「そんなはずがないだろう! こんなに安いはずがない!」
怒声とともに飛び散った唾がカウンターを濡らし、私の制服と顔にもかかった。
「計算し直せ! 間違っているに決まっている!」
「作戦報酬額は、作戦の達成難易度等級と、達成率と損害額から機械的に算出されます」
言い返す私の声も、報酬額算定と同じくらい機械的だ。声にも顔にも感情は乗っていない。もう乗せる感情すら抱けなくなってしまったことに、時折何とも言えない悲しさを感じはするが。
「難易度等級は作成概要とともに公示されており、等級ごとの基準報酬額も中央政府データベースで公開されています。作戦達成率と損害額はそちらの作戦報告のものを基準にしており、算定方式も公開済みのものです。どうぞ後ほどご確認ください」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい! 間違っているのは貴様だ! 貴様に決まってる! 私は計算し直せと言ってるんだ!」
「こちらで必要な確認は、全て行っております」
実際、こちらが間違っている可能性があるとしたら、私の入力ミスくらいのものだ。一度それをやらかし、かなり痛い目を見て以来、入力には殊更気を遣っている。入力ミスは無い。
「そちらでご確認の上、算定額についてご不満があるのでしたら、中央政府事務章程書式CLM-012にご記入の上、あちらの異議申立窓口まで――」
バァン、と大きな音を立ててその男、中央政府ニケ管理部が数多抱える指揮官の一人は、カウンターに両の拳を叩きつけ、事務所全体に響き渡る声で吠えた。
「俺は人類の英雄なんだぞ! ニケの指揮官なんだ! 地上に出て、この命を懸けて戦ってるんだ! その見返りがこれっぽっちなわけあるか! これじゃ明後日の食費さえ困るじゃないか!」
「こちらでは、異議申立ては受け付けておりません。公式な異議申立書を作成の上、担当窓口までご提出ください。次の方!」
怒れる英雄の肩越しに、次の英雄に声をかけ、手許の端末を操作して送金処理を始めると、再びカウンターに拳が叩きつけられた。
「ふざけるな! 貴様では話にならん、責任者を呼べ! 俺は英雄なんだぞ、お前のような下っ端職員とはわけが違うんだ!」
中央政府というのは、実態としては軍事組織だ。元が人類連合軍なので当然と言えばそうだが、それゆえに、全ての職員は軍服調の制服を着用し、階級章を佩用している。それを参考にすれば私は中尉で、怒れる指揮官は少尉だから、彼は下っ端以下ということになる。目くそ鼻くそ程度の話ではあるものの。
とはいえ一々そんなことを指摘して怒らせていては、永遠に次に進まない。作戦報告書の査定を待っている指揮官は、彼の背後にもずらりと並んでいるのだ。
「もう次の方の番です」
別の指揮官が、怒れる自称英雄の背後に立つと、私は静かにそう言った。
「どうぞ、あなたと同じ、地上から帰還した英雄に席をお譲りください。さもないとセキュリティを呼びますよ」
怒れる指揮官はギクリと身を引き、待合室の隅に控える警備職員を見た。彼は先ほど、怒声が上がった時からこちらを注視していた。左手を、腰から下げた暴徒鎮圧用特殊警棒の柄に置いている。
「あなたの拘留費用は、今回の作戦報酬から特別減算として差し引かれます」
「くそっ!」
一言罵声を置いて、英雄は去った。
「......大変ですね」
次の少尉はこちらを案ずるような笑みを浮かべ、作戦報告書をカウンターの上に――飛び散った唾を器用に避けて――滑らせながら、私にそう言った。私はハンカチを取り出し、顔と制服についた唾をふき取りながら答える。
「仕事ですから」
それから、先のお客の"難易度等級:F 達成率:23%"などと入力された画面をリセットし、新たなる英雄的戦果を入力し始めた。
――難易度等級:E 達成率:18%
彼が態度を豹変させ、先客と――そしてかつての私と同じように怒鳴り散らすまで、あと三分。
気が向いたら続きます。