リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
大嵐が直前に迫った時期に、馬車でアサハレ村から戻ってきたリオリール。
かなり重く湿った空気が強く吹いていて、時折思い出したかのように雨が降り注ぐ。
特に突風は成人した大人たちでも体が泳いでしまうほど強くなっており、今日の夜から明日の朝にかけてが一番猛烈な風雨に晒される予想であった。
夕刻を過ぎてからは予測通り、身の危険を感じるほどの風雨が吹き荒れて、家の中でじっとしているだけになった。
家屋そのものが煽られて大きな音を出して揺れる。
音に驚いたリオリールは天井や窓を見上げ、落ち着かない様子で声を上げた。
「うひゃぁ~、凄い風ぇ……今年は強そうだなぁー」
「リオ、大嵐だけどアトリエは毎年大丈夫なの?」
「ん~今年はどうだろう? 屋根が吹っ飛んだ時はあったけどね」
「ちょっと」
「でも何だかんだ毎回なんとかなってるし、飛んでっちゃう物は片付けたし、たぶん大丈夫だと思うな」
「……ならいいけれど、アトリエが壊れたら困るよ」
「あははは……私も困るなぁ~……って、そういえば、私の部屋で一緒に寝るのは初めてだねトルテちゃん!」
「うん、私はアトリエの方が落ち着くから。本当は向こうで寝たい、かな」
「そっかぁ、トルテちゃんはずっとアトリエで暮らしてたっていう話だからね。 私はやっぱり落ち着く場所は自分の部屋なのかな?」
「いや、それを私に聴かれても困るから」
トルテとリオリールは部屋(実家の方)に二人でベッドを並べて過ごしていた。
アトリエで寝起きすることはトルテにとっては問題の無いことだった。
釜が煮立っている音を聞きながら眠ることが常であり、目を覚ます時もそうで、それが日常であったからだ。
そもそも、レッドマンの居城に居た頃からアトリエ部屋の中が寝室であったのだから、作業環境や設備に不満はあっても寝床としての不満はないのだ。
とはいえ、夏季に通り過ぎる大嵐はトルテも情報としては知っているが、初めて経験する災害である。
身の安全を考慮して、リオリールの誘いに乗って対策が徹底されている本家の方に移動することにした。
ベッドに寝転がりながら頬杖をついてトルテを見やるリオリールはにっこりと飽きずに笑顔を向けて話を続けている。
トルテはリオリールのベッドの端に座りながら、近くに置いてあった超初心者用の錬金術の参考書を捲りながら思う。
「リオ、なんだか楽しそう」
「え? えへへ、たまに友達とこうやって夜にお泊り会もするんだけどね? それと同じで楽しいなって」
「ふうん? 大嵐は災害。 それが楽しいの? 私は別に楽しくない、アトリエに早く戻りたいし、調合したい」
「うん、私も早く調合したいな! って、そうじゃなくってさー、こうやって夜にお話しするの、楽しくない?」
「ぜんぜん」
「そうー? うーん、私は楽しいんだけどなぁ~」
にべもない答えにもめげず、リオリールは態勢を時折入れ替えてペラペラと益体の無い話を向けてくる。
トルテは適当に相槌を打ちながら、やけに積極的に話しかけてくる彼女に眉をひそめた。
もともと会話が好きなのだろうと言うのは、今までの付き合いで分かっている。
普段から喧しいくらいに話しかけてくるリオリールだったが、今日は特に顕著だ。
洋服がどうとか、飾り物がとか、人形とか、どうでも良い話が多かった。
アサハレ村の情報や解毒剤がしっかりと効果を発揮したこと、キエーシャ先生という錬金術を知っている大陸の人間のことなど、多少気になる話もあったが。
「……ねぇトルテちゃん。 錬金術はどうだった?」
短い沈黙を挟んで、リオリールは尋ねた。
二人の間で共通する話題はごく少ない。
錬金術の話に触れるのがここまで無かったことは珍しいと言っても良いだろう。
トルテは読書の手を休め、リオリールに顔を向けて口を開いた。
「リオ、寝ないの?」
「眠くないんだよー、というか寝たくない、かな? 久しぶりにトルテちゃんとこうして一緒に居るのに勿体ないもん」
「久しい? 7日くらいだけれど……」
「7日間もだよっ!」
「うるさ……えっと、まぁ……錬金術に関しては、あまりいい結果は出なかった、かな」
唇を噛みながら言いにくそうにトルテはそう言った。
悔しいが、隠していても仕方のないことではある。
リオリールがアサハレ村に出かけて、ユウバナ村に戻ってくるまでの7日間。
爆発こそ殆ど起こさなくなったが、出来上がった調合品はトルテの求める品質には及ぶべくも無かった。
ベットの横に置いてあるサイドテーブルから、ねこさんポーチを手繰り寄せて、先ごろ作ったばかりの解毒剤をベットの上に落とす。
40~50個ほどの小さな容器がベットの上にジャラジャラと数度転がって止まった。
「うえぇぇぇ……なにこれぇ……」
リオリールはその光景に驚き困惑した。
ドン引きしたと言ってもいい。
