リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
錬金術を十全に使える事こそが、己の存在理由である。
トルテにとってそれは、意思が芽生えてから不変の理だ。
錬金術の行使に失敗したことで、悪魔の居城を発ってから初めて猛烈な危機感に彼女は襲われていた。
小さな鍋の中に中和剤を滲ませる。
青い中和剤は鍋の中で溶かされた蒸留石と混ざり合い、次第に色合いを青みがある白液へと変容していく。
海水などの純度の低い水質では専用に作った中和剤の投入を行うことで、爆発反応を抑えることが出来るのを数日の研究を経て判明したのである。
爆発の頻度はほぼゼロとなり、トルテはおっかなびっくりと調合を行う必要がなくなった……が、これはこれで大きな問題が浮上してしまっている。
本来省くことのできる、中和剤の投入。
海水を扱うことによる急激な爆発反応を抑える為に生まれた、無駄な工程である。
これは完成する調合アイテムのレシピには存在しない作業だ。
どれだけ中和剤の品質を高めようと影響を与えない特性を抽出しようと、投入順序に変化があれば出来上がってくるアイテムの出来合いは変わってしまう。
錬金術は繊細な技術と知識、そして実践が求められる。
普段から持ち歩いている調合機材で丁寧に計っても、出来上がる物は―――
「だめ……これじゃリオの作ったアイテムには到底及ばない……品質が低すぎるっ」
必要な素材と中和剤を途中で投入する為に変化したレシピ通りの調合品が、鍋の底にゴロリと転がった。
見た目はリオリールが作った解毒剤と、少し小さいくらいで、なんら変わらない。
しかし、効力や品質という観点で見ればとてもじゃないが、リオリールの作った解毒剤に及ぶものでは無かった。
トルテは知らず唇の奥を噛んで眉根を寄せた。
己の存在理由……"誰よりも"という冠が付かねば意味はないのだ。
錬金術士としては誰よりも、最高位で在らなければいけないのに。
なぜならば、トルテの使命は世界征服の障害となるレッドマンの為に、あまねく錬金術士を爆殺することにあるのだから。
そしてもし、世界征服を完遂した世界にレッドマンの傍に錬金術士としてトルテの存在がある事を許されるのであれば。
おとーさんの作り上げた世界に再び錬金術を広めていくのが将来の己の役割になるのだろう。
脳裏の奥で抱く展望。
夕陽の華が咲く丘の上でカスカルに問われてから自覚なく、トルテが密やかに持った自身の将来に対する夢である。
生まれてからずっとレッドマンの居城で監禁されていた少女が初めて見た、自分の意思で紡ぐ淡い夢想。
だから錬金術に使われる水が海水だろうと川水だろうと、泥の混じったヘドロであろうと、トルテは錬金術を使えなくてはならない。
だというのに、この体たらくである。
「おとーさんが追い出したのも、わかる気がする」
父・レッドマンは成人の儀を行う為だけに、トルテを三つ大島の外へと出したのだと思っていた。
レッドマンの居城に用意されたアトリエでは、トルテは錬金術の調合に失敗するなどという無様な姿は数年単位で経験していない。
与えられた最高の環境下でしか、錬金術が成功できないなど、三流も良い所ではないだろうか?
