタとシリウスシンボリが向かい合っていた。

二人の間には枠で縁取られ、緑のマットが敷かれたテーブル。

隅に伏せられているのは8x17個の滑らかな表面を持つ四角い物体。

どこからどう見ても学園ご禁制の品…麻雀の卓であった。

賽を手の内で弄びながらナカヤマフェスタが口を開く。

「…お前の手下連中でも適当に連れてくればいいんじゃねぇのか?」

「ほう?いいのか?レツで打つかもしれないぜ?」

「ふん、それくらいの方が私は面白いがよ…」

「…ああ、こっちが面白くないんでな。まぁゴルシの事だから、すぐに…」

「待たせたなー!地獄の麻雀マシーンを連れてきたぜー!」

ドアを蹴り開けて入ってきたゴルシの後ろには俯き加減のウマ娘が一人。

「あん?お前は…」

その鼻に張られたテープに見覚えがあったシリウスが怪訝な声を上げる。

「誰でもいいだろ?とっとと始めようぜ…」

ナカヤマはシリウスを遮った。

「ルールは一つだ。半荘1回赤ありで、トップの奴は凹んだ奴らに一つだけ命令できる…」

「…喰いタン、後付けは?」

「どっちもナシだ」「…分かった、()とう」

鼻テープのウマ娘はこくりと頷いた。

 

「…ツモ。」

「ちっ…」

「あー!あたしの二盃口がー!」

「それチートイなら上がってたんじゃないのか?…2000/4000だ」

「ロマンがねぇだろロマンがー」

「…」

卓の上を点棒が飛び交い、滑らかな手つきで牌が並べ直され、半荘は恙なく進んでいく。

シリウスが堅実な手で攻めるのにナカヤマは一発狙いで対抗。

二人の隙をゴールドシップが珍妙な手で突いて食い下がる。

そして鼻テープのウマ娘は、ひたすら面前で手を進めるのみ。

一度も上がれていないまま最後の親番、南3局を迎えていた。

当然のごとく焼き鳥の大負けである。

「そういえば、明日はダービーだなぁ…」

ナカヤマが初手で中張牌を河に放り投げつつ切り出した。

「ああ、まぁな…この中で、今のところ勝っているのは…ククク…私だけ、だな」

シリウスが不敵に笑って牌を切る。

「あ、それポン。うるせーなー。あの時は調子悪かったんだよ!」

オタ風の北を卓の隅に寄せながらゴールドシップがぼやいた。

「くっくく…今年はなかなか盛り上がってるそうじゃないか。誰が勝つと思う?」

「おもしれぇ…賭けるか?」

「…それはやめとこーぜ。何かすごく強い力に何かされそうな気がする。」

一瞬焦りを浮かべたゴルシに続けて、ナカヤマがツモ切りしつつ口を開く。

「そうだな…予想だけにしとくか。今んとこ有力と言われてるのは…やはりメジロブライトだな。あの末脚はなかなかのモンだぜ」

一番人気は名門メジロ家の新鋭、メジロブライト。

パーマー以来のGⅠ勝利をメジロ家にもたらす使命を帯びた輝けるお嬢様。

皐月賞で上がり最速を記録した末脚は、直線の長い府中でこそ本領を発揮するのではと評判だ。

シリウスが引いた牌を手牌の上に置き、指で倒して切り出す。

「ランニングゲイルと…シルクジャスティスも似たような理由だな。前走でいい末脚を使っていた連中だ」

二番人気は姉の無念を果たすべくGⅠ奪取に挑むランニングゲイル。

皐月賞ではバ群に飲まれ敗北を喫したものの、トライアルで3ハロンを35秒で走り抜け、健在をアピールしている。

シルクジャスティスは東上最終便…京都特別をねじ伏せダービーの切符を手にした。

小柄な体格に似合わぬその豪脚を高く評価され、三番人気に推されている。

「…」

鼻テープのウマ娘は山を少し前に出し、黙ってツモ切り。

ゴールドシップが唇をタコのようにとがらせながら腕を組む。

「ん~~~~。あとはスズカと青葉賞を勝った…えーと…シロウトハダマットレだっけ?」

「なんだそりゃ。トキオエクセレントだろ」

サイレンススズカは四番人気。デビュー戦で大器の片鱗を見せたものの、その後不安定さが露呈し皐月賞の出走を逃したが、前走でしっかりと折り合い、控えたうえで勝利をもぎ取ったことで評価も上がっている。