思わずトルテの傍まで近づいて、手近な解毒剤を一つ拾い上げてしまう。
「…………」
無言でじっくりとその解毒剤を見やるリオリールに、トルテは苦い顔をしたまま彼女から気まずそうに視線を外した。
リオリールには驚いた事が二つあった。
1つはリオリールが費やした2週間以上の期間、あれだけ苦労して作った解毒剤がトルテのポーチの中から大量に出てきたことだ。
いくら解毒剤の容器が小さいとはいえ、明らかにポーチの中に納まる容量ではないこと。
あのトルテがいつも身に着けているポーチは、錬金術で作られたアイテムなのだろう。
リオリールは今の今まで、その事実に全然気づかなかった。
2つ目は単純に解毒剤の数量である。
レシピを貰ってからリオリールが調合に費やした時間は、先も言ったように14日以上の期間が必要だった。
リオリールが苦心して作り上げた解毒剤の数量は、たったの3つ。
もちろん、失敗を繰り返して試行錯誤していた期間も含めてではあるが、それはアトリエの環境と海水に慣れていないトルテにとっても同じ事であっただろう。
だというのにリオリールの10倍以上の生産性を、目の前で突き付けられて驚嘆したのである。
「トルテちゃん、やっぱりすごすぎる……」
「は?」
思わず漏れたリオリールの言葉に、トルテは馬鹿にしているのかと眉を潜めて剣呑な声が思わず漏れた。
効力・属性値・従属効果・そして品質。
いずれもリオリールの作り出した解毒剤には及ばず、海水を用いた錬金術では中和剤をレシピに加えなければ爆発反応を押さえつけることさえ出来ない。
何が凄いの?
リオリールからの称賛は皮肉にしか聞こえなかった。
トルテにとっては悔しさばかり募る結果になってしまったのだから。
だが、トルテはリオリールに向けて突いて出そうになる悪態を必死に飲み込んだ。
言の葉に乗せて口に出してしまえば、錬金術士として負けを認める事を宣言したに等しくなってしまうだろう、と思ったからだ。
癇癪を起こしてリオリールに詰め寄るなんて、格好悪すぎた。
それに、たった数カ月前に錬金術を初めて成功した者より劣っているなど、トルテは決して認めたくは無い。
それこそ今までの人生そのものが錬金術と触れ合う事だったトルテにとって、屈辱以外の何物でも無いのだから。
「こんなにたくさん解毒剤を作れたら、島の人たちもすぐに治って回復するね」
「……」
トルテはリオリールの言葉に返す言葉を失った。
結果を見ればリオリールと比べて量産性に優れていることは確かだが、トルテが重視していた物は品質だった。
そこを誇ってしまうと同じく負けを認めてしまうことになるが、解毒剤としての効能は発揮することを考えるとリオリールの言っている事も間違いという訳でも無い。
むしろ、この調合アイテムは解毒の効果を発揮させ、それを量産することが目的なのだから、彼女からの賞賛をトルテは受け取るべきなのである。
ぐっと息を飲みこみ、唇を尖らせ、大きく深呼吸を二度、三度としてから。
不満も露わにトルテは言った。
「ありがとう」
「うわ、全然嬉しく無さそう!こんな嬉しく無さそうなありがとう、初めて聞いたよ~!」
「リオ、うるさい」
嬉しくないから仕方がないではないか、と内心で吐き捨てて、不貞腐れるようにしてトルテはベッドに横になった。
木目の荒い天井が、サイドチェストに置かれた蝋燭の火の光を鈍く反射する。
寝転がったトルテに合わせるように、リオリールもまた、もぞもぞとベッドの中に潜り込んでいく。
しばらくトルテは無言で天井をじっと見つめていた。
時折、外では突風が吹き荒れ、雨風が強い勢いで家屋を叩く音に揺られる。
同じように天井をじっと見つめて黙っていたリオリールであったが、一瞬だけ風が弱まった瞬間に声を漏らした。
「あのね、トルテちゃん。私のお爺ちゃんね……」
「……なに?」
「あ、ごめんね、急に。でもトルテちゃんに聞いてほしくて……でね、お爺ちゃんは立派な錬金術士になって、ユウバナ村を助けたいって話をしてたんだって」
「そう……」
「昔、ユウバナ村はすっごく小さい集落で、色んな大変な事があったらしいんだ」
「……」
「私さ……子供の頃、お父さんからお爺ちゃんの話を聴いて、錬金術士になればユウバナ村を助けられるんだって思ったの」
幼いリオリールにとって、父のウータスから話された、死んでしまったお爺さんの話は衝撃的なものであった。
当時は自分の家族と、ユウバナ村だけが世界の全てだったリオリールにとって、錬金術士という存在になれれば、多くの人々の助けになれるという事。
リオリールは子供の頃に聴いたその話は、何て素敵な事なのだろうと心底から感銘を受けたのだ。
その後、お爺さんが残した錬金術士を目指した頃に書いていた手記を発見し、錬金術にリオリールは入れ込むことになった。
「私ね、久しぶりにキエーシャ先生と逢って話した時に、そんな昔の事を思い出したんだ」
