兎少女と遭難したら 作:バニースキンを実装しろ
青い空には雲一つない。白い砂浜はさらさら波に流されて潮の香りをたなびかせている。外周をぐるりと回れば豊かな自然が、この島が素晴らしい環境にあることを教えてくれていた。太陽は暖かく休暇を過ごすにはパーフェクトな絶景だ。こんな状況で無ければトロピカルドリンクでも飲んで羽を伸ばしていたことだろう。
「どうしたもんかなあ」
目の前で倒れている
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改めて状況を整理しよう。ここはどこかの島。俺とこの少女の他に人どころか動物の姿さえ見えない。二人ともサバイバルをするには心もとない装備。ついでに海岸には船なんてものは存在しない。
端的に言って、遭難している。
「おい、生きてるかー?」
とりあえず目の前の兎少女をゆすってみる。大きなヘッドフォンとそれに繋がるポータブルプレイヤー。肌の色はちょっと心配になるほど白い。歳は二十にも届いていないだろうか。かわいらしい顔立ちだが、もう数年すれば立派な美人になるだろう。衣服は機能性よりファッションを優先したのか、スカートの丈が心配になるくらい短い。最近ご無沙汰だったから、あられもない姿にムラムラしないこともない。ただストライクゾーンはもっと年上なんだよな。
「ん……」
揺さぶられてようやく目が覚めた少女は、状況が分かっていない様子で俺の顔をじっと見つめる。三秒くらい見つめあったところで、彼女は弾かれたように飛びのいた。
「しまっ、弓は……!」
少女は武器を探そうとするが見つからない。ここに来るまでに落としてきてしまったのだろう。かくいう俺も商売道具を失くしているので彼女のことを笑えない。さらに遭難時に足を痛めたようで苦痛に顔を歪めていた。俺は精一杯の笑顔で敵意がないことをアピールする。
「目覚めて早々悪いんだけど、俺たちに必要なのは現状の確認だと思わないか?」
「……あなた、見た覚えがあるよ。武装勢力の人だよね。あたしを捕虜にしようってつもり?」
「それが効果的な手段だったら取るのも吝かじゃないんだがな。俺の話を聞くより先に周りを見ちゃくれないか」
ぺたんと座り込み、辺りをぐるりと見渡した彼女の顔は青褪める。俺は両手をあげて彼女の前に腰を下ろした。
「どこ、ここ……?」
「最悪なことに俺も知らない。少なくとも俺たちがバチバチやりあってたレム・ビリトンの街とは全然違うことは分かるだろ」
「そうだね。雰囲気としてはミノスの近くかな。でも、はっきりとは分からない。どうしてあたし達はこんなところに居るの?」
「それも含めて現状の確認をするべきだな。先ずは俺の方から経緯を話した方が良いか?」
彼女が渋々頷いたのを確認して、俺もこの数日間にあった出来事を思い返す。
「俺たちが居たのはレム・ビリトンの筈だった。俺は流れの傭兵でね。二週間程前にあちらさんに雇われたんだ」
「正しい保障を受けられなかった労働者達の蜂起、だよね」
「表向きはな。裏では鉱山地帯を新しくほしい企業さんの息も掛かっていたみたいだが、俺の身の上にも、この状況にも関係ない。で、そっちはえーと確か、ロドスだっけ?」
「そうだよ。武装蜂起を出来る限り平和的に解決するのがあたし達の仕事」
「そして俺たちは対立陣営として衝突した。ここまでは見解の相違は無いか?」
「うん。噓を言う必要もない」
幼さを感じていたが、見た目よりずっと冷静だ。半狂乱になって暴れられるよりはずっと良い。
「で、ドンパチやってた俺たちがどうしてこんな場所に流れ着いているのか」
「何か思い当たる節があるの?」
「こっちの術師に人を運ぶことに特化したアーツの持ち主が居た。元々はトランスポーターをやっていたんだそうだ。そいつも傭兵だったが、鉱石病の症状はだいぶ進行していた。そいつのアーツが暴走して俺たち二人だけを遠くに飛ばしてしまった、なんて推測はどうだ?」