そもそも、錬金術は都市や町と言ったインフラや住居が徒然に用意されていない古い時代に、旅人が利便を求めて創めたのが最初なのだと文献では書かれていた。
それはつまり、いつでも、どこでもその時々に必要なアイテムを作り、活用できることこそが錬金術の本質になる。
トルテは煮立った鍋の火を消して、古臭いソファーの上へと身を投げ出した。
軽い音とともに埃が舞い上がり、窓から差し込んだ陽光に照らされて視界に塵が混ざる。
アサハレ村に向かったリオリールとカスカルが居なくなってから、どのくらい経っただろう。
その間、ずっとこのアトリエの中に缶詰めである。
「……少し、外にいこうかな」
口ではそう言ったものの、トルテはソファーの上から動かなかった。
連日、爆発反応を抑える研究と解毒剤の調合を繰り返していたせいだろう。
『はぐるま草』の青臭い匂いに、随分と慣れてしまって居る。
トルテの瞼は自然に閉じて、しばらくして小さな寝息とともに夢の中へと飛びだっていった。
―――・
聞きなれた釜の音を聴きながら。
目が覚めた時、トルテは起き抜けに作り慣れている爆弾の作成に自然と着手していた。
爆弾は良い。
同じ錬金術で作る物とはいえ 『フロジストン』 の硝煙に似た香りが実に心を落ち着かせてくれる。
トルテにとって爆弾を作ることは日常であったからだろう。
ここ最近はあまり好みではない薬草作りに腐心していたことも手伝って、ある種快楽とも取れる気持ちよさをトルテは感じていた。
通常の爆弾であればレシピの観点から見ても捻くれた素材を要求されることは稀で、シンプルな物ばかりで手軽に作成に着手できる。
実用性も多岐に渡り、いざという時の武器にもなる。
熟達した動きで素材の準備を終えて、爆発反応を抑える中和剤を投入し、小さな釜の攪拌作業に入りながらトルテは心の中を整理していた。
まだ覚めたばかりで回らない頭でぼんやりと考える。
リオリールの錬金術士としての腕前は、正直言って良く分からない。
レシピを考案するのは大の苦手のようだが、一度成功した調合アイテムに関しては彼女自身の集中力が散漫にならない限り、だいたい成功するようなのだ。
調合に必要な機材が無くても、感覚だけで調整に成功しているし、出来上がった品質はトルテの目から見ても良質である。
多分、としか言えないが……リオリールは器材無しでも、感覚だけで分量そのものを間違えることがあまり無いのだろう。
それはトルテにはとてもできない事で、彼女の才覚だ。
トルテは器材を用いない調合を行う。
レシピに無い素材を使って同様のカテゴリのアイテムを作成するなど、思考に上ることすら無かった。
装飾過多と揶揄われる数多のアクセサリの一つ、目盛り印が付けられた試験管を手に取ってトルテはしばし眺める。
それはおとーさんから誕生日プレゼントに貰った、大切な調合機材でもあった。
「……」
ややあって、小さな鍋で攪拌する手を止めて、再び中和剤を投入する。
この中和剤に関しても、本来は作り置きをする調合アイテムである。
数多の調合アイテムを作成する際に、利用頻度の高い中和剤類は効果を分類してまとめて保管するのが推奨されるのだ。
しかしこのアトリエでは、保管に適した容器が無いので、必要になった段階で中和剤の作成から始まることがほとんど。
保管条件の緩い中和剤などを後から作るというのは、時間と労力と素材の無駄だとトルテは考えてしまう。
が、一方、それが実践の繰り返しとなってリオリールの精度の向上に繋がっているのかもとも思う。
「さて、あとは……」
思考を切り上げる。
リオリールに関しては結局のところ、あれだ。
非常識だとは思いつつも、その実力に関しては認めなければいけない所もある、という感じだろう。
ちゃんとした環境が整えば、解毒剤だってリオリールの作った物と遜色ない物がトルテにだって作れるはずなのだ。
そういう自信はある。
そして爆弾に至っては―――
「このハナビというアイテム。 大陸の錬金術師が作った物だと思うけど……」
そう、カスカルが持ってきた土産の中に混じっていた錬金アイテムである花火。
用途は違う様だが、そのまま使っても爆弾としての威力を発揮できそうなほど火の属性値の高いアイテムだ。
誰が作成したのか分からないが、これを作ったのは腕の立つ錬金術士に違いない。
品質も爆弾としての威力も、その特性もかなりの完成度を誇っている。
悔しいが、今のトルテよりも遥かな高みに居る錬金術士が作ったのだろう。
もしもこのハナビというアイテムが大陸のレベルの標準であるのならば、錬金術士を全て爆殺するのに苦労することになりそうだ。
