リオリールとトルテのアトリエ~三つ大島の錬金術士~ 作:ジャミゴンズ
三つ大島の自然環境は、大陸に比べると相対して過酷な物である。
世界で最も、などと三つ大島に住む者たちも謳うつもりはないが、時としてそこに人々を絶望させるのに十分な災禍を残していく。
そして今回の大嵐の被害は、ユウバナ村の存亡に関わるほどの規模であった。
例年と比べることすら烏滸がましい。
大嵐が過ぎ去った後のユウバナ村は壊滅といって言い有り様だ。
ユウバナ村にとって最も大きな被害となったのは、ユウバナ村の主産業である漁船の壊滅である。
係留していた漁に使う船は粉砕されており、リオリールの父ウータスの船も一艘残らず無くなってしまった。
漁を営む為の道具はあれど、大海に出るために必要な船が無くなってしまっては漁業を生業としている村民たちにとっては、途轍もない大事である。
大嵐の猛風に吹き飛ばされてしまったのか、ブリのモニュメントは土台部分だけしか残らず支えである鉄棒が露出していた。
ユウバナ畑は言うに及ばず、ほぼ全てのユウバナの実は回収すら出来ずに折れた葉茎を力なく地面に垂らしている。
風で撒き上げられ飛沫いた潮が土壌を濡らし、耕地として使えないほど大きなダメージを受けたのは、誰が見ても分かるほどであった。
森の入り口はへし折られた樹木が方向を揃えて半ばから露出しており、村長が管理していた物品の保管庫は跡形もなく吹き飛んで消滅していた。
そして。
「……アトリエ、なくなっちゃった……」
「……」
自室の窓から顔を出し、力なくそう呟いて呆然としているリオリール。
彼女にとって錬金術士としての出発点が完膚なきまでに消滅してしまった事実はいか程の衝撃だっただろうか。
村の中でも高所に位置するフェルエクス家の家屋は、ユウバナ村を広い範囲で見渡すことができた
リオリールに掛ける声が見つからずトルテは、モニュメントが鎮座していた村の中央を眺める。
村長のアムースコを中心に、村の大人たちが集まって輪を組んで激しい議論を交わしていた。
しばらくリオリールと共に、トルテは呆然と変わり果てたユウバナ村の景観を眺めていると、玄関から音がした。
トルテとリオリールはお互いに一度顔を合わせてから、階下へと二人で向かう。
「あ、お兄ちゃん……えっと、その」
「ああ、まぁとりあえず色々聞いてきたけど……居間に行くか。 エルオネとミルミスは?」
「二人とも居間で食事を取ってるよ」
「なら丁度いいな、俺たちも何か食い物を腹に入れとこうぜ。 トルテ、お前も」
「うん……わかった」
「あ、ねぇお兄ちゃん!」
「……大丈夫、リオ。 行こう」
双子の兄はリオリールが何を言いたいのか分かっているのだろう。
不安そうな顔を張り付けてカスカルの背を追いかけるリオリールを見送ってから、トルテもまたゆっくりと居間へと向かった。
トルテにとってはあまり見慣れない顔が居間には並ぶ。
リオリールの母、ユトネ・フェルエクスは台所と思しき場所に立って遅い朝食の準備をしている。
テーブルにはリオリールの妹二人が、マグカップを同じように両手で持ちながら身を寄せ合っていた。
末妹のミルミスは父方にも母方にも似ていない、遠い親戚の血の方が濃く出ているのか、カスカル、リオリールやエルオネとは違い紫の髪を切り揃えて、熊の人形を傍らに置いて撫でている。
成人である15歳を控えた双子のカスカルとリオリール。
13歳の誕生日をまもなく迎えるエルオネ。
そして10歳を迎えたばかりのミルミス。
今までに経験すらしたことない、自然の猛威を目の当たりにして、普段から喧噪の絶えないこの家族では有得ないくらい静かな食卓の風景となった。
「……さて、とりあえず父さんからは説明しろって言われてるから、話す」
カスカルはユトネから食事を手渡されて、一口スープを口に運んでから口を開いた。
フェルエクス家にとって最も手痛い失った物は何と言っても、父ウータスの扱う船が全て無くなってしまった事。
継続的に沖合へ漁を行うことからウータスが家を開ける期間は長い。
時には二カ月以上も航海を続けて、子供の多い一家を支えるに足るほどの瑞々しい鮮魚――主にブリ―――を供給していた。