「荒唐無稽だけど……一旦そう仮定しよっか。だって、原因が何かなんてのは今は重要じゃないもんね」
「そうだな。まあ現状はこれで良いとして。問題はこれからどうするか、だ」
お互い武器は無い。俺に至っては頼れるバックも無い。ロドスってのがどれだけしっかりした組織なのか知らないがこんなどこかも分からない場所で通信機が使えると期待するのは世間知らずに過ぎる。
「直近で必要なのは、飯と水と寝る場所の三つだな。お前さんは足を怪我しているみたいだし、安心して休める場所ってのは急務か」
「あたしを見捨てて脱出しようとかは思わないんだね。足手まといの世話をするよりも動きやすいんじゃない?」
「甘ちゃんな考えだな」
甘ちゃん扱いされたのが気に食わないようで、むっと唇を尖らせた。もしくは、見捨てるという選択肢は彼女なりの優しさか。子供なら大人しく助けられていれば良いと思うんだけど。いや、子供扱いは失礼か。一人の戦士とは言わずとも、覚悟を持って現場に出てきていたのだから。
「一人で脱出したとして、ちゃんと拾ってくれる組織があればそれも選択肢には入ったが。さっきも言った通り俺は独り身の傭兵でね。今回の雇い主はとっくに俺のことは死んだと思っているだろう。戻ってきたところで居場所は無い」
「世知辛いなあ」
「ああ。だからここを出ることも大切だが、俺にとっちゃ出た後のことも今から考えなくちゃならない。で、ここで一つ聞きたいんだが。ロドスって場所は福利厚生はどうなってる?」
「え? どうだろ。でもちゃんとしてると思うよ」
「それは良い情報を聞いた」
「もしかしてロドスに入ろうとしてる?」
「別に採用されなくても良いけどな。ちゃんとした会社なら、お前さんを助けたらそれなりの待遇はしてくれるだろ。次の仕事が決まるまで工面してもらえば良い」
「打算的だね。でも少し安心したかも。ただの善意って言われるよりずっと良いし」
「利益にならないことはしない主義なんだ。ともあれ、今後の方針はある程度決まったな。動き始めようか、とその前に」
立ち上がり、近くの木から手頃な枝を二本へし折る。一本はさらに半分に分けた。
「足触るぞ」
「きゃっ!? ……添え木?」
応急処置用に持ち歩いていた包帯をいい感じの長さでカットして、彼女の足に添えた枝ごと巻く。
「怪我の程度が分からないからな。やっといて損は無いだろ。こっちの枝は杖代わりに使いな。足場は間違いなく悪いだろうしな」
「……ありがと」
「素直で助かるよ。それじゃ行くか。砂浜で待ってても良いけど。たぶんそっちのが辛いだろ」
彼女が杖を支えに立ち上がったのを確認して、島の内側に足先を向ける。
「そうだっ」
思い出したように彼女が声を上げた。
「名前、まだ聞いてなかった」
「名前か」
困ったな。本当の名前なんて忘れてしまったし、傭兵としてのコードネームはしょっちゅう変えている。今回使っていた名前で良いか。
「アウグストって呼んでくれ」
「アウグスト? 奇遇だね。あたしの名前と似てる」
「なんて言うんだ?」
「あたしはエイプリル。好きな曲から取ったんだ」
「
「これ以上被害者が出てほしくはないなあ。ともあれ、よろしくね」
先ほどまでの警戒が嘘のような人懐こい笑顔でエイプリルは手を差し出した。
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「大丈夫かー?」
「なんとか大丈夫」
島の内側は森になっている。虫や
エイプリルは杖を支えにしてついてきていたが肩で息をしている様子だ。地盤もぬかるんでいるし、精神的な疲労も相当なものだろう。泣き言を言わないだけ上等だ。
とはいえ、早く腰を落ち着ける場所を作らないとな。雨風をしのげる様にしたいし、良い感じの木の洞があれば良いんだが。
「わっ」
「おっと」
へこんでいた部分に杖を置いてしまったエイプリルがバランスを崩した。こちらの胸元に倒れ込むような形になる。