ハナビと同じものを創れと命じられても、今のトルテには作成できそうになかった。
そもそもレシピをどの様に組んでいるのかも判明していない。
トルテの知らない素材が使われている可能性が高いのである。
結局、トルテは錬金術士としてまだまだ成長しなければいけないのだろう。
それを自覚できただけでも、収穫だ。
だが、これを更に爆弾の材料としてぶち込めば、素晴らしい逸品が作れる予感がトルテにはある。
出来上がった完成品は、どんな物になるんだろう。
おとーさんが求めているという究極の爆弾に、どれだけ近づけるのだろうか。
元より、素材の保管箱に突っ込んであったもの。
二つもあるし、一つくらい素材で使ってもバレへんか……と言った心のささやきに、結局負けてしまった。
リオリールからは素材は自由に使っていいと言われた事を思い出したのが、最後の決め手である。
ウキウキしながらトルテは花火を鍋の中に投入した。
―――・
アトリエの外では一つの人影が窓から中の様子を窺っている。
傍から見れば不審者そのものだが、幸いアトリエの外には 『ただいま お仕事中』 の看板(リオリールの作業ではないという誤認防止の為に、トルテの字で新しく作った)が立てかけられていた。
リオリールと同じ看板を使っていては、釜を爆発させるやべー奴という風評被害を受けると判断したトルテの勝手な行動だった。
が、今のところその誤解を解くには難しい状況だろう。
つい先日までトルテは海水を用いた調合の失敗を繰り返し、爆発音がユウバナ村に響き渡っていた。
なのでユウバナに住む村民たちの認識では釜に異物を投入し 『爆発させるヤベー女』 が二人に増えたと噂になっている。
そんなわけで、アトリエの近くに人影が近寄ることは皆無であった。
年若い少女を窓から覗く者が居ても、周囲にそれを通報する人間は居なかったのである。
それはともかく、その人影はトルテの錬金作業を観察していたわけだが、アイテム一つを作るのに苦戦している彼女を見て思わざるを得なかった。
そりゃあそうだ、と。
最高の環境を整えたというトルテの使っていたアトリエと、リオリールのアトリエは当然ながら比べるべくも無い天地の差がある。
器材も素材も何から何までレッドマンはいそいそと大陸まで出向き、あるいは魔本によって引き寄せて不自由のない調合環境を整えてきたのだから。
トルテが錬金術でアイテムを作る過程で苦戦している状況を、レッドマンは想像もしていないに違いない。
そも、預言書(攻略本というかガイドブックというか)にも、最初期のリオリールのアトリエは器材等の不足が指摘されている。
しっかりと二人の少女が錬金術に励めるよう、リオリールのアトリエにも不自然にならない程度に器材を揃えられる仕込みをしておくべきだったのだろう。
―――まぁ、ボクには関係のない話だ……と言えれば良かったんだけど、ね
周囲に誰も居ないのを確認してから、そっと窓辺を離れて歩き出す。
人通りのない森の中をわざわざ通り、村の入り口へとゆっくりと迂回し、一人で何らかの作業を行っている村民を見かけると旅人を装って声をかける。
「こんにちは」
「おや? いつのまにそこに?」
「ここはユウバナ村ですか?」
「ああ、こんにちは。 そう、ここがユウバナ村さ……それにしても不運だね。 大陸から来た御客人かな?」
「ええ、まぁ」
「随分若いね、一人かい?」
「いえ、一人では無いですが……それより、不運というのは?」
「島の人間じゃないなら分からないか。 この風を感じないかい? 今は忙しくって、村のみんなもアンタにかまってる暇は無いんじゃないかな」
ふむ、と空を見上げた。
潮の強い香りを運んでくる風が重く冷たい気がした。
三つ大島のどこでも、この時期には必ず気を付けるべき猛威が存在する。
四海に囲まれた島国に頻繁に見られる自然現象で、三つ大島にとっては付き合っていかなければならない、規模によっては人の命をたやすく奪っていく災害。
「そうか、大嵐の時期ですね」
「なんだ知ってるのかい? 毎年恒例のものとはいえ、今年はかなり強くなりそうなんだよ」
「なるほど、それは確かに不運だったのかも知れません」
「あんまり歓迎することが出来なくて申し訳ないな」
「いえ、気になさらずに。 少しこの村を観光してもいいですか?」
「ああ、大嵐が来なければユウバナの夕陽を見せてあげたかったんだけどな」
「雲が分厚いですもんねぇ」
世間話もそこそこに村民と別れ、村の中を巡るように歩く。
ユウバナ村は 『三つ島』 の最西端に位置する村であり、ユウバナ村から西には人が住んでいない。