三つ大島で鮮魚は金に等しい。
つまり、フェルエクス家の全ての財政を支えていた稼ぎが消失してしまったことを意味している。
そしてこれは、フェルエクス家だけの問題ではなかった。
ユウバナ村は漁村であるから、全ての船が粉砕されて失った状況はすなわち、ユウバナ村は稼ぎを失っている危機に直面したのである。
「リオに……後、まぁトルテもか。 二人にとってはアトリエそのもの、その周辺、全てが壊されてた」
リオリールのアトリエは納谷を改装して、無理やりアトリエにした場所である。
建物そのものは爆発の痕跡も見られることから、アトリエに素材として置いてあった引火物が発火して納屋を吹き飛ばしてしまったのだろうとカスカルは説明した。
実際にアムースコが何かの催し物を想定して仕入れていた『花火』という物を借りていたから、カスカルには心当たりがあった。
そしてトルテもその説明を聞いてからあ、と声を漏らして顔色を青く染めた。
アムースコの保管庫が消失した原因も、同様に『花火』だろう事が予測されており、村長は申し訳なさそうに村の大人たちに説明していたようである。
戯れに作った花火を素材にしての新型の調合アイテムは、爆弾魔のトルテをしてかなり納得のいく一品に出来上がっていた。
少なくとも、自分一人で調合してきた爆発物を上回る威力を持っていたことは確信している。
アトリエが吹き飛んでしまった全ての原因が大嵐で無い事に、トルテも心当たりがあったのだ。
リオリールは大きなため息を吐き出して、一つ頷いていた。
彼女は子供の頃から錬金術士を目指した。
その全てが吹き飛んでしまったアトリエにあったのだ。
今までの人生の一部を喪失したようなものだろう。
トルテはレッドマンの居城にある自分のアトリエに置き換えて想像し、思わずリオリールから目をそらして胸を手で抱いた。
「エルオネの使ってた荷車は直しようがない、一から作り直すしかなさそうだ」
「そんなのどうだっていいよ。 ねぇお兄ちゃん。 これからユウバナ村はどうなるの?」
「そんなのって言い方は無いだろエルオネ、荷車が無いと取引ができないんだ。 父さんの船が無いんだから、これからは買い物に使う荷車は重要な道具だ」
「まぁまぁ、落ち着きなさいな、カスカル。 確かに大事だけれど、大丈夫よ」
「お母さん……」
「母さん……」
「カスカル、リオ、エル、ミル、それにトルテちゃん。 大丈夫よ。 こう見えてもお母さんやお父さんは強いのよ。 もちろん、ユウバナ村の大人たちは皆そうだから、安心して」
「……」
母ユトネは不安そうなミルミスの手を握り、空いた手でエルオネの頭を落ち着かせるように優しく撫でた。
ユトネの表情は本当に何でもないような笑顔を家族に向けており、焦れた様相など全くもって感じ取れなかった。
トルテはリオリールから背けた顔をまた、背けることになった。
トルテは彼女……フェルエクス家の台所を支える母のユトネが苦手である。
家族でもないのに包容力があり、気を抜くと甘えてしまいそうになってしまう程に懐が深い。
彼女と同じ場所で話をしたり、時間を過ごしていると、言いようの無い胸の騒めきに締め付けられて、ここに居候してからと言うものトルテは自然とユトネから距離を置いていた。
そんな訳でトルテは視線を向ける場所に困って、難しい顔をして腕を組んでいるカスカルを見つめる事になった。
「……ん? どうした?」
「ううん……なんでもない」
訝しげにカスカルに問われ、トルテは首を振った。
その後もカスカルからの報告は続き、食卓から食べ物が無くなった頃になるとユトネが立ち上がり食材の確保に向かう旨を全員に伝え、自然と解散となった。
リオリールはカスカルと共にユウバナ村を現状を見て回ることにしたようだ。
エルオネはミルミスの手を取り、母の真似事なのだろう。
大丈夫だからと安心させるようにミルミスを連れて母の手伝いに行くと告げ外へと向かった。
ユウバナ村に吉報があるとすれば、死傷者が出なかったことだ。
あれだけ猛烈な大嵐を被害者なく過ごせたのはユウバナ村を挙げての大嵐への対策が功を奏したことを意味していた。