「ごめんね。大丈夫?」
「そりゃこっちの台詞だ。ま、悪路を進ませてる俺にも問題はあるしな。にしても、ずいぶん軽いな。ちゃんと飯食ってんのか?」
「女の子に体重の話はNGだよ。デリカシー無いなあ」
「悪いって」
胸を叩いて抗議されたのでなあなあで謝っておく。重いんじゃなくて軽い方だからそんなに気にしなくても良いと思うんだけどな。栄養失調とかになる方が大変だしな。
落ち着いたところで密着していた体を話そうとするのだが、彼女の両手が空なことに気付く。
「お前さん、杖どこやった?」
「あれ……今ので放り投げちゃったかも」
「しゃあないな……また転ばれても困るしな」
エイプリルに背中を向けてしゃがみ込む。
「えーと?」
「ほら乗っかれ。首は絞めるなよ」
さっきの軽さなら動きを邪魔されることも無いだろう。エイプリルは俺の肩に触れてすぐに止まった。
「信用できねえか?」
「いや、そういうわけじゃないよ。でも、負担にならないかな?」
「甘ちゃんだな本当に」
馬鹿が頭につくくらいのお人好しだ。本人はそう思われることが不服らしく、むうと唸る声が後ろから聞こえる。だが、好意に素直に甘えられないのは幼いと言うしかない。どうせなら善意に付け込んでもっと傲慢に振舞っても良いのにな。もちろんはいはいと聞いてやるつもりは無いが、ロドスに恩を売りたいこちら側としては無下に扱うこともできないんだから。
「……ねえ、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「あたしが感染者だと知っても……同じことをする?」
「お前さん、感染者か」
「……うん」
声が小さくなる。
「あなた、アーツユニットを使ってたから」
「確かに、俺は感染者って言われたことは無いな。もっとも、そんな検査を受けたのもだいぶ前だから、今は分からないが」
「だったら、やっぱりやめておく。あなただって、鉱石病に侵されて酷い扱いを受けたくはないでしょ?」
「今更だな。お前、自分が相手してる集団がどういうものかも忘れたのか?」
「忘れてないよ」
不当な扱いを受けた労働者。それはつまり、鉱業の仕事に従事する中で鉱石病に感染した人々だ。本来ならレム・ビリトンの企業は規則でそのような労働者に対して保証する義務がある。だが、規則が履行されるとは限らない。むしろ感染者が出れば政府からも補助金が出ることもあって、労働者をより過酷な状況に至らしめることさえある。
「あたしだって、感染して解雇されたんだもん」
「……もしかしてお前さん、レム・ビリトン出身か」
「うん。前はアイアンキャロットシティに住んでたよ」
「そうか……」
年若い少女がこれまで受けてきた苦難を思えば、甘ちゃんと呼ぶのは不適切だったかもしれない。そして、ロドスという企業が感染者でも雇用してくれることも知ったのは大きな収穫だ。
「とにかく、あなたは感染者じゃない。戦闘中も感染者と距離はおいてた」
「それはお上の命令で非感染者の……あー、もう面倒くさいな」
「ひゃあ!?」
話していても埒が明かない。頑なに背負われようとしないエイプリルを両手で抱え上げる。
「ガキは大人しく面倒見られてればいいんだよ」
「分かった! 分かったから、乗るから! だからお姫様抱っこはやめてぇ!」
「分かったなら良い」
顔が真っ赤になったエイプリルを降ろす。ようやく彼女は俺の背中に乗った。息が耳元に掛かる。背中越しに心臓の音が聞こえる。不安と緊張で、バクバクと大きく鳴っていた。
そのまま彼女を背負い、歩き始める。程なくして、雨風をしのげそうな洞穴を見つけた。地面が湿っているのは気分悪いが、落ち葉を敷き詰めればそれなりに休める拠点になるだろう。それに土が水分を含んでいるのならば、近くに川があってもおかしくない。
「よし、ここを拠点にするか。枝を何百本と集めるよりは、落ち葉拾いの方が楽だしな」
「りょーかい。テントがあれば楽だったのになあ」