村の西は開拓が進んでいない大きな大森林がそびえ、森の先には上空から見なければ分からない大きな荒れ果てたくぼ地が続いていく。
村の北に位置する入江は大きく、船乗り達の船が所せましと並ぶ漁港が存在した。
ユウバナ村の規模に対して立派な遠洋用の帆船が並んでいる景色は、ある種の壮観さがある。
中央部にはアムースコ村長が村の名前と同じということで大陸から取り寄せ、名産品として育てている "ユウバナの実" の畑がある。
ユウバナ畑の隣には村の象徴として、数百年も前にユウバナの漁師達が大物を釣り上げたという、巨大ブリの頭のはく製がモニュメントとして鎮座していた。
時折足を止めてユウバナ村の風景と環境をつぶさに観察する。
大嵐が近いせいか、民家にはその対策として猛烈な風雨による倒壊を防ぐ補強作業を行っている住民たちが見えた。
途中、何人かの村人からユウバナ村の現状を聞きこむと人知れず村のはずれへと移動した。
「こうして実際の景色や人の生活を目の当たりにすると、なんだかな……」
大きなため息を吐き出し、そう言い捨てた。
一つ頭を掻いて、少しだけ佇むと、意を決したかのように懐から『ぷにぷに』を模した手のひらサイズの石を取り出した。
「……レッドマン、聞こえますか」
『―――……ああ、聞こえるぞ。我がしもべ、怪人一号よ』
どこか芝居掛かった声で返答が来る。
悪魔怪人・レッドマンは魔本の力でリオリールを守護、あるいは監視する為に生物―――怪人1号を生み出した。
錬金術ではホムンクルスと呼ばれる類の物に近い。
人の魂を疑似的に作り出し、創造主の奴隷となり命令を遂行する存在。
しかし、怪人一号と呼ばれた人を模した中身には、本物の人間の魂が入り込んでしまっている。
レッドマンにとっての都合の良い手足となる者、レッドマンと滞りなく情報を共有できる存在を魔本へ願い、そして書き連ねたからだ。
結果どうなったかと言うと、魔本はレッドマンが望む魂をしっかりと捕まえてきたのである。
全てを実現させてしまう、禍々しい魔本にて生成された魂は、まさしくレッドマンの理想通りと言えた。
怪人一号は 『リオリールのアトリエ』 という預言書の表題を読んで何かを察したかのような様子を見せたのだ。
レッドマンがまだ三つ大島の地表で悪魔となる前に暮らしていた頃、ユウバナ村の存在はまだ無かった。
それが人口も100人の超えつつある過渡期を迎えつつあり、村の主産業も順調で経済的にも成長をしていた。
何事も無ければ預言書と呼ばれている攻略本の展望通り、三ツ島でも有名な村に……そして街へなっていくのかも知れない。
噂される夕暮れの景観を考えれば、観光地としてのポテンシャルも申し分ない。
怪人一号はつぶさに観察を終えた結果をレッドマンへと報告する。
だが、レッドマンとしては村の行く末や在り方に関しては特に興味はない。
強いて興味があるとすれば、この村が主人公のリオリール・フェルエクスの出身地だということだけだ。
そして、それが一つの問題である。
預言書によれば、錬金術士としてのリオリールは成人の儀が始まるまで本格的な活動は始まらないとある。
錬金術士としての力をじっくりと身に着けていく期間は、まだ先だと予言されているのだ。
みすぼらしいアトリエでトルテが調合を失敗している状況を報告された時、レッドマンは目に見えるような落ち込んだ声を怪人一号に返していた。
レッドマンとしては今すぐにでも、リオリール・トルテ両名の錬金術士としての腕前を上げてほしい。
想像すらできない威力を秘めた爆弾などを積極的に開発して、爆死する為に投げつけて欲しいのである。
自発的に少し物騒なアイテムの勉強してもらって、早期に自分を滅ぼしてもらわねば困るのだ。
その為にはしっかりとしたアトリエの環境も必要だろうし、錬金術を使わざるを得ない状況も必要だとレッドマンは考える。
リオリール、そしてトルテ。
二人の錬金少女に命運を託しているレッドマンにとってはまさしく死活問題。
村の人間はこの大嵐の時期に来訪することは不幸だと言ったが、レッドマンにとっては幸運だったかもしれない。
三つ大島に吹き荒れる大嵐は時に、すべてを流していく。
人の抱く感情や意思など歯牙にもかけず、ただ無常に吹き飛ばしていくのだ。
自然の猛威は三つ大島の住人ならば誰しもが知っている。
耐え抜くため、村人は家の中でじっと過ごすに違いないのだから少しくらい派手に暴れたとしても、爆風と猛雨で誰も気づかないことだろう。
『怪人一号。 最も大嵐の勢いが強くなるだろう深夜に合わせて計画を実行する、準備をしておけ』
「……了解しました、レッドマン」
ユウバナ村にとって試練の時が刻々と近づいていた。