五番人気のトキオエクセレントもトライアル青葉賞を快勝してダービーにコマを進めてきた。

「んで、あとは皐月二着のシルクライトニングに、やかましいマチカネフクキタル…ってところかね。前評判で挙げられてるのは…っと。リーチだ」

ナカヤマが牌を横に寝かせ、点棒を場に放り投げる。

「あれ?皐月賞勝った奴は出ないのか?」

「は?何言ってんだお前…」

首をかしげるゴルシに対してナカヤマが呆れた表情を見せた。

「くっくくく…舐められたもんだなぁ?ええ?」

シリウスが鼻テープのウマ娘に含み笑いを漏らした。

「知ってるか?ダービーに関する謂れ…」

点棒を放り投げ、ナカヤマの安全牌を切り出して横に倒す。

「ダービー前に運を使わなくてよかったな?ええ?今年の皐月賞ウマ娘さんよ」

「え?そーなの?」

「ゴルシお前知らないで連れてきたのかよ…」

「いや、その辺で適当に…」

「ツモ」

「え?」

鼻テープのウマ娘…サニーブライアンはツモ牌を横に置き、手牌を倒す。

「「「はぁ?」」」

それを見た三人は弾かれたように立ち上がった。

「…りゅ、緑一色?!」

「いや…四暗刻もだ…。」

「はっはっはっは…マジかよオイ」

緑一色四暗刻のW役満。32000オール。

「…二人飛んで終了。あたしの一人勝ち、でいいわね?それじゃ」

サニーブライアンは立ち上がり、出口に向かって歩き出す。

その背を見送り…ゴールドシップは椅子にどっかと座り込んだ。

「はぁー…たまげた。負けたけど、あたしら何させられんのかな」

倒された手牌をしげしげと眺めてナカヤマフェスタが続ける。

「分からん。覚悟だけしとけ…しかしこんな手、見たのも久々だ。あいつ…ツイていやがるな」

シリウスシンボリは唇を釣り上げて愉快そうに笑った。

「…くっくく…『ダービーは、最も運のいいウマ娘が勝つ』…か…明日、面白くなるかもな…」

 

倉庫を出たサニーブライアンは、トレセン学園の中を歩いていく。

季節は初夏とはいえ日が沈めば十分涼しい。

向かう先は近々取り壊されることが決まっている旧棟の四階、一番奥。彼女のトレーナー室だ。

「…」黙って建付けの悪い扉を開ける。ノックも不要だ。こんなところに来るものなど、部屋の主と自分しかいないからだ。

部屋の中では、白い服に身を包んだ中年の男が新聞に目を通していた。

机の上にはほかにも数部の新聞。

『メジロの悲願へ、ブライト必勝』

『ランニングゲイル急上昇、独占インタビュー』

『シルクジャスティス絶好調、ダービーも取ったる』

『秘密兵器サイレンススズカ、弱点克服し万全か』

サニーブライアンはそれぞれの見出しに目を通す。どれにも彼女の名前はない。

「で、首尾は?」「…」

それだけ尋ねると、トレーナーは椅子を軋ませて振り返り、目を通していた新聞を投げてよこした。

受け取って開かれていた2面に目を通せば、恵比須顔で笑う目の前の男の写真。その脇の自分の写真も載っている。

見出しは『サニーブライアン、皐月賞に続いて大外枠から逃げ宣言!』

「『ダービーも逃げます!』『何が来ても絶対に退きませんよ』『どこかでセーフティーリードを取ってしまおうかと』『今度は色気を勝ちに行きます』『一番人気は要りません、一着だけ欲しいです』…か…ずいぶん吹いたわね?」

「…」

トレーナーはにこりともせずサニーブライアンを見る。

「なるほど…順調ってわけね」

「ああ…」

二人は頷き合い、どちらともなくハンガーにかけられた勝負服に目をやった。

桃色に黄色のラインのインナーと蝶ネクタイ。燕尾服風のジャケットにブーツ。

ジャケットの襟元のデザインは男性用の夜会服…フロックコートにも似ている。

丈の短いシルクハットのような帽子にあしらわれているのは太陽のシンボルだ。

「明日が楽しみね」

「…そうだな…」

二人のつぶやきはどこにも届かず、初夏の空に溶けていった。




サニーブライアンのヒミツ
①勝負服は本人の希望で、あるウマ娘のお下がりを仕立て直したもの。
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