『さぁ!日本ダービー!スタートです!』
「はあっ!」
サイレンススズカは得意のスタートでゲートを飛び出した。
中頃からのスタートだが、囲まれることなく先手を取って前に出る。
(このまま先頭に立てれば…)
「退けぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
スズカの思考は、外から割り込んできた大声で中断される。
(やっぱり来るのね…)
『行った行った行った行ったあ!皐月賞ウマ娘サニーブライアンが大外から内に切れ込んできた!』
前に出たスズカの視界に、燕尾服のウマ娘が強引に割り込んでくる!
「…」「っ…」
サニーブライアンに肩越しに睨みつけられ、スズカの脳裏にトレーナーの言葉が蘇る。
(「…サニーブライアンは絶対に退かない。」)
(「競っていけば共倒れ…追い込み勢の有力ウマ娘たちを利するだけ。」)
(「控えて、好位からのレースに徹しなさい…」)
(分かってる…でも…っ…あ…)
『サニーブライアン、早くも先頭!サイレンススズカは抑えました!』
スズカが一瞬迷った間に、サニーブライアンは完全にハナを奪ってしまった。
前を塞がれ、外側にはすでにほかのウマ娘が寄せてきている。ここから先頭を奪い返すのは無理だ。
(…落ち着いて…落ち着くのよ…トレーナーの言う通り…)
サイレンススズカは目を閉じて首を振り、自分自身と、自分の中の何かに言い聞かせる。
(最初にあれだけ力を出したら、レース中に落ち着くのは難しい…前走の逃げた子みたいにきっと失速する…ここは我慢…我慢っ…!)
(まずはよし…)
何かを押さえつけるように控えたスズカの様子ををコーナーを利用して横目で覗き、サニーブライアンは一つ頷く。
まずは最初の賭けには勝った。トレーナーの言葉を思い出す。
(「サイレンススズカが競りかけてきたら…前に行かせろ」)
(「え?逃げるんじゃないの?」)
(「スピードが違いすぎる。俺の見立てでは、本気で逃げたサイレンススズカと競り合えば…お前は1600持たず潰れる。」)
(「言ってくれるね…まぁ本当だけど…で、先に行かれたら諦めるの?」)
(「いや、必ず失速すると仮定して無視だ。しなかった場合を考える必要はない。」)
(「え?なんで?」)
(「その場合最初から勝ち目はない。その時は、史上最強のウマ娘誕生に立ち会えた幸運を喜ぼう」)
(「さいですか…で?その次は?」)
(「ああ、そこからはお前の一つ目の武器を活かす…」)
トレーナーが言っていたことを思い出し、サニーブライアンは呼吸を深くした。
「…すぅー…ふぅー…」
無論走りながら、そう簡単なことではないが…血が上っていた頭が風で冷えてくるのがわかる。
(まったく、この性分が役に立つ日が来るとはね…)
心臓の鼓動が落ち着くのを感じながら、サニーブライアンは苦笑して、ペースを緩めていく。
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ウマ娘が持つ闘走本能をレース中にコントロールするのは難しい。
後ろで首を振るサイレンススズカがいい例だが、基本的に強いウマ娘ほど本能も我も強いと言われており…それを御する精神の修練が必要とされる理由である。
そして、サニーブライアンの本能は、すさまじく操縦性の高い…『折合抜群』と呼ばれる稀有な気質であった。
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『さあ、一コーナーから二コーナーに入るところで、大方の予想通りサニーブライアン、ペースを徐々に落としていきます。』
サイレンススズカとマチカネフクキタルを含めた先行勢のウマ娘たちは、サニーブライアンに合わせてペースを落とす。
外目につけたランニングゲイルも同様だ。
(予想通りスローに落としてきたか…前残りの展開は望むところ!力尽きたところを一気に交わしてやる!)
それは最後方、追い込み勢も同じであった。
メジロブライトは後方3~4番手につけている。
(スローペースでも前残りなど許しませんわ…!早めに仕掛けて、府中の直線で必ずとらえて見せます…)
その少し後ろを追走するのはシルクジャスティスだ。
(メジロブライトをマークして…外からバ体を併せて差し切る!)
『さあ、向こう正面で先頭は変わらずサニーブライアン、二番手に…』
レースは淡々と流れ、第3コーナーに差し掛かろうとしていた。
観客席で見守るファンの男性が時計をチェックした。
「…ここまでの8ハロンが…1分39秒か。かなりのスローペースだな…」
「日本ダービーは芝2400m。前半はほぼ平地だが、この先3~4コーナーは全体的に下り坂、そして長い最終直線に登り坂…基本的に末脚勝負になりやすいレースと言われている」
「どうした急に」
「これまでに逃げ切ったウマ娘もいない訳ではない。古い例ならカブラヤオー。近年でもアイネスフウジン、ミホノブルボンが勝っている。しかし彼女たちは序盤から向こう正面までもかなりのハイペースで引っ張り、後続を潰して逃げ切っている…」
「なるほど、となるとサニーブライアンの二冠の可能性は薄いという事か…」
「それはまだわからんが…」
『第3コーナーを回り始めたところで先頭は未だサニーブライアン…』
(そろそろ…参りますわー!)