後ろでエイプリルが愚痴をこぼした。テントがあればそれこそ砂浜に立てて終わりだったから、気持ちは分かる。もしこの未来が見えていたなら、俺だってテントを準備した。
「無いものねだりしたってしょうがないな」
「そうなんだけどね」
落ち葉を拾って簡易的なクッションを作る。そしてエイプリルをその上に降ろした。
「俺はこのまま飲水を探しに行く。お前さんはここで待ってろ」
「分かった。あたしも、何か食べられそうなものが無いか近くを探すね」
「止めはしないが……俺が居ない間にさらに転んで怪我するなよ? ここには医療器具なんて無いんだから、傷口でも出来て化膿したら死ぬぞ」
「分かってるよ。あたしを温室育ちのお嬢様と勘違いしてない?」
「違うのか?」
「レム・ビリトンではハンターをやってたんだよ。サバイバルは得意分野なんだから」
「そうか、なら安心だな」
気休めにもならない言葉だが、おとなしくしているのも落ち着かないのだろう。好きにやらせるつもりで、俺は洞穴を出た。
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洞穴を出ていく
ヴイーヴルなのに術師だったり、非感染者なのに感染者に優しかったり。あたしには想像できないような人生を歩いてきたんだろうなって感じがする。
「うん……まあ、あたしはあたしの出来ることをやらないと」
添え木してもらった足の様子を確認する。折れてたらかなり危なかったけど、どうやら捻挫で済んでいるみたいだ。これなら、一日くらい休んでいれば歩くことに不自由はなくなると思う。地面の様子が悪いから、普段みたいな機動はできないけど、戦闘にならないなら問題ない。
「はあ、ロドスに来てしばらく経つのに、まさか今更ハンター講習を思い出さなきゃならないなんて」
食べ物といっても、こんな場所じゃあ獣を狩るか果物を取るかのどっちかしかない。果物は高いところにあるから、あたしじゃ取れない。羽獣を狩るには罠か弓矢が必要だ。でも、罠なんて普段は持ってないし、弓矢は失くしてしまった。
「アウグストに木を切って貰っておけば良かったなあ」
弓が無いなら自分で作るしかない。リムにちょうど良い木を地面から探すのは難しい。でも、今のあたしの足じゃ石斧を作ったって切り倒すパワーは出ないから、行き止まりだ。
「縄作りが一番無難だね」
縄は良い。木の繊維があれば簡単に作れるし、弓矢を作るのにも、罠を作るのにも使える。講習で一番最初に習ったのも縄の捩り方だ。大きい枝が一本あればたくさん用意できるし、動き回ってアウグストに怒られることもない。あんまり、じっとしてる作業は好きじゃないんだけどね。
洞穴の入り口近くに落ちていた木の枝を一本拾ってきて座りなおす。皮を剥くとばりばりーって音がした。意外と乾いている。
「そうだ。プレイヤーはまだ動くかな」
手元のミュージックプレイヤーを操作すると、画面はぱっと明るくなる。これがなくなってなくて安心した。プレイヤー自体は新しく買えばいいけど、中に入っている曲はもう手に入れるのが難しいものもたくさんあるから。
「ワン、ツー、スリー」
ヘッドホンをつけて再生ボタンを押す。エイプリル。やっぱり良い曲だ。あたしはこの曲が一番好きで、コードネームをつけるときもこの曲から取った。春を歌っていて、爽快で、未来への希望が感じられるポップチューン。
皮から繊維を解いていってより合わせる。罠よりはやっぱり弓が作りたいな。矢は羽獣の羽があったほうが安定するんだけど、無いなら無いで真っ直ぐな枝を使えばあたしは当てる自信がある。
「みんな、大丈夫だと良いんだけど」
音楽を聞いて、座って作業しながら考えるのは、レム・ビリトンではぐれてしまった仲間たちのこと。ロープちゃんやウタゲちゃんは無事かな。怪我してないと良いけれど。武装蜂起はちゃんと止められたかなあ。あたし、心配されてるのかな。それとも、もう死んだって思われちゃってるかなあ。