人が一夜を過ごす家屋だけは、全ての世帯で完全とは言わないものの、無事であったからだ。
そうして一人、リオリールの部屋に引き揚げていたトルテは何をすればいいのか分からなかった。
きっと何かをするべきだ。
村に居候として住み着いてからそう長い時を経たわけではないが、アムースコ村長など、顔見知り程度の知人は何人か出来た。
フェルエクス家には寝床や食事をみてもらっているし、この家の為や村の知人の為に出来る事があれば動くべきなのだろうが。
何をしていいのか分からない。
トルテは錬金術だけしか知らない。
錬金釜と寝食をするアトリエだけが彼女の世界だった。
自然の猛威など無かった。
父が望むまま父の夢の為に釜の前に立ち、錬金術と向き合うだけの世界。
それは贅沢な事だったのだろう。
何も変化はなく、何をすればいいかも決まっている、与えられるがままの幸福の中に居たのだ。
トルテは首を振って立ち上がった。
何をすれば良いか分からないけれど。
こうして大嵐のような災禍を過ごした後、どう立ち向かえば良いのか分からないけれど。
何かをしなくては落ち着かない。
目的もなく、トルテはフェルエクス家の玄関を開けて、ユウバナ村に何かをしてあげようと飛び出していった。
それは自発的にトルテという少女が、自らの意思によって外の世界に関わりを持とうとした、最初の一歩だった。
――――――
潮の奏でる音は不思議だ。
あれだけの嵐がまるで無かったかのように、凪いだ真っ青な海洋が広がって、心地よく耳朶を波の音が揺らす。
こうした状況で無ければまったりと潮騒に身を委ねて眠ってしまいたいくらいである。
怪人一号は、ワカメとヒトデにまみれて浜辺で横たわっていた。
思い出されるのは恐ろしいと思えるほどの、自らの創造主の在りよう。
確かに大嵐は凄まじい自然現象だった。
この身体に移る前にも台風などの災害は経験していたが、あれほどの嵐は怪人一号の記憶にも存在しないほどである。
だが、船を破壊したのは自然現象などでは無く、全て人為的な悪意によるものなのだ。
レッドマンは暴風極まる嵐の中を、まるで介在しないかのように軽やかな足取りでユウバナ村の所有する全ての船を破壊していった。
木造に所々金属で補強された巨大な船を、バターを切り落とすように切り裂き、触れただけのような所作だけで巨大な船体を粉々に砕いていく。
ユウバナ村の重要施設以外は悉く無視し、村として存続が危ぶまれる場所だけを徹底して破壊していった。
怪人一号は初めて目の当たりにした破壊の権化、裏ボスの所業という物を目にして恐怖を抱いたのである。
「……分かっていたけど、ファンタジーだ……」
レッドマンの計画はこの後、怪人一号がリオリールとトルテの二人の錬金術士に接触しまずはユウバナ村に溶け込む事だ。
カバーストーリーはこうだ。
怪人一号は大陸から来た錬金術士の助手として働いており、そんな師の手伝いの為に三つ大島の調査を行っていた。
大嵐を経験したことが無いので甘く見てしまい、大嵐が来た日も西の森を中心に島の調査を行っていたところ、師と逸れて遭難し突風に吹き飛ばされ海へと落ちた。
運よくユウバナ村の浜辺で気を失っていたところを住民たちに救助される。
そういった形である。
創造主であるレッドマンから下された指令は二つ。
一つはリオリールの護衛。
何があっても必ずリオリールだけは生存させること。
この指令があるからか、レッドマンから怪人一号に過剰とも思える身体能力を与えられている。
少なくとも怪人一号はそこいらの原生生物や人間に遅れを取ることはないだろう。
二つ目は監視と報告だ。
リオリールとトルテの錬金術士としての成長を促しつつ、レッドマンへと定期的にその様子を報告すること。
そして現状、差し当たっては錬金術士として成長できる環境と集中して錬金術を行える場所を作っていく役目を負わされている。
つまり、ユウバナ村に 『リオリールとトルテのアトリエ』 を生み出すよう誘導するという事だ。
「はぁ……アトリエを作れだなんて、簡単に言ってくれるけどさ」
怪人一号は重たいため息を吐いて目を瞑った。