第3コーナーを回り終えたあたりで、メジロブライトが外に持ち出した。
一番人気が動きを見せ、観客席がどっと沸く。
(ちっ!もう仕掛けるのか!ここからじゃ脚が持たない…!)
歯噛みしながら見送るシルクジャスティスを背に、少しづつ位置を上げていく。
『ブライトが行く!緑の勝負服が現在中団まで上がってきています!』
(もう来たのかブライト…ロングスパートとは!けどその分最終直線の脚は鈍るはず!)
(勝負は最後の直線…ちゃんと控えたんだから…きっと速く走れるはず…)
先行勢はブライトを横目で見ながらあくまでも冷静に、
『さあ現在2番手はフジヤマビザン、その後ろからサイレンススズカ!さらにビッグサンデーもいる!4コーナーをカーブして、間もなく直線コース!』
(やっと最終直線!)
(ここだ!仕掛ける!)
(行ける!)(行ける!)
ゲイルやスズカといった先行勢が、バ群から抜け出すために脚に力を籠め…
彼女らの顔が、一斉に驚愕に染まった。
『さぁ最終直線!メジロブライトはやはり外に出した!その後ろにシルクジャスティス!』
(くっ、先行勢が思ったより広がって…外を余計に回らされましたわ!)
(よし、ブライトの後ろに付けた!あとは…差し切る!)
(望むところ…メジロの名に懸けて!負けませんわー!)
メジロブライトとシルクジャスティスが大外から先行勢に襲い掛かる!
「無理ー!」「むぅーりぃー!」
一杯となった先行勢のウマ娘たちが次々とバ群に飲まれて消えていく!
「くうっ…あああ!」「があああああ!」
粘っていたサイレンススズカ、ランニングゲイルも捉え、いざ最終決戦!
「はあああああああああああ!」
「おおおおおおおおおおおお!」
メジロブライトとシルクジャスティス。いずれも劣らぬ末脚の持ち主。
ダービーの決着にふさわしい、最終直線の登り坂での意地と意地のぶつかり合いは…シルクジャスティスに軍配が上がった。
「ぐっ…くうっ…」
(ドーベル…お姉さま方…おばあ様っ…!申し訳…)
メジロ家の悲願の糸がぷっつり途絶え、ブライトの顔が絶望に染まる。
「おおおおおおおおおおお!」
(やった…やったよ姉貴…ライトニング! 私が…私がダービーを…)
シルクジャスティスは、歓喜の表情で坂を上り切る。あとはゴールに飛び込むだけ。遮るものは何もない…
はずだった。
「は?」
その視界に飛び込んできたのは、栄光のゴール板…だけではなかった。
『外からシルクジャスティスも登ってきているが!残り200!先頭は坂を登って!サニーブライアン!』
「あああああああああああああああああああ!」
サニーブライアンは先頭を駆ける。燕の尾を靡かせて。
トレーナーとの会話が脳裏をよぎる。
(「お前の二つ目の武器は…末脚だ!」)
(「えー?私の追切タイム知ってるでしょ?せいぜいよくて35秒…」)
(「違う。それは3ハロンの話だ…ラップタイムを見ろ。お前は…」)
「あたしは…3ハロンを34秒台では走れない…」
『外からシルクジャスティス!間を割ってランニングゲイルも来た!』
サニーブライアンは先頭を駆ける。皐月よりも長く短い直線を。
「けど! 4ハロンなら!47秒も切れる!」
「くそっ…くそおおおおおおお!」
間に合わないと悟ったシルクジャスティスが叫ぶ。
(ライトニング…お前が正しかった!警戒すべきはブライトだけじゃなかった…っ!)
「…そうでしたの…」
ようやく理解したメジロブライトが呟く。
(私よりも早く仕掛けていましたのね…3コーナーから少しずつ…少しづつ速度を上げる超ロングスパート…!それで先行勢の脚を奪い…私たち追込勢の壁に…!)
「ぐっ…!」
ようやくバ群を抜け出したランニングゲイルが歯噛みする。
(くそっ…私も、誰も!…あいつを…皐月賞ウマ娘を!見ていなかった!)
「…ああ…」
背中を見送るサイレンススズカが声を漏らす。
(どうして貴女は…そんなに楽しそうに…それが…貴女の走りだから…?)
『サニーブライアンだ!サニーブライアンだ!これはもう!フロックでも!なんでもない!二冠達成ーーー!』
『勝ちタイムは2分25秒9、あがりの3ハロンは35秒1!このあがりでは、後ろの馬は届かない!』
サニーブライアンのヒミツ
③実は、ツバメ返しができる。