「……」
「改めて思い出した時にね、結局さ、私が錬金術で幸せにしてあげたい人たちって、ユウバナ村の皆と、家族なんだよなぁ~って」
「そう」
「お父さんとお母さん。 エルオネにミルミスにカスカルお兄ちゃん。 大事な人の為に立派な錬金術士になって助けてあげたいって思ってたんだって自覚したの」
「……」
「ねぇ、トルテちゃんはどうして錬金術士になったの?」
問いかけは、今まで何度もリオリールからトルテに掛けられたもの。
普段、何気なくそういう質問を聴かれた時、トルテは何も答えなかった。
しかし今この時に尋ねられた質問は、しっかりと応えなければいけない様にトルテには思えた。
何故そう思ったのかトルテは分からなかった。
だが、リオリールの錬金術士を目指した根底に触れたのは初めてだったから、それに絆されたのかも知れないと思った。
何故なら、リオリールが錬金術士としての在り方は、トルテにとっても共感できるものであったからだ。
家族。
物心を着く前、行く場所も無かった……いや、そのまま死んでいただろう。
自分を拾ってくれて。
育ててくれて。
そして錬金術士としての導をくれた。
おとーさんの為に。
リオリールとトルテの錬金術士としての根底には、お互いに同じ情動。
家族に対する思いが描かれていて、そこには何も差異などない。
しかし、トルテにとって錬金術士はおとーさんの敵である。
目の前にいる、初めて出会った自分以外の錬金術士、リオリール―――
そこに思い至った時にトルテはその思考を続けることを無意識に拒んだ。
「おとーさん」
「……うん、何度か聞いたよ。 トルテちゃんは気付かなかったかも知れないけど、たまに無意識におとーさんって言ってた」
「……」
「大事な人、なんだよね」
「リオ、私は―――」
天井からリオリールの方へ身体を向ければ、まっすぐにトルテを見つめるリオリールの視線とぶつかった。
淡いクリーム色の髪を揺らして、大きな翠色の瞳でトルテを見据えていた。
「トルテちゃんは凄いと思う。 私は自分が錬金術士なんて言うのはおこがましいかも知れないし、分かってない事の方が一杯あるし、今回の解毒剤のことだってトルテちゃんのレシピが無かったら何も出来ずに右往左往して途方に暮れてるはずだった。 だから、本当にありがとう。トルテちゃんが凄い錬金術士で、解毒剤が作れて、本当に良かったって思うんだ」
「それは……そんなことない。 リオは錬金術士だよ。こんな貧相なアトリエで結果を出してることは凄いと思う。 悔しいけど、今の私じゃリオのような凄い解毒剤は作れないよ……」
トルテの表情は歪んだ。
「トルテちゃん。 私、こんな私でもね、トルテちゃんに教えられることがあると思う」
「…………………うん……認める」
「もちろん、トルテちゃんから教わる事の方が多いかもしれないけど」
「うん、認める」
「うっ! そこは即答しちゃうんだ。 そうなんだけどさぁ……トルテちゃん?」
むっくりと起き上がって、トルテは目頭を押さえた。
悔しい気持ちや何となく誇らしい気持ちやら、恥ずかしさなんかも感じてしまって。
感情が落ち着かなくてじっとしていられなかった。
リオリールはトルテに感謝を伝えた。
それはきっと、トルテからも伝えるべき物。
『はぐるま草』の群生地で出会って、ユウバナ村で過ごした日々はトルテにとってもきっと大事な物だと思えるからだ。
「……リオ、ありがとう。リオリールという錬金術士に会えて、私は良かったと思う」
「うん、どういたしまして……トルテちゃん、一緒に立派な錬金術士になろうね」
「そうだね……一緒に―――」
目端を拭ってトルテはリオリールに対してゆっくりと頷いた。
そんな時だ、今までに無いほど強烈な音と揺れが部屋を揺らした。
大嵐は確かに凄まじい風雨を伴う強烈な自然現象だが、過去経験すらしたことのない轟音と揺れにリオリールとトルテは飛びあがった。
隣の部屋で既に就寝していたカスカルと妹達の騒然とした気配が部屋に走る。
直後、二度目の爆音。
とんでもない地震でも起きているのではないかと錯覚するほどの大きな縦揺れに、リオリールはベットから転がり落ちてトルテは前のめりにすっ転んだ。
「カスカル! リオ! 外へは出るな、じっとするんだ!」
階下から父ウータスの怒鳴るような大声が聞こえ、玄関の物音が激しくなる。
恐らく、かつてない轟音と揺れの原因を確かめに行くのだろう。 雨音が叩く音が激しくなった時にまた、3度目の爆音。
ビリビリと家屋が震えるような、強烈な衝撃が海の方向から感じ取れる。
床に転がっていたリオリールとトルテはお互いに身を寄せ合って、突然の騒動に恐怖で震えた。
「り、り、リオ、大嵐ってこんな、すごいの?」
「うぅ、わわ、分かんない、初めてだよ、こんなことぉ」
ユウバナ村の大嵐が過ぎ去ったのは、完全に夜明けが訪れる、その直前まで続いたのである。