繊維を裂いて、細い一本一本を重ねてより合わせる。
アウグストは、自分はもう死んだ扱いだから戻れないって言ってたな。あたしも鉱石病に感染した時はそんな感じだったから想像できる。最初からあんまり歓迎されてなかったけど、感染者になってより酷くなった。仕事は無いか、あっても足元見られた相場のものばかり。そのなけなしの報酬さえ値切られる。
ロドスはそんな企業じゃないと思うから、あたしが戻ってきたらきっと喜んで受け入れてくれる。何処にいるかもわからないあたしを探してくれるかもしれない。でも、見つけてくれるとは思わない。だって、こんな絶海の孤島に居るなんてあたし自身が信じられないんだもの。ちゃんとここから脱出できるんだろうか。不安なことを考えちゃいけないと分かっていても、話す相手も居ない単純作業じゃどんどん気が滅入ってくる。
プレイヤーの音量を上げた。サビのメロディがより一層大きくなって、ベースラインもはっきり聞こえるようになる。
「ら、ら、ら」
口ずさみながら縄作りを進める。落ち葉のクッションは意外と快適だ。硬い椅子とかだと腰が痛くなっちゃうけどその心配もない。背もたれがないからそこは減点対象かな。土壁はがちがちに硬くて、寄りかかった方が筋を痛めてしまいそう。
弓に使える長さの縄を五本程作ったところで飽きてしまった。ヘッドホンを降ろして大きなため息を吐く。
「……早く帰ってこないかなあ」
「なんだ。寂しかったのか?」
「うひゃあ!?」
声が聞こえて肩が跳ね上がった。アウグストは革の水筒を下げて入口近くに立っていた。
「お、お帰り……どうだった?」
「少し歩いたところに渓流がある。水質は良さそうだったから、水筒に入れてきた。鍋でもありゃ煮沸出来るんだがな。腹を壊さないように祈ってくれ」
「ありがと……あのさ、いつ戻ったの?」
あたしの独り言を聞かれていたんだとしたら恥ずかしい。アウグストはあたしに水筒をくれると、壁に寄り掛かって、にやにや笑った。
「ちょっと前に帰ってきてたんだがな。ずいぶん楽しそうに歌ってるもんだから水を差すのも野暮かと思ってな」
「サイテー! そういうことは事実でも胸の内にしまっておくものじゃない?」
「聞いたか聞いてないかで悶々とするのも嫌だろ? それにこんな状況で隠し事はリスキーだからな。包み隠さず言わせてもらったぜ」
ああ言えばこう言う。口勝負では勝てる気がしない。あたし弱いしね。ローブちゃんにも勝ったことないし。
「しかし、良い歌声だったな」
「まだ話続けるの?」
「良いだろ。俺の素直な感想だ。歌とはあんまり縁の無い生活を送ってきたからな。わりと新鮮なんだ」
にやにや笑いはなりを潜めていて、アウグストの視線は遠くを向いていた。その様子が寂しそうに見えて、あたしもそれ以上怒ることは出来なかった。
「聞くのも好きだったけど、歌うのも好きでね。レム・ビリトンに居た時は気の合う仲間たちとバンドを組んだりもしてたんだよ。廃倉庫を借りてスタジオにして、ライブを開いてたの。そりゃ、プロみたいな設備は用意できなかったけど……いつかはもっと大きな箱で、お客さんをたくさん集めようって話をしてたんだ」
でも、その夢は。少なくともあたしにとっては、失われてしまった。感染者になったから。レム・ビリトンに居られなくなったから。
「あたしだけ話すのってずるくない? アウグストも何か話してよ」
「お前さんが勝手に話したんだろ」
「でも、もう日は落ちる頃だし、この後は寝るだけでしょ? 時間つぶしに何か話してくれたって良いじゃん」
明かりもないし、狩りをする準備も出来ていない。こんな状況で夜に行動するのは自殺行為だ。アウグストもそれが分かってるから戻ってきた。
「ほら、アウグストの分の落ち葉も集めてきなよ。そのくらいの時間はまだあるしさ」
「……少しだけな」
やった。観念したアウグストにあたしはこっそり拳を握った。