この身体はレッドマンが魔本の力を用いて創造したからか、創造主であるレッドマン(イービルズブックも含む)に反抗は出来ない。
下された命令は実行せねばならない使命と感じているし、実行できない要素になり得る話などは無意識的に排除してしまう。
レッドマンにとって正に便利な舞台装置。
怪人一号にとってもレッドマンの意に沿わない行動を行えば、破棄されてしまい消えてしまうことになる。
知らず、拳を握る手に力が入る。
なんでボクが……ゲームの世界に!! それも裏ボスの使い捨て用の駒として、居なくちゃならないんだ。
瞼の裏でのたうち回り叫び声を上げる。
せめて心の中だけでは愚痴を叫ばせてほしい。
『リオリールのアトリエ』 というゲームを、怪人一号は実際に遊んだことがある。
死ぬほどやり込んだかと言われれば全然やり込んでいない。
一応全てのボスを打倒したが、ガチ勢が作るような最強アイテムよりも数段劣る、妥協を重ねてとりあえずボスには負けない程度のアイテムを作って満足したゲームだった。
アイテム図鑑も8割ほど埋めたところでヨシ!としたし、ネットで最強装備(最強とは言っていない)くらいの装備を揃えて。
以降は記憶に残るほど熱心にプレイをしたことはなかった。
そもそも、レッドマンにしたってゲームではただの裏ボスの一体であり、特に理由もなくリオリール側が戦闘を仕掛けて爆殺だけするような者である。
確か、レッドマンは伝説の悪魔という設定だった。
三つ大島の中央島・その最深部に人知れず拠点を構え、かつて恐ろしい災いを引き起こした言い伝えだけが残っているボス……だったはず?
あまり自信が無い。
まともなサイドストーリーも用意されて無かったと思う。
キャラクター関連のイベントにも関連性の無いボスだったが、その強さだけはアトリエシリーズ全体で見ても屈指の強さを持っていたことから
最強アイテムの実験場として大いに人気があり、レッドマン最速撃破の動画を見て楽しませて貰った事が記憶にもある。
しかしまぁ、と怪人一号は思う。
こうなってしまったことはもう良いのだ。
いや、立ち位置に不満はあるもののゲームの世界に己が居るというのは何度か想像して楽しんだことがあるから。
どうせ独り身であったから、元の世界では余計なしがらみも無い。
ただ問題は、この怪人一号はレッドマンの支配下から離れて生きていられるのかという一点だ。
元居た場所にまったく未練が無いと言えば嘘になるが、同じくらいこの三つ大島を舞台にした世界に居る事を前向きにも捉えて居る。
性根がオタクだから、そうして自分を誤魔化せていられる。
だから、怪人一号は死にたくない。
レッドマンは知らないだろう。
怪人一号の魂は作られた物ではなく、レッドマンの望みに合致した魂を魔本とやらが引っ張ってきたという事を。
リオリールはレッドマンにとっての希望であると同時に、怪人一号の希望でもある。
アトリエ世界という物の錬金術の非常識さと、やたらと優しい世界観は怪人一号がこの世で最も詳しいのだ。
レッドマンの望みは怪人一号の望みと一致している。
「不安があるとすれば……」
レッドマンの存在も、リオリールの存在も怪人一号は把握している。
その性格、容姿、設定や想いや登場人物との関係性。
未来視と言って良い先々に起きる出来事やイベント。
全てとは言わないが殆ど分かっているのだ。
だから―――
「君は何者なんだ、トルテ」
倒れて動かない、遭難をしているふりを続けている怪人一号の横たわった視線の先に、桃色の髪と数多の装飾品を揺らして浜辺を歩く少女の姿が視界に飛び込む。
何か目的があるのかないのか。
浜辺に近寄って海水を掬ったり、周辺に散らばった船の残骸を調べていたり、行動に一貫性がない。
ゲームには存在しなかった少女。
レッドマンの娘で錬金術士。
そして怪人一号の監視対象、守護対象の一人。
倒れ伏す怪人一号に、浜辺の砂を弾く少女の足音が近づいてくる。
ゆっくりと目を開く。
トルテがこちらへと向かって歩いてくる光景が映し出された。
怪人一号にとっても生き残りを懸けた 『リオリールのアトリエ』 が間もなく